鬼滅の刃

□梅ちゃんと善逸って可愛いよね
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我妻善逸には恋人がいない。
何故なら本人がそう言っているからである。
恋人と噂されている当の本人もまた、噂を否定し鋭い目線で噂話に興じている人間を射抜いている。

それでも周囲は違和感を覚えてしまう。
我妻善逸。
謝花梅。
産まれる前から距離の近い幼馴染。
いや、どう見てもその距離は近すぎる。
互いの腰に巻き付き、肩に手や頭を寄せ、背後から抱き込むようにしながら世間話に興じているのだから。

梅の細腰に手を回し、その背中に頭を擦りつける善逸。
善逸に背後からしがみつき、肩に手を置き、その乳房を頭に乗せて寛ぐ梅。
どこからどう見ても親密な恋人同士に見えるのに、当の本人達だけがそれを認めない。



謝花梅。
街を歩くだけで何度もスカウトされ、知人やその保護者達から勝手に芸能事務所へ写真を送られては、業界の人間が様々な好条件を持ち日参するような美少女。
一見すると華奢でか弱い女性に見えるが、その実何故か力もあり、その辺の男程度なら一人でも退治できる。
最もそんなところを周囲は知らないし見たこともない。
常に傍についている我妻善逸と彼女の兄が、不埒な輩はたちどころに成敗して回っているからだ。


そして我妻善逸。
地毛だという金色の髪、琥珀色の瞳。
しかし海外の血は入っていないという、突然変異の日本人。

高校生でありながら、すでにデビュー済の歌手であることは、善逸の家族と梅の家族だけが知っている。

顔を出さず、公式の場にも姿を見せず、自作の楽曲と歌声だけで活動してる。
作り上げた曲の多くはCMやドラマの主題歌として使用され、人気を博している。

何故かと言うと、単純に本人は目立ちたくない。
人前に出せるほどの対人折衝能力が乏しい。
元来引っ込み思案で人見知りも激しい。

一度懐へ入れてしまえば後は何があっても大事にする性分ではあるが、そこに至るまでの道が細く険しい。
表面だけには惑わされず、善逸本人が心地良いと思う音を発することが出来る人間。
判断基準が本人にしかわからないことも相まって、周囲はただひたすらに、『信じたいものを信じる』善逸が、悪辣な輩に騙されたり利用されたりしないよう配慮するだけのことしか出来ない。

そして梅は、周囲の誰よりそれをやってのけるのがうまかった。
特殊能力でもあるのかと噂されるほど、悪意のある人間は簡単に見抜く。
気の良い善逸を利用しようとして近寄るような輩は、善逸のもとへ辿り着く前に粛正されてしまう。
善逸だけではなく、周囲の人間を傷つけようとする輩には容赦しない。
特に兄と両親、そして善逸に対しては、絶対的な防衛陣として君臨してきた過去がある。

そうした2人の関係に両家の家族は本当に感謝しているし、あわよくば姻戚関係になれたら良いのにと切望している。


そもそもの出会いは、新興住宅街のお隣同士に越してきた新婚夫婦という間柄だった。
年の頃も環境も似ているこの2組は、すぐに仲良く交流をするようになっていった。
庭でバーベキュー。
花火。
大きなスイカを買って一緒に食べる。

互いの家へと行き来し、勝手知ったる仲へとなるまで時間はそんなに掛からなかった。
作りすぎたおかずを持ちより合い、特売の野菜を買って分け合う仲。

そして互いに同じ時期に妊娠し出産した。
上の子はどちらも男の子。
同級生として切磋琢磨し、ともに善逸の祖父が指導している桑島道場で剣士としての腕を磨いた。
今では2人とも日本屈指の剣士として名を連ねるほどに成長している。

そして上の2人が産まれてから2年後、同じような時期に産まれたのが善逸と梅である。
両家の中で初めての女の子に、皆が喜んだ。
どちらの家の子なのか分からなくなりそうなほど、ずっと混ざり合って親密に過ごしてきたのだ。

産まれる前から家族ぐるみで仲良くしており、お腹の中にいるときから交流を始めていた2人もまた、当然のように仲良く育っていった。
一緒の乳を飲み、一緒に風呂へ入り、何をするにも一緒だった。

上の男の子達が比較的淡泊であったため、殊更にその仲睦まじさは際立って見える。

家で遊ぶ。園で遊ぶ。公園でも何処へ行っても、2人はずっと仲良く過ごしていた。
息をするように仲良くしている2人を見て、「将来は結婚だな」と言い出したのは果たして誰であったのか。

両家の中では当然のことのように、2人の新居の場所まで吟味されるほどには、2人は相当に親密であったのだ。


善逸の家族の中で善逸だけは、中学生の頃に母方の祖父母の養子となり、名字だけを継いで我妻姓を名乗っている。
両親や兄と同じ家に住み生活は変わらないまま、名字だけが変化したのだ。
それは母方の祖父母が今際の際に望んだからであるし、先祖代々続いた名字を途絶えさせるのは忍びないと泣いた祖母のために善逸が言い出したことでもある。
兄は桑島道場を継がねばならないし、名前が変わるのはありがたくない。
それなら次男である自分が継げば、後は問題ないだろうと判断したのだ。

継いだのはあくまで名字だけであり、今までと他に変わらずこの家で住むのだと聞いた梅は心底安心した。
梅の両親は、娘の名字が桑島ではなく我妻になるのねぇなんてことではしゃいでいた。


今ではその祖父母のどちらも鬼籍であり、善逸は相変わらず梅たち家族の良き隣人であった。
同じ家に住んでいるのに名字が違うのはややこしいこともあるが、それでも善逸も梅も、共に桑島道場に通い、その腕を磨き続けていた。


梅の家は、公務員をしている父と母、そして兄の4人家族だ。
両親は同じ職場で出会い、恋をし、仲睦まじく暮らしている。
梅に似た母と、兄に似た父。
周囲は驚いたらしいが、父の誠実さと愛情深さを知っている梅は驚かない。

今もって両親は仲睦まじく愛情豊かに生活をしており、梅はそのことをとても喜ばしく思っている。



一方の善逸は両親と祖父と兄の5人暮らしである。
人見知りの