鬼滅の刃

□善逸は危なっかしいので伊之助は大変です
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「伊之助、…お願いがあるんだけど…」

頬を赤らめる。
肩の下まで伸びた髪の毛をくるんともてあそぶ。

生娘なのにこんなことを口にするのは恥ずかしい。
だけど。どうしても。
俺には欲しくて欲しくてたまらないものがあるのだ。

「…俺と…、同衾してくれない…?」

目の前で伊之助が固まる。
ですよねぇぇぇ!!
羞恥で伊之助の顔がまともに見られない。

「ごっ!ごめんなさいね!?そりゃ無理だよね本当にごめん!ほら、伊之助なら気心知れてるし、伊之助だって俺の乳触ってきたり膝枕で寝たりとかしてたからさぁ!!いけるかなぁとか思っちゃったんだよねぇ!!」

顔が熱い。恥ずかしい。
思わず手でばたばたと扇いでしまう。
その手を掴まれる。

「いや…お前…、権八郎はどうした…」
「えっ炭治郎?炭治郎は関係ないよ、俺の話だから」
「だからなんでそんな話になるんだよ。説明しろ」

握られた腕が痛い。
常にない真剣な顔に、そんな場合じゃないけど見とれてしまう。本当に顔が良いよな伊之助は。

…こんな綺麗なんだから、そりゃ俺なんか相手にするわけないか…。

しゅん、と項垂れる。

「いや…、なんかさ…、…子ども、産みたいなって思っちゃってさ…」
「なら炭治郎の子を産みゃ良いじゃねぇか」
「駄目だよ。炭治郎だけは絶対に無理」
「なんで」
「無理なものは無理なの」

思い切り泣いて頼み込めば、炭治郎は優しいから応じてくれるかもしれない。
でもそれは俺が耐えられない。
そんな同情なんかで、炭治郎に抱かれるのだけは絶対に嫌だ。

「ほら、俺って家族いないじゃん?昔からさぁ、憧れてたの。家族でご飯食べて、子ども達には兄弟がいて、なんかさぁ、昔っから俺、手が届かないものばかり欲しくなっちゃう性質なんだよねぇ」
「なら問題ないだろ。権八郎の奴と所帯持てば良いだけの話だろうが」
「…子どもだけで良いの。所帯とか俺なんかがそんな高望みしちゃ駄目でしょ。そこまで夢は見てない」
「お前が何を言ってるのか全然わかんねぇ」
「伊之助はそうかもね」
綺麗だし、自分に自信があるし、自信を裏付けするだけに充分な実力がある。
反面、自分は。

…泣き虫。弱虫。いつだって誰かに助けられて何とか生き延びているだけ。
…乳というより胸筋。
…足だって太い。他の女の子達の隊服はひらひらしてるのに、俺の隊服は男物と同じものだ。最終選別の後は皆と同じだったのに、鼓屋敷のあと藤屋敷で静養している間に洗い替えだと渡された服から男物と同じになってしまっていた。

…そりゃ、雷の呼吸するのにあんな華奢な足はしていられんよ。
…じいちゃんが水の呼吸とか花の呼吸とかだったりしたら俺だって今頃はあのひらひらした可愛い隊服だったかもしれないけどさぁ。
…まぁじいちゃんが花の呼吸とかしてたらそれはそれで違和感満載だけどな。
…これだけ女の気配がないから、伊之助だって気軽にじゃれてくるんだろうしなぁ。

そんなことを考えている間に握られていた腕の力が緩んだのを見て取って、そっと腕から自由を取り戻す。

「…誰でもいい男に一度だけ抱かれたら満足するのかお前は。子どもだけ産めたら満足なのかお前は」
「…え…、伊之助もしかしてちょっとくらい考えてくれてる?だったら俺、出来たら3人とか5人くらい欲しいんだよねぇ。いや、所帯とか言わんよ!?子どもだけで良いんだ、本当に」
「お前のことは抱かねぇ」
「…だよねぇ…」
あはは、と力なく笑う。
呆れたような瞳。
それさえも伊之助はすごく綺麗だ。

「困らせてごめんね!?大丈夫、他の人に頼んでみるから今のことは忘れて!?」

雷の呼吸。
雷鳴の速度でその場を走り去る。
恥ずかしい。
伊之助に呆れられてしまった。

後ろで伊之助が何か叫んでた様な気がするけど、それより今の自分の心臓の音がうるさくて何も聞こえない。


「…あ…」
良いところで良い人に。
あの人優しそうだし、頼みこんでみたらいけるかも。

「村田さぁん!」
知らない人より知ってる人の方が断然良い。
なんたって生娘ですし?
臆病なのは折り紙付ですし?

「…あの…いきなりでなんですけど…、どうしても俺子どもが欲しいので、…その…、子どもだけで良いので!俺と同衾して貰えませんか!?」
一瞬固まったあと、ものすごい勢いで村田さんの全身から血が引いていく音がした。
ぶんぶんぶんとちぎれそうな勢いで首を振る様子と、恐怖におののく音が全身から聞こえてくる。
…村田さんも無理かぁ…。
…俺、そんなになのかぁ…。

改めて突きつけられた現実が辛い。
俺もう泣きそう。

「…な、あ、いきなり何言い出してるの!?竈門はどうした竈門は!?喧嘩でもしたのか!?」
「はい?炭治郎は関係ないですけど…」
俺今炭治郎の名前を出したっけ?子どもが欲しい話しかしなかったと思うんだけど。

