鬼滅の刃

□炭治郎じゃ俺を守り切れない
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「あっ…」
小さな声をあげ、善逸が道行く先にいる女性を見つめる。
また悪い癖が出るのだろうかと警戒しつつ様子を伺う。
善逸の視線の先にいる女性をじっと見る。
どうやら年の頃は俺達と変わらない。
赤地の着物の裾の辺りには、すっきりとした花の絵が描かれている。
帯留めとしてうさぎの飾りをつけ、頭にはしゃらりとした紅玉の簪を挿している。

彼女が立てる衣擦れの音が、善逸の耳には聞こえているのだろうか。
ぼぅっとした顔で、ずっとその女性の姿を目で追っている。
綺麗な琥珀の瞳が、輝きを増して明るい日の光を弾いている。
善逸から薫る好意の匂いと憧憬の匂いが強くなる。

むん、と眉をしかめてしまう。

何をそんなに見つめる要素があるのだろうか。
あんな女性を、何故こんなに甘い瞳で見つめるのだろうか。

ある程度裕福な家の、未婚女性。
足取りと持っている手荷物から、どうやらこの近隣に住んでいる。

そこまでを見て取って、再び隣の善逸を見やる。
まさか善逸は、あんな女性が好みなのだろうか。
優しくはあるようだが、どうにも凡庸な匂い。
匂い袋だろうか。
作り物らしい金木犀の香りがする。

黒髪を綺麗に結い上げ、重い物など持ったこともないといった細腕で、小さな巾着だけを手にして歩いている。
善逸の視線に気付くこともなく、軽やかな足取りで角を曲がり、そのまま姿が見えなくなる。

「…へへっ…」
微かに笑い、善逸が嬉しそうに笑う。

じりじり、と胸の中が焦げる匂いが鼻につく。
何故あんな女性に、こんな甘い匂いをさせていたりするのだろうか。

「行こう、善逸。藤の屋敷はまだ先だぞ」
ぐいっと腕を掴み、大股でその場を離れる。
「どしたの炭治郎」
大きな瞳を更に見開き丸くして、俺の後をついてくる善逸の腕を引きながら歩き続けた。


あまりにも急いで歩いていたから、藤の屋敷には昼過ぎには到着してしまった。
今回の任務の対象である鬼は、ここから目と鼻の先にある祠に出るという。

ならそれまで部屋でお休みくださいと茶請けを用意されてしまったので、善逸と2人で部屋に籠もり、茶請けの饅頭を見て、ほこほことした匂いを醸し出している善逸にずずいっと向き合う。

「…善逸は、ああいう女性が好みなのか…?」
「え?何の話よ?」
「先刻、ずっと見ていただろう。…赤い着物に、紅玉の簪を挿した女性だ」
むんっと見つめると、善逸の眉がふにゃんと下がる。

「あぁ、先だっての人?」
女性のことを思い出したのか、ふわりとした甘さが善逸の香りに混じる。
ぐぐっと俺の眉間に皺が寄る。
「…どうなんだ?」
問うと、きょとんとしたまろい琥珀が俺を見つめる。

「知ってる人だったんだよねぇ。…元気そうだって思ってさ。ずっと幸せそうな音がしてたから、本当に良かったよ。…ところでなんで、さっきから炭治郎は不機嫌なのよ?」
問いには答えず、とりあえず聞きたいことを聞いてしまう。

「知っている人なのか?いつ、何処で、どうやってだ?俺の知らない女性だったぞ」
「そりゃそうでしょ。炭治郎と会うずぅぅっと前に知っていた人だもの」

…俺の知らないずっと前。
…俺が知らない善逸を知っている女性。

そのことに胸の奥底で焦げた焼け跡が広がっていく。

「だからなんで不機嫌なのよ」
「…善逸から甘い匂いがしていたからだ」
唇を尖らせると、善逸がくすりと笑う。

「あの人の記憶はいつも、甘いものと一緒だったからかなぁ。炭治郎の鼻は本当にすごいな」
ふふっとまろやかな声を上げて、善逸が饅頭を頬張る。

「俺が捨て子なのは前にも言っただろ?赤ん坊の時に、寺の門前に捨てられてたのよ。我妻善逸って名前もその寺でつけられたの。和尚さんの師匠って方の名字らしくて、全員我妻だったけどなぁ。そんでそういう子が沢山いるからさ、必然的に年上の子達が小さい子の面倒見るんだけど。まぁそういう環境だからあんまり良いことも何もなくてね。今なら分かるよ?皆余裕がなかっただけってことはさ。奉公に必要だからって、行儀作法や読み書きは教えて貰ってたから感謝はしてるんだけど。…上の子達にご飯も取られるし、寄進された者は和尚さん達だけで分け合ってたしで、いつも腹が減ってたんだよなぁ」

まるで何と言うことでもないかのように語られる過去に、ぎゅうっと胃の腑が痛くなる。
善逸の子ども時代と俺の知っている子ども時代とでは、既にこれだけの差があるのだということが辛い。

