藤色の付喪神

□世話焼き三日月の第一歩
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さて、では早速案内の続きに戻るとしよう。ついでにこの遊びを広めるぞ、と三日月は意気揚々と長谷部の手を引き歩き出した。

「おっと、聞こえなんだか?それはもう俺のものだ。おぬしはそこで眺めているといい」
「いいんですか?」
「いいもなにも、こちらを勝手に盗み見しておるのはあちらだ。さ、次は何にしようか」
「…………」
「本当にいいのか?と思っているな」
「な!?」
「そういったことも口に出していこうという遊びだ。ちなみにこれは読心術ではないぞ?まだ習得しておらんのでな。いやしかし、楽しくて仕方がない」
「……驚きましたよ、素直に。一息つくときには、手を胸に当てるものなんですね」
「おお、上手いな。こうして腕を組むほどに、どう言い表したものかと悩んでいた。言い出した俺が早くもことの難しさに気付いてしまったぞ」
「あれ、あそこの池には何かいるんですか?」
「いや、ここの庭はそこそこ広さはあるが池はさほど大きくなくてな。主が世話が苦手ということもあって魚はおらんよ。見てみるか?水は綺麗だぞ」
「いいんですか?じゃあ、少しだけ」
「ああ長谷部、待て待てそのまま行くつもりか」
「……どういう意味ですか?」
「ここに靴がある。これを履いていくといい。靴下のままでは汚れてしまう」
「あっ……すっかり失念していました」
「よいよい。さ、俺はここで待っているから」
「ありがとうございます。しかしいったいどこから……木の上と砂の上はやはり違うな。と、池……確かに小さめ、なのか?底が見える。水は澄んでいる、確かに綺麗だ。映ってる、空……見上げると一面青だな。青い空、白い雲……で、右にも左にも植物の緑。振り返れば我が本丸か。三日月さんが座ると人形のようだな」
「どうだ、長谷部よ。じじいもこうして黙っておれば少しは様になろう?」
「貴方は何をしても様になるでしょう」
「はっはっは、誉め言葉と受け取っておこう」
「いえ、誉め言葉以外何があるんですか。間違っても嫌味ではありませんよ」
「そう慌てるな、もういいのか?脱いだ靴は俺が預かろう」
「あず……?ええと、なおすくらい自分でできますから」
「うん?どこも壊れては……ああ、そうだったな。たしか地域によって意味が変わる言葉があると主に聞いたぞ。気にするな、まだ場所がわからんだろう」
「じゃあまたその時に片付けて」
「ふふ、指を近づければ黙るというのは本当だな。幼子にするそれがいつの間にやら。そろそろ八つ時かな。空き部屋に時計は無い。広間と厨、それから各々の部屋には壁にかかっているがまあ、自分で持っておくのがいいだろう。ここにきて一番最初の買い物はみな時計だ。うむ、もう少し時間があるか」
「それが三日月さんの時計ですか?」
「ああ、文字盤が無いのがたまたまあってな。黒い淵に白い盤面、丸く散らばる丸とひし形の石。数字は無いが気に入ったのでな、使い慣れれば不自由もない」
「ふぅん?珍しいですね」
「そうだ、明日は長谷部の時計を買いに行こう。そうと決まれば主へ伝えなければ。主の部屋はこちらだ。ここからだと右へ左へと忙しいからな、迷わぬように気を付けろ」
「わざわざ手を引いて頂かなくてもちゃんとついていきますよ。でも、いきなり決めてしまっていいんですか?」
「時計が無ければ困ることもあるからな、顕現した日か翌日には用意するようしている。ここを左、そこは真っ直ぐ進んでその次に左へ曲がりすぐ右へ曲がる」
「えっと、あ、内番表。これの方に曲がる……三日月さん、もう少しゆっくりお願いします。まだ、歩くのが」
「おっとすまない。気が急いていたようだ。おお、大丈夫か長谷部、足をひねったか?」
「いえ、バランスを崩したみたいで……ありがとうございます」
「すまんな、長谷部。あまり楽しいものだから浮かれてしまっていた。どれ、掴まっていろ」
「え、いや大丈夫です歩けますから」
「遠慮はいらん、じじいとはいえ力はあるぞ」
「そ、じゃなくて、わ、お、落ちるっ、下ろしてくださいっ」
「む……そんなに嫌か?そういえば切国も嫌がっていたな。そこまで拒否しなくてもいいではないか。主なぞ子供のようにはしゃいでおったというに」
「び、びっくり、した……なんでそんな目に見えて落ち込んでいるんですか……切国はわかるとして主……」
「随分と気に入っていたぞ?」
「そ、そうですか……ん、もう大丈夫です、行きましょう。あ、ここが厨ですか?」
「ああ、なんと此処がこの本丸の中心だ。火事になったらアウトだと主が笑っていたな」
「…………いいんでしょうか」
