藤色の付喪神

□持てるすべてで貴方を愛しましょう
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「お、待たせたな!」

そこへ得意げに笑いながら審神者が早足で大広間へと向かって来た。皆の視線が集まったその後ろ。

「新しい仲間を紹介しよう」
「っ、へし切長谷部という。同じ主に仕える刀として、よろしく頼む」

へし切長谷部と名乗ったその刀の言葉に返事をするものは誰もおらず、皆一様に目を見開いて微動だにしなかった。

「……あの、主?」
「な?言ったとおりだろ。悪気があるわけじゃないから、まあ、戻るまで待っててくれ」
「はぁ……?」
「駄目だよ」

長谷部のさらに後ろから、小夜が姿を見せた。ぱんぱん、と手を叩いて、皆がはっと気づいたところで宗三に対面する。

「皆の思いが届いたみたい。手伝い札を使って、すぐ来てもらったんだ。ほら」

小夜に促されて宗三は長谷部の傍に歩み寄る。長谷部が小さく、あ、と声を漏らしぱっと微笑んだ。

「宗三か?」
「え、ええ」
「〜!久しいな!またこうして会えるなんて、夢みたいだ!」
「へし切……!僕を覚えているのですか?」
「当たり前だ。忘れるものか」
「お?じゃあ俺っちのことも覚えてるかい、へし切」
「薬研!」
「俺のことなんて、わ……忘れてないよな、へし切!」
「不動も!」
「ほら、旦那も挨拶しとけよ」
「わ、あ、でも僕は……」

宗三の陰から茶目っ気溢れる登場をした薬研に手を引かれ、不動と燭台切も長谷部のもとへ歩み寄る。ぱっと笑顔を咲かせていく長谷部の前に、不安そうな表情の燭台切が押し出される。

「お前、光忠か?」
「あ、うん……えと、さすがにわからないよね、へし切さま」
「……もしや、末の光忠、か?」
「え!」
「ふふ、驚いたでしょう?」
「あの光忠がまさかこんな美丈夫になるなんて思いもしなかったよなぁ」
「ほら、ちゃんと挨拶してみろよ」

すっと目を細めた長谷部に、びくびくと怯えるような、けれども期待を隠し切れない顔で燭台切はかつてのように長谷部を呼んだ。じっと見つめられるのは少し照れてしまったけれど、それでも長谷部が覚えていてくれたことが嬉しくて、燭台切はぱぁっと顔を輝かせた。言い当てた長谷部も驚きは隠せず、それを見て宗三と薬研が笑う。不動が横からつついて自己紹介を促した。

「僕は燭台切光忠。織田の家から伊達の家に渡って、号を戴いたんだ。覚えていてくれてありがとう、へし切さま」
「そうか……いや、ははっ、立派になったな、末の。あ、いや、燭台切」
「へし切さまも、少し変わられたけれど、美しいままだ。僕の刀身はもう、焼けてしまったから……」
「燭台切、そんなこと言ったら俺っちだって似たようなもんだぜ?」
「……そうか、二振りとも……」
「気にすんな、少なくとも此処に居る間は嫌って程見せつけてやる。な?」
「え、う、うん!僕だってあの頃よりずっと格好良くなったんだから!」
「しっかしほんとにバッサリだな。ちぇ、俺の楽しみが減っちゃったじゃないか」
「何を言うんです、へし切の髪を手入れするのは僕の仕事ですよ」
「なんだよー、俺には長谷部って呼べって言ったのにー」
「え、あ、えっと……」
「主、長谷部を困らせちゃ駄目だよ」

昔馴染の刀と和気あいあいと話している長谷部に、まるで子供のように拗ねた口調で審神者が割って入ると、うずうずしていた刀剣たちもなんだなんだと口にしだした。

「へし切ではなく、長谷部と呼んでくださいと申し上げたんだ……その……」
「長谷部が呼んで欲しいように呼ぶから、心配しないで」
「ありがとう、小夜」
「僕たちも、長谷部と呼んだ方がいいですか?」

小夜がすかさず助けに入ると、長谷部はしゃがんで、はにかみながら礼を言った。そこへ宗三がばつの悪そうな顔で問いかける。薬研や不動、燭台切も、あの呼び方はまずかったのだろうかと表情を同じくして長谷部を見た。

「いや、宗三たちはその方が呼びやすいだろう?そのままでも構わない。あ、それではまずいだろうか?」
「んにゃ、呼び方なんてそれぞれ好きなようにすりゃあいいさ!ただ、長谷部の希望は聞く。だから俺は長谷部って呼ぶな」
「じゃあ僕たちは昔のようにへし切、と」
「僕も、変わらず長谷部って呼ぶね」
「あ、あの、僕は大和守安定。よろしく、長谷部」
「ああ、よろしく、大和守」
「僕、秋田藤四郎です!長谷部さん、よろしくお願いします!」
「よろしくな、秋田」

審神者がにかっと笑って大きな声で方針を決めたことで、呼び方の不安は解消され、あれよあれよと自己紹介が進んでいく。織田の刀たちを筆頭に本丸の案内や人の身体で過ごすにあたっての注意点を説明し終わるころには、出陣並びに遠征に出ていた刀剣たちも戻ってきた。幸い、手入れが必要なものはおらず(それでも幾振りか軽傷者はいたものの軽い手当で済むものだった)、新顔に気付いた彼らが順々に自己紹介に名乗りでる。一気にあれこれ話しても疲れてしまうから、と蜂須賀が一旦長谷部を部屋へ案内して休ませ、夕餉の席で改めて歓迎となった。その時には宗三と小夜の兄である江雪も「弟がお世話になっております」と挨拶され、また、大倶利伽羅と親戚関係にあたるとわかり「……叔父さん、になるのか?」「じゃあ廣光は俺の甥っ子なのか?」とぎこちないながらも打ち解けていた。
酒は楽しく呑もう!とは審神者の言で、飲酒は楽しめる量までと本丸の決まりに従って、長谷部の歓迎会はその余韻を多分に残してお開きとなった。
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