「さっきのお嬢さんはさぁ、結構良いとこのお嬢さんなの。ご両親が信心深くて、月に1回は寺に来てたっけ。…他の人達はさ、寄進したものは全部和尚さんに直接手渡す訳よ。だから俺達の口に入ることはないんだけど、あのお嬢さんだけはさぁ。『お母様、私が配って参ります』っていつも俺達の所に来て、1人1人に饅頭だの団子だの、直接手渡してくれてたんだよなぁ。そしたら流石の和尚さんでも、取り上げて回るわけにはいかないじゃない?俺達が食べ終わるまでずっとそうしてお嬢さんが見ているから、上の奴らに取り上げられることもなくってさ。…あのお嬢さんが来たときだけ、俺も甘い物を食べることが出来ていた訳よ」
「…そうなのか…」
「俺、昔から耳が良かったんだよな。で、気味悪がられて食事も取り上げられることが多かったからいつも腹空かしてたんだけど。…あのお嬢さんのお母さんがまた良い人でね。お嬢さんにこっそり、『小さい子達も食べられるように、お前が配って食べ終わるまで見守っておやり』なんて言ってくれてたのが聞こえたんだわ。あの時食べた饅頭とか団子とかの記憶があるから、俺こんなに甘味が好きなのかもしれないなぁ」

ほわっと笑う顔に胸が締め付けられていく。
俺の家も決して裕福ではなかったから、腹が空いて辛い想いは理解できる。だが、弱い子どもから奪ってまで腹を満たすような欲についてはまったく理解など出来なかった。

「…お父さんも良い人で、いつも俺達のためにわざわざ甘い物買って届けてくれてたんだぜ?すごいよなぁ。俺、お嬢さんのところみたいな家族って良いなって思ってさぁ。それで家族とか結婚とか憧れちゃうのかも」

切なそうに笑っているから、思わずその手を両の手で握り込んでいた。



「だったら俺と家族になって欲しい!俺と添い遂げて欲しいんだ善逸!」
「あ?」
「俺はずっとずっと善逸のことが好きなんだ!結婚してくれ善逸!」
「耳が痛い!お前、声でかすぎっ!」
悲鳴を上げる善逸の体をぎゅうっと抱きしめる。

「…好きだ。愛している。だから俺と結婚して欲しい」
囁くように言うと、善逸が甘い匂いを強くする。

嫌がられていない。
そのことが俺をきゅんっとさせる。


「…ぇ、と…?炭治郎…、俺、…男なんだけど…」
戸惑う匂いと、驚いた匂いと、それらを凌駕する好意の匂い。

いけ。いくんだ。
長男だろう炭治郎…!!
自らを鼓舞し、更に善逸を抱きしめる腕に力を込める。


「好きだ。善逸が男でも女でも関係ない!俺は善逸が良いんだ!」
腕を緩めて善逸の肩に手を置き、その琥珀の瞳を両の瞳で熱く見つめる。
「だから俺と結婚してくれ!」

ひたと見つめると、善逸の頬がぽぽぽっと朱に染まる。

「い、いきなり結婚とかすっ飛ばしすぎじゃない!?そんなの俺の心臓がまろび出てしまうわ!!とんでもねぇ炭治郎だ!」
それからちらっと俺を見上げるように見つめて、潤んだ瞳を向けてくるから我慢するのに大変だった。
俺が長男じゃなかったら危ないところだったということを、善逸はきっと気が付いてはいない。

「…と…、とりあえずさぁ…、…恋仲から始めるとか、そういうの、あるでしょうが…」
上目遣いで見つめられ、下腹部の辺りが危うく加熱されかけてしまったが、全集中の呼吸でどうにか受け流す。

「分かった!じゃあ、今日から恋仲と言うことでよろしく頼む!」
ぎゅぎゅっと抱きしめると、甘い匂いがぽぽぽっと鼻をくすぐる。
「とりあえず…、接吻しても良いだろうか…?」

声を掛けると、赤い顔が更に赤く染まる。

きゅぅぅ、っと怯えたようにぷるぷると震えながら、善逸が俺の肩を掴んだまま、固く瞳を閉じる。
了承の合図だと認識し、その小さくて形の良い唇に、己のそれを合わせていく。

強張り震えているその体から立ち上る果実のような甘い芳香が、俺の身も心も蕩かしてくようだった。



善逸と恋仲になったのだという喜びで胸がいっぱいだった俺は、恐らく有頂天になっていたのだと思う。
ほわほわとした心地のまま鬼を切り、善逸と手を繋いで藤の屋敷へと帰還した。

夜明けまでもう一眠りするために寝間へと入る前、もう一度触れるだけの口づけを交わした。
その夜はずっと、手を繋いだまま眠りについた。




■■■■■■



それからは何度も何度も、触れるだけの口づけを交わした。
勿論俺は善逸のことを愛しているし、善逸からも愛情を還して貰えることを幸せだと思っている。
…思っては、いるのだが。


