藤色の付喪神

□みつけた
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「君は、それでいいのかい?」
「え?」
「君は、それがいいのかい?」

掛けられた声に顔を上げると、青江はいつもの余裕ある表情ではなく真剣みを帯びた顔で長谷部を見ていた。

「……どういう」
「いや、なんとなくそう思っただけだよ。悪いけれど、読心術なんてものは使えないから何かがわかったわけじゃない」

なんとなく。それでも、気付いてくれたのなら、手を伸ばしてみる価値はあるのだろうか。

「話を聞いてもいいけど、君は話したいかい?まあ、僕でよければだけれどね」
「…………」

話してみるべきだろうか。
もしかしたら、もしかしたらわかってもらえるかもしれない。

「無いんだ」
「欲しいの?」
「ああ。でも」
「手に入らない?」

なんとなくだと言った割には、実は見透かされているんじゃないかと思うぐらい的確な返答だった。
こくりとひとつ頷いた。

「俺は、からっぽだ」
「…………」
「最初は、顕現したばかりでまだ慣れていないんだと思っていた。でも、たぶん、そうじゃなかった」

元々、こうだったんだ。
主や他の刀剣たちの言葉を聞いても共感できなかった。できたとしてもすぐにそれが理解できなくなった。
楽しいね、と誰かが笑った。楽しいと思った。自然と笑顔になった。
けれども次の瞬間、楽しいとはなんだろうと思った。
悲しい、と誰かが泣いた。胸が苦しくて涙が零れた。
けれども次の瞬間、悲しいとはなんだろうと思った。
美味しい、と誰かが満足げに頷いた。美味しいなと思った。
けれども次の瞬間、これは美味しいのかと思った。
気になるなぁ、と誰かが呟いた。そうだな、と俺も呟いた。
けれども次の瞬間、どうして気になるのかわからないと思った。

「俺は……俺にとっては、どうでもいいことだったんだ」
「それは、主以外はどうでもいいということかい?」
「そうじゃない。俺はきっと」

主のことですら、どうでもいい。

「その割には主命を求めていないかい?」
「ああ。そうでもしなければ、俺は動けない」
「動けない?」

青江の表情は変わらない。ただ、俺の話を聞いてくれている。

「俺はからっぽで、きっと皆と違うんだ。だから、本当なら自然にできることができなくて、皆の真似をして偽るしかできない。俺だけでは何もできないんだ。だから、俺を動かしてくれる存在が必要だ」

まるで人形だと思った。
自分一人では話すことも動くこともできない。だから動かしてくれる、命令をくれるご主人様が必要だ。だから主命で己を縛りつけでもしなければ自分は生きていけない。
けれども主はそんな存在ではない。今のままではとてもじゃないが足りない。他の誰も、そもそも俺のこの性質を知らない。

「まるで出来損ないだ。主が、皆が羨ましくて仕方がない。俺には無いのに、当たり前のように持っていて……妬ましくて」
「思っていたより、深刻みたいだね」
「なぁ、青江……これは、異常だろう?俺が悩んでいるだけで、実は皆も同じだなんてことは、ないんだろう?」

何度も考えたことだ。
もしかしたら、同じなんじゃないかって。
でもそんな希望は早々に打ち砕かれた。見てればわかることだ。
自分は、皆と同じようになれなかったんだ。

「少なくとも、僕は違うな」
「…………」
「まるで、白馬の王子様を待つ姫君だね」

カッと頭に血が昇った。からかわれたのだと、馬鹿にされたのだと思って。
感情が欠落している割に、こういったことには敏感で自分でも困惑する。
それを察した青江が慌てて言った。

「おっと、待ってくれ。馬鹿にしたわけじゃあないよ。難儀だなと思っただけさ」
「…………」
「僕は君じゃあない。だから、君の気持ちは僕にはわからない」

そういうものさ。他の皆がどうかは知らないけれどね。
青江はそう締めくくった。

「誰しも理解者が欲しいと思うのさ。いつ巡り合えるかは人それぞれというやつだね」

そっと、青江が長谷部に手を差し伸べた。

「僕は君にとっての理解者になれるかはわからないけれど、少なくとも嫌悪感だとかそういった類のものは感じないよ。この手を取るかどうかは、君が選ぶといい」
「……こんな、命令されなければ生きることのできないモノでも?」
「僕は気にしないよ。いや、違うな。僕は君に興味がある。君が許してくれるなら、僕が君を動かしてあげよう」

だから、これだけは君が君自身で選ばなければならない。
真剣な声色が部屋に響いた。

「…………」

この手を、とってもいいのだろうか。
俺も、お前も、後悔しないだろうか。
もしかしたらと、思ったことは幾度もあった。けれどもその後の発言で、「ああ、やっぱり違ったのか」と落胆してきた。
また、それを味わうくらいなら。
希望を抱いて、絶望するくらいなら。
最初から望まなければいい。
ああでも、それでも、隣に居てくれる存在が欲しい。

「お前を、信じてもいいのか?」
「随分弱ってるみたいだね。戦に関しては自信はないけど、日常生活くらいなら問題ないよ。別に契約ってわけじゃない。お試しだとでも思ってくれ」
「…………」
「君が求めるのは契約みたいなものなんだろうけど、さすがにまだ、わからないだろう?」

