藤色の付喪神

□悪くない
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三日月宗近の紹介を終え、数日彼の刀の世話をしてみて思ったことは「面倒」だった。
何かにつけて構えとくっついてくる。正直短刀たちの遊びに付き合う方が楽な気さえする。
始めのうちは知らないことが多いだろうから仕方ないと思ってはいたが、ことあるごとに袖を引かれ、一日の大半を三日月と過ごしている。気付けば青江よりも三日月と一緒にいる時間の方が多くなっている。

「長谷部」
「何だ?」
「これはどう使うのだったか?」
「それはこれをこうして……」

「長谷部」
「どうした?」
「今日は天気がいい」
「……そうだな?」
「日向ぼっこをしよう」
「悪いが」
「長谷部」
「……これを主に届けてからな」

「長谷部」
「三日月?」
「茶を淹れたのでな、一緒にどうだ?」
「今は仕事中だ」
「菓子もあるぞ。休憩にしよう」
「……はぁ」

「長谷部」
「今度は何だ?」
「小狐が探しておったぞ」
「小狐丸が?」
「帳簿が合わぬそうだ」
「わかった、すぐに向かおう。ありがとう」
「礼には及ばん」
「……何故付いてくる」
「はっはっは」

「長谷部」
「…………」
「今日の朝餉も美味しそうだな」
「……そうだな」
「歌仙も燭台切も料理が上手いなぁ」
「……そうだな」
「長谷部は料理は出来るのか?」
「主命ならな」
「ならば今度主に頼んでみるかな」

「長谷部」
「何だ」
「これは何だ?」
「それはデジタルカメラといって景色や物を写真という画像として残す道具だ。ちなみに写真を撮る、という」
「ほう……」
「見たことあるだろう?」
「ああ。なるほどあれは俺のことを撮っていたのか」
「デジタルカメラ以外にもスマホやパソコンでも撮れるぞ」
「技術は進化しているんだなぁ」

「長谷部」
「どうかしたか?」
「うむ、短刀たちとかくれんぼをしているんだがな、匿ってくれ」
「……構わんがひとついいか?」
「何だ?」
「たまには他のやつのところに行ったらどうだ?」
「つまり?」
「たまには一人にしてくれ」
「うん?そんなに一緒にいるか?」
「一日の大半がお前と一緒にいるぞ」
「そうか?ふむ」
「もう本丸にも慣れてきただろう?わからないことは今まで通り聞いてくれて構わないがさすがに四六時中一緒では退屈だろう」
「俺は退屈はしていないぞ?」
「しかし俺は疲れている」

青江と過ごす時間が無くなったおかげで今まで以上に疲れるようになった。というよりは疲れが取れなくなったというべきか。三日月が嫌いだとか鬱陶しいというわけではないがここまで来るともう少し距離を置いてほしいと思ってしまう。もともとこんなにべったりするような性格でもないし(そもそも性質からしてあり得ない)、そんな仲の刀剣もいない。強いて言うなら青江だがあれは特別枠だ。もはや休憩所みたいなものだ。違うけれど。
あちらこちらとふらふらする思考に溜め息をつけば、三日月が口を開いた。

「……すまなんだ、以後気を付けるとしよう。世話になった」
「おい」

いつものように笑いながら言ったそれに、おそらくこれはまずいと立ち去ろうとする三日月を呼び止める。

「お前が今考えていることはおそらくこちらが思っていることと違う。俺は少々面倒な性質でな、お前が悪いということでも俺が嫌っているということでもない」

簡単に言えば神経質みたいなものだ。そう言って俺は三日月の手を引いて部屋を出る。

「余計な世話かもしれないが、まあ俺にも非はあるからな」

目的の部屋まで来ると中に向かって声をかけた。

「切国、いるか?」
「……長谷部?」

障子が開いていつもの布を被った切国が出てきた。探す手間が省けたので助かった。

「今は時間があるから引き受けよう」
「すまない、頼む」
「構わない。青江はさっき散歩から帰ってきて大広間に向かったぞ」

俺に手を引かれた三日月を見て、何も言わずとも察してくれた。それだけよくあることなのだった。もうこの本丸は切国なしでは存続できないかもしれない。
切国に限らず、俺には青江の、青江には俺の居場所を知らせてくれる。こうしてすれ違いになっているときは本当にありがたい。

