藤色の付喪神

□ちび兼さんをよろしく
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さて、そんなこんなで話を戻し、和泉守は長谷部を筆頭に刀剣たちと本丸で日々を過ごしていた。その日々はまあ、一言で言えば子供の教育だ。とはいえ人間の真似事が全てではないのでほどほどに、それっぽいことをしている。中身まで幼いせいで刀剣たちからすれば人間の子供そのものである。それこそ打たれたばかりの刀剣を相手にするようなものだ。あれやこれや要らぬ世話を焼きたくなるもので、こぞって和泉守に構おうとする。和泉守も、次から次へと新しいことに触れられるのが楽しいようで覚えたばかりのことは得意げに披露して見せたりする。その筆頭はもちろん長谷部で、彼に褒められるのが和泉守の自信の糧となっていた。けれどもその時に頭を撫でられる。まるで本当に幼子にするように。これだけはいただけない。しかし和泉守は長谷部の手を振り払うでもなく、いずれもっと成長して彼が子供扱いなどできないほど立派になってやろうと決心していた。
さて、そんなふうに和泉守がすくすくと育っていく中でここのところ彼の刀は駄々をこねるようになった。短刀よりも見目幼い頃から手合わせ(短刀相手で加減必須)を日課に組んであったのだが、身体が成長し短刀たちよりも少しばかり背が高くなった頃。もっとちゃんと手合わせがしたいと和泉守は抗議した。彼も刀である。納得できる様子ではあったが、長谷部が反対した。短刀たちが彼に合わせて手加減していたこともあるが、一番に和泉守を傍で見てきた長谷部には、例え練度の低い刀相手でも手合わせは危険だと判断したのだ。長谷部が言うなら、と同じく手合わせをしてきた短刀たちも是とは言わなかった。中には思いっきり怪我してもいいなら一度試してみてはという賛成の言葉もあったが、終ぞ長谷部の賛成は得られなかった。それに怒った和泉守は手合わせがしたいと、ことあるごとに仕事をサボるようになった。それに溜息を吐きながら和泉守を捕まえて説教をするのが長谷部の最近の悩みの種である。

「はーーーせーーーーべーーーーーー」
「離せ!下ろせ!御手杵なんか嫌いだ!」
「えーーー……俺嫌われちまった……」

声のした方を振り向いた三振りが見たのは御手杵に抱えられた和泉守だった。本日何度目かわからない溜息を吐く長谷部に苦笑しながら加州と大和守が各々話し出す。

「苦労するよねー、ほんとに子供なんだから。ついでに言うと日本号がいると親子感すごい」
「捕獲したらすぐ嫌いって言うんだもんね。日本号は気にしてなかったけど、青江なんてすごいダメージ受けてたよ」
「御手杵も結構喰らってるみたいじゃん」
「あれ言われても平気なのって、もしかして限られてる?」
「そーだねー……わりとやばいんじゃない?」
「近々捕獲部隊が結成されるかな。長谷部、そろそろ許してあげたら?」
「そうは言うがな……あれを見て大丈夫だと思えるのか?」
「いや、全然。でも俺たち基準じゃあいつまでたっても戦場に出られないよ」
「……一応、初陣の計画は主にお話してある」
「粟田口に任せるの?」
「ああ。あいつらならいずみの癖もわかっているからな。日本号はさりげなく過保護だから駄目だが。粟田口の面々は敵がそれほど強くない時代なら、上手く立ち回ってくれるそうだ」
「で?内緒なの?」
「俺から言うのも気が引けてな」
「そんなこと気にするんだ?」
「俺を何だと思ってるんだ」
「あっはっはっはっは、そりゃあ頼れる長谷部さまですよ、と。いずみーーー!」

目に見えてしょんぼりしている御手杵に罪悪感を感じた和泉守がしどろもどろになりながら弁解している。傍から見ればどっちが子供かわからない場面だが御手杵はあれをわざとやっているから侮れない。
加州の声にぱっと和泉守が振り返る。長谷部の気持ちを汲んでくれた大和守と加州が歩み寄り初陣のことを知らせてやれば、それはそれは嬉しそうに目を輝かせて喜んだ。

