鬼滅の刃

□心の狭い炭治郎と無自覚善逸
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翌日、その紙に書かれていた場所へと訪れる。

…え…。ここ、は…。

その屋敷の門を見上げる。

「…日柱様の…お屋敷…?」

以前先輩隊士の遣いで訪れたことがあるから間違いはない。
その時はただの遣いで、玄関先で荷物を渡しただけだがこのお屋敷のことは忘れられない。

俺も次こそ柱稽古に参加したいと、ずっと切望しているのだから。



これから、ここで、稽古…?

あの竈門炭治郎という人物は、もしや日柱様所縁の人物なのだろうか。

…もしかしたら、日柱様にお目見え出来るかもしれない。
胸が高鳴る。

もちろん今一番会いたい人は我妻善逸さんだ。
それは間違いない。

だけど、それとは別のところで、『柱』に会えるかもしれない、というのは心を躍らせるのに充分だった。





「やあ、来たな」

にこやかな顔で竈門炭治郎と名乗った彼が現れる。

「あの、ここは」
「とりあえず稽古をしようか。…はい、木刀。俺と打ち合って1本取れたら、善逸のことを教えよう。…どうだ?受けるか?…受けないのなら帰れば良い。出口はそこだ」

にこやかな笑顔。
その人好きのする笑顔についついつられる。

「日柱様のお屋敷で稽古なんて、随分贅沢な経験ですね」
はは、と笑って木刀を受け取る。

…彼から1本取れば、善逸さんのことを教えて貰える。
俺にとってはそれだけで充分だった。


「じゃあ始めようか。…期限は日が沈むまで、で良いかな。それまでに1本取れれば君の勝ち。…取れなければ、君はこれから先ずっと、善逸のことをすっかり忘れて生きてくれ」

「…今はまだ朝ですよ。本当に、あなたから1本取るだけで良いんですね?」

俺だって鬼殺隊だ。階級は己。
それだけ猶予があれば1本取るくらい出来るだろう。
今までだってそうだった。
丁の先輩隊士からも、丙の先輩隊士からも、それだけの時間が与えられれば1本取ってきた自負がある。

…目の前の彼は若い。
せいぜい20才を超えているかいないか、そのくらい。
しかもどうやら善逸さんに対して不届きな心持ちでいるらしい。

爽やかで好感の持てる笑顔なのに、善逸さんの話になると棘があるのだ。
隠すつもりすらなさそうなその棘が、俺の自尊心を刺激する。

「…じゃあ、始めようか」
彼の声を合図に、先手必勝とばかりに打ち込んでいく。

















そこからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
すでに息も絶え絶え。
木刀を握る力さえ残っていない惨状で、俺は地に伏せていた。
全身が痺れている。
一撃一撃がとても重く鋭く、彼の剣先を捉える事さえ出来なかった。

彼は一度も呼吸を使わなかった。
俺は恐らく何一つ怪我など負わされていない。
ただひたすら打ち合わされていただけ。
…俺の持つ木刀をめがけて、彼が自身の木刀を振り下ろし続けていただけ。
彼に対して俺はまったく、打ち込むことさえ出来なかった。
それなのに。

目が霞む。
頭がぼうっとする。
全身の感覚がない。
耳の奥でがんがんと鳴り響く音のせいで、他の音が聞こえない。
息。
…息の仕方が分からない…。



ざぶん。


体に何かの衝撃が伝った。
今までの斬撃とは異なる刺激。

髪を伝うこれは汗だろうか、水だろうか。

ぼやけた視界に誰かが映る。

「お。こいつ、まだ意識があるぞ。見込み有りそうじゃねぇか」

若草色の瞳が俺を見つめる。
その凄まじい、圧倒的なほどの美貌。

…これが、噂に聞く天の御使いだろうか。
友人から見せられた宗教画を思い出す。

あの画集にだって、こんなにも凄まじい美少女は描かれていなかった。

最期の最期にこんな綺麗な人が迎えに来てくれるとは、天の御使いとはなかなか気が利いている。
そう思っていたとき。
流れる水のお陰で少しばかりはっきりした意識の中に、音が響く。
激しい耳鳴りの合間に、ようやく人の声が聞こえてきたのだ。




「…何やってんの!?ねぇ何やってんの炭治郎!?」
「それはこちらの台詞だ!今日は絶対にこの屋敷には来るなと頼んでいただろう善逸!」
「いやお前だよお前お前!本当ふざけんなよ!?わざわざそんなこと言うから何かあるんだと思って来てみれば!何だよこれぇ!!ねぇ伊之助その人生きてる!?ねぇ生きてる!?」
「おぅ生きてるぜ。息してるから大丈夫だろ」
「いや息だけしてても駄目だからね!?いつから!?いつからこんななの!?」
「お前もうるせぇ。…これはあれだろ。水とか掛けてれば治る」

