贖罪の悪夢

□温かかった
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「……人外ゆえか」

特に確証もなければ感覚で見つかるものでもないが、見つけた。普通の人間ならばこうもいかないがあえて理由をつけるとしたらお互い普通の人間ではなかったからだろう。
氷の、それこそ寝台の上に彼はいた。セフィロスが近づいても目覚める様子はない。眠っているのか死んでいるのか。もともと色白ではあったが一層白くなったように思う。これは美しいと称するのかおぞましいと称するのか、いずれにせよ生きているかと問われれば答えに困る。
そっ、と頬に触れれば当然冷たい。目撃証言にはなかった服装、短く切られた黒髪。こんな面倒なことをしてまで、彼は眠りたかったのか。

「起きろ」

記憶にある緋色の双眸は未だ目蓋に隠れたまま、微動だにすることもなくただただ静かに眠っている。
そう、眠っている。死んでいるはずがない。こんな面倒なことをしてまで死ににきたのなら死体が残るような真似はしないはずだ。それこそライフストリームにでも飛び込めばいい。

「ヴィンセント」

眠る貴方へ、目覚の口付けを。
感情は複雑だ。きっぱりこれと分けるのは難しい。どんな気持ちで、どういった感情でなんて聞かれても答えられない。ただ、大切だと、傍に居て欲しいと思ったから。

「迎えに来た」

ゆっくりと、目蓋が開く。
露になった緋色の瞳はぼんやりと宙を見つめ、やがて瞬きをひとつ。

「……セフィロス」
「ああ」
「どうして、ここに……」
「迎えに来た」
「……私は」

ヴィンセントの冷たい身体を抱き上げ、額に口づけた。

「貴方がいなければつまらん。眠るだけなら俺の傍にいろ」

きょとんとした顔でヴィンセントはセフィロスを見上げる。言葉の意味を探っているのだろう。

「……しかし」
「なんならこのままクラウド達に見つからない場所で暮らせばいい。俺は貴方といられればそれでいい」
「……どうして」
「明確な理由が必要か?」
「………………」
「俺は貴方に傍に居て欲しい。母さん……ルクレツィアと、貴方と、三人で話がしてみたい」
「…………!ルクレツィアは」
「まだ見つかっていない。だがこうして貴方を見つけた。だから母さんも見つけられる。これでは、駄目か?」

俯いてしまったヴィンセントはきっととても考えているのだろう。行方不明のルクレツィア、自分を見つけ出したセフィロス、これからここを出てどうするか。

「………………」

ふと、セフィロスを見上げたヴィンセントがわずかに目を見張った。
今まで見たことがなかった。セフィロスが、寂しそうに目を伏せている姿を。まるで迷子のそれのような、心許ない表情を。

「ヴィンセント?」

だから、咄嗟に動いてしまった。冷たい手で、セフィロスの頭を撫でていた。

「大丈夫、大丈夫だセフィロス……」

もう、何も心配しなくていい。だから、そんな顔をしないで。
愛しそうに微笑んだヴィンセントに、安心したのか目を閉じて心地よさそうに撫でられているセフィロス。

「……これから、どうしたい?」

しばらくそうした時間が続くと、やがてセフィロスが口を開いた。ルクレツィアを探すにしても、セフィロスとヴィンセントは人々に知られているため目立つのだ。さらに今はクラウドたちも捜索に乗り出している。誰にも見つからずに彼女を探すのはかなり難しいだろう。

「まずは……準備をしよう。ルクレツィアを探すなら、世界中を回らなければならないかもしれない。モンスターだって、また増えていないとも限らない」
「ひとまずどこか町へ寄るか。俺が言うのもなんだが、これでは目立つな」
「ああ。この程度じゃもう通用しないだろうな」
「とりあえず俺も髪を切って着替えてみるか」
「え」
「なんだ?」
「切って、しまうのか?」
「貴方だってそんなに短くしているだろう?」
「私は、リミットブレイクすればまた伸びるから……」
「俺は、実体があるようでないようなものだからな。それにジェノバ細胞もある。髪どころか容姿も思いのままだ」

