鬼滅の刃

□苦悩する長男と無邪気な善逸
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そこからは、何度も何度も体を繋げた。
幸いにも蹴られるようなことは一度も無かった。
普段はあれだけ賑やかなのにしている最中はあまり喋らないし叫ばない。
不思議に思って問うてみると、「だって面白い音が聞こえなくなっちゃうじゃない?…俺だけの特権なんだからさ」と笑っていた。

「もちろん俺は善逸が声を殺していても声を聞かせてくれても問題ない。…だから、もう1回」
「え!?ちょっと待って待って!?俺もうもたないよ!?」
「待たない」
散々吸い付いていた肌に新たな朱を散らす。
「善逸から嫌がる匂いがするならやめる。善逸の意思に反してまで無理矢理抱きたいわけじゃない」
そろりと太腿を撫でさする。
「でも今の善逸からは、羞恥の匂いしか感じない。それだけなら俺はやめない」
「…とんでもねぇ炭治郎だ…」
耳まで真っ赤になるから、また唇を合わせて吸い付いてしまう。

んん、と固く目を瞑るその顔があまりにも可愛かったから、ついつい何度も深くあちこちに口付けては紅い痕を刻み込んでしまう。
何度抱いても、抱く度にまた新しい喜びばかりがつのっていく。

…欲ばかりが、つのっていく。



だけれども。
善逸はこれで良いのだろうか。
未だに善逸からは『恋』の匂いは感じられない。
俺に対する『情』が深くなっていることには違いないけれども、それでもそれは『恋』ではなかった。



よく俺を守ってくれだとか助けてくれだとか泣きついては来るが、その期待に俺が答えてやったことなどただの一度も無い。
善逸は強いし、俺に守られるような存在ではない。
善逸になら安心して背中を任せられるし、実際にとても強い。

禰豆子を守って貰い、危ういときに体を張って俺を守ってくれさえした。
守られているのはいつだって俺の方だ。

俺は何もしていない。
善逸のためにしてやれたことなど、本当にただの一つも無い。
なのに、善逸は今まで何度も命を掛けて禰豆子と俺を守りきって来た。
その強さに。
その優しさに。
俺がどれだけ救われてきたのか、今も尚救われているのか。
返しても返しきれない恩を抱えているのは俺の方なのに、いつだって善逸は「なんだそんなこと」と何でもないものであるかのようにそれを扱う。

感謝の念も。
…こうして抱いている恋慕の情も。情欲も。

自分に対する陰の気に対してはあれだけ敏感に反応してみせるのに、陽の気に対しては、これでもかもいうほど暴力的に無頓着。

自分のすべてを投げ出して尽くしてくれるのに、相手からは何一つ返って来なくても気にしていない。

そのことが非常に俺の心をささくれさせていく。

善逸が善逸の味方でなくても、俺はずっと善逸の味方だし、…出来ればそれ以上の存在として傍にいたい。
…もっと触れたい。
…何度でも愛したい。
…善逸からも…愛されたい…。

こんなにも俺は我侭で、度量が狭くて。
…俺以外の誰かが、この髪に。この肌に。
指1本だって触れてほしくはないのに。

善逸の中で、俺がどんな存在なのかは分からない。
でも本当の俺は、こんなにもみっともなく足掻いてるだけの男だ。

善逸から離れたくない。
…離れて行ってほしくない。

善逸の匂いや気配や、肌に触れていたい。

…こんな俺じゃ、駄目だろうか。
善逸の傍にいるのに相応しい男ではないと、いつか見限られてしまうのだろうか。

…なぁ善逸。
…返事を聞かせてくれ。

そう問うと、心底面白うそうにくつくつと笑う。

閨の中での睦言だとでも思っているのか、どうなのか。

「俺は本当に、炭治郎の音なら全部好きだよ」
なんて言いながら俺の頭を撫でてくるのだ。

むん、と膨れると、「あんまり褒めても、これ以上差し出せるものなんて何もねぇぞ!?」と楽しそうに笑う。

「でも、善逸のこれは『恋』じゃない。…匂いがしないんだ。俺には分かる」
「そうなのか?俺にはまったくわからないけど」
きょとんとした瞳に嘘はない。
「でもさぁ、俺は炭治郎の音がいっとう好きだし」
わしわしと頭をかき撫でられる。
「他の誰ともこんなことはしない。それは約束するよ。…それだけじゃ、駄目なのか?」
「でも…、…」
「俺はさぁ、今までずっと信じたい人だけを信じてきたわけよ。それで裏切られたり騙されたりしてきたけど。炭治郎は俺のこと騙したりせず、好きだって言ってくれるわけじゃない?こんな綺麗な音を聞かせてくれるわけじゃない?」
「…それは…、俺には、どんな音なのかわからないから…」
「同じだよ。炭治郎だって俺が聞いてる音は聞こえない。俺がこんなにもいっとう大好きな音なのに」
ぷくりと頬を膨らませてみせる。
「それと同じでしょ。俺の匂いって言われてもどんな匂いかわからないもの。…でもさ、俺は炭治郎の音も、炭治郎のことも、本当にいっとう好きだよ?…それだけじゃ、駄目なのか?」
鼻を摘ままれる。


これが惚れた弱みというものだろうか。
勝てる気が欠片もしない。

なので事が終わったあとだと言うのに、抱きしめながら強く強く首筋に吸い付いた。
手首にも。内腿にも。

自分のことに無頓着な善逸のことだ。
自分の体に刻みつけられた痕のことなど、きっと気がつきもしないだろう。
自らに向けられた恋慕の情に気がつかないのと同じように。

その痕を、めざとい誰かに指摘されたとしても問題ない。
真っ赤になり慌てふためく善逸を見て、他の人達が思い知れば良い。
善逸には俺がいるのだと。
…懸想しても無駄なのだと。




「…あぁ…、あと、1つ言い忘れていた」
散々に吸い付き終わったあと、褥の上で善逸の体を抱きしめる。

「俺も最近気が付いたんだが、どうやら俺は善逸のことになると我慢がきかないらしい」
「今更!?我慢できてたことあった!?ねぇあった!?」

「善逸に触れてくる奴や悪く言っている奴を見ると殴りつけたくなるんだ。…これが妬心というものなんだろうか。だから、善逸も気をつけてくれ。知ってはいると思うが、誰かに触られたとしたら、俺は匂いで分かるから」
すん、と匂いを嗅ぐ。

「善逸に聞こえるように何か言ってくる奴がいたらそちらも教えてくれ。善逸は耳が良いからわかると思う。…これもわかっていると思うが、…善逸が悲しい匂いをさせていたら、俺にはわかるから」

「…え…炭治郎…。なんで笑顔なの…。待って怖い…」

「善逸が辛いとか悲しいとか、そういうのは俺が我慢できない」

「いやいや…、待って炭治郎、ちょっとその音怖いんですけど!?」

「だからずっと、俺が安心できるよう、俺の傍にいてくれ」

「…もう…なんなんだよお前…」

呆れたように善逸が眉をしかめる。

「仕方がないなぁ。…炭治郎の音は、本当に綺麗だからなぁ」

俺の方へと伸ばされた指先を握り混む。

「だからずっと、俺にその音を聞かせてちょうだいね?」

にこりと笑うその顔があまりにも可愛くて、顔が熱くなるのがわかった。

「…とんでもねぇ善逸だな…」

ひとりごちたその音を聞いて、面白そうに声を上げて善逸が笑った。


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