鬼滅の刃

□子分共が面倒くさい
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「俺、炭治郎のことが好きなんだ。…友達としてじゃなくて。ずっとずっと好きだった」

「…すまない。善逸の想いには応えられない。善逸が良ければ、これから先もずっと友人でいさせてくれ」

「うん。炭治郎はそう言うとわかってた。…困らせてごめんね。俺が言いたかっただけなんだ。忘れてくれ」

眉を下げて笑っているその姿から、辛そうな、切なそうな…。
そんな匂いがたゆたっていた。


じゃあ、と踵を返し去って行く背中を見送る。
その姿に何も掛ける言葉など思いつくはずもなく、ただそれを見送った。



善逸とはずっと友達だと思っていた。
いや、今でも思っている。
優しくて強くて、でもちょっぴり泣き虫な彼のことを、俺だって大切に思っていた。

ぐっと拳を握り込む。

…駄目だ。どうあっても応えられない。
…男同士でそんな、恋なんて。
…考えられるはずもない…。

頭を振る。

…忘れよう。
…善逸がそう言っていたように。
…何もなかった。
…そう。全てを忘れて、今まで通りに。
















■■■■■■■







「このお団子、美味しいねぇ。俺、お団子大好きだから色んな場所でたくさん食べてるけど、その中でも本当に美味しいよ」
もくもくと頬張る。
世辞じゃなく美味しい。

「ありがとうございます」
麓の茶屋。そこできびきびと働いているにこやかな笑顔の女性を見やる。

「他の人の気配がしないけど、…こんなところで1人なの?危ないんじゃない?」
「たまに危ないことはありますけど…。えぇ、なんとか対処できますから、私。こんなところで暮らしてるんですもの。そのくらいは出来ますよ。…心配してくださってありがとうございます」
礼を言われて戸惑う。

「もうちょっと…、町に近い方が安全なんじゃないの?」
「いいえ。ここしかないんです。自業自得なんです。…だから大丈夫です」
女性から聞こえる、その切ない音に胸が痛む。

「…どうしてこんなところに1人なの。…聞いても良ければ、だけど。…あぁもちろん、言いたくなかったら言わなくて良いからね?」
慌てたように言うと、寂しそうに彼女が微笑む。

「…私、元々捨て子だったんですよ」
「え…」
「ふふ。珍しいことでもないでしょう?…それで、奉公先を転々としていて…。15になったとき、奉公先の若旦那に好きだと言われて。…馬鹿だから、それを信じて…。結局捨てられちゃいましたけどね」
「…それは…、辛かったね…」
口先だけではない声が出る。

「…良いんです。…私なんかが、若旦那に本当に愛されるなんて、あり得ない夢を見てしまった。…だからこれは、私への罰」
「そんなことあるわけない!!」
強い語気で叫ぶ。

「え…」
「夢を見るのは自由だもの。…罰なんて、そんなことあるわけない。…あなたのせいじゃない。…騙した方が、きっと悪い…。…まぁ俺もさ、人のことなんて言えないんだけどね…」
あははと頭をかくと、彼女の瞳が大きく見開かれる。

「…どうして、あなたはこんなところにお1人なんですか。…聞いても良ければ、ですけれど」
「そう来たかぁ。…確かに俺だけ聞いておいて、聞かれたことに答えないのは卑怯だよねぇ」
温くなったお茶を口に含む。
俺は猫舌だから、このくらいの温度のお茶が一番美味しい。

「…俺もさぁ、捨て子だったの。…珍しいことでもないよね…?」
問うように語ると、彼女の顔がこくりと傾く。

「俺、ちょっと人より耳が良いんだよね。寝ているときに聞こえる音も覚えてたりするくらいには。それで気味悪がられて、奉公先も転々としてさぁ。結婚して家族を持ちたくて、色んな女性に求婚して、それで騙されて借金背負ったの。…で、結局こういう任務をして、給金貰って生活してる」
「こんな任務…?」
「鬼狩りなんだ。…わかる?鬼を狩って、それで給金を貰って、生活をしている」
「鬼…。それは…、危ないのではないですか…」

「鬼なんて本当にいるんですか、とは言わないんだね」
「…えぇ…。あの山。何人も帰って来ない人がいると、噂になっていて…。…屈強な男の人達が、何人も行方知れずだとか…」
彼女が不安そうに顔を曇らせている。



「うん。その山をね、調べに来たの」
「そうだったんですね…。でも…、あなた、お若いのに、そんな危険な…」
心配そうに俺を見つめてくる瞳の中に、赤が混じっている。

…炭治郎の瞳と、似たような色だな…。

未練がましくそんなことを考える。


「俺は鬼を狩りに来たんです。…この辺りで男が消える。そう聞いて。俺の前にも同じ服を着た者が訪ねて来ませんでしたか」
「…えぇ…。いらっしゃいました。お止めしたのですが…」
消え入るような声。
俯く顔には血の気がない。
元はきっと評判の美人だったのだろうに。
今は色濃く陰る憂いに、花のかんばせを曇らせている。