そういうとセフィロスはそっと目を閉じた。そして次の瞬間、ヴィンセントの目の前にはセフィロスではない男が立っていた。

「?!ヴェルド?!」
「こういうこともできるわけだ」
「?」
「擬態だ。貴方の記憶から引き出した」

目の前の男が目を閉じる。そして一瞬後、セフィロスがそこに立っていた。

「貴方の記憶にある人物になりすませば、見失うこともなければ目立つこともないだろう。下手に変装するよりこっちの方がいいかもしれないな」
「なるほど。つまり私がこまめに変装すれば見つかるリスクは低いな」
「そういうことだ。ときにヴィンセント」
「なんだ?」
「そろそろ移動しないか?さすがの俺でも寒い」

少し驚いた顔をして、ヴィンセントは楽しそうに笑った。その様子にセフィロスは拗ねたように眉をひそめる。

「すまない。そうだな、どこか町か村へ……アイシクルからは離れたほうがいいな。すぐに見つかるかもしれない」
「そうだな。だが来た時と同じように徒歩では厳しいだろう。チョコボでも捕まえるか?」
「そういえばセフィロスはどうやってここまで?」
「飛んできた。アイシクルに着いてからは徒歩だ」

そう言うと、セフィロスの背から黒い片翼が現れた。痕跡を残さないためか、一枚たりとも羽が舞い散ることもない。

「なんなら俺が抱えて移動でも構わん」
「いや、大丈夫だ。カオスの翼がある」

セフィロスの背には黒翼、ヴィンセントの背には悪魔の翼。人ならざる者だという証。 けれどもどちらもそれについて何か言うことは無い。同族ではなくとも、人間で在れなかった者同士。望まずして与えられた身体と力、そして時間。人々は望むだろう、強靭な肉体を。人々は欲するだろう、圧倒的な力を。人々は焦がれただろう、いつまでも続く時間を。彼らは思う。望まずに与えられたから疎ましく思うのなら、望んで手に入れれば本当に幸せだろうかと。けれども知ってしまってからではわからない。そして、もう戻れない彼らには考えたところで何の意味もなさない。

「……セフィロス、ルクレツィアが憎いか?」

目を伏せて、静かにヴィンセントが問う。
それに対しセフィロスははっきりと答える。

「それなりにはな。だが、これもこれで楽しくはあった」

こんな風であったから、出会えた者たちがいる。
もしもこうだったなら、そうであったなら、なんて。

「考えたところで過去は変わらない。過去を変えることができたとしても、それは代わりにどうなるかという代償がつく。誰かを生かせば誰かが死ぬ。何かを起こさなければそれは既に起こっているか後に起こる。歴史は変わらない」

知っている。わかっている。もう、どうしようもないことくらい。だから、後悔する。せめて、今を生きるために、悔やませてほしい。未来へ繋ぐために、過去を受け入れたい。

「貴方が心配するようなことは無い」

僅かに微笑んだセフィロスに、ヴィンセントも微笑み返す。

「そうか」

彼女は言っていた。
セフィロスが生まれてから一度もその腕に抱くことは許されなかったと。母と名乗ることもできなかったと。もしもセフィロスが彼女を許さなかったなら、さらに苦しめることになるだろう。けれどもセフィロスはルクレツィアと話をしてみたいと言った。それなりに憎んでいるとはいえ、会話もできないような最悪の状態ではない。何より、三人で話してみたいと言った彼の気持ちが、ヴィンセントにはとても嬉しく思えた。

「行こう、ヴィンセント」
「ああ、行こうかセフィロス」

君の優しい願いを、叶えるために。

真っ白な世界へ踏み出して、空へと飛び立つ前にセフィロスはヴィンセントの手を取った。思わず彼を見れば、にこりと、どこか子供らしく笑った。







繋がれたその手は、雪の冷たさを忘れてしまえるほどに温かかった。












(……ヴィンセント)
(どうした?)
(ひとつ気になるんだが)
(?)
(母さんに会ったら、また告白するのか?)
(?!!)
(どうなんだ?)
(え、あ、いや、私はっ……)
(…………)
(〜〜ッ、ど、どうでもいいだろう、そんなことは)
(貴方が俺の父さんになるかどうかという重要なことだ)
(?!!!)




END
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