結界師二次創作「兄さんと僕。」
□罪と罰〜七郎の場合〜
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−どうして。なぜ、こうなってしまったのか…。
駄目だ、もうやめないと…、と…。何度も思った。
こんなつもりじゃなかった、本当に。
何故。どこで。
…自分は間違えてしまったんだろう…。
その日も本当に、いつも通りの夜だった。
いつもと同じように、兄さんが自分の部屋を訪れ、携帯を渡してくる。
だいたいいつも、黙って携帯を差し出してきて…。
俺が確認した内容に返信を打ち…その、打たれた返信に、頷いてみせるだけ、なのだが。
時折、こういった内容を入れてほしいとか。その日は駄目だとか、こっちの方がいいとか。
多少の希望は伝えてくるのだ。
少しずつ、兄さんの出すご希望は増えてきていて。
この人の、周囲の変化に慣れてくる、その様子に…。
…いいことだ、と…。思う反面…。
…この人の世界に…、自分以外のほかの人間は…要らないのに、とも。…考えてしまう。
いつも通りに返信を打ちながら、兄さんに話しかける。
「…返信するのはこれで全部だと思うけど…後から確認してみてね。
…あれ、明後日の仕事、受けちゃったの?…しかも、また、夜行…?
こないだみたいに…資料を持っていくだけ、とかなら…他の人間でも、足りるんじゃ…ないの…?
…俺はこの日、扇家での会合があるから家にいてねって、…あなたには…お願いしてたと、思うけど?」
…この人には、何度言っても…まったく自覚する気がないようだが。
今現在、扇家のNO.2は…確かに、兄さんなのだ。
本人が認めなくても。自分はそんなんじゃない、と…どれだけ、言っても。
親父はもうあまり術を使えない。
あの年で車椅子であることを考えると、それもやむを得ないと思う。
だから。兄さんが、扇家で。
…当主である自分を除いたら、一番能力に秀でていて。
…そして…、扇家を。束ねていかなければならない、立場なのだ。
実際、兄さんの術には定評がある。
力勝負の当主より力は劣るが、コントロールは丁寧で…優しい、と。
夜行の子どもたちを飛ばせているのを見たときに、俺自身もそう思った。
自分が同じことをやったら、あの少女はスカートでなんか空を飛ばなかったに違いない。
親戚連中の中には、未成年の当主より。…兄さんに挨拶をしたい、よしみを結びたい、と。
…催促をしてくる連中もいるほどだ。
もっとも、そんな連中を気軽に兄さんに近づけたりする気は、俺にも全然ないのだが。
そう…毎回、兄さんは扇家の会合だとか親戚の集まりだとかは、欠席しているけれど。
…扇家当主の立場としては…そろそろこの辺で。
…兄さんにも、…ある程度、出席してもらいたい、と思う。
分家の間の一部には、兄さんと俺の不仲説が取りざたされていたりするらしい。
確かに、一郎兄さん達を殺したのは自分だし。
六郎兄さんに対しても、当主の弟は冷徹なのだろう、と思われても仕方がないのかもしれない。
それに…六郎兄さんは…自分に対して…少しだけ…ほんの、少し、だと思っているけれど…。
…冷たい、ときもある…から…。
だから、というわけでもないけれど。
…そろそろ、顔だけでも出してほしい、と…。
もうずいぶん…何度も…お願いをしてきたのだ、自分は。
そんな俺の、度重なる、「お願い」も…。
「お前がいればいいだろ?俺は会合だとか用はない」
…あっさりと…一言で片づけられてしまう…。
「…相変わらずだなあ。…じゃあ、こういうのはどう?
…大好きな兄さんがいないと俺が寂しいから…、この日は夜行には行かないで…ずっと…家にいてね?ってのは」
…夜行の子どもたちより。
…正守さんより。
…裏会より、ぬらさんより、竜姫さんより。
…俺の方が大事なのだ、と…感じさせてほしい…。
…だけど、その返事は。
「お前は俺がいなくても平気だろ?必要もないだろうし。なんでもお前の好きに決めたらいいさ」
…想像以上に…酷く…あっさりと…俺の心を、切り裂いた。
そのまま部屋から出ていこうとする。
…させない…。
…どうしてこの人は。
…自分自身のことを、軽く扱おうとするのか。
…俺の気持ちも…見ようとも…しないのか。
気がついた時には。
…体を。…兄さんの体を。…吹き飛ばしていた…。
気づくと、自分のベッドの上に。
…兄さんを…押し倒してて…。
上に。まるで。覆いかぶさるように…。
…とまらない。どうしても、この人に。
…一言、言ってやらないと…。
今日は、とことん、言ってやらないと…。
俺の…気が、すまない。
「…どうして、そう思うの…?俺にとって、あなたが必要ない、なんて…?」
…こんなに、俺はあなたのことを…必要としているのに?
