鬼滅の刃

□我妻善逸は姫である
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■蝶屋敷の怪我人『は』の証言


この怪我どうしたって?いやぁ、鬼に追いかけられてね。避けたところに崖があって落ちちゃって。
たいした怪我でもないんだけど、傷口縫って熱が出たからここで静養してるんですわ。

…あぁ、見ましたよ。『不可侵の姫』。
俺が避けた鬼の首、刈り取っていったのあの姫ですからね。

聞いてはいたけどまぁ何も見えなかった。
鬼の首が塵になっていくところを見なかったら、鬼が姿をくらましたんだと思ったかもしれない。

…それで、落ちた俺の手を掴んで引っ張り上げようとして、手を出してくれたんですよ、姫が。
そしたら伸ばした俺の手、どうなったと思います?
…殴られたんですよ。刀の鞘で。
いきなり横から勢いよく殴られて、…えぇそう。この湿布がそうです。まだ腫れてますわ。

あんな状況でしょう?
怪我人を助けるとか負傷者を救護するとか、普通のことじゃないですか。

…まぁ、無理でしたわ。
さすがの『不可侵』。

誰も触らせないという確固とした意思を感じましたね。
まさか救護が必要な怪我人相手でも容赦ないとは。

『赫灼の君』は真顔でしたからね、俺を殴ったとき。
そのあと無言で引き上げてはくれたから良いんですけど。

だから驚きましたよ。
普段は優しい人格者らしいじゃないですか。

…あれで?
姫の手を握ろうとした俺の手を払いのけたとき、鬼より怖い赤い瞳で思いっきり刺してきましたけどね。
姫は知ってるんですかあいつの正体。
あぁ、やっぱり知らない?

むしろ懐いてる?
それ大丈夫なんですか?

『起きてる』状態の姫も見ましたけど、なんかまぁ頼りないというか、騙されやすそうと言うか。
『赫灼の君』があんな昏い目で牽制してくる奴だと知ったら、悲しむんじゃないかなぁ。

私ですか?
いやいや、さすがにもう懲りましたよ。
命助けて貰ったからお礼だけでも、って行こうとしたんですけどね。

正直あれは無理ですわ。
壁が厚すぎて、近づけやしない。










■隊士『に』の証言


こないだ夜中に、任務終わりで蝶屋敷への道を歩いていたんです、私。
そうしたら道端から子どもの声がして、こんな時間におかしいなって、刀を握りしめて向かったんです。

そうしたらそこに、くだんの『不可侵の姫』がいて。
噂通り、耳が良いんですねあの人。
近寄る前に気付かれてました。

名前も覚えてくれていて、えぇ、それは驚きました。
「あれぇ、『に』ちゃんじゃないのぉ」って手招きしてくれて。

そこで初めて、横にあの禰豆子さんがいらっしゃるのに気が付いたんです。
いいのかなぁとは思ったんですけど、私は女性だし、大丈夫かなって思っちゃったんです。

それで姫が花冠作ってらしたんですよ。多分禰豆子さんのために。
それを見て、うわぁ癒されるなぁ、可愛い子が可愛いことしてるなぁ、なんて思って。
…そう。ついつい見つめてしまったんです。

そうしたら…、禰豆子さんが…。

あの子、大人の姿にもなれるんですね。

普段は愛らしい少女なのに、急に大人の姿になって、威嚇するような顔をされてしまって…。

「どうしたの禰豆子ちゃん?ほらぁ、お花の冠、出来たよぉ」
姫が呼んだ瞬間、いつもの子どもの姿になって走って行きましたけどね。

…まぁ怖くて。
あぁ、女性でも無理なんだろうなぁと。

思えばそうですよね。
私達は姫って呼んでるけど、男の子ですもんね。

以前はよく「結婚したい」って言ってたらしいから、女性は尚更駄目ですよね。

周りを固めてるのが男性ばかりだから油断していました。

…以後、気をつけます。







■隊士『ほ』の証言


…近頃、ますます善逸が愛らしい。
まろい頬をふくふくとさせながら団子を頬張ったり、琥珀の大きな瞳をいっぱいに見開いて俺を見つめてみたり。
それは実に良いことなのだが、同時にまた俺の苦労が増していく原因でもある。

いや駄目だ。俺は長男。まだ我慢できる。その筈だ。
なにしろまだ本人の同意を得ていない。
得ようとはするのだが、いつもするりと躱されてしまうか、邪魔が入る。

善逸が可愛らしく愛らしく、強くて優しいと言うことは隠すことも出来ない事実だ。

…だから、不埒な奴らが現れる。
俺の善逸の手を握ろうとしてきたり、贈り物を渡そうとしてきたり、可愛い可愛いと噂話をしてみたり。
いくら追い払っても次から次へと湧いて出るのだからたちが悪い。

考えても見ろ。
善逸の持つ月光のような煌めきを放つあの髪。
月の雫を溶かしたようなあの瞳。

…善逸は月の化身だと言っても過言ではない。

それはつまり、「日」の呼吸を受け継いだ俺自身の妻となるべく存在していると言うことに他ならない。

太陽と月。
古来よりそれは夫婦の証だ。

名前にも刻まれている。「我の妻」。つまり俺の妻だ。

そのことに気づきもしない愚鈍な奴らが善逸に触れたり名前を呼んだりすることなど許せるものではない。

幸いにも俺は鼻が利くので、出来るだけ事前に排除するよう努めている。
変な奴らに絡まれて善逸が怯えでもしたらどうしてくれる。
確かに泣き顔も愛らしいが、泣かせて良いのは俺だけだ。
他の奴らのせいで善逸が月の雫のような涙を流すなど、許されることではない。


身の程を弁えていない奴が命を助けて貰った礼にと善逸にと持参してきていた団子はなほちゃん達に分けておいた。
手紙は全部燃やしておいた。
贈り物にと渡されそうになっていた髪紐は鎹烏に持たせる手紙を縛る紐として使った。

善逸は俺が買ってきた大福を美味しそうに食べていたし、余計なことに煩わされず楽しい時間を過ごしていたので問題はない。

あのふくふくとした頬で、嬉しそうに大福を食べている姿はまさに眼福だった。
今度また買っておかねば。


…それにしてもあの獪岳とか言う奴は邪魔でしかない。
善逸のことをカスだの呼ぶし、その割につきまといが激しい。
善逸は誰よりも愛らしいし、お前のものではない。
善逸が「兄貴」と言って慕っているようだから今のところ見逃してやってはいるが、度を超すようなら考えなくてはならない。


…おっといけない。
あまり怖い音をさせたら善逸が起きてしまう。

「炭治郎からは優しい音がするんだ」
そう言って笑うから、俺はいつだって善逸の安眠のためにこうして添い寝をすることにしている。

実際ぐっすりと安眠できるそうで、善逸が喜んでくれるのだ。
…善逸と添い寝をする権利は俺だけのものだ。
誰にも渡さない。


…それにしても善逸が聞いている優しい音って何なんだろうな。
俺は善逸ほど耳が良くないからその音が聞こえない。

でもまぁ、恋する男の恋の音なんだろうとそう思う。
最初から聞こえていたって?
勿論俺は最初から善逸のことを愛していたし、善逸と結婚すると決めていたから問題はない。

俺から聞こえるその音が善逸にとって安らげる音であるのならそれだけで満足だ。
…さて。

善逸にはいつ、俺のこの気持ちを受け止めて貰おうか。


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