結界師二次創作「兄さんと僕。」

□罪と罰〜七郎の場合〜
1ページ/3ページ

 −どうして。なぜ、こうなってしまったのか…。




 駄目だ、もうやめないと…、と…。何度も思った。




 こんなつもりじゃなかった、本当に。



 何故。どこで。



 …自分は間違えてしまったんだろう…。























 その日も本当に、いつも通りの夜だった。



 いつもと同じように、兄さんが自分の部屋を訪れ、携帯を渡してくる。


 だいたいいつも、黙って携帯を差し出してきて…。


 俺が確認した内容に返信を打ち…その、打たれた返信に、頷いてみせるだけ、なのだが。

 時折、こういった内容を入れてほしいとか。その日は駄目だとか、こっちの方がいいとか。

 多少の希望は伝えてくるのだ。


 少しずつ、兄さんの出すご希望は増えてきていて。

 この人の、周囲の変化に慣れてくる、その様子に…。



 …いいことだ、と…。思う反面…。


 …この人の世界に…、自分以外のほかの人間は…要らないのに、とも。…考えてしまう。






 いつも通りに返信を打ちながら、兄さんに話しかける。


 「…返信するのはこれで全部だと思うけど…後から確認してみてね。

 …あれ、明後日の仕事、受けちゃったの?…しかも、また、夜行…?

 こないだみたいに…資料を持っていくだけ、とかなら…他の人間でも、足りるんじゃ…ないの…?

 …俺はこの日、扇家での会合があるから家にいてねって、…あなたには…お願いしてたと、思うけど?」





 …この人には、何度言っても…まったく自覚する気がないようだが。


 今現在、扇家のNO.2は…確かに、兄さんなのだ。

 本人が認めなくても。自分はそんなんじゃない、と…どれだけ、言っても。



 親父はもうあまり術を使えない。

 あの年で車椅子であることを考えると、それもやむを得ないと思う。





 だから。兄さんが、扇家で。



 …当主である自分を除いたら、一番能力に秀でていて。



 …そして…、扇家を。束ねていかなければならない、立場なのだ。





 実際、兄さんの術には定評がある。

 力勝負の当主より力は劣るが、コントロールは丁寧で…優しい、と。



 夜行の子どもたちを飛ばせているのを見たときに、俺自身もそう思った。

 自分が同じことをやったら、あの少女はスカートでなんか空を飛ばなかったに違いない。





 親戚連中の中には、未成年の当主より。…兄さんに挨拶をしたい、よしみを結びたい、と。

 …催促をしてくる連中もいるほどだ。

 もっとも、そんな連中を気軽に兄さんに近づけたりする気は、俺にも全然ないのだが。





 そう…毎回、兄さんは扇家の会合だとか親戚の集まりだとかは、欠席しているけれど。


 …扇家当主の立場としては…そろそろこの辺で。

 …兄さんにも、…ある程度、出席してもらいたい、と思う。



 分家の間の一部には、兄さんと俺の不仲説が取りざたされていたりするらしい。

 確かに、一郎兄さん達を殺したのは自分だし。

 六郎兄さんに対しても、当主の弟は冷徹なのだろう、と思われても仕方がないのかもしれない。



 それに…六郎兄さんは…自分に対して…少しだけ…ほんの、少し、だと思っているけれど…。

 …冷たい、ときもある…から…。



 だから、というわけでもないけれど。



 …そろそろ、顔だけでも出してほしい、と…。

 もうずいぶん…何度も…お願いをしてきたのだ、自分は。




 そんな俺の、度重なる、「お願い」も…。



 「お前がいればいいだろ?俺は会合だとか用はない」



 …あっさりと…一言で片づけられてしまう…。





 「…相変わらずだなあ。…じゃあ、こういうのはどう?

 …大好きな兄さんがいないと俺が寂しいから…、この日は夜行には行かないで…ずっと…家にいてね?ってのは」




 …夜行の子どもたちより。

 …正守さんより。

 …裏会より、ぬらさんより、竜姫さんより。



 …俺の方が大事なのだ、と…感じさせてほしい…。



 …だけど、その返事は。







 「お前は俺がいなくても平気だろ?必要もないだろうし。なんでもお前の好きに決めたらいいさ」





 …想像以上に…酷く…あっさりと…俺の心を、切り裂いた。








 そのまま部屋から出ていこうとする。







 …させない…。


 …どうしてこの人は。


 …自分自身のことを、軽く扱おうとするのか。

 …俺の気持ちも…見ようとも…しないのか。





 気がついた時には。



 …体を。…兄さんの体を。…吹き飛ばしていた…。







 気づくと、自分のベッドの上に。

 …兄さんを…押し倒してて…。

 上に。まるで。覆いかぶさるように…。

 …とまらない。どうしても、この人に。

 …一言、言ってやらないと…。
 
 今日は、とことん、言ってやらないと…。

 俺の…気が、すまない。






 「…どうして、そう思うの…?俺にとって、あなたが必要ない、なんて…?」


 …こんなに、俺はあなたのことを…必要としているのに?


