結界師二次創作「兄さんと僕。」

□祭囃子
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 その日は嵐座木神社で夏祭りがある、というのは知っていた。


 一族たちが集まるのはわかっていたし、だから自分は祭りに参加する予定はそもそもなかった。


 …どうせ兄さんは行かないだろうし、とも…確かに、思っていた。







 だから…いつものように、兄さんの携帯をチェックしていて…そのメールを見つけたときは…。


 …本当に…驚いたし…。…確かな殺意を、感じた。















  ―嵐座木神社のお祭り、弟も楽しみにしているみたいだよ。

  まあ、あいつは食べ物専門だろうから、屋台をまわれたらいいんだろうけど。

  六郎くんは屋台だとどれが好きかい?

  ああ、あと六郎くんは何を着る予定?着物?浴衣?

  俺、いつもの格好でも大丈夫かなあ?

















 「…兄さん。…これ、なに」



 「正守だろ?嵐座木神社の祭りに弟と行こうと思ってるとか言うから。

 来いよって言ったら、いつの間にか俺が案内することになっててさ。

 まあ、嵐座木神社のお祭りも久しぶりだしいいかと思って」





 「…ふうん。…そうなんだ…」






 ててて、と。




 返信メールを打って、送信する。




 「…兄さん。俺もお祭り、一緒に参加するから。…正守さんにはもう返信したから」



 「…お前がいると、親戚連中が群がってくるだろ。…一人で参加しろよ」



 「そんな嫌そうな顔しなくても。…親戚連中には放っておくように言っておくから。問題ないから。

 俺は兄さんと一緒に祭りに行くって、絶対行くって決めたから。

 …ところで…兄さんは、何を着ていくの。…着物…?浴衣…?」






 「…夏祭りなんだから浴衣だろ」



 …この人の、こういう押しに弱いところが。


 …本当に可愛い、と思ったのは内緒だ。










 「…お揃いの浴衣とか…着てみる…?」

 そっと、兄さんの方を窺う。



 …ものすごく冷たい視線で見られるって、めちゃめちゃ快感だな、と思った。





















 そして、祭り当日。


 …ざっくりとした絞りの浴衣に、兵児帯を締めた兄さんを見て…。



 あまりの可愛らしさに…これは危ない、と思った。

 慣れているはずの俺ですら、我慢できない。

 …このまま監禁したい、誰にも見せたくない、堪えきれない。

 …今日は…絶対に、この人の傍を離れたりしたら駄目だ。







 …なのに…どうでもいい二人連れが、向こうの方からやってくるのに…気づいてしまった。


 やあ、と軽く手を挙げてくる正守さんと、きょろきょろと周りを見渡しながらやってくる、良守。


 「すげえじゃん、結構人出も多いし、屋台もいっぱいだしさ。…早く回ろうぜ、なあ」


 「…って、六郎、また可愛い浴衣着てんな〜!七郎の厭味ったらしい浴衣より、断然可愛いぜ!」


 にこっと笑う良守も…死ねばいいのに…。










 「とりあえず…こっちだな。テントの下に、テーブル席が用意してあるから。色々食うんなら、席があった方がいいだろ」


 …兄さんが、二人を案内して…先導する。


 仕方がないから、ついていくけど。…どうせなら二人きりの方が、本当に良かったんだけど。






 「お、六郎サンキュー!結構広いじゃん!」



 「で?お前は何から食うつもりなの」

 きょろきょろ周囲を見渡しながら、正守さんが問いかける。



 「端から!お前がおごるって言ったんだから責任持てよ、とりあえず、あの辺から攻める!」



 「兄貴っ!あそこのいか焼きとにぎり天買っといて!

 俺はあっちのたこ焼きと、あの焼き鳥買ってくるから!」



 「はいはい、で?六郎くんたちはどうする?同じのいっとく?」



 お構いなく、といか焼き屋台に向かう正守さんに、短く返答する。





 …こっちは、それどころじゃないのだ。



 「兄さんはどうする?何にする?焼きそばは?買ってこようか?」


 
 「…いらねぇ」


 「あそこに、お好み焼きもあるよ!それとも暑いからきゅうり棒買ってきてあげようか?」



 「…いらねぇって…」



 「せっかくのお祭りなんだし!だから、ね!何が食べたい?買ってきてあげるから、ね!?」



 自分の中でもテンションが上がっているのがわかる。


 兄さんとお祭り。可愛い浴衣姿の兄さんとお祭り。


 すごく浮かれているのが自分でもわかる。




 「あ、それとも甘い物の方がいい?かき氷?…チョコバナナってのも…あるよ?」


 チョコバナナ。丸ごとのバナナに、チョコをかけて飾っているのが店頭に見える。


 …あれを食べてもらえたらいいな。…結構大きいバナナだから…あれを、兄さんが頬張ってくれたらいいな…。



 「…ね、あのチョコバナナ!買ってきてあげるから!ね?兄さん、甘いもの好きだよね?ね??」


 「お前は俺をいくつだと思ってるんだ!!」




 「そうだよ七郎。おまえいちいちうるさいんだって」


 …いつの間にか、両手に食べ物を抱えた良守が戻ってきている。



 「いっぱい買って来たからさ、皆でつついたらいいじゃん。足りなくなったらまた買いに行く!」


 さあ、いただきまあす!と…大きな声で良守が宣言する。





 ほら、と…兄さんの前にも、良守からたこ焼きが差し出される。


 …兄さんの小さな手が…。小さな爪楊枝をとって…。


 小さな声で。いただきます、と言って…。


 ぱくり、と食べて…口をもぐもぐさせているのが…見える。







 …たこ焼きを買ってきてあげる、と言えばよかったのか…?