ー…正直、足りない。
そう思う気持ちもまた、日々膨らんでいくことになってしまった。

抱き寄せれば、腕を回して抱き返してくれる。
接吻をしたいと強請れば、ぎゅっと瞳を閉じて、ぷるぷると震えながら俺の腕を握ってくれる。

だがいつまで経ってもその唇は固く閉じられたままで、口を吸うことは一度も出来ていなかった。
口を吸いたい。
その肌に触れたい。
…そして、あの体を暴いて、奥の底まで俺の匂いをつけて…、まぐわいたい。

そうした欲求が募ってしまう。

「…善逸…。今日は、口を吸っても良いだろうか…?」
そう問えば、ぽんっと弾けるように赤くなった善逸が、あちらこちらへと視線を彷徨わせた果てにこくんと頷く。
いつものように唇を合わせ、舌でざらりと善逸の唇を舐めていくと、おずおずと甘い唇が薄く開かれる。
その隙間に舌を挿し入れ、逃げるように怯えている小さな舌を捕らえる。
吸い寄せ、甘く食み、ちろちろと舐めていくと、善逸から薫る芳香が甘さを増す。
そのすっきりとした甘さの中に、とろんとした微かな色香を感じ、俺の脳が貪欲に善逸を求めていく。

ぎゅうっと抱きしめ、後頭部を抱き込み、ちゅくちゅくと湿った音を響かせる。
唇を食み、軽く歯を立て、時に強く吸い付いていく。
甘い色香に酔いそうなほど堪能し、更に強く…と求めていたとき、どんっと体が突き飛ばされる。

「…な、長過ぎっ、じゃないっ…!?息!!!息が出来ないからね!?俺が死んでしまうだろうが!!!」
桃色に染められた頬。
互いの唾液で濡れて光っている唇。
熱を帯び潤んだ瞳。
はぁっ、はぁっ、と短く繋がれる呼吸に、ずくんと胸の奥が疼いていく。

「すまない。我慢が出来なかった!そしてものすごく気持ちが良かった!」
ぎゅっと手を握ると、善逸が耳まで赤く染まっていく。
「…そ、そう…なの…?…炭治郎が良いなら、…良かったけどさぁ…」

善逸の右手が、俺の人差し指を1本だけ握る。
「…ちょっと、長過ぎ…。俺、初心者なんだからな…、いたわれ…」
囁くように頬を膨らませるものだから、ぐぐっと理性が損なわれていく。






■■■■■■






深く舌を絡めるような口づけを何度も何度も繰り返し、ようやく善逸が接吻しながら呼吸をするやり方を覚えるようになってきた。
甘い声を漏らしながらひたすら唇を合わせ続ける姿に、次から次へと欲情してしまう自分自身を自覚する。

唇を合わせながら、ついっと体の線をなぞる。
隊服の上から。何度も何度も。
慣れてきた頃合いを見て、今度は寝間着の上からも。






善逸からは嫌がっている匂いを感じない。
ただひたすらに羞恥の匂いと困惑の匂い。そして、甘やかな恋情の匂いを漂わせて。

我慢がどんどん出来なくなっている。
そっと寝間着の袷から手を差し入れると、ぴくんと体を震わせ、それでも一切の抵抗をすることなく受け入れてくれた。
理性の箍はこうして簡単に外されていくのだななんて思いながらも、弄る手が止まらない。

鍛え上げられた肌に手を這わす。
腹筋をなぞり、脇腹をなぞると、合わせたままの唇から甘い吐息が零れていく。
くすぐるように尚も撫でていくと、体をくゆらせ避けようとする。
だから執拗に手を這わせ、熱の籠もった手のひらで撫でさする。

そのままさわさわと弄っていても抵抗はされないから、しゅるりと帯を解いていく。
「…んっ…、っ…」
ひくっと跳ねた体を抱き込み、肩に引っ掛かっている寝間着をはらりと落としていく。

普段は隊服で覆われている白い体が露わになり、もう辛抱など出来ないまでに追い込まれていく。

手のひらを這わせ続け、背骨に沿わせて手のひらを滑らせる。
肩の辺りから尻の辺りまでを何度も何度も撫でていく。
その手のひらを脇腹に滑らせて、今度は前を撫でていく。
胸の突起をくにゅりと押す。
弾力のあるそこが柔らかく潰れていくことが楽しくて、何度も何度も指の腹で押し潰す。
徐々に固さを増すそこが、俺の指に甘い刺激を伝えてくる。
固くなった乳首を指先で摘まみ、くりくりと捏ねていくと、善逸の背中がびくっと反応する。
その瞬間香り立つ甘い芳香に抗えず、脱がせた浴衣の上に善逸の体を押し倒す。
合わせていた唇をそっと離し、そのまま頬を舐め、耳朶を舐め、首筋へと舌を這わせる。
んぅ、と漏れ聞こえる恥じらう声がたまらなくて、ちゅくちゅくと吸い付きながら肌をなぞった。
固くした乳首を舐め取ると、善逸の指が俺の寝間着を握り込む。
ちゅぱりと吸い付き、ざらりと舌で味わい、周辺に朱を散らす。
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