鬼滅の刃

□村田さんの受難
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竈門炭治郎は我妻善逸のことが大好きだ。
我妻善逸も竈門炭治郎のことが大好きだ。
2人はそういう仲に違いない。
だってあんなに好き同士なのだから。
そう思っていた。
あの日までは。



傍目から見ても、竈門炭治郎という男はちょっと過保護である。
仮にも年上の男に対しあんなに構いつけていて大丈夫なのかというくらい距離が近い。
あれだけ人誑し能力が高い竈門がまさか男を伴侶に選ぶとは思わなかったが、まぁ本人達が幸せなら良いんじゃないか。俺には関係ないし。
そのくらいに思っていた。

なのに。



「お前、竈門に叱られるぞ」
町で女の子に声を掛け「俺と結婚して」と文字通り泣きついている我妻を引き剥がす。
「あっ村田さん!邪魔しないで!この子は俺のことが好きなんだ!」
「はいはい、うるさいです。さっさと離れる!」
慣れている様子で女の子が我妻の手をぺしんと撥ねのける。
「はい、お代は頂きましたから。団子の包みどうぞ」
「ありがとう〜!やっぱり俺とけっこっゴフッ!」
「善逸!!」
背後から般若のような顔をした竈門が我妻の頭をバシンと叩く。
「今度は茶屋で何やってるんだお前は!先程の小物屋で謝ってきたばかりだぞ!本当にいつもいつも!何回言ったら恥をさらすのをやめるんだ!」
「言い方ぁ!!炭治郎!待ってあと少しでこの子が俺と結婚してくれるんだ!」
「そんなことにはならない!俺がさせないからだ!」
普段温厚な竈門が怒鳴り散らしながら我妻を引き摺っていくのを見送った。
なんで我妻は竈門がいるのにいまだ女の子に声を掛けるのだろう。

同じ隊服を着ている手前、なんとなくその場に取り残されて居心地の悪さを感じる。
「…えっと…、じゃあ折角だし俺もなにか貰おうかな…」
予定にはなかったがなんとなくこの場を立ち去りがたい。
なら何か買っていっても良いだろう。
しばし思案する。
「あぁ、今日はこちらがお勧めですよ。店主がうまく出来たって言ってましたから」
何事もなかったかのように団子を勧められたのでそれをいくつか包んで貰う。

「なんかごめんね?うちの奴が迷惑掛けてるみたいで」
「我妻さんですか?えぇ、あれはもう一種の娯楽みたいなものでしょうから。…あのもう1人の人、いつも止めに入るんです。そこまでが一連の流れなんでしょうね」
「そうなんだ?でもなんか泣きついてたし、本当にごめん」
「…うーん…、迷惑とは違うというか…何というか…」
女の子が思案する。
「お友達の方みたいだから言うんですけど、私達本当にあの、我妻さんのことは特に迷惑だとは思ってないんです。いつもたくさん買ってくれますし、本心から美味しいって言ってくれてますし、耳障りの悪いことも口にしないし、変な輩に絡まれてる娘がいたら必ず助けに入ってくれますし」
「えっそうなの!?」
「なんていうか、だからそう、…幼子に求婚されているみたいな感じ、ですかね。大きくなったら結婚しようね、って5歳の子に言われてるような。だから、迷惑っていうか、はいはい可愛いですね、みたいな」
「…幼子…」
「一応我妻さんが本気らしいのは分かるし、毎回言われてますけど…、うっかりこちらが本気にしたら馬鹿をみそうって言うか」
「はぁ…」
「我妻さんが本当に本気であなた一人だけって決めて求婚してくるんだったら、受ける子は多いと思いますよ。私は他に良い人がいるので受けませんけど。優しいし、気遣いできるし、意外に力もあって頼もしいし。…でも、本気には出来ないんですよね。あー、可愛いな、大きくなってもお姉さんのこと覚えていたらまた来てねって、それだけ」
くすくすと笑う子に、へ…へぇ…と曖昧な相槌しか打てない。

「だから、どちらかというと竈門さんの方が気になりますね」
「竈門?」
「本当に毎回着いてくるんです。我妻さんに。それで竈門さんが我妻さん見ている目線とかでわかるんですよ。あー、好きなんだろうなーって。でもほら、我妻さんの情緒って5歳児ですから。…報われなくて思い詰めて、いつか我妻さんに酷いことするんじゃないかと思うと私達、本当に気が気じゃなくって…」
ため息をつく子に何と返事をしたのか覚えていない。

ただなんとなく、女の子って凄いな…とだけ思いながら帰路に就いた。


それからは何となく気になって、2人のことを目で追いかけてしまう日々が始まった。
一旦そんなことを聞かされてしまうと、なんとなく今まで俺が見ていた景色とは違う景色が見えてくる。

他の隊士が我妻に触れようとすると、さりげなく肩や腰を引き寄せている。
話しかけている奴がいると、さりげなく割り込んで自分主導の話に切り替えていく。
最近伸ばし始めたらしい我妻の髪を結んでいる組紐も、どうやら竈門が贈ったものらしい。
食事の時も、寝るときも。竈門は常に我妻の隣を自分以外の誰にも渡さない。
嘴平にだけは少し気を許しているようだが、そういえば嘴平の情緒も5歳児だ。
敵ではない、ということだろうか。

