鬼滅の刃

□正一君の気苦労と般若顔の長男
1ページ/2ページ




「イィヤァアアーッ!!怖い怖い怖い!お願い正一君手を繋いで!俺を守って!」
泣きながら全力で正一君にしがみつく。
「ふっ…うっ…、ぐすっ…」
正一君に手を握って貰うと少し安心する。
だって正一君は強い。
初めて会ったときも俺のことを守ってくれたし、今ではもう立派に鬼殺隊の一員として任務についている。
「…善逸さん…」
「やめてやめてやめて話しかけるのなら合図合図合図をしてくれよ!何度もお願いしてるよね俺?!」
「はぁ…すみません…」
「心臓が口からまろび出るからね?!極力静かにした方が良いって思うの俺は!鬼がっ…!鬼の音が近くてね?!」
「いや…善逸さんの声の方が大きいから…」
「あらやだごめんなさいね!…ってほら御覧!出たじゃない!出たじゃなあぁぁい!!」
意識を失いながら考える。
感知した音は3体。
どれも対した強さじゃない。
…食べた人間の、数…。この汚い音からすると…。
…60…50…45…その辺りか。
この程度の鬼なら正一君一人で行けるはず。
だって正一君は強いのだから。
こんな雑魚鬼なんかが敵う相手ではないのだ。

「…の呼吸…」
夢の中で、聞き馴染みのある声が聞こえたような気がした。



「…ぐすっ…、怖かった…。助けてくれてありがとうこの恩は忘れないよぉ…」
正一君にしがみつくと、正一君が頭を撫でてくれる。

傍らでは塵と化していく鬼だったものの欠片が恨めしそうな目をこちらに向けている。
今日も無事だった。
やっぱり正一君は頼りになる。

「…本当に…なんなのもう…」
「え?正一君何か言った?」
「うぅん。なんでもない。…帰りに、お団子でも食べて帰りましょうか」
「うん…」
正一君が手拭いで涙の痕を拭ってくれる。
だから安心してそのまま手を引かれて鬼の住処であった屋敷を後にする。

否。

しようと、した。

「待って待って待って怖い怖い怖いよぉ正一君助けて」
背後から正一君の背中にしがみつく。
初めて会ったときから正一君は随分背が伸びて逞しくなった。
だからもうほとんど同じ高さ。
その背中にすっぽりと隠してほしい。
「怖い…外で鬼より怖い音がしてるよぉ…ぐすっ…、ひっく…」

「外…?今は昼間だから鬼ではないですよ。…いつもの炭治郎さんなんじゃないですか」
呆れたような顔で正一君が俺を促す。

「その炭治郎の音が怖いって言ってるの!ねぇ正一君は俺を助けてくれるよな?俺を助けてくれるよなぁぁ?!」
「…団子はまた今度にしましょう。炭治郎さんがいない時ならお付き合いしますから」
「いやぁあぁあぁ!!」

いやいやと頭を振りながら泣きじゃくる俺を、正一君が無情にも引き摺り出してしまう。



明るい日の光を浴びた作り笑顔の般若がそこにいる。
音で分かる。
完全に般若だ。
やだなんなの?!
さっきの鬼たちより怖い音がしてるんですけど一体どういうこと?!


「お疲れさま、善逸。正一君。…いつも善逸が迷惑かけているみたいですまない。鬼はすべて切ったみたいだな。もう匂いがしない」
申し訳なさそうな顔で炭治郎が正一君に微笑んでいる。
「はァァァあ?!お前いたの?!いつからここにいたの?!だったらお前が行けやぁァァァ?!怖かったんだぞ?!正一君がいたから何とかなったものの、俺は本当に怖かったんだからな?!」
正一君の背後に隠れながら炭治郎を指で指す。

「…なんか…いつもすいません…」
「なんで?!なんで正一君が炭治郎に謝るの?!ねぇなんで?!」
泣きじゃくる俺の手を、正一君が炭治郎の手へと握らせる。
「いやぁぁぁあぁ?!」
「じゃあ…俺が報告書を書いて出しておきますから。善逸さんはもうこのまま帰って大丈夫です」
「全然大丈夫じゃないよね?!何が?!何が大丈夫なの?!全然大丈夫じゃなくない?!ねぇ大丈夫じゃなくない?!」

正一君の後を追いたいのに、がっちりと炭治郎に手を握り込まれているから動けない。

正一君達が見えなくなった途端、人好きのする笑顔が般若に変わる。
この顔を見たら絶対に正一君達も俺がどれだけ怖い思いをしているかわかるのに。
炭治郎はいつもこの顔を俺にしか見せない。