「三日月、今日は切国と遊んでくれ」
「……あいわかった」

部屋を後にする前に三日月の髪をそっと撫でると、ほんの僅かに顔色が明るくなった気がした。



大広間へ向かうと、切国の言った通り青江が一人でお茶を淹れていた。

「……青江」

声に気付いた青江がばっと顔をあげた。予想に反して驚いた顔をしていてこちらも面喰ってしまった。

「久しぶりだねぇ」

ぽんぽん、と青江が隣を叩く。呼ばれるままに座布団の上に座れば淹れたばかりの茶を差し出された。

「もうひとつ湯呑を取ってくるから、君はそれを飲んで待っていてくれ」

すぐに戻るよ。立ち上がりかけた俺を制して青江は行ってしまった。
目の前には淹れたばかりで湯気を立てているお茶。一口飲めば少し気分が落ち着いたような気がした。

「最近なかなか会えなかったからね」

戻ってきた青江は湯呑と一緒に櫛も手にしていた。湯呑を受け取り茶を淹れれば、さっと髪を解いた青江がありがとうと言って背を向けた。もう一口お茶を啜って、台に置かれた櫛を手に取る。

「やはりこっちのほうがいいね」
「…………」
「自分でやるのとは何か違うみたいだ」
「…………」
「そうそう、さっき散歩してきたんだけれどね」
「…………」
「短刀たちがかくれんぼしていてなかなか楽しそうだったよ」
「…………」
「さて、そろそろ戻ってきたかい?」
「……ご主人」

髪を梳いている間、青江はいつものように一人で話す。今までに比べればほんの少しの間なのに、ずっと昔だったような気がして変わりないことに安堵した。そうして、”俺”が戻ってくる。皆の前でのへし切長谷部をひととき忘れて、自分を思い出す。眠りから目覚めるように。

「おかえり」

呼べば、青江は振り向いて俺を迎えてくれた。ああよかった、帰る場所はまだ、此処にある。
湯呑を置いて俺から櫛を取り上げ、青江が俺の手を引く。それに従って体が前のめりになり、バランスを崩すまいともう片方の手をついた。

「たまにはいいだろう?」

されるがままにすると、いわゆる膝枕の状態で頭を撫でられる。心地よさと、誰かが通りかかるのではという不安がせめぎ合うが、青江はお構いなしだ。もう気にする者はいないだろうと彼は言うが、どうも踏ん切りがつかない。

「いいんだよ、気にしなくて。眠っても構わないよ」

優しくそんな言葉を掛けられれば、疲れの溜まっていた躰はすぐに船をこぎ始めた。朦朧とする意識の中で、辛うじて「ただいま」と呟いた。



「あ、青江さん」
「前田君、かくれんぼは終わったのかい?」
「はい、さっきようやく全員見つかったところで……」

前田に続いて小夜や今剣たちも通りかかった。目線の先の光景に驚いたのか言葉が途切れた。

「お疲れなんですか?」
「ん、ちょっとね。働き過ぎではないから大丈夫だよ」
「……珍しいね」
「はせべはひとまえでねむることはないですよね」

前田たちが心配しつつ長谷部を興味津々に見ていると今度は切国と三日月が通りかかった。三日月の驚いた顔に、そういえば実際に見るのは初めてかもしれないなと思いながら長谷部を撫でるのは止めない。

「あなや、長谷部は青江に懐いておるのか」
「いつもはここまでむぼうびではないですよ」
「おや、今だって無防備というわけではないよ」
「……青江がいるものね」
「しかし今日は珍しいな。今まで、眠ることは無かっただろう?」
「もう皆も慣れてきただろうしいいかなってね」

ちなみに恋仲というわけではないよ。と念のため三日月に言ってはみたもののもう恋仲って言った方が皆もわかりやすいんじゃないかななんて考えだした。余計な気を回されても困るし、恋愛感情でもないのだからやはり違うか、とすぐさま思い直す。我ながら考えをひっくり返すのが早い。

「審神者にも驚いたが、此処は随分変わっているな」

演練についていって他の刀剣たちと話す機会もあったからか、三日月はしみじみとそう呟いた。それについては僕も異論はない。おそらく皆、審神者に初めて出会って、本丸で過ごすようになって、そう思ったことだろう。

「うんうん、君もそう思うだろう?けれど」

けれど。
誰一人として、それを嫌だと思ったことは無いんだ。

「こういうのも、」



              悪くないと思わないかい?




おかしいから、変わっているから、普通とは違うから、一緒じゃないから、同じになれないから。
だからといって、それが悪いわけじゃあない。駄目なわけじゃあない。
そんなのでも、面白おかしく思うままに歩んでいけるんだよ。
ねぇ?長谷部。

「うむ、よきかなよきかな」





(しかしそれは羨ましいぞ。俺も長谷部を撫でたい)
(うん?)
(あ、あの、僕もやりたいです)
(……僕も)
(だーめ、僕のだから)
(長谷部も大変だな)
(おや、どういう意味だい?)
(そのままのいみですよー)

End
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