「火の始末をきちんとしておけば問題なかろう。切国、今日のおやつは何だったかな?」
「っ、広いですね。見たことのない機械?がたくさん……」
「三日月、長谷部。今日は水ようかんだ。好きなものを選べ」
「長谷部よ、八つ時はこうしてテーブルの上に全員分のおやつが用意される。どれも同じだが種類があれば厨番が教えてくれるから好きなものを選ぶといい。食べ終わったら奥の流しへ食器を下ろしておけば厨番が後で洗ってくれる」
「わかりました。涼しげでいいですね。全部で六つ。では手前のこれを頂きます」
「俺は右端のを頂こう。まずは一口サイズに切り分けてからがいいだろう。さ、これくらいでどうだ?」
「ありがとうございます……」
「咀嚼して飲み込んで、喋るのは口をからにしてからだ」
「…………ん。甘い?口の中がなんか、変わった?」
「そうだな。不快感がなければ嫌いではないだろう」
「嫌ではない、好ましい、と思います」
「美味しい、だな」
「美味しい……」
「さ、食べてしまえ。長谷部は甘いものが好きとな。今度西洋の菓子を作ろうと思っているから、一緒にどうだ?」
「あれは全員で作る予定だっただろう」
「そうだったか?お馴染みの若葉色のエプロンをつけたままということは切国、このまま夕餉の準備をするのか?」
「ああ。歓迎会もあるからな、品数を増やしてみようと思っている」
「切国は器用ですね。料理ができるなんて」
「主がああだからな。死活問題だった。致し方ない」
「主は不器用ではないのだが料理はさっぱりだそうだ。今切国が立っている作業スペース、まな板と包丁しか置いてないが主が立てば本丸中に断末魔が響き渡るぞ」
「そんなに……恐ろしいことなのですか?」
「おい」
「なんせ美味しい不味いがわからないうちに口にしたのに本能が警告したほどだからな。食べられるはずのものが主の手によって、食べられないものへと変わり果てたさまはそれはもう……思わず語るのをやめたくなるほどだ」
「三日月さんが遠い目を……しかも手も止まって……そんなに酷かったんですか」
「おい、さっきから何なんだ」
「どうした、切国、いつも以上に眉間にしわを寄せて。腕組までされては怒っているのがありありとわかるぞ」
「だから、それは何なんだと」
「三日月さん、まだ切国に説明していません」
「説明?」
「おお、そうだった。実はかくかくしかじかでな」
「それで通じると思っているのか?」
「ああ、切国がさらに怒ってます。三日月さん、面白がってる場合じゃないです、あ、お、落ち着いてください切国」
「そ れ で ?」
「なに、ちょっとした遊びだ。そう怒るな。いっそう美刃だぞ。あやつの手間を省かせてみたまでよ」
「あやつ?」
「そこで指をくわえて見ているだろう」
「三日月さん、悪人顔になっています。そんな喉を鳴らすように笑ったらちょっと怖いです」
「手間、ねぇ。嫌がらせの間違いじゃないのか」
「長谷部、ほれ、茶だ。俺が淹れた茶は美味いぞ。切国、そんな訳でしばらく遊んでみようと思ってな。なに、本丸にいる間だけだ。出陣や遠征には支障はない」
「なんとなく察しはしたが俺に説明しながら長谷部の世話を焼くな。長谷部もまったりしてるんじゃない。あ、いや、別に怒っているわけではなく」
「流石だな切国、つまりそういうことだ。俺も茶を頂くから先に皿を下げておけ」
「美味しかったです……流し、は奥の……ここですね、洗い桶の中に……一組先に入ってる?」
「それは主の分だ。待ちきれなかったみたいで、一足早く来て用意するのをそこ……おやつを並べているテーブルで待っていた」
「一緒に入れておけ。うむ、今日も美味かった。長谷部、主の部屋へ行くか」
「はい。切国、ありがとうございました。美味しかったです」
「毎日あるからな。予定に合わせてあるから、時間が合わないときは後で取りに来てくれ」
「わかりました。三日月さん、お願いします」
「ああ。厨が中心だからここを起点に覚えるといいかもしれないな。入り口と反対側に主の部屋がある。入り口に向かって左手に書庫がある。本を持ち出す際はノートに日付とタイトル、それに名前を書いて、返した日付も書いておいてくれ」
「こっちが主の部屋で、そっちに書庫。ノートの記入さえ忘れなければ持ち出しは自由、ですか?」
「そういうことだ。しかし長谷部、そんなに甘味が気に入ったのか?」
「え?」
「顔に出ているぞ。はっはっはっはっは、そんなに気に入ったなら、厨番もさぞやりがいがあるだろうて」
「え、っと、俺は何か悪いことを」
「いやいや、逆だ。良いことだ。俺も嬉しい。長谷部と一緒だと楽しくて仕方がない。主、邪魔するぞ」
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