「進言してくれたの、長谷部なんだよ」
「え」
「ほら、言っておいで」

高揚したせいでうっすら赤くなった和泉守がたたたっと長谷部のもとへ駆けてきた。

「あ、ありがとう」
「隊長の指示をきちんと聞くんだぞ」

ふっと笑った長谷部は、いつものように屈んで目を合わせてから和泉守の頭を撫でた。



「もうそろそろ時間か」
「骨喰……ああ」
「あんたも出迎えか?」
「兄弟がいるからな、ちょっと野暮用もある」
「また何かやらかしたのか鯰尾は」
「…………無事だろうか」

和泉守が帰ってくるのを、長谷部と日本号は門の前で待っていた。そこへ骨喰も加わる。肩をすくめて見せた骨喰に、隣に立つ日本号に、長谷部は思わずつぶやいた。

「アンタがついてたんだ。それに、粟田口もついてる」
「本当に、助かる」
「多少怪我はしているだろう。だが、中傷止まりだ。粟田口の矜持にかけて」
「ありがとう」
「礼を言うなら兄弟たちが帰ってきてからだな」

和泉守の初陣は粟田口の面々の力によって無事に幕を下ろした。骨喰の言った通り、中傷よりも酷い怪我にはならないよう注意してくれたようで、帰還した和泉守は軽い中傷、平野と秋田が軽傷で重傷者はいなかった。

「長谷部。俺、ちゃんと鯰尾の指示聞いたぞ」
「そうか」
「まだ倒せなかったけど、敵も斬った」
「おかえり、頑張ったな」

すぐさま長谷部のもとへ駆けてきた和泉守は、そこかしこに傷を作り、装束もところどころ破れていた。長谷部は和泉守の報告に頷き、そっと頭を撫でる。そのすぐ傍で腕を組んで笑う日本号の図はもはや本丸では見慣れたものだ。にっと得意げに笑った和泉守に、出迎えに出てきた刀達も安心したようだった。

「いずみ、手入れ部屋空いてるからすぐ行きな」
「わかった!」

薬研の声に元気よく返事をして、平野と秋田に連れられ和泉守は手入部屋へと向かったのだった。



それからというもの、日課の手合わせ(もちろん和泉守に合わせて手加減している)に加え、出陣にも出してもらえるようになった和泉守はぐんぐん練度を上げていった。背丈も脇差よりは高く、けれど打ち刀にはまだ届かないくらいだ。度々怪我をこさえて帰ってくるものの、未だ重傷には至らず戦場でその刃を手に駆け回っているらしい。らしいというのも、長谷部の練度は本丸内でも高い方で、和泉守と共に出陣したことはないためだ。
そろそろいいだろう、と手合わせでも短刀に限らず都合が付けば誰が相手でもよいということになり和泉守は大いに喜んだ。もともと皆があれこれと教えるせいで色んな事に興味を示した和泉守は燭台切に付いて料理を習い、蜂須賀に家事の真似事を教わり、山伏と修行に励み、御手杵と掃除に精を出し、日本号や鶴丸と様々な遊びを繰り広げ、粟田口の刀に数ある作法を教わり、加州と大和守に書類仕事を手伝わせてもらい、日々を忙しなく過ごしていた。ようやっと手合わせが自由になったことでそれらに充てていた時間よりも、稽古をつけてもらう時間の方が圧倒的に多くなっていた。刀によって型や立ち回りは異なる。それらを少しずつ吸収しながら確実に成長していく和泉守を、長谷部は微笑ましく見守っていた。もちろん、和泉守の頑張りを認め、その頭を撫でることは忘れなかった。




「演練……」
「明日の午前中を予定している。俺も一緒だ。部隊編成は今晩発表されるそうだ」
「そっか」
「怖いか?」
「まさか!楽しみだぜ!」
「ああ、俺もだ。一緒に戦うのはこれが初めてだな。頼りにしているぞ?」

練度が上がったとはいえ和泉守よりもずっと上にいるはずの長谷部はそんなふうに茶化して穏やかに笑った。そんな長谷部を見て和泉守は思った。これはチャンスだと。自分はこんなにも強くなったのだと見せつければ、長谷部も子供扱いをやめてくれるに違いない。誉を取ることは難しいだろうが、取ってやるという心意気で臨もうと和泉守は闘志を燃やした。
発表された部隊の詳細は宗三を隊長として石切丸、堀川、和泉守、鯰尾、長谷部の六振りだった。
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