「…あなたはきっと、お強いんですね…」
「いいや?俺、滅茶苦茶弱いよ?怯えるし、逃げるし、泣きますし?」
茶化して言うと、彼女が瞳を曇らせる。

「それなのに、お一人で、こんなところまで?」
「…うん。それが仕事だから」
「…前にいらっしゃった、あなたと同じ服を着ていた人達は…、三人組でしたが…」
「はは…。俺、友達とか仲間とか…そういうの、縁が薄くて…。頭もこんなでしょ。…単独任務が多いんです」
「それは…、危険なのでは…」
本当に心配そうに見つめられる。

その赤い瞳に見つめられて、涙がじんわりと滲んでくる。



「…これから夜が来ます。日が沈む前に越えられるような山ではありません。…ここは宿屋も兼ねていますから、今夜はお泊まりになって、明日になってから出掛けられた方が良いと思います」
心配そうに俺を見つめる瞳の赤に、忘れなければいけない人の赤が想起されてしまう。
ぼやけた視界の中で、それでもその赤から目が離せない。

「どうぞ、お泊まりになって。…危ないですから」
「いいえ。これが俺の任務なので。…心配してくれてありがとう…」
「…あなたは…、最初からずっとお一人で、ここまで…?」

「最初は…。仲間と一緒だったんですけどね。…俺、元々捨て子だし、奉公先でも辛いことが多くて…。…だから、優しくされることがなかった。なのにあいつの…優しい音を聞いてしまって、優しくして貰って…。それで…好きになってしまって…。言っちゃいけないと分かっていたのに、想いを告げてしまった…」
「…お相手の方は…、なんて」
「…これから先も、ずっと友人でいたい、って…」
ぽろりと涙が頬を伝う。

「それで逃げ出してきて、だから1人なんだ。…正直俺がいなくなった方が、あいつにとっては良いのかなぁ、なんて…ね…」
「駄目です!」
強い語気でたしなめられる。

「…鬼なんかに、殺されたりしないで。…生きて戻ってください」
「…どうして…?」
問いかける。

「私もあなたと同じ、なのかもしれない…。報われないとわかっていて、それでも恋をして…。どれほど悔やんでも、それでもその想いから抜け出すことが出来ない…。私、馬鹿だから。…男に騙され、捨てられて…。行くところもなくて…だから、ここでこうして…。それなのに…。それだけ酷い目に遭わされて、それでもその人のことが好きで好きで忘れられなくて、とても辛いんです…」
彼女の瞳からも涙が零れていく。

「…酷い捨てられ方をしたんです。…男なんてもう信じない。そう思って、ここで暮らしてきたんです。なのに、馬鹿みたいでしょう…?」
「…うん…。わかるよ…。辛かったんだよね…。…あなたからは、本当にずっと、辛い音が鳴り続けている…」

「…えぇ…。…あなたには嘘がつけないと思っていました。…私にも、人の感情がある程度見えるんだって言ったら…驚きます…?」
「ううん。本当のことを言っているんだと思うよ」
「酷い捨てられ方をして…たくさん泣いて、泣いて、泣いて…。その後からかしら…。目の前にいる相手が、本当のことを言っているのか、私を騙そうとして言っているのか…。それがわかるようになりました…。あぁ、この人は嘘をついているな。私を騙して酷いことをしようとしているな。…それがわかるようになりました…」

顔を曇らせる。

「でも、あなたは最初からずっと、本当のことだけを語ってくれた。…こんな私のことでも、心配してくれている…。それが嬉しいのだと言ったら、ご迷惑でしょうか」
「ううん…。そんなこと、ない」
「ご無事で。本当にご無事で」
赤い瞳が、心の底から俺の無事を祈っている。


「…あの山に鬼がいるのは、間違いないんですよね」
「えぇ、間違いありません」
暮れゆく日に浮かぶ黒い影絵のような山を見やる瞳を見つめる。
彼女からは最初からずっと嘘の音がしない。
真実のみを語っていることを聞き取り腰を浮かす。

「では、行ってきます。…帰りにまた寄ります。…いや、寄れると思いたいんだけど。…俺は本当に弱くて、1人じゃあ何も出来なくて…」
はは、と力なく笑う。

「いいえ。私には分かります。…あなたは強い人です。…お帰りを、切にお待ちしています」
赤い瞳がひたと俺を見つめる。

「…甘い物がお好きなんですよね。用意してお待ちしておりますから。…だから、必ず」
ただひたすらに俺を案じる音。
その音に見送られながら、俺は山の中へと割り入っていった。