自分の恋心の報われなさは、いっそもう、滑稽なほどだ。
あなたがいないと、生きていけない。
この人に…そう言ったら。どういう反応を、するのだろう…。
…まったく伝わっていない、自分の気持ちが…。哀れで…惨めで…。
「…何を、してるんだよ…どけ」
「俺が、いつもいつもあなたの言うことを聞く、なんて…思わないで」
…本当は、聞くけれど。そのくらいに、俺は…。あなたのことを、必要としている…。
「…お前、何を怒ってるんだ。急に」
何もわかってくれない…。わかろうともしない…。
…とても酷く、残酷で…愛しい人を…、上から覆いかぶさり…押さえつける…。
…この人と、自分とで。…その想いに温度差があることは分かっている。
…自分が。どれだけ、この人を。必要と、しているのか。
それだけでも…気づいてほしい。
「どうして俺が…あなたなしでも平気だと、…あなたは思うのって…聞いてるんだけど。答えて」
…何度も伝えた。好きだ、必要だ、ここに、自分のそばにいてほしい。
なのに…何故。
「…お前がいちいち他人を気にする必要はないだろ…。当主なんだから。
なんでもお前の好きに決めたらいい。どうせ誰も反対しない。
…扇家の人間や使用人は、必要があればいくらでも使ったり切り捨てたりすればいい。今まで親父がしていたみたいに…。それが」
…最後まで、聞くことはできなかった。
…手を、振りあげていた。
加減しないままの力で、その頬を引っぱたいていた。
…口の端に、血が滲んでいるのが見える。…口の中を…切ったのだろう…。
…どうして。この人は。
俺が、自分しか必要としない…強い、生き物であるかのように。…扱おうと、するのか。
そうして…自分で自分を、要らないもののように扱って…。
―結局。自分ひとりで、傷つくのだ…この人は。
…本当に、俺が。
当主なのだから、と。…思うとおりに、扇家の人間を、扱うとしたら。
…真っ先に、犠牲になるのは…。
…誰だと…思っているのか…?
…自分だって…扇家の中に含まれているってことくらい…わかっては、いるくせに…。
「当主なら?…扇家の人間には好きなことをしてもいいって…?…それを、あなたが。…俺に言うの」
…あなたは…俺に。…俺の欲望の赴くままに…。その、躰を。心を。…好きにさせて…くれるの…?
…俺のことを好きになってほしい、躰をひらいてほしい、必要としてほしい。
…そういったら、…そう、してくれるの…?
…それとも。命令、されれば…。当主に、命令されたのなら、従う、と…それだけ…?
「あなたは…命じられれば、なんでもするんだよね…。
…一郎兄さんたちに…従って、いたみたいに。
…親父に…扇家のためだと、命じられれば。…なんでも」
神佑地狩りだって…。なんだって…。
…当たり前のことを聞くな、と。…表情だけで、雄弁に物語っている、その顔。
…上の兄さん達や、親父に。
…この人が…嫌だとか…来るなとか…嫌いだとか…。
…言っているのを…一度も、見たことがない…。
きっと、一度も…本当に、言ったことなど…、ないのだろう、と…思う。
…思えば…ぬらさんや、竜姫さんや、正守さんにも…。…そう言っているのを、見たことなどないのだ…。
なのに。どうして。自分にだけ。
…自分に対して、だけ…。
…嫌だ、来るな…、なんて…言うんだろう…。
…当主になったのに。
当主になったら、兄さんにもすごいって褒めてもらえる、もっと優しくしてもらえる、俺とだけ遊んでって、お願いしたりもできる…。
お前を当主後継者にする、といわれた7歳のとき。
…そんなことしか、考えてはいなかった。
それがこの人に、どんな影響を与えるのか、なんて…。
当時の自分には…本当に、想像もできなかったのだ。
ただ…。傍にいてほしかった。…必要としてほしかった。…七郎が大好きって…言ってほしかった…。
…それだけのことが…どうしてこんなにも、拗れて…しまったのか…。
…たったそれだけだった自分の気持ちを…どうして、この人は…わかってくれようとも…しないんだろう。