村田さんから聞こえる恐怖の音が鳴りやまない。それどころか激しくなっていってるような感じ。
「竈門と話し合え竈門と!そんな怖いこと言うなよ!俺だって命は惜しいんだ!」
むーん、と頬を膨らませる。
激しい恐怖の音。俺の話はちょっとも考えてはくれていない音。
何も言われ無くても、こういう音で簡単に俺は傷ついてしまうのだ。
一応村田さんにも謝罪の言葉をかけてその場を離れる。


…後は…、誰がいたっけ…。

蝶屋敷には色んな人が出入りするから、そのうち物好きな人が抱いてくれるかもしれない。
子どもが産めるのなら父親が全部別だって全然平気だ。
母親が俺なら、その分しっかり愛情掛けて育てるし。
じいちゃんのお陰で家の傍には桃山もある。
鬼殺隊で稼いだ報奨金もあるし、子どもを育て食べていくだけならなんとかなるだろう。
今の俺には力仕事だってへっちゃらだ。
何とでもなる。

うんうん、と力強く頷く。


「…お。あれは。玄弥ぁ!」
ぶんぶんと手を振るとちらりとこちらを振り仰ぐ。

「ねぇねぇ!いきなりで悪いんだけどさぁ、俺と同衾してくれない?一度だけで良いからお願い!」
顔の前で両手を合わせる。
「同期のよしみで!なぁ頼むよ!どうしても俺子どもが欲しいんだよぉぉぉ!お願い!俺を助けてくれよ玄弥ぁ!」
玄弥の袖を掴んで引っ張る。

驚いたような顔をした玄弥が、しまった、という顔で俺の後ろを見やる。

…え…、あ…。

俺の顔からも血の気が引く…。

「…あ…、お兄さんと一緒だったのね…」

し…失礼します…と言いかけた腕を掴まれる。

「なんだてめぇ」

音が怖い。
なんかもうこの音だけで殺される気がする。
「…に…兄ちゃん…」
おろおろとした玄弥が宥めてくれるがこれはなんかもうどうしようもない音がしている。
ぐつぐつぐつ。
何かを煮詰めて焦げ付かせていくような音。

怖い。これは相当に危険な音。何か知らんが虎の尾を踏んだ気がする。
掴まれた腕が痛い。
きっともう痣になっている。

風柱の噂を思い出す。
良い噂をまったく聞いたことがない。
どうしよう。
子を産むこともなく生娘のまま俺死んじゃうの?

「…誰でも良いんなら俺が相手してやろうか」
「良いんですか!?」
ぐつぐつぐつ。
怖い音は相変わらず響いているのに、その言葉についつい反応してしまう。
「俺はいつでも刀を離さない。閨の中でもお前なんざ切り刻むぞ」
「…えっと…、あの、自分で子どもを育てたいので…、後遺症とか欠損とか無い感じでお願い出来たら…」
なんか怖い。
でもこれだけ恥をさらして断られ続けてきて、初めて「諾」の返事を聞いたんだから。
ちょっとくらい…なら…。
出来るだけ痛くない感じなら…。

「…え…兄ちゃん…、…善逸のこと抱いちゃうの…?」
ものすごく哀しそうな音が聞こえた、と思ったら。
「抱くわけねぇだろうがぁ!」
思いっきり放り投げられる。
3回転くらいして何とか壁にぶつかり止まる。
肩をぶつけた。痛い。

「てめぇ。二度と俺の弟に近づくんじゃねぇぞ」
怖い音。この人やっぱり怖い。
かたかたかたかた震え続ける。



どうしよう。
なんかもう俺のこと相手にしてくれる人なんて誰もいないじゃん?
痛む肩をさすりながら遊郭の仕事を思い出す。
あのとき姐さん達にもうちょっとこう、色気の身に付け方とか男を落とす手練手管とか習っておけば良かった。
何で俺あんなに毎晩三味線ばっかり弾いてたんだろ。
あー折角の機会だったのに勿体ないことした。
いつだって俺は後悔ばかりだ。

…今からでも遊郭に行けば誰かは相手してくれるんかもしれんけど。
…なんかなぁ…。知らん奴相手はやっぱり怖いよ…。

掴まれた腕も痛むし肩も痛い。
柱ってやっぱり別次元。
あんなに小さいのに見かけだけじゃわからんよなぁ。

…とりあえず、手当てしてから考えよ。
…そうだ。宇髄さんにお願いしてみようか。お嫁さんが3人もいるんだし、ちょっとくらいお願いしても良さそう。

そうと決まれば手紙だ。
チュン太郎に手紙を託して、良いって言って貰えたらすぐにでも旅立とう。
うんうんと頷く。


自室へと戻り、早速宇髄さんに手紙を書く。
子どもが欲しいこと。
だから俺と同衾して欲しいこと。
宇髄さんしか頼める人がいないこと。
お嫁さん達が嫌じゃなかったら、一度だけでも良いから抱いて欲しい。
そんなことを書き連ねた。

あとはチュン太郎が戻ってきたら手紙を託すだけ。

それまでに手当をしなければ。
以前胡蝶さんに貰っていた湿布を探す。
羽織を脱ぎ、隊服の上着を脱ぎ、胸に巻いているさらしをあらわにする。

…うーん…。やっぱりどう贔屓目に見ても、相当だよなぁ。

傷だらけですし。
髪も肩よりちょっと下なだけですし。やっぱり長い方が綺麗だよねぇ。

体中筋肉ですし?
足も太めですし?
乳も小さい感じですし?

…うぅん…、難しいかねぇ…。

色々諦めて生きてきたのだから、本当にせめて子どもだけでも。
家族ってものを…、味わってみたい…。

そのままぼんやりとしてしまう。
赤くなった腕。投げられた肩もまだ痛い。
目の前に湿布があるのに張る気力すらわいてこない。
膝を抱えてうずくまる。
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