鬼滅の刃

□炭治郎は囲い込みたい
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「…んぁっ…?!」

雷の落ちる音で目を覚ます。
昨夜は遅くまで任務をこなしていたから、お天道様が中空に浮かぶ時間でものほほんと寝ていられるはずだった。
なのに。
突然の轟音で、意識が急速に覚醒する。

雷が落ちたと思っていたのに、空は晴れているし雨の気配もない。
聞こえてくるのは俺がいっとう好きな優しい音だけ。

「…あれ…?たんじろ…?今雷落ちてなかった?」
寝ぼけ眼で目を擦る。

「その格好はなんなんだ、善逸」
掛けられた不機嫌そうな声に己を見やる。

見れば今の自分は布団を蹴飛ばし寝間着の前を完全にはだけさせ、紐一本だけを腰の辺りに巻き付けている状態だ。
炭治郎はだらしないのが嫌いだから、こんなことも気になってしまうらしい。

俺、炭治郎より年上なんだけどなぁ。
最近弟みたいに扱われている気がする。
まぁ炭治郎も普段は伊之助の世話を焼いて忙しくしてるのに、今は伊之助がいなくて寂しいんだろうし、もうこれは習性なんだろうし、それはわかるから反論はしない。

「暑かったんだよ。仕方ないだろ」
もそもそと寝間着の前を合わせる。

「誰に見られるか分からないんだぞ。…俺だから良かったものの」
「心配せんでも禰豆子ちゃんの音が聞こえたら起きるよ俺は」
きりっと顔を引き締める。
「禰豆子ちゃんは将来のお嫁さんだ。こんなだらしないところなど見せられるわけがない!」
「…」
「顔っ!その顔やめろよぉ!」
ものすごい顔で見おろされて心が折れる。
俺は繊細なんだぜ舐めるなよ。

「禰豆子でなくても、誰が来るか分からないんだぞ」
「こっちの離れまでは来ないだろ。伊之助もいないしさぁ」
起こされてしまったので仕方なく布団を畳み顔を洗いに行くことにする。
蝶屋敷は離れでも水が使えるからありがたい。
まぁ看護所を兼ねているのだから、水はいくらでも必要だしね。

顔を洗って戻って来たら、そこにはまだ炭治郎がいた。
「あれ。まだ朝食行ってなかったの?」
「あぁ。善逸と一緒に行こうと思って。それより、今からの時間は昼食だぞ。善逸はゆっくり寝てたから」
「そりゃ任務明けだもの。帰ってきたのは明け方だよ。帰っておにぎり貰っただけだから、流石に腹空いてるわ」
「そうか。善逸の好物があると良いな」
そうやって破顔すると、炭治郎も年相応に見えて可愛らしい。
ふふっと笑う。

見るとあれこれ荷物を整理している最中らしく、軟膏や手拭いなどが広げられていた。
禰豆子ちゃんはまだ寝ているようで、箱の中からすやすやという可愛らしい音が聞こえている。

俺達が蝶屋敷に滞在するときは大抵離れのこの部屋で寝起きする。
禰豆子ちゃんもいるし、他の隊士達との間に余計な軋轢を生じさせないために。
そして俺達が音や匂いに過剰に反応してしまうから、少しでも落ち着いて眠れるようにするために。

あれでいて伊之助も繊細だから、しのぶさんやアオイちゃん、俺達以外の人に触れられるのをいたく嫌う。
だから風呂も水場もあるこの離れで、俺達だけで過ごすのが当たり前みたいになってしまった。

確かに風呂場で伊之助と遭遇してしまったら、大変なことになる隊士達が続出しそうだもんな。
体を湯に浸けて顔だけ出していると、本当美少女に見えてしまうのだから。
まぁ所詮中身は伊之助なわけだが、知らない隊士が出会してしまったら確かに気の毒だ。