僕に言えるのはここまでかな。そう言って、青江は黙った。
試す。青江がそういうなら、合わなかったところで後々に支障はないかもしれない。

「……よろしく、頼む」

俺は、差し出されたその手を取った。






******





「長谷部、万屋に行こう」
「ああ」

長谷部が青江の手を取ってから、青江は事あるごとに長谷部を気にかけるようになった。命令というほどでもないが相手に意思を求めるお願いでもないそれを聞くうちに、長谷部は不安になって尋ねたことがあった。

『お前は、俺に気を遣っているんじゃないのか?』
『…………』
『無理をする必要はない。あんな話は、忘れてくれ』

もしも青江が長谷部に同情しているなら、それは長谷部の望むところではない。どうしても幻滅してしまうためか、青江の顔を見れず声も小さくなっていく。そんな長谷部に青江は笑って言った。

『そんなことを気にしていたのかい?存外楽しいだなんて思っているから、心配いらないよ』
『仮にもご主人様にお前呼ばわりはいただけないなぁ』
『あ……いや』
『なんてね。冗談だよ。ああでも、たまにはご主人様なんて呼んでくれると嬉しいかな』

そんなことがあってから、それでも幾度か不安を抱く長谷部に青江はむしろ長谷部は嫌じゃないのかと問い返し軽く押し問答を繰り返し今では二振りとも納得したうえでこのある意味では奇妙な関係が続いている。
最初こそ、皆仲がいいとはいえいきなり長谷部と青江が一緒にいることが増えたのでどうしたのかと聞かれることもあったしそれこそ恋仲かと疑われたこともあった。その時には二振りとも揃って首を傾げたので尋ねた側がこれは違うなと察したので本丸では長谷部と青江は一等仲が良いという認識に留まっている。審神者もほんの少しおや?と疑問を感じただけで仲がいいのはいいことだねと笑った。

「こうしていると君を従えてるみたいで可笑しく思えるよねぇ」
「……嫌か?」
「なかなか楽しいよ」

長谷部は青江と歩くときは少し後ろを歩く。まるで主人と付き人のように。傍から見れば確かにおかしな光景だ。いくら刀剣に個体差があるといっても、こんな光景は見られまい。

本丸に戻ると青江は当然のように長谷部を連れて自室へ向かう。長谷部が自分の部屋に戻るのは眠るときと書類仕事をするときぐらいだが、最近ではその仕事ですらも青江の部屋で行うことが多くなってきた。
いっそ同室にしようかと青江が提案し、長谷部も特に反対しなかったので先日審神者に申し出たところだ。刀剣たちはまだ揃っていないので部屋が空いて困ることは無い。

「おいで、長谷部」

その声に惹かれるように長谷部は青江にすり寄る。ゆっくりと煤色の髪を撫でられれば、長谷部は心地よさそうに目を閉じた。

「君って結構甘えただよね」

楽しそうに髪を撫で続ける青江に長谷部は閉じたばかりの目を開いて視線で以って問いかけた。

「…………」
「心配いらないよ。僕は君が思っている以上にこの関係を楽しんでいるからね」

なんだか悪い男にでもなった気分だ。君を誑かしているみたいだね。
この関係が続いて、青江と二人きりでいるときは長谷部の口数は少なくなった。言うことが無いのだから仕方もないことだ。それでも、無口というわけではなく話すことはある。

「俺もきっと、楽しいです……ご主人様」
「…………」
「ご主人?」
「……いやぁ、存外照れるものだね」
「そうですか?」
「主以外で、敬語なうえにご主人様呼びされる者はきっとどこの本丸を探しても僕以外にいないだろうさ」

長谷部の髪を撫でていた手を止めて、青江は引き出しから櫛を取り出した。

「僕も髪を梳いてもらおうかな」

差し出された櫛を手に取り、後ろを向いた青江の髪を束ねる紐を解いた。一房、白い手袋を外したその手に取り、丁寧に櫛を通していく。青江のお気に入りの時間だった。それこそ、皆が集まる広間ですら長谷部に櫛を取らせるほどに。それを見た小狐丸が「私もお願いできますかな?」と近寄ってきたが青江がにっこりと笑って「駄目」と告げると未練がましく長谷部を見つめていたので、仕方がないなと許可した。

「僕はね、この時間が一番気に入っているんだ」
「…………」
「君と居る時間がとても心地いい」
「ああ」
「最初は興味本位だったけれど、できればこれからも僕と居てくれると助かる」
「……その言い方は、困る」
「そうだったね。長谷部」
「…………」
「僕の隣にいてくれ。何処へも行くな」
「仰せのままに」

隣に居てくれる存在が欲しかった。
理解者が欲しかった。
叶わぬ願いだと思っていた。
それが、こうして現実になった。
これほど幸せなことがあるだろうか。
からっぽなココロが満たされていく。

「初めて、そんな幸せそうに笑ってくれたね」
「そうか?」
「ああ。探し物でも、見つかったのかい?」

少し意地悪そうに笑った青江に長谷部はそれは幸せそうに答えた。





                ずっとずっと待っていた。やっと、みつけたんだ。







(見つけてくれて、ありがとう)
(礼には及ばないよ。それっぽく言うなら、待たせたねってところかな)
(ははっ、お前からそんな言葉が聞けるなんてな)
(笑顔が一番、だからね)



End
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