鬼滅の刃

□気が付いたのは三日後でした
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「ふっとしたときに会いたいと思うようなさぁ。虹が出ていたら一緒に見たいなぁとか。花が咲いていたら届けてあげたいなぁとか。月が綺麗な夜に、一緒に散策したいなぁと思うような人のことだよ」
「…鬼殺隊に入る前は家族としか過ごしてなかったから、家族の顔は浮かぶんだが。鬼殺隊に入ってからは任務続きだったし、任務の時に善逸と一緒に虹を見たり、禰豆子のために花を摘む善逸を見たり、星の綺麗な夜に善逸と禰豆子とで散歩に行ったり、善逸と一緒に任務に出掛けて月下のもとで鬼の首を狩った記憶ならすぐに浮かんでくるんだが…」
頭をひねる。
今言われたようなことでも、自分の脳裏に浮かんでくるのは善逸や禰豆子との思い出ばかりだ。

「あー、確かにそんなこともあったねぇ。…しかし任務のことばかりが思い浮かぶとか、お前さんもとことん不遇だなぁ」
しみじみと言い、善逸も唸る。
友人のために良かれと思ってしている質問の筈なのに、友人が思い浮かべる事柄が、ほぼ任務に通じる記憶を想起させている。
なので善逸は質問を変えることにした。

「考えなくていいからさ。直感で答えろよお前」
「わかった」
「年上と年下、どっちが好きだ?」
「年上だな」
「一般のか弱いお嬢さんと、鬼殺隊の隊士。どっちだ?」
「鬼殺隊」
「髪を垂らしているお嬢さんと、結い上げているお嬢さんとでは」
「…んん…、…結い上げている方かな?何となく、短い方が好きだと思う」
「おっぱいが大きい女の子と、お尻が大きい女の子は」
「…どうだろう。俺はむしろ足に目が行くかもしれない」
「肌を隠している清楚な子と、ちょっと肌を出してくれている色気のある子となら」
「…普段はきっちりと着込んでいて欲しい。…だが、俺の前でだけ寝間着の袷が緩かったりするのは好きだと思う」
「助平だな…意外だわ…。いきなり寝間着とか言う?閨を共にする前提かよ…」
「いや、直感で答えろと言うからそうしただけだろう?寝間着の話だって同衾する前提じゃないぞ!ただ、同じ部屋で寝ている時というだけの話だ!」
呆れたような顔で言う善逸を、炭治郎が慌てて制止する。

「…好きな相手と同じ部屋で寝ていて、そんで添い寝だけかよ…。どんだけお前さん欲がないの…。同じ部屋で寝てくれるってんなら、相手だってその気でしょうが。そこは男らしくいきなさいよ…」
別の意味で呆れたような瞳の琥珀に、炭治郎の顔に羞恥の朱が上る。

「…善逸はそうした経験があるのか?ちなみに俺はないんだが」
「巫山戯んじゃないよお前ぇぇぇ!!あると思ってんのかよぉぉ!!」
「ないのか…。良かった…」
ほっと胸を撫で下ろす。
「何が良かっただ!良いわけないだろ!俺だって好きな子と同じ部屋で同衾する妄想くらいしてみたいわ!」

むぅっと頬を膨らませる善逸を見て、炭治郎はそういう顔も可愛いなぁと思う。
怒られるので口にはしないだけの分別はある。

「…じゃあさ。…独りでしてるとき、思い浮かぶ顔とかないの?…誰のこと思い出してやってる?」
照れたように頬を染めて、上目遣いの善逸が問いかける。
その顔に炭治郎の心臓がぐんっと一瞬変な感じを醸し出す。

