鬼滅の刃

□記憶の無い善逸と覚えている長男
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教室に入ると、やはり俺の見知った顔が何人も並んでいる。
中にはちらちらと視線を送って来る人もいるので「覚えている」と言うように頷いておく。

そしてまさかの担任は義勇さんだった。
自己紹介の時に、「ピアス禁止」「着崩し禁止」「染色禁止」といちいち黒板を叩く姿を見て、俺達のことを覚えていないんだなとわかった。

…義勇さんには辛いことが多かったと聞いている。
…辛いことが多いと覚えていないのだろうか。
…善逸は。
…思い出して、くれるだろうか。


禰豆子は覚えている。
とは言っても、鬼になっていた間のことはよく覚えていないらしい。
それは前のときもそうだったから、そういうものかと理解できた。

…善逸には思い出して欲しい。
あの頃の密月のことを。
辛いことも多かったけど、それでも幸せな時間だってたくさんあった。
その幸せな時間だけで良い。せめて片鱗だけでも。
切実に願う。




教室では善逸を挟んで、俺と伊之助が3人で並ぶことになった。毎日隣で善逸を感じることが出来るのはこの上もない幸福だ。
簡単な自己紹介と必要物や書類の配布と記入。それを終えたらあとはもう帰宅するだけのようだった。



「善逸。伊之助。良ければこのまま家へ来ないか?うちはパン屋だから、良ければ新作パンを昼食にどうだろうか。感想を聞かせてほしい」
「行こうぜ善逸」
「…えっ…、でも俺は…」
「俺は善逸と仲良くしたい。もう友達のつもりでいるんだ。善逸にもそう思って貰えると嬉しい」
にこりと笑むと、善逸の顔が赤くなる。

「…と、…とんでもねぇなお前…」
「た・ん・じ・ろ・う」
「…た…、炭治郎…」
「うん。善逸にも、そう呼んでほしい」

戸惑う匂いと、嬉しそうな匂いが混在している。
無理強いするつもりはないので、善逸の心のままに俺のことを好きになって貰いたい。
それもできるだけ早く。
…高校生ともなると、色々と我慢できないことだって増えていくのだ。

帰路の途中で連絡先を交換し、互いの話を聞きながら俺の家へと向かう。
俺はともかく、善逸と伊之助は久しぶりの邂逅らしくて話がよく弾んでいた。

それで分かったのは、カナヲを含めた3人が同じ施設で育ったこと。
善逸はおそらくは以前と同じ育手の人に引き取られ、兄と3人で暮らしていること。
伊之助の方は、DV被害から逃れるために施設に避難させられていたが、それも無事解決し、身を隠していた母親と祖母の妹であるひささんに引き取られたということ。
それぞれ家族の縁は薄いものの、概ね今の暮らしに幸せを感じているらしいことが匂いでわかりほっとする。

「炭治郎はどうなの?」
「俺は6人兄弟の長男だ。父は既に亡くなっているが、母と7人でパン屋を営んでいる」
「6人…すごいな」
「今度の休みにも来てほしい。2人には全員紹介したいから。土曜日の予定はどうだろうか」
「俺は空いてるぜ」
「…俺も…、空いてる…」
「なら決まりだな。腕によりをかけてパンを焼いて待っているから」
「炭治郎が焼くのか?」
「最近は俺と母と、妹の3人でやっている」
「妹?!妹もいるのかお前!お前に似てたら美人だろうなぁ」
「もちろん。評判の美人だぞ」
「会いたい!紹介してくれ炭治郎!」
「…もちろん紹介はするが、それは駄目だぞ善逸」
釘を刺す。
前も善逸は禰豆子のことを大切にしてくれていたし、きっと今回もそうしてくれるだろう。
だがそれは駄目だ。
善逸は俺と添い遂げることになっているのだから。
たとえ禰豆子といえども、善逸のことだけは譲れないのだ。

家に着き、2人を俺の部屋へと案内する。
パンやサンドウィッチ、飲み物を持って部屋へ戻ると、禰豆子が買ってきて俺の部屋へと放り込んでいたうさぎの抱き枕を抱えて、すやすやと善逸が眠っていた。

「…入学式に緊張して、3日ほどよく寝てなかったんだと」
俺の持ち込んだパンをむしゃむしゃ食べながら伊之助が笑う。
「ここならお前の音が聞こえるだろうからな。落ち着いて眠れるんだろ。…寝ているときでもこいつは音を拾うから気をつけろ」
最後の台詞は囁くように、伊之助が善逸を伺う。

「…伊之助達に会えて良かったよ。本当に嬉しいんだ」
「このパンうめぇな」
「たくさんあるから、好きなのを食べてくれ。…善逸は、お腹が空いてないのだろうか」
「今のこいつは腹より睡眠だろ」

そのまますぅすぅと気持ち良さそうに寝息を立てている寝顔を見つめる。
そう言えばこんなに穏やかな寝顔を見るのも久しぶりだ。

「んじゃ、ごちそうさん。…俺は帰るぜ。…そいつの家は『桑島道場』だ。ここからなら歩いても帰れるだろ。こいつの足なら」
「ありがとう」
「じゃあな」
ひらりと身を翻して伊之助の姿が消えていく。



…さて。何時になったら起こそうか。
…今も変わらず、俺の音が善逸の安眠に役立っているのなら嬉しい。
…前もよく、寝ながら俺の布団に潜り込んで来ていたな。
…寝ぼける度に、俺の音を聞こうとして、無意識のうちに。
…甘い匂いをさせて。
…乱れた寝間着の隙間から、その白い肌を覗かせて。
…小さな唇をかすかに開けて、まるで俺を誘っているかのように。
…そうして俺の体にしがみついて、胸に耳を当てて、それで…。
…俺が長男だから我慢出来ていたけど、次男だったら我慢出来てはいなかった。