「離せぇ!俺は正一君と行くんだ!正一君に俺を守って貰うんだぁ!」
じたばたと暴れる。
「どうして善逸はいつもいつもそんなに恥をさらすんだ!?」
般若が俺を怒鳴りつける。
「善逸は強い!何回だって言っているだろう!それなのに何故他の男にしがみつく!?どうして他の男に手を握らせたりしているんだ!」
「何言ってるの!?正一君!正一君助けてェェェ!!炭治郎から怖い音がするんだよぉぉぉ!」
「善逸は強い!正一君にしがみつくな!手を握らせるな!何度言ったら分かるんだ!」
「いやお前が何言ってんの!?舐めるなよ俺はものすごく弱いんだぜ!炭治郎だって知ってるだろ!?そしてその怖い音何なの!?何を怒ってるのさ!?」」
「これ以上他の男に触らせるな!他の男に触るな!俺だけにしておくんだ!」
「なんの話よ!?俺は正一君に手を繋いで貰わないと安心して任務にいけないんだ!」
「俺と一緒の任務の時には俺の手を繋いできたりはしなかっただろう!?どうしてだ!?ほら、いつでも俺の手を握ったり抱きついてきたら良いんだぞ!さぁ!」
両手を広げて胸を開けるが飛び込むつもりは毛頭無い。
「炭治郎が俺を助けてくれたこと一度もないじゃない!ねぇ一度もないじゃない!正一君は毎回俺のことを助けてくれるんだぁぁぁ!」
「正一君より善逸の方が強い!鬼を切っているのも毎回善逸だ!だから頼るのなら俺だけにしておいてくれ!」
「炭治郎は俺を助けてくれないじゃない!?俺を守ってくれないじゃない!?」
「守るとか守られるとかそういう話をしているんじゃない!善逸には俺がいるのだから他の男に触れさせるなと言ってるんだ!」
「意味が分からないよ!?」
「善逸は俺のものだ!そして俺は善逸のものだ!」
どんと胸を叩いている。
「いや俺は別に炭治郎のものじゃないよね!?」
そう叫んだ瞬間。
「…っうぶっ…!!」
突如首元に痛みが走る。
そのまま俺は意識を失ってしまっていた。



次に意識を取り戻したとき。
「どういうこと?!ねぇ本当にどういうことなのこれ?!」
いつものように俺は裸。
一糸纏わぬ姿のまま、炭治郎の布団で目を覚ます。
「…ぐすっ…何なんだよぉ…もぉ…」
泣きながら枕元に畳まれていた肌着と隊服を手に取り着込んでいく。
何故だ。
いつもいつも、これは一体何なのか。
考えるのも怖いから随分前から思考を放棄している。
あちこち朱くなっているし、噛まれたような痕も見える。
虫だ。
きっと虫に刺された。
大きな虫だから歯型みたいな痕がつくんだ。
ぐすぐすと泣きながら隊服を纏い終わった辺りで障子が開く。

「起きていたのか善逸。ほら」
そう言って差し出されたおにぎりとお茶、味噌汁と漬物をまくまくと口に運ぶ。
もう炭治郎から般若の音はしない。
いつものような優しい音。
そして新緑の山を駆け抜ける爽やかな風のような音。
「落ち着いたか?」
「うん…」
「…ほら。ご飯粒がついてるぞ」
口元についていたらしい米粒を差し出されるから、炭治郎の指先からその米粒をあむっと食む。

途端に炭治郎から弾むような音が聞こえてきたけど、心地良い響きなので気にはならない。

まくまくと咀嚼しながら考える。
こんな朝を迎えるのは何回目だったっけ。
確かもう30回は超えていると思う。
つらつらと考える。



始まりはお館様だった。
新米隊士達の殉職が増えてきた。
これから先の戦いのためにも、子ども達を守るためにも、先輩隊士達の戦いを覚えさせておきたい。
だけど柱はみんな忙しい。

だからある程度実戦経験のある隊士に、新米隊士達を任せたい。
実戦で鬼を10以上切ってきた隊士。
十二鬼月と戦って生き抜いた経験のある隊士。
そう言った隊士達が選ばれてるのだと。
自分には関係ないと思っていたのに、あの列車で炭治郎や伊之助達と戦ってきた分が、何故か一緒くたにされていた。
俺の名前が上がったときは、汚い高音の悲鳴が迸った。
なのに誰からも助け舟は出なかった。

それから数人ずつに分かれて組を作ることとなった。
俺の名前が出るなんておかしいから、きっと俺も先輩隊士について行くのだろうと思っていたら、まさかの俺が先輩隊士役。
いやいやいやぁぁぁ!!と泣き叫んでいたとき、視線の先で見つけたのだ。
俺の命の恩人。
正一君の姿を。

その場で縋り付いた。
正一君は強いんだ!
だから正一君に守って貰うんだ!
俺はずっと正一君に守って貰うんだ!!

伊之助や玄弥や柱の人たちや、あのカナヲちゃんにまでまるで見たことのない別の生き物を見るような目で見られたけれど、俺は弱いのだから仕方がない。

炭治郎からはずっとグツグツと煮えたぎるような音がしていた。
その音がとても怖くて、なおさら激しく正一君にしがみついた。
怖い怖い助けてって何度も叫んだ。

炭治郎が正一君から俺を引き剥がそうとしてきたけど、俺だってもう炭治郎の動きには慣れてきている。
炭治郎の手が届かないよう、正一君の背中に隠れ続けた。
だって仕方ないじゃないか。
俺は弱いからいつ死ぬかも分からないけど、積極的に死にたいわけではないのだ。

正一君はなされるがままだった。
あのときもそうだった。
呆れたような、仕方ないなぁと言うような音をさせながらも、俺に対する信頼の音を聞かせてくれているのだ。

「正一君じゃなきゃ嫌だ!俺と任務になんて行ったらみんな死んでしまうぜ?!お前達みんな死んでしまうぜ?!だから、正一君に守って貰うのが一番良いと思うわけで!どう?!」
泣きながら新米隊士達を指さして喚いた。
そうしているうちに、お館様が「正一は、それでいいかい…?」と柔らかな声で聞いてきて、正一君が「はい」と答えた。
それで俺は正式に正一君と同じ組として配属されたのだ。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