「…特に…、ないな…。大体任務の後で昂ぶったまましているから…。任務の時の興奮状態のまましていることが多い…」
「…独りでするときでさえ真面目かよ…。とんでもねぇなお前…」
「仕方がないだろう。…特に善逸との合同任務の時なんか、相手も強大なことが多かっただろう。…そういうときにしていたことが多い。…善逸はどうなんだ?…誰か特別に、そういうとき思い浮かぶ顔とかあるのか?」
「ううっ…改めて聞かれると俺も誰とかはないかもだわ…。なんとなく擦ってたらその気になるじゃんよ…」
「そうなのか…。良かった…」
何にともしれない安堵が炭治郎の胸にこみ上げる。

「ほらさぁ、ふとしたときに可愛いなぁとか、愛らしいなぁとか思うこととか、お前にだってあるだろ?」
照れたように会話を元に戻す善逸を見て、その赤くなったままの頬と耳たぶが可愛らしいなぁと思いながら、炭治郎は首を振る。
「…思い出せない」
「一緒に出掛けたいとかさぁ、美味しいもの土産に買って帰って、喜んで食べる顔が見たいとか」
「どうだろうか…」
「難儀だな長男…」
「…何処か、何か…、こう、胸の辺りにぐわーっと来て、がつんっと来て、下っ腹の辺りがぐぐんっとなるような気はしてるんだが」
「お前さん、まずは先に語彙力を身につけろよ?好いた子が出来たとしても、お前の想いは絶対にその子に伝わらねぇぞ?賭けても良いぞ?」
「でも、善逸には伝わっているんだろう?」
「まぁ、これだけ通訳みたいなことさせて頂いていますし?炭治郎の意味不明な擬音から、言いたいことを説明させられる役目は大体俺ですし?まぁ伊之助には無理だから仕方ないよ?理解はしているよ?だからといってお前が言葉を学ばなくて良い理由にはならないからな?巫山戯るなよ?」
眉間に皺を寄せ炭治郎に苦言を呈してから、善逸はふぅっと息を吐く。

「…要はあれだろ?恐らく気になっている子はいる。その子のことを好ましく、情欲のような想いも抱いてはいる。だが今までそういう目線で見てはいなかったから、いきなり問われても、具体的にどの子のことなのかまではお前自身が自覚できていない、と」
「…そうだな!言われてみれば正にその通りだ!」
炭治郎の顔が輝く。

「なら後は簡単だよお前。どの子のことなのか考えて、告白すりゃ良いだけだよ」
「だが…。相手はきっと、俺のことをそういう意味で好きだと思っていない気がするんだ。相手にもされていないような、…だから今すぐ誰とは思い出せないような…、そんな気が…」
「言いたかないけどさぁ、炭治郎から好きだと言われたら大抵の子はすぐに頷くに決まってるわ。あっという間に想いを遂げることが出来るぞ。妬ましいけどなぁ!」
茶化すように善逸の指がわしわしと炭治郎の髪をかき乱す。

「良かったじゃん!本当に今まで誰も好きになったことがないとか言われたらどうしようかと思ったぜ俺は!炭治郎の願いが禰豆子ちゃんの幸せであるように、禰豆子ちゃんの幸せもお兄ちゃんの幸せなんだからさぁ!」
ふわりと笑うその顔につられて、炭治郎も相好を崩す。

「だったら早く相手を特定して、告白したら良いよ。お前さんのことだから、好きになる相手は絶対に良い子だよ。きっと禰豆子ちゃんのことも大切にしてくれる。…だからお前はさ、その子のことを大切にするんだぞ。禰豆子ちゃんの次で良いからさ」
にこにこと笑うその顔を見ていると、炭治郎の心の奥の方からも温かさが湧き上がってくるような感覚がある。

「そうだな。…禰豆子のことを一番に考えてくれているような…、俺達兄妹のことを何より一等大切にしてくれているような…。そんな人だから気になって…、そこから好きになっていったような気がする…今こうして自分の胸に問いかけてみたら、だが」
「そんな大事な人を忘れるんじゃないよ。絶対に良い子じゃんか」
「いや、ここまで出掛かっているのは間違いないぞ!…ただ、俺が今までそう言った目で見ていなかったというか…、禰豆子のことばかり考えていて、深く考えていなかったというか…。落ち着いて考えたらすぐに分かると思うんだが。今はどうしてだろうな、何故か思い浮かばない」
「なら後でしっかり考えなさいよ。…早くしないと、そんな良い子、他の男に取られでもしたら洒落にならないでしょ」