他の3人はともかく、俺は元々狭い奉公部屋で雑魚寝する生活をしてたのだからそんなに気にしてもらう必要はないと言ったんだけど、「隊士は体が資本だ。俺の音がいっとう好きでよく眠れると言ってくれただろう。だから俺と生涯を共に過ごしてくれ、善逸」と炭治郎に言われて、なんとなく俺まで同じ部屋に寝泊まりするようになってしまった。

確かに炭治郎の音を聞くとよく眠れるし、禰豆子ちゃんの音を聞いていると癒されるし、伊之助がいるとなんとなくほこほことする。
だから俺には本当に異存はなかった。

禰豆子ちゃんのことは繊細に取り扱われねばならないとされていて、隊内でも知っている人は限られている。
その中で、こうして共に過ごしていけるなんて凄いことだよ。
それだけ炭治郎から禰豆子ちゃんの傍にいることを許されてるんだなぁと思うと、ちょっとだけくすぐったい。

うふふと笑うと、炭治郎がまた変わった音を立てる。

最近、炭治郎も色々な音を立てるようになった。
四角四面の長男にしては良い傾向だよなとそう思う。

勢いよくばさりと寝間着を脱ぎ、隊服を着込んでいく。
禰豆子ちゃんが起きているときなら気を使うけど、今この部屋にいるのは俺と炭治郎だけなので気にはしない。

炭治郎がまた面白い音を立てながら、俺が放った寝間着を手に取る。

「…そうやっていきなり脱ぎ散らかすのは駄目だぞ、善逸。俺が長男だから良かったようなものの。次男だったら危なかった」
「あぁ寝間着?あとで洗いに持って行くよ。置いといて」
「いや、良いんだ。俺が持っていっておくから」
「そう?いつもありがとね」

どのみち洗いに出すだけなのに、炭治郎は必ず毎日こうして俺の寝間着まできちんと畳み、自分が持っていくからと自分の荷物の側に置いておく。
確かに変な時間に洗い物を持って来られても屋敷の人達に迷惑だろうし、そんなところまで気遣い出来るって流石だよねぇ。
こういうところが四角四面の長男なんだよなとおかしくなる。


連れだって食堂に行くと、いつもの角席が空いていた。
俺達は大体いつもこの席で食べている。
壁際の角が俺の席。
その隣が炭治郎と決まっている。
伊之助は沢山食べるから、2人分の席を使って皿を並べている。

「今日はそっちに座っても良かったなぁ。伊之助いないのにまた並んで座っちゃったわ」
「良いじゃないか。同じ席の方が落ち着くだろう?」
「あー、まぁそうね」
隣の炭治郎以外は壁で囲まれている席だから、少しだけ耳が楽なのだ。
四方八方から音が聞こえてくるより、隣の炭治郎の音だけを聞いていたら良いというこの場所は、俺にとっても随分と楽。
だけど元々雑居部屋育ちなんだから、そこまで気にしてくれなくても大丈夫なのになぁとは思うけれど口にはしない。




騒がしい食堂を出て、鍛錬に出掛けるという炭治郎と別れる。

1人で部屋へと戻り、じいちゃんや兄貴への手紙を書く。
どうせ兄貴からは返事が来ないんだろうけど、じいちゃんのついでだし、と自分で自分に言い訳をする。

伊之助もいないから、この部屋を広く使い推敲を重ねた紙達を並べてみる。

俺がこうして兄貴に手紙を書いていると、炭治郎が不機嫌そうな音を出す。
返事が来ないとわかっていて、今日は何を食べただの元気にしてるかなどを書き連ねている俺の姿は相当にみっともないのだろうなぁとは思う。

だから何となく、炭治郎がいない間に手紙を書くのが習性になってしまった。

時間を掛けて色々な推敲を重ね、じいちゃんに近況が伝わるよう、兄貴が返事をくれるよう、考えに考え抜いた手紙を2通書き終える。
その手紙をチュン太郎に託し、その飛び立つ姿を見送る。