ざぶん。
天の御使いが何か言ったと思ったら、また何かが目の前を流れていった。
何か。…これは、水だろうか。
干からびていた口内が僅かに湿る。

「ぎゃあぁぁぁ!!伊之助お前もだよ!何やってんの!?意識失いそうな人に水ぶっかけるとか何やってくれてんの!?ねぇお前も謝れ!!お前らが詫びれ!!!」
「断る」
「いいから帰れ善逸!何のために人払いをしたと思っているんだ!」
「はぁぁぁぁ!?お前人払いまでして何やってんの!?隊員同士の私闘は御法度でしょうが!隊律違反だよ隊律違反んん!!」
「こいつがお前のこと探してたからだろ。権八郎はうるせぇからな」
「やだ可哀想!人捜ししてるだけでこんな目にあうとかこの人が可哀想過ぎるでしょ!」
「ただ探してただけじゃない!こいつはお前に懸想してるんだぞ!?」
「また勝手に決めつけて!俺なんかに懸想する人がいるわけないでしょうが!そんな変人お前だけだわ!この人も良い迷惑だよ!!今まで何人そうやってありもしない濡れ衣着せてぼこぼこにしてきたのさお前は!?」
「俺は悪くない!!!むん!!!」
「完全にお前のせいだよ!!正座!ほらそこに正座する!言うこと聞かないともうお前、膝枕して歌ってやらないからな!?」
「それは困る!」
「なら正座だよ正座!私闘で隊員殺しかけてるんだから反省しろお前!」

ぼんやりとした視界の中で、先ほどまで打ち合っていた彼が座り込むのが見えた。


「炭治郎がごめんなさいね!?ねぇ生きてる!?生きてる!?」
焦点の定まらない視界に金色の風が見える。

「君、この間会った人だよね?やだごめんなさいね!炭治郎が変な言いがかりつけて呼び出したんでしょ!?…来なくていいからね!?本当、時期以外の稽古呼び出しは碌なもんじゃないからね!?」
「…ぜ、んい…つ…さ、…」
喉が潰れていて声が出ない。
でもこの人は。
俺がずっと探していたあの。

「…気安く名前で呼ぶな!善逸は柱だぞ!?」
ばん、と吹き飛ばされる。

「だからやめろって言ってるでしょうが!それに嘘を教えない!!!俺は柱じゃないからね!?柱なのはお前達だけ!そうでしょうが日柱様に獣柱様ァ!?柱が一般隊員いじめるとかどうなってんの!粛正だよ!即!!!粛正!!」
「お前も鳴柱だろうが」
「伊之助もそんなこと言わないの!俺はただの鬼殺隊員!鳴柱は不在でしょ!」
「柱合会議、お前も出るよう言われてるだろ。ならお前も柱な。あと、柱稽古に今度こそ柱として参加しろって言われてたぜ。稽古の強化、必要らしいからな」
「違うわ!お前らが勝手に言ってるだけでしょうが!」
「オヤカタサマが言ってたぜ。会議に出て欲しい、柱稽古をして欲しいって」
「…勘違いしてらっしゃるの。鳴柱はじいちゃんまで。以降不在!!!はい解散!」
「…いや、今度の会議には絶対に善逸を引っ張ってこいと言われている」
「紋逸が行かねぇんなら俺も行かねぇ。…あれ、面倒くせぇ。柱稽古だけなら楽しいんだがな」
「伊之助は行かなくちゃ駄目でしょうが!獣柱なんだから!」
「知るか」
「頼むから2人とも聞き分けてくれ。伊之助は任務優先で出たり出なかったりだし、善逸はなんだかんだと雷の呼吸と耳を駆使して逃げ回るし、いつもそれで俺は叱られているんだぞ。善逸にも分かっているだろう。稽古の強化が急務なんだ。鳴柱として、善逸も稽古をつけてくれ」
「炭治郎は日柱なんだから、会議に出たり稽古したりするのは当然でしょうが。会議に伊之助引っ張って行けば解決でしょうが」
「…善逸。いい加減受け入れろ。間違いなくお前も柱だ。鳴柱として、柱合会議に出席し、柱稽古を行う義務がある」
「はいはい聞こえない」
「しのぶと蜜璃とカナヲがお前に会いたいから来てくれって言ってたぜ」
「それを早く言えよ!今すぐにでも手土産持参で会いに行くわ!」
「…柱合会議の席で、だぞ」
「…それ以外で会いに行くわ。女性からのお誘いを断ることがない男だぜ俺は」
「俺の誘いにもそのくらい応じてくれ、善逸」
「…応じてるでしょうが」
「3回に2回は断られていると思うのだが」
「…お前、自分が毎回どれだけ俺に負担掛けてるか一度自覚しろ。次の日立てなくなってるんだからな俺は」
「それは反省している。だがあれだけ断られると俺だって切ないんだぞ」
「…今してるのはそんな話じゃないでしょ!仮にも柱が、隊員いじめるなって言ってるの!」
「それだってお前が、自分は鳴柱だと名乗らないせいだろう!お陰で毎回こんな風にお前に懸想する輩が現れて、俺は排除するのに苦労してるんだ!」
「炭治郎の勘違いだと何回言わせるんだよ!大体何で俺が男に懸想されなきゃならないんだ!それで排除って何なの!?もう本当お前土下座して謝れよ!!」


…柱…?
…日柱…?
…獣柱…?
…そして。
…鳴柱…?

ここは…日柱様のお屋敷で。
確かに今日は誰も…いなくて…。


…俺が…打ち合っていたのが…日柱様…?
そして…あの…天の御使いが…獣柱様で…?

ずっとずっと探していた、あの人が…。
鳴柱…様…?

「おい。お前、生きてるか?アオイ呼ぶか?しのぶは昨日から任務でいねぇんだよ」

若草色の瞳に見つめられながら…。
色々な事柄が、すとんと腑に落ちた。

そして。

今度こそ俺は、全ての意識を手放した。


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