対する我妻は。
…なるほど、情緒が5歳児。
茶屋の子の洞察力に感心する。
女の子に結婚してと言い続けてはいるものの、先輩隊士達が色の話で盛り上がっていても参加しない。
興味を抱いている風にすら見えない。
単純に、女の子が困っていたり頼られたりしたら助けなきゃと思っているだけのようだ。
一緒に話をしたりするだけで満足しているようで、その先のことなど考えてもいない。
尽くすことでの見返りすら求めてはいない。
いいように利用されても、それで相手の子が助かったんならそれで良かったと本気で思っている。
結婚したい。どうやらそれだけが目標。
だがその先に続く日常のことなど考えてすらいない。
目標と手段とが全然一致していないのだ。

…女なら誰でも良いんだろうか。

見ている方が心配になるほど、「女性には優しくする」とひたむきに尽くしていて、「特別」に尽くしたい相手、愛されたい相手だと思っている様子の娘はいない。
いるとすれば竈門の妹だという女性だけだろうか。
だがそれも、こんなに尽くしているのだからとなんらかの見返りを望んでいる気配もない。

…これはちょっと…。
…竈門、前途多難なのでは。

確かに竈門は我妻にとってある意味「特別」ではあるのだろうが、まったくそんな対象としては認識されていない。
むしろ我妻は嘴平の顔の方が好きらしく、しょっちゅう顔を誉めては絡みつきに行っている。
竈門が見ていてもお構いなしだ。
そしてそのまま目についた女性に話しかけるため走り出していく。


ぞっとする。
もし自分が好きな相手がこんな子どもだったらどうしようもない。
なのに体だけは未成年とは言いつつも、ちゃんと一人前の大人なのだ。
力があり、知恵があり、実力があり、鬼殺の数だけ報酬を貰っているから金もある。
いくらでもいいように利用しようと思えば利用し尽くせる。
「結婚」をちらつかせる、ただそれだけで。
手を握らせる必要すら無い。
そもそもそういった情欲めいたことを女性に望んでいる気配すらない。
尽くして、報われて、結婚する。ただそれだけの未来絵図。
幼子が気軽に口に出す「結婚」そのもの。
もし本当に相手が頷き結婚したとして、その女性が否と言えばそのまま清らかな生活をなんの不満もなく送るに違いない。


…うわぁ…。そりゃ竈門過保護にもなるわ。町に出る時は後ろからこっそりついて歩くわ。


同じ男として同情する。
しかもその相手は竈門の情欲などなんら理解しようともせず、ただ無邪気に絡みついてくる。
最初こそ人見知りの態で少し距離を置くが、いったん慣れてしまうと遠慮がない。

任務が怖いと泣きながら近くの奴にすがりつく。
「俺を守って」と涙目の上目遣いで袖を引く。
自分が切り落とした鬼の首を見て悲鳴を上げては抱きついてくる。
「助けてくれて有り難うこの恩は忘れないよ」と泣きながらしがみついてくる。
いや、その鬼倒したのお前だから。お前以外誰も働いてなかったよ今。
そう言っても「そうだっけ?」と分かっていない顔でぽゃぁっと眉を下げて曖昧に微笑むだけ。
完全に距離感おかしい。
もし本当に誰かから「じゃあ守ってやったお礼を貰っても良いかな」なんて言われでもしたら、何でも差し出してしまいそうな危うさがある。
それが例え男でも。
ぽやぁっとしたまま後をついて行ってしまう我妻の姿を、とても鮮明に想像できてしまうのが哀しい。


あんなに強いのに「自分は弱い」と思い込んでいる。
「だから死ぬ前に結婚したい」が目標。
いやお前強いから。
俺たち先輩隊士が束になっても敵わないような鬼、雷光が走ったと思った瞬間首切り落としてるのお前だから。
俺たちが10人単位で任務に出てるのに、お前単独でも任務に出てるじゃん。
それでもほぼ無傷で毎回戻ってきてるじゃん。
その理由、考えたことある?ない?だろうな。うん。

何度か同じ任務に就いたこともあるからよくわかる。
我妻は強い。
あれだけ切られた鬼の首は見せつけられてきたのに、俺はいまだに我妻が持つ日輪等の刀身を見たことがない。



…竈門や嘴平と同じ任務が多い理由も頷ける。
強さと情緒が一致していない。
嘴平が素っ気ない分、だから竈門が一番抱きつかれたり泣きつかれたり袖を摘ままれたりしている。
そりゃ駄目だわ。
むしろ竈門よく我慢してるよ。
俺だったら耐えられないよ。

それでもじきに、竈門がくるみ込むように我妻を大事にしていることは分かった。

食事を分けたり、世話を焼いたり、怒ったり笑ったり。
普段の竈門より随分と感情豊かな姿を見ると、ついつい竈門を応援してしまいそうになる。
ほら、竈門って苦労人だし。
我妻も普段からあんなに竈門のこと好き好き言ってるんだし、あれだけ竈門のこと翻弄しているんだから、いっそもう早く竈門の腕の中に堕ちたら良いのに。そうも思った。
まぁそれはそれで我妻のことが心配になりもするけれど。