 自分の恋心の報われなさは、いっそもう、滑稽なほどだ。



 あなたがいないと、生きていけない。

 この人に…そう言ったら。どういう反応を、するのだろう…。


 …まったく伝わっていない、自分の気持ちが…。哀れで…惨めで…。





 「…何を、してるんだよ…どけ」


 「俺が、いつもいつもあなたの言うことを聞く、なんて…思わないで」


 …本当は、聞くけれど。そのくらいに、俺は…。あなたのことを、必要としている…。




 「…お前、何を怒ってるんだ。急に」


 何もわかってくれない…。わかろうともしない…。

 …とても酷く、残酷で…愛しい人を…、上から覆いかぶさり…押さえつける…。

 …この人と、自分とで。…その想いに温度差があることは分かっている。

 …自分が。どれだけ、この人を。必要と、しているのか。

 それだけでも…気づいてほしい。






 「どうして俺が…あなたなしでも平気だと、…あなたは思うのって…聞いてるんだけど。答えて」



 …何度も伝えた。好きだ、必要だ、ここに、自分のそばにいてほしい。

 なのに…何故。



 「…お前がいちいち他人を気にする必要はないだろ…。当主なんだから。

 なんでもお前の好きに決めたらいい。どうせ誰も反対しない。

 …扇家の人間や使用人は、必要があればいくらでも使ったり切り捨てたりすればいい。今まで親父がしていたみたいに…。それが」

 …最後まで、聞くことはできなかった。

 …手を、振りあげていた。

 加減しないままの力で、その頬を引っぱたいていた。




 …口の端に、血が滲んでいるのが見える。…口の中を…切ったのだろう…。


 …どうして。この人は。

 俺が、自分しか必要としない…強い、生き物であるかのように。…扱おうと、するのか。



 そうして…自分で自分を、要らないもののように扱って…。

 ―結局。自分ひとりで、傷つくのだ…この人は。





 …本当に、俺が。

 当主なのだから、と。…思うとおりに、扇家の人間を、扱うとしたら。

 …真っ先に、犠牲になるのは…。

 …誰だと…思っているのか…?

 …自分だって…扇家の中に含まれているってことくらい…わかっては、いるくせに…。





 「当主なら?…扇家の人間には好きなことをしてもいいって…?…それを、あなたが。…俺に言うの」




 …あなたは…俺に。…俺の欲望の赴くままに…。その、躰を。心を。…好きにさせて…くれるの…?

 …俺のことを好きになってほしい、躰をひらいてほしい、必要としてほしい。

 …そういったら、…そう、してくれるの…?

 …それとも。命令、されれば…。当主に、命令されたのなら、従う、と…それだけ…?



 「あなたは…命じられれば、なんでもするんだよね…。

 …一郎兄さんたちに…従って、いたみたいに。

 …親父に…扇家のためだと、命じられれば。…なんでも」


 神佑地狩りだって…。なんだって…。




 …当たり前のことを聞くな、と。…表情だけで、雄弁に物語っている、その顔。


 …上の兄さん達や、親父に。


 …この人が…嫌だとか…来るなとか…嫌いだとか…。


 …言っているのを…一度も、見たことがない…。


 きっと、一度も…本当に、言ったことなど…、ないのだろう、と…思う。



 …思えば…ぬらさんや、竜姫さんや、正守さんにも…。…そう言っているのを、見たことなどないのだ…。



 なのに。どうして。自分にだけ。

 …自分に対して、だけ…。

 …嫌だ、来るな…、なんて…言うんだろう…。














 …当主になったのに。


 当主になったら、兄さんにもすごいって褒めてもらえる、もっと優しくしてもらえる、俺とだけ遊んでって、お願いしたりもできる…。



 お前を当主後継者にする、といわれた7歳のとき。



 …そんなことしか、考えてはいなかった。





 それがこの人に、どんな影響を与えるのか、なんて…。

 当時の自分には…本当に、想像もできなかったのだ。


 ただ…。傍にいてほしかった。…必要としてほしかった。…七郎が大好きって…言ってほしかった…。

 …それだけのことが…どうしてこんなにも、拗れて…しまったのか…。

 …たったそれだけだった自分の気持ちを…どうして、この人は…わかってくれようとも…しないんだろう。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