鬼滅の刃

□我慢できない長男と健気な善逸って最高ですよね
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その鬼を切った瞬間、禍々しさを伴った甘い匂いが鼻をついた。
頭の芯まで侵されそうな毒々しさ。

その臭気に顔をしかめる。
視界の端で崩れ始めた鬼がぐつぐつと醜悪な笑みを漏らす。


「…俺も死ぬが、お前もただではすませない…」
そのどろりとした黒い眼窩と視線がかち合った。
「…お前のその欲望に…抗えなくなる…忠実になる術…満たされるまで解けない術…お前が持つその醜い欲望が満たされなければ…ずっとそのままだ…」
ぐつり、と醜い笑いを垂れ流す。
「…壊せば良い…。大事にしてきたものを…その手で壊せ…欲望のままに…」
にやりと笑い…その鬼は消滅した。


その場に膝をつく。
がくがくと体が震える。
頭がくらくらとして視界がぼやける。
指先に触れた木の枝を杖にして立ち上がる。

とにかく、蝶屋敷に行かなければ。
血鬼術を解いて貰わなければ。

…俺の欲望…。
…欲望に忠実になる術…?
刹那、柔らかいたんぽぽのような笑みが脳裏に浮かぶ。

…壊せ…壊せ…。

鬼の断末魔が脳内でこだまする。

…駄目だ。壊さない。
あれは俺の何よりも大事なものだ。


震える足で歩き出す。
一歩一歩足を踏み出す度、体の中に鉛が埋め込まれているような重さを感じ続けていた。






なんとか蝶屋敷が見えてきたとき、こちらに向けて掛けだしてくる人の姿が見えた。
その姿を見てその場で膝をつく。
駄目だ。
何故今こんな時に。
ここにいては駄目だ。
逃げて。
逃げてくれ。

息が上がる。
苦しい。

「炭治郎!何があったんだよ一体!?その音はどうしたんだ!?鬼の気配の音じゃないか…!…すぐにしのぶさんのところ連れて行ってやるから!」
泣きそうな顔で俺の体を抱え上げるその甘い匂い。
鼻の奥でくぐもっていた嫌な匂いが一掃される、その爽やかな甘さ。

その手を掴む。

「…頼みがあるんだ、善逸…。これは血鬼術だから、しのぶさんでも治せない…。離れに…連れて行ってくれないか…」
「血鬼術!?」

まろぶように俺を抱えたまま善逸が離れに走る。


…なんという浅ましい…
…恐ろしいことを…


理性はそう叫んでいるのに、どろりとした欲望がそれを押さえ込む。


…仕方ないんだ…
…術を…術を解くため…

何に対して、誰に対してしているのかもわからないような言い訳ばかりが浮かんでは消えていった。



「それで!?どうすれば良いんだ炭治郎!?」

青い顔。
確かに俺を心配している匂い。
それなのに甘い。

その匂いに酔ってしまう。


「…鬼は…切った…。俺の…欲望が満たされないと…解けない術だと…そう言っていた…」
「…欲望?何?何をしたら良いんだ?甘味か!?おにぎりか!?」
「それは善逸の欲望だろう…。…俺の欲望を満たせるのは善逸しかいない…。頼んでも、良いだろうか…」
「俺?勿論、俺に出来ることならなんだってする!」

辺りの匂いを嗅ぐ。
…大丈夫。他には誰もいない。
…ここには…、俺と善逸の…ただ二人きり…。


「…善逸の…、髪と頬に触れても…良いだろうか…」
「え?そんなんでいいの?ほら、触れ触れ!」
温かい手が俺の手を自分の頬へと導いていく。
その柔らかな頬…。赤みの差す、健康的な頬。
そっと触れると、指先がじん…と満たされていく。
「…髪も…」
触りたい。
金の髪。日にけぶる、そのさらさらの髪。
指を絡め、唇を落とす。
甘い匂いが俺を支配する。
すんすんと胸いっぱいに陽光のような甘さを嗅ぎ取り、そのまま頬へと唇を落としていく。
柔らかな肌。
まるで自分から俺の唇へ吸い付いてくるような。
指先が善逸の少し小さな唇に触れる。
その唇に指を差し込むと、湿った粘膜に触れることが出来た。

「…もっと…、もう少し…」

唇を重ねる。
ちゅく、と唇を食めば、そこから甘い吐息が溢れ出す。
そろりと舌を侵入させると、少し怯えたような舌が逃げていく。

…逃がさない…。もっと…、もっとこの甘さを味わって…。

ちゅくちゅくと舌の絡まる音が響く。
俺の耳にも聞こえるくらいだから、きっと善逸の耳にはもっと深く響いている。

そのことが俺の中の何かを少しずつ満たしていく。

「…ま、待って待って待って!息!息が出来ないからね!?」
やんわりと押し戻されて、唇が離れる。
「さすがに息が出来ないと俺が死んじゃうからね!?わかる!?息!大事だからァァァ!!」
はぁはぁと濡れた唇で息をついている姿に背筋がぞくりと震える。

「…すまない善逸。どうやら俺は欲深のようだ…。ひとつ叶えば…もっともっと…欲しくなる…」
善逸の肩を押す。
畳の上に倒れ込む体の上へと自身の体を滑り込ませる。

「…え…?まだ何かするの?…髪とか…頬とか…言ってなかったっけ…?」
「それももちろん欲しい。…だが…もっともっと…次から次へと…欲が深まってしまうんだ…」

−…これ以上は、駄目だろうか…。

耳元で囁く。
ぶわわっと善逸の体が震えて、電気が走ったように赤くなる。

「…た…、たんじろが…したいなら…したいことしたら…いいけどさぁ…」
ぐいっと俺の頬を摘まむ。
「…誰でも…いいのか…?こんなことするの…。誰でも…?」
「善逸だけだ。…嫌なら、蹴り落として逃げてくれ。他の誰でもなく…。俺が欲しいのは善逸だけだ…」
「…俺だけ…?」
「すまない…。ずっと…表に出すつもりはなかったのに…。すまない…」
「…何を…、謝ってるの…。血鬼術なんだから…仕方ないよ…」
何でも無いことであるかのように俺の頭を撫でる手を掴み、その甲に口づける。

「…ずっとずっと好きなんだ。…多分、最初に一緒に任務に出掛けた時から。俺は、善逸のことだけを…、こういう欲望の対象として…愛してるんだ…」
「な…、おま…」

口をぱくぱくさせて固まっている。
その唇の端から、飲み込み切れなかった互いの唾液が流れているのが見える。
…そんな扇情的な姿で俺を煽って…。
…無自覚に…こうして俺を誘う…。

再び唇を重ねる。
隊服の釦に手を掛ける。

白い体。
あの肌に触れたい。
触れて…、匂いを嗅いで…、口を這わせて…、舐めて、吸って、それから…。

どんどん欲望が深くなる。
どこまで許されるのか。
善逸がどこまで許してくれるのか。

こんなことをしているのに、嫌われてしまうことだけがどうしても怖かった。
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