昔のことを思い出しながら寝顔を堪能しているうちに、少しだけ情欲も湧き出てきてしまう。

…互いの想いを確かめあってからは、こんなふうにしどけなく寝ている善逸に悪戯することもあったなぁ。
…唇を重ね、寝間着の合わせ目から手を差し入れて、善逸の弱いところを刺激して…。
…甘くて香しい、あのときの匂いを思い出す。
…真っ赤になりながらも、それでもいつだって求める度に俺を受け入れてくれていた。
…早くまた、あの頃みたいに。


「…んうぅ…」
軽く身じろぎをして、善逸が目を覚ます。
「おはよう。起きたのならパンを食べないか?」
「…ぇ…」
起き出して目があった瞬間、善逸が耳まで赤くなる。
「ご、ごめんなさいね?!俺寝ちゃってたの?!伊之助?!起こしなさいよ伊之助!」
「伊之助ならもう帰ったぞ?」
「なっ…!…お、俺も帰る…、なんかごめん…」
「待ってくれ」
鞄を手に取り立ち上がろうとする手を握る。
「せっかくだから食べていってくれ。善逸のために用意したのに、食べて貰えなかったら俺は切ない」
「う…、じゃ、じゃあ…いただきます…」
座り直し、小さな口であむっとパンをかじる。
やはり今生でも甘いものが好きらしい。
クリームパンをもぐもぐと咀嚼している。

その小さくて形の良い唇にクリームが付いている。
…一番最初におにぎりを食べていたときも、最初の一口でもう頬にご飯粒をつけていたっけ。
あのときの善逸を思い出す。

…懐かしいな。
…前の時も良くこうして、口や頬に色んなものをつけていた…。

くすりと笑う。

「…ついてるぞ、善逸」
肩を抱き寄せ、唇についていたクリームをぺろりと舐める。
そのまま唇を合わせ、ちゅ…と下唇を食む。

「…っ!!な、ちょ、おまっ…!!」
真っ赤になった善逸が大きな瞳を見開いて俺を睨む。

−…しまった。
−…ついついあの頃のことを思い出して同じ事をしてしまった。

やらかしたことは実感したが、善逸からは羞恥の匂いと驚いた匂いしか感じられないので問題なかったことにする。

「すまない。ついつい癖でやってしまった」
「…お前…、彼女とかにこういうことしてんのかよ!?彼女いんのかよ!?何なんだよお前!今のこれ!手慣れ過ぎてんだろうがぁぁぁ!!」
「彼女はいないな。今までにただの一度も、一瞬たりとも、彼女がいたことはない」
そう。俺にいたのは可愛い恋人だけだ。
女性とこういうことをしたことはただの一度も無いと断言できる。

「あ?え?そうなの?お前、顔は良いし、音は優しいし、すげぇもてそうなのに」
「善逸はそう思ってくれるのか?」
「え、だって顔がいいじゃんお前。優しそうな音させてるし、もてるんだろ?俺、耳は良いのよ」
そう言って自身の耳を指さす。
「だから、炭治郎の音が優しくて綺麗だってことはわかるんだ。付き合ってくれって女の子たくさんいそうだよな」

「なら、善逸が俺と付き合うというのはどうだろう」
「…は?何言ってるのお前」
呆れたような冷たい瞳で俺を睨む。
でも拒絶の匂いは感じないからとりあえず進んでみることにする。
「俺は鼻が良いんだ。最初からわかってたよ。善逸が強いことも、優しいことも」
「…鼻?」
「そう。善逸みたいに甘くて爽やかで、綺麗な匂いをさせている人には生まれて初めて出会ったんだ」
…今生では。心の中でつけ加える。

「…とりあえず、友達からと言うのはどうだろうか」
微笑みながら手を差し出すと、善逸が俺の顔と手を交互に見やる。

「俺は善逸の匂いで癒やされるし、善逸が良ければいつでも俺の音を聞いて貰って構わない。…よく眠れるのだろうと、伊之助もそう言っていた」

「…そりゃ…、今までで一番気持ちよく眠れたけどさぁ…」
「なら決まりだな。これからよろしく頼む。善逸」

善逸の手を握る。
振り払われないのが嬉しくてにこにこと笑う。
少し恥ずかしそうな、でもちょっと嬉しそうな、そんな弾む匂いが俺の鼻腔をくすぐっていく。

…逃がさない。
…絶対に、もう二度と。
…俺のことを忘れることは許せても、俺から離れるようなことは絶対にさせない。

「…待て。今ちょっと怖い音がしたぞ」
「そうか?」

「…いや、でも…、さぁ…。あぁぁ、やっぱり炭治郎の音聞いてるとなんか泣きたくなるわ!駄目だわ!お前の音、あざとすぎるんだろうが!」
「なら、善逸もそれでいいな?」
「だってさぁ!俺だってこんな気持ち良い音聞かされたらさぁ!」

「ありがとう。…これからも、末永くよろしくな」
善逸の手を握ったまま引き寄せる。
唇に唇で触れ、ぺろりと舐める。

「…おまえっ!お前ってやつは!!…ほんっとうぉぉに!!とんでもねぇ炭治郎だな!!」
真っ赤になって怒鳴りつける善逸の姿が嬉しくて、ずっとにこにこと笑い続けた。


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