「…他の男に…」
その単語の不穏さに、炭治郎の背筋がぞっと凍る。

「炭治郎が好きになるような良い子なんでしょ。禰豆子ちゃんの優しさや可愛らしさを理解してくれる子なんでしょ。…そんなの、他の男が放っておくわけないじゃんか」
ざわりとした不快感が炭治郎の背中を這いずり上がる。

「考えても見ろよ。その子が今、禰豆子ちゃんと炭治郎のことをいっとう大事にしてくれていたとしてもだぞ。…その子が結婚したらどうする。そんな良い子のことだから、夫だけじゃなく、相手の親兄弟もきっと大事にするに決まっている。…その時点で、お前と禰豆子ちゃんの順位はそいつらの次になるぞ。子どもが産まれれば産まれる数だけ、更に低くなる。…そうなってからじゃ遅いんじゃないのか?他の男に取られても良いのかよ?」
「…いや、良くないな。…絶対に無理だ」
「なら告白しなさいよ。何となくだけどさ。身近にいすぎて意識してなかったとか、そういう相手なんじゃないの?幼馴染みで距離が近すぎて、相手が結婚して離れてからようやく自分の気持ちに気付いたとか、そういうの散々見て来たからさぁ。お前さんには出遅れて後悔して欲しくないのよ。禰豆子ちゃんのことを大事にしてくれる子なんだったら、尚更に」
善逸がへにょんと眉を下げる。
「まぁ、炭治郎の気持ちが一番だからさ。うまく行くように祈っておいてやるよ。きっと両想い間違いないぞ。出遅れるなよ、長男」
ぽんぽんと頭を撫でられ、炭治郎の背中を這い回っていた不快感が一掃されていく。
「お前も良い奴だから、相手もきっとお前のこと好きだろうよ。妬ましいけどなぁ」
笑いながら頭を撫で回され、ほこほことしたものが胸をせり上がってくるのを感じた。

…あぁ、やっぱり好きだなぁ…。

炭治郎がそう感じ、撫でていたその温かな手を握りしめたその時。


「南南東ォ!南南東ォ!炭治郎、駆け足ィ!!」
飛び込んできた鎹烏が炭治郎を突き回す。

「わかった!わかったって!今すぐ行くからやめてくれ!」
慌てて日輪刀を握り立ち上がる炭治郎を見て、善逸が忙しなく声を掛ける。
「戻ってきたら絶対に気持ちを伝えるんだぞ!それでずっと幸せに過ごせ!良いな炭治郎!」
「わかった…!…善逸が祈っていてくれるのなら凄まじい御利益がありそうだ!ありがとう善逸!」
それだけを言って駆け出した。

そうだ。
今の俺には任務がある。
鬼を倒さねば。

苦悩していた少年の顔は、すぐさま剣士の顔へと切り替わる。









■■■■■■■










三日後にようやく任務を終えた炭治郎が蝶屋敷へと帰還したのは、既に深夜の刻限であった。

屋敷の者達を起こさぬよう、静かに割り当てられている部屋へと滑り込む。
冷めてはいたもののぬるま湯を浴び、厨の隅に置かれていたおにぎりも食べている。
後はゆっくり休もうと布団を延べていた時、障子から覗く月光に煌めく金の髪が身じろいで揺れた。
暗闇の中でも、その光は希望と慈愛の色をしている。

「…すまない。起こしたか?」
小声で囁くように告げると、琥珀の瞳がうっすらと開く。

「んーん…。おかえり、たんじろ…」
ふにゃりと笑んで再び寝息を立て始めたその顔を見て、炭治郎は正しく自身の想い人が誰であったのかを自覚し、その場へと崩れおちた。


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