…この山から聞こえる鬼の音は、ひとつだけ。

だがその音が遠い。
気配も希薄で、どうにも存在がうまく掴めない。

…人と見ると襲いに来るような、そういう鬼ではないのかもしれない…。

心を引き締める。

生きて、あの茶屋に帰る。
目標が出来てしまうと人間は強くなるものだ。

月夜の下、慎重に進む。
鬼の音が近くなる。

足下で熊笹ががさごそと音を立てる。
この距離ならきっと鬼の耳にも聞こえているはず。
なのに鬼はちらとも反応しない。

まるで自然とそこに存在している風景のように、ひたすらそこにいるだけの鬼を見つめる。
間違いなく鬼の音を立てている。
そもそも見た目が異形。
確実に鬼だ。
それなのに。

月の光の下、『彼』は開けた野原に腰掛けていた。
『彼』の視線はずっと、目の前で揺れている彼岸花に注がれている。

刀の柄に手を掛ける。
『彼』は鬼だ。
人を殺し、食べている。そんな音もしている。
切らねばならない。

なのに、この穏やかさは何だ。
夜風にそよそよと抱かれながら、ゆったりと座り込み花を愛でている。
鬼狩りの姿をした俺のことが見えていないはずはない。
それなのに、誰何すらされない。


…切るしかない。
…そのために俺はここにいるのだから。

覚悟を決めたその時。



「…なぁ、そこの君」
視線すら動かさず、『彼』が俺に声を掛ける。
そのひたすらに穏やかな声色。

動揺が走る。

「この花が何か知っているか」
「…彼岸花だろ。…好きなの…?」
「いいや?」
くつりと笑う。
その切なそうな音。

「じゃあ、花言葉を知っているか?」
「…知らない」
「そうか」

俺が握っている刀が見えていないわけでもあるまいに、『彼』は立ち上がることすらしない。

「この花の花言葉はね、色々あるんだけど。『あきらめ』、『悲しい思い出』、『思うのはあなた一人』…。そう言った意味もあるんだよ」
「そうなの…?」
少しずつ間合いを詰める。

「…君も苦しんでいるんだね。諦めきれない、ただ一人に向かう恋に」
「………」
足が止まる。

「人というのは本当に、ままならないね…。報われないと知っていて、それでも人を愛してしまう…」
ゆらりと立ち上がる。

「俺を切りに来たんだろう?…良いよ。切りなよ。…俺はもう、疲れてしまった。…これ以上、哀しい思い出に浸っていたくはないんだ…」

その疲弊しきった音。
何らの攻撃の気配もないまま、ただ俺の前にその首を晒している。

「…君のように苦しんでいる人に切らせるのも酷だね。…だけど俺はどうしても、汚い奴らには切られたくはないんだ。…彼女を弄び殺した、そんな汚い人間共には」
「…それが…、あんたが鬼になった理由…?」

「うん、そうだね。…俺と彼女はただこの道を歩いていただけだった。…結婚を約束していてね。彼女も俺も、町で奉公してたんだ。俺の両親に、二人で報告に行く途中だった。…その途中、三人組の暴漢に襲われた。俺は弱くてね。抵抗はしたんだが、あっさりと押さえつけられてしまった。木に縛り付けられて、彼女が犯されるのを吼えながらただ見ていた。彼女が抵抗した時に、彼女の爪が男の1人を引っ掻いてしまってね。…それで殺されてしまった。頭がおかしくなってしまって、気が付いたらそいつらを皆殺しにしていた。…いつ、どうやって鬼になってしまっていたのかはわからない」
「…そんな…、…」

「…そこに彼女の亡骸を埋めたんだ。…あぁ、俺が殺すのはいつだって、女子どもを弄び嬲ることで悦楽を得るような腐った虫けら共だけだ」
「…あぁ。あんたは嘘を言っていない。…音で分かるよ」
「音…?まぁいいや。…俺はもう疲れてしまった。鬼になって腹が減って、飢えて飢えて仕方がなかった。…このまま飢えて死んでしまえば、彼女と同じ所に行けるかもしれない。そう思ったよ。…だけど俺はもうすでに人を殺してしまっていた。だから同じ場所には行けない。それに気付いたときには泣いたよ。…おかしいだろ。鬼なのに。でもそれからは、ただひたすらに、女を嬲る男だけを喰おうとそう決めて実行してきた。…それなのにさ。いつだって俺は飢えることなく人を喰うことが出来るんだ。…すぐに飢えて死ねると思っていたのに。実際はもう、何十人も殺して喰ってきた。なぁ、…おかしいだろう?」
何処か遠くを見ている瞳。
切なさと悔しさが入り交じった、『虚しい』という音。

「…だから俺はもう疲れてしまった。…君になら、良いよ。…苦しい、報われない恋をしているんだろう?…俺と同じに。…愛する人と共に過ごす夢は絶たれてしまった。…それなのに、その夢を…忘れてしまうことすら、出来やしない…」

さぁ、と月の光に抱かれるように伸ばされる両腕。

「…せめて君は…、忘れられると良いね…。こんな時になんだけど…。君の幸せを祈っているよ」
「…ありがとう…」

刀を一閃させる。

塵になりながら、それでも『彼』は、消えゆく声で「ありがとう」と紡いでいた。
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