藤色の付喪神

□其の花の色は
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途中から泣きだしそうになりながら少女は語った。
殺してくれと頼まれたことはまあ、おかしなことに含まれるのかもしれないがそれでもこの少女は本人がいうほどおかしいだろうか。命を助けずに見捨ててしまうほどに彼女は人と違うのだろうか。刀である歌仙が、罪を背負うことに罪悪感を感じているだろうこの人の子が。

「(これを、優しさとは言わないのか?)」

優しい人間が、おかしいなんてことがあるのだろうか。

「……あなたに、話すつもりはありません。勝手に呼び出してしまってごめんなさい。けれど私は先程説明を受けたように、この本丸を運営していくつもりはまったくありません。審神者である私が死んでも、本丸が消えるわけではないようですからしばらくここで過ごすなり、戦場から他の本丸へ移るなりお好きなようになさってください」

今だって、こうして僕の身を案じてくれているというのに?

「では、失礼します」

少女は黙り込んだ歌仙を置いて厨へと急いだ。一度は絶たれた死への道が再び目の前に現れたのだ、進まないなんていう選択はしない。
もともと備え付けられている包丁の中から見慣れている万能包丁を手に取った少女は、さてどこから切り付けようかと考えを巡らせた。
まず片目を潰して、内臓もなるべく使えないように切り刻みたい。痛いのも苦しいのも本当は嫌だ。けれども、自殺という許されない罪を犯すのだからそんな我儘は言っていられない。喉も掻き切って、手足も切り付けて、失血で身体が動かなくなる前にすべて終わらせなければいけない。ショック死にも気を付けなければ、うっかり内臓が綺麗に残ってしまっては意味がない。不安要素は確実に取り除いておくべきだ。

「…………」

最期なのだし、何か一言でも口にしてみるべきなのだろうか。
そんなことをふと思い浮かべて、時間の無駄だと首を振って気を取り直した。そもそも、そういうことだって彼女にはできないのだ。考えるだけ死が遠ざかるだけである。
それでも、たったひとつ、少女は祈った。

「(もう、わたしみたいなのが生まれませんように)」

少し震える両の手で、右目に向けて包丁を突き立てた。

「きみは結論を急ぎすぎじゃあないかな」

眼孔へ埋まるはずの切っ先が寸でのところで止まっている。

「邪魔をしないでください」
「残念だけど、きみの願いはまだ叶わない。もう少し僕に付き合ってもらうよ」

細い少女の手から包丁を取り上げ、元あった場所へと仕舞う。途端眉間にしわを寄せて睨み付ける少女の手を引いて、歌仙は先程の部屋へと戻った。今度は二人とも座らずに、立ったままで。

「そう睨まないでくれ。僕は言っただろう?〈まだ〉叶わないと」
「……叶えてくださるんですか?」
「そういうこと。何も今すぐでなくていいだろう?僕の受け入れ先が見つかってからでもいいじゃあないか。人の身に慣れるまで、一緒にいてくれてもいいだろう」

疑問形のようでけれども有無を言わさぬ言い方だった。
できることなら今すぐに死にたいのに、一度ならず二度もそれを阻止されて少女は内心穏やかではない。むしろ不安定になっていた。希望を奪われたような気持ちで、少女は歌仙の言葉を聞いていた。

「死にたいと思ったのは現世でのことなんだろう?此処にはきみと僕、増えるにしても僕と同じ刀だけだ。きみがいた世界とは違うのだから、少しぐらい寄り道をして行きなよ」
「…………」
「死のうと思えば、きみはいつでも死ねる。そういう切り札をきみは手に入れたんだよ」

静かに、諭すように歌仙は少女に話しかける。少女が死を望んでいることは嫌でもわかったがその理由はまだわからない。何よりせっかくこうして会えたというのに初めましてさようならなんて、捨てられているみたいであまりいい気はしない。加えて、役人たちの話によれば僕や他の初期刀は比較的入手しやすいという。ならば僕の受け入れ先などそうそう見つかりはしないだろう。ここで刀解されるか、戦場で折れるか。もしくは、この本丸で少女と共に過ごすか、である。時間があれば説得のしようもあるし、末席とはいえこちらは神だ。人間でも使える言霊をはじめ少女を言いくるめるくらいの力はあろう。時間さえあればいいのである。

「例えばきみはさっき僕が主君殺しになるのを厭うような素振りを見せたけれど、僕は付喪神だ。刀として主人を殺さずとも、神としてきみを攫うことはできるわけだ」
「……神隠し?」
「そう。ただ、いくつか条件はあるけれどね」
「燈」
「え?」
「燈って書いて、あかり。私の名前です」
「…………」
「本名……ええと、真名?というんでしたっけ。確か、そういうこと関連ではとても重要になりますよね」
「名前は大切だよ」
「知っていますよ。とても……とても大切なものです」

少女の身に何があったのか、彼女の年齢におよそ似つかわしくない表情で雰囲気で話し続ける。どうして、わかっているのにすべて諦めたような顔をするのか。時間があれば、いつか話してくれるだろうか。

「神隠しなら、身体が残る心配もないですね」
「何度も言うけど、もうしばらく僕に付き合ってもらうからね」
「……約束ですよ」

少女がそう言った瞬間、ほんの少し空気が変わった。

「きみ、言霊を使えるのかい?」

不安定ではあるが人間相手ならば十分に通用しそうだ。審神者に選ばれたのだから何かしら力を持っていても不思議ではないが、しかし言霊を扱うとは。神ですら、信仰する人間が少なくなったというのに。

「使える……?そうなんですか?」
「自覚はないのかい?」
「そんなの関係ないですから。信じることが大切、それだけです」

確かにそうだろうとは思うが当然のようにそう答えられるこの少女は本当に、不思議で仕方がなかった。

「あなたに神隠ししてもらうとして、確かにあなたの言う通りです。顕現してもらったのは人間の勝手な都合です。ですからしばらく、あなたにお付き合いしましょう」
「わかってくれたようで何よりだよ」
「しかしながら……だからと言って私は何も変わりませんよ。人はすぐに心変わりしますから機会が巡ってくればあなたに神隠ししてもらうまでもないです。わたしはこの本丸を維持するためにただ居るだけです。あなたもあなたで勝手にしてください。よく言えば自由に暮らしてくださって結構です」
「まあ、今はそれでいいとしよう」
「本丸では何かと審神者の力が必要だとか許可が要るみたいですが、そのあたりはこんのすけに相談してみましょう」

理由は適当に考えておきます、と燈は部屋を出て行った。
これでとりあえずは彼女が自殺を図ることはしばらくないだろう。このしばらく、が具体的にどのくらいかはわからない以上行動は早めに起こすべきだろう。
燈をここへ繋ぎ留めるためにできること、すべきことは何か。
彼女を助けたい、なんて綺麗事ではない。ただなんとなく、嫌だと思っただけだ。あの子に言わせれば随分と勝手なのだろうがお互い様だ。
ひとまず仲間を増やそう。それは僕たちが呼ばれた理由に沿っているのだから問題はない。刀種は関係ない。彼女が自殺しないように監視できればいいのだ。
他にはどうしようか、と考えていると燈が戻ってきた。
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