すると、屋敷の門の辺りで何やら炭治郎が揉めているらしいのが聞こえてきた。
なんだろう、押し問答してる?
いらない、いる、みたいな話をしている。
俺は耳が良いから、この離れの部屋から遠い正門の音でも拾ってしまう。
炭治郎があんな声を上げているなんて珍しい。
なんだろうと思って様子を見に行くと、遠くからでも匂いで気付いたらしい炭治郎が、俺に向かって険しい瞳で小さく「絶対に来るな」と囁いた。

常にはない剣幕にちょっと驚いて、物陰から聞くともなしに聞こえる話を拾ってしまう。



「…直接お会いしてお礼を言いたいだけなんです。どいてください」
「今は皆鍛錬の時間で忙しいんです。お帰りください」
「命を救って頂いたんです。せめて一目だけでもお会いしてお礼を言いたい」
その必死な様子に胸が痛い。
誰だろう。
初めて見る人だ。
すらりと伸びた肢体に、品の良い着物がよく似合っている。
教養のありそうな身なりに、たいそう男前の顔。

くそう。こいつ女の子にもてるんだろうな。
俺、こいつとは口を利きたくない。
しかも持っているあの包み、人気の店のものだ。
流行り物に詳しい男前とか、なんでこの世に棲息しているんだろう。滅べ。

そう思いながら見つめていた。
炭治郎が押し留めているのに、なかなか引こうとはしない。
般若顔の炭治郎なんて俺でも怖いのに、あの人結構頑張るね。

…その切羽詰まった様子を見ていると、なんだかちょっと気の毒になってきた。
あんなに必死なんだし、お礼を言いたいだけだよね。
その恩人とやらは誰だろう。俺に分かる人なら呼びに行くけど。

「無理です。本人はもうここにはいませんので」
あ、いないのね。
なら仕方ないかぁ。
…いやでも炭治郎のあの顔。…嘘ついてるときの顔じゃない?

「…いつお戻りになられますか」
「任務ですので当分戻りません」
「…甘いものがお好きだと伺っていたので、饅頭をお持ちしたんです。一目だけでもお会いできませんか」
「無理です。いませんので。お帰りください」
けんもほろろはこのことだ。
誰にでも優しい炭治郎がこんなにも頑なになるなんて珍しい。

「…そうですか…。もしお戻りになられたら、これをお渡しください」
「本人はいませんのでお持ち帰りください」
「いえ…、私一人では、こんなには食べられませんから…。皆さんで、ぜひ」
「…饅頭だけならお預かりしましょう。その手紙はお持ち帰りください」

とぼとぼと帰っていく背中を見送る。
なんだか可哀想。

炭治郎の警戒が緩むのを見て取って近寄っていく。

「…今の人さぁ、誰に用事だったの。ここに帰ってきたら、お礼に来てたこと教えてやらないと」
「いや、良いんだ。…あの人は少し迷惑な人で、付き纏いが激しくて困っているんだ。…また彼を見かけても、善逸は絶対に出たら駄目だ。俺を呼んでほしい」
「…ふぅん…。付き纏い…」

そんな人には見えなかったけど、と言う言葉は飲み込む。
炭治郎から激しい苛立ちの音が聞こえてきたから。

「…この饅頭はアオイさんに預ける。彼女たちで食べて貰おう」
「人気の店のものだもの。きっと皆喜ぶよ」
「善逸には、干菓子を用意してあるんだ。昨日見掛けて可愛かったのでつい買ってしまった。今日のお八つには是非それを食べて欲しい」
「良いの?ありがとね。俺干菓子も大好きよ」
礼を言うと、炭治郎が嬉しそうな音を立てる。


蝶屋敷には綺麗な人や可愛い子達がたくさんいる。
普段は女性と怪我人ばかりだから、確かに彼女たちのためにも警戒しておかないといけない。

炭治郎は本当によく気が回る。
長男長男連呼するだけのことはある。

この屋敷の女の子達が嫌な思いをするようなことはあってはならない。

滞在中は俺も気をつけて様子を見ておかなければ。
今度あの人が来たら俺が対応しよう。
炭治郎にばかり苦労をかけるわけには行かない。

炭治郎じゃないけど、むんっと気合を入れておく。






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