結局我妻があのままなら、どちらの応援も致しかねる。
というあたりに落ち着いた。


それなのに、我妻は気軽に1人は怖い、助けて、なんてことを繰り返し言う。
どうやら怖がりなのは本当らしく、普段は風呂も寝るのも大体竈門か嘴平と一緒のようだ。
「柱」のいる蝶屋敷ですら、我妻は竈門の隣で寝ているし、どうやら風呂も一緒らしい。
嘴平と3人で一部屋。それが暗黙の了解なんだとか。
…嘴平…、我妻の貞操はあの猪の存在に掛かっているのか…。

暗澹たる気持ちがこみ上げる。



その日は連絡用の資料を抱えて蝶屋敷へと訪れる日だった。
以前迷惑をかけた茶屋で手土産を買い向かう。
到着した蝶屋敷での仕事もつつがなく終了し、皆で縁側に出ては買ってきたどら焼きを囲む。
我妻もしょっちゅう茶屋で手土産を買って来ているらしいが、純粋に女性達への手土産らしく、なんと本人の分すら買って来ないことも頻繁にあるという。
あんなに甘味が好きだというのに。

何かが抜けている。
自分に対する欲。保身。庇護。
我妻は何かそういったものがごっそり抜け落ちているとしか思えない。
これは竈門も大変そう。なんて気の毒な。
完全に他人事の感想で申し訳ないが。



「ありがとう村田さん!もう俺腹減っててさぁ。村田さん優しいね。俺、村田さんのこと好きだよ」
おいその満面の笑みやめてくれ。
お前耳が良いんだろ。
ちょっと落ち着いて隣の奴の音を聞いてみろ。
この明るい縁側になんか昏い影が落ちている気がするんだがお前本当に気付いてないのか。
逆にすごいな?
いつもと同じに見えるが、なんか俺から見ても怖いぞ竈門。
普段笑顔の人間が無表情な顔に昏くて赤い瞳を燃やしているさまは、本当に心の底から恐ろしいんだけど我妻わかってる?

「善逸、ほらついてるぞ」
目の前で竈門がどらやきの欠片を我妻の顔から取り除き自分の口に入れている。
なんで我妻、一口齧っただけのどら焼きの欠片をそんな風に口の端につけていられるんだろう。
子どもか。子どもなのか。

「善逸、髪紐が緩んでいる。直してやるからじっとしていてくれ」
柔らかく陽光を弾く金の髪。
それが肩の下まで伸びてきている。
そういえば以前我妻が、柿をかじりながら「炭治郎が切るなって言うんだよ。まぁ全部炭治郎が手入れするって言うから良いんだけどさぁ」なんて言っていたっけ。
いやお前もっと深く考えろよ。
なんで年頃の男がこうも甲斐甲斐しくお前の面倒見てると思ってるんだ。
当たり前のことじゃないからな?
いずれなんらかの見返りを要求されても俺は知らんぞ?

「善逸、2つ目は駄目だ。夕餉が入らなくなるぞ。ほら、また顔についてる」
「えっそう?なんかごめんなさいね!」
取って取ってと言わんばかりに顔を向ける我妻と、顔についていたどら焼きの欠片を取り除きそのまままた自分の口に放り込む竈門と。

…え…本当にこれで竈門の片思いなわけ…?
…もうこれ、竈門も手を出したら良いんじゃねぇの?

ものすごく微妙な顔をしてしまう。
思わずこくりとぬるくなったお茶を飲む。
初夏の陽気には心地良いぬるさ。

「…我妻は…、本当に、竈門のことが好きだよなぁ…?」
なんとなく怖くなって探りを入れる。
「うんそうね。俺は炭治郎のことも好きだよ」
…いや我妻。今ここでその「も」はいらない。

「…俺は、善逸のことを愛してるぞ」
竈門の腕が我妻の腰を抱き寄せる。そのままスン、と鼻を鳴らして我妻の匂いを嗅いでいる。

…ここまでされていて、なんで我妻は気が付かないんだろうなぁ…。
…どう見ても、付き合ってる恋人同士のそれなんだが…。

鎹烏の代わりなのか、いつも我妻と一緒にいる雀がちゅんちゅんと我妻の膝に乗る。
我妻の手のひらに載せられたどら焼きの欠片を喜んで食べている。
「本当にお前は可愛い奴だなぁ。禰󠄀豆子ちゃんの次だけどなぁ」と笑っていたときの竈門の無表情。
いや、まぁ単純に我妻の「可愛い」基準に竈門が当てはまらないだけかもしれないけどさ。
禰󠄀豆子ちゃんとやらの次が雀って、人間の順位低すぎない?
もうちょっとこう、我妻は考えてから発言する習慣を身に着けよう?

いや、なんかちょっと本当に先刻からちょくちょく竈門が怖いんですけど大丈夫?
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