贖罪の悪夢

□似ている
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悲しい曲を頼む。
そう言われてクジャは驚く。静かな曲、や穏やかな曲、というならわからなくもないが「悲しい曲」というのはどういうことだろう。スコールの好みなのか気分なのかは知らないが、あまり聞いたことの無いリクエストに戸惑いつつもクジャの白い指先はそっと鍵盤に乗せられた。

ゆっくりと、語りかけるように始まったその曲を、スコールは知らない。けれどもだんだんと音が増えていくにつれて自然と閉じられた瞳の奥ではメロディが世界を創り始める。
作曲者は、何を想ってこの曲を書いたのだろう。
優しいようでいて、鋭く突き刺さっていく音色が、スコールに降り注ぐ。
まるで、雨のように。



演奏が後半に入ったところで、クジャは盗み見るようにスコールを見た。そして演奏する指をそのままに動揺する。

「(泣いてる?)」

閉じられた双眸からは透明な雫が流れ落ちている。スコールはすすり泣くこともなくただ静かに泣いていた。

「(確かに悲しい曲ではあるけど……やっぱり何かあったのか?)」

曲はもうすぐ終わる。けれども、クジャは決められた旋律を追わずに自らそれを創りだした。
少年に冷たく降りかかる雨が、止んでくれるようにと。




「(……雨が、降ってた)」

「(あの時も)」

「(……だれかを、呼んで)」

「(……だれを?)」

「(おねえちゃん……?)」

「(雨の中、俺が呼んでいたのは……?)」




降りしきる雨の中で泣いている幼い自分。
胸を裂くような苦しみが押し寄せるのに、そのイメージはぼやけて曖昧で。
ただただ雨が降っていることだけが鮮明で。
何かに溺れてしまいそうだと、呼吸が苦しくなったそのとき。

雨が、弱まった。

あれほど強く降りしきっていた雨が、だんだんと弱まって、イメージの中の幼い自分が辺りを見回している。
やがて雨はあがり、鈍色の雲の切れ間に青空が見えた。





「――っ」

目を開いた時、聞こえる旋律は温かくて優しいものだった。
ちらりとクジャを見るが彼は演奏に夢中になっているようだ。
悲しい曲を、とリクエストした。他に思いつかなかったから。
頬が冷たい気がして、自分が泣いていることに気付いた。
最後の音が静かに消えていって、ようやっとクジャがスコールの方を向いた。泣いていることに驚きもせず、スコールの傍まで来たかと思うと。クジャはそっとその涙を拭った。

「気分は?」

それを聞いて、クジャが途中で曲を変えたのだと気付いた。泣いていることに気付いていたのか。ふっと笑ってしまう。俺が泣いたからって、目の前の男はわざわざ自分を気付かって演奏を止めることなく美しく仕上げたのだ。

「随分よくなった。ありがとう」
「!」

素直に礼を言った自分に驚いたがクジャはもっと驚いたようだ。今日はなんだか彼を驚かせてばかりな気がする。お互いを知らないのに、勝手なイメージが多いせいだろう。

「クジャは優しいんだな」
「なっ!何を言って……だいたい!君は僕より年下だろう?年上には敬意を示すべきじゃないのかい?」

照れ隠しか苦し紛れにそんなことを言ってのけるクジャに、そういえばと思い出した。

「あんたいくつなんだ?ジタンの兄なら、16よりは上なんだろう?」
「君だってそうだろう?」
「俺は17だ」
「え?」
「?」
「ジタンの一つ上?君が?」
「悪かったな」
「あ、いや、別に……思ったより若くて驚いただけさ。年の割にしっかりしているというか」
「これでも指揮官だ」
「指揮官?子供が?」
「で?あんたは?」

話が逸れるのが目に見えていたのでスコールは急かすように問いかけた。

「ああ、僕は24だ」
「……7つ差くらいなら」
「?」
「いや、なんでもない」

クジャの知らないところで、事が動き出した瞬間だった。

「だがクジャさん、というのもしっくりこないぞ?」
「ふふん、ありったけの敬意を込めてクジャ様と呼べばいいよ」

濡れた頬を袖で拭いながら思ったことをそのまま言ってみれば、クジャは得意げに胸を張ってそう答えた。とりあえず元通りのようだ。

「クジャ様」
「…………」
「クジャ様?」
「……まあ、君は特別に呼び捨てでも許可しよう」

本人もしっくりこなかったようだ。
しかしさりげなく言われた「特別」という単語にスコールは嬉しくなる。気になる相手に特別と言われて悪い気はしない。さすがに同性であるし(年の差は特に問題ないという結論に至っている)、恋愛対象かはまだよくわからないがもっと彼のことを知りたいと思った。
先程まで彼と似ている部分などないと思った。けれど、それならこれからお互いのことを知って、似ている部分をみつけられたらいいと思いなおす。

「また、来てもいいか?」
「それは宣戦布告かい?」
「まさか。わかってるんだろ?」
「観客がいたほうが、舞台は盛り上がるさ。でもね」
「もちろん、来るのは俺一人だ」
「わかってるならいいさ」

次の約束をとりつけて。
そこでふと気付いた。
ああ、そうだ。彼も、ひとりだ。かつて聞いた話では彼はひとりで、かつて歩んでいた記憶の中でも自分はひとりだった。周りに仲間たちはいたけれど、自分はひとりだったことがある。
なんだ、ちゃんとあるじゃないか。





            あんたと俺にも、似ているところが。






似ていることにこだわる必要はないけれど、もっとあんたのことを知りたい。
今朝の憂鬱な気分はどこへやら。スコールはさっそく、どうやってクジャと近づこうかと考えを巡らせるのだった。







(あ、スコールどこ行ってたんだよ)
(ジタン……)
(どうした?俺に見とれちまったのかい?)
(…………)
(おーい?スコール?)
((もしクジャが恋愛対象になるなら、ジタンは俺にとっても弟になるのか?))
(おーいってば)
(ジタン)
(ん?)
(お兄さんを俺にください)
(!??????)


End
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