 すごく残念な気分で、俺は自分の前に差し出されたたこ焼きを口に放り込む。



 そうしている間にも、良守の前の食べ物は次々と姿を消していき…。


 次々…色々な食べ物がテーブルの上に並べられる。


 焼きそば、じゃがばた、串焼き、から揚げ、フライドポテト…。


 …兄さんが、自分の分のたこ焼きをようやく一舟食べ終わるまでの間に、たぶん10倍は食べていたんじゃないかと思う。




 でも、兄さんがやっとたこ焼きを食べ終わったのだから。


 「兄さん、次は何にする!?デザート?チョコバナナとか!買ってきてあげようか!?」




 「…だからいらねぇって」




 「本当、さっきから七郎うるさいぞ。六郎の方が兄さんなんだろ。

 だったらお前の方が弟なんだから、世話焼こうとかしなくていいんじゃないのか」




 うるさいなこいつ、と思った瞬間。




 「…お前なかなかわかってるじゃないか」




 兄さんが、良守に対して…にやりと笑う。



 「なんなら次は俺がおごってやろうか?食べっぷりも見ていて気持ちいいし」



 「…はあ?なんで、兄さんが」



 「まじで!やりい!ここじゃないんだけど、この近くのケーキ屋、限定ケーキ出すつってたな。
 それでもいいか?」



 「構わねぇよ。案内しろ」



 「お前ねぇ、少しは遠慮したら?」



 「あんだよ…元々は、お前が何でも奢るっていったんだろ!」



 「言ったけど、もうさすがに食い過ぎ。後々苦しむのお前だよ」



 「ほっとけ!ケーキは夜食用なんだよ!行こうぜ六郎!」






 さっと…兄さんの…手を握って…その場から連れ出してしまう…。



 「ちょ、なにを…!」




 …追いかけようとした俺の目の前に…良守が食べたあとの容器の大群が押し寄せる。


 にやり、笑った兄さんが…視界の端にうつり…兄さんの風に遊ばれたのだとわかった。


 容器の大群を始末した時には…兄さんの姿も…良守の姿もなく…。





 「正守さん…!二人はどこへ行ったんです!?」



 「…俺にもわかんないよ。六郎くん、空飛んで行っちゃったし」



 ち、と舌打ちが漏れる。



 「この近くのケーキ屋ってのは!」



 「だから知らないって。土地勘ないから、六郎くんに案内頼んだんだよ、俺」






 …こいつ使えない!






 近隣のケーキ屋を、手分けして探そうか、と思うのに。



 「なんだかなあ、結局食べてばっかだもんなあ。おごったっていうより、たかられた、って気がするよね」



 …正守さんは、すでに諦めた感満載だ。



 「だから、探しに行こうって!」



 「六郎くんて、夜行の子どもたちにも人気だし、うちの弟にも人気みたいだし。
 
 …すごいよねえ、ああいうの」




 「…とりあえず、俺は探しに行くので!」



 やさぐれている正守さんなんかに、付き合ってはいられない。







 …しばらく街中を彷徨ってみたけれど…。


 兄さんを見つけることは出来ず…。


 焦っていると、電話が鳴った。



 「ああ、七郎くん?今、六郎くんとうちの弟帰ってきたから。…そろそろ遅い時間になるし。

 俺たち、もう帰るから挨拶だけしておこうと思ってさ。

 あ、六郎くんなら、先に帰ってるって言ってたよ」





 「それはどうもっ!じゃあお疲れ様でした!!」



 電話を切る。



 こんなに苛立つこともないくらいだ。





 結局、ほとんど兄さんと一緒にいられなかった気がする。


 ずっと、同じテーブルにはついていたけれど…。あまり話せなかったし…。


 …兄さんの浴衣姿…もっと堪能したかったのに。


 今から帰っても…きっと着換えてしまっているだろう。


 …写真とか、撮らせてくれるような人でもないし…。




 ものすごく残念な気分で家路につく。














 「遅かったな」



 案の定、いつもの着物に着替えた兄さんがそこにいて…。




 ほら、と袋を差し出してくる。





 「え…なに…?」



 「あいつおすすめの限定ケーキだと。夜食にでも食え」



 「え…俺のために…兄さんが…?」



 「閉店前で、それが最後の一つだったからな」





 …にやりと、笑う。







 …ああ、駄目だ…。絶対顔がにやけてる。





 お休み、と兄さんは自室へと向かう。





 お休みなさい…と…。にやけたままの顔で答える。



 …本当に、あの人は…。



 …俺を舞いあがらせることにかけては…本当に天才だと思う。





 どうしようこのケーキ。記念にこのまま保存できたらいいのに…。


 …明日の、おやつは…。


 バナナののった、…パフェ、とか…、


 …厨房に…頼んで…。




 

 …今の自分は相当顔がにやけているだろうな、と…。

 自分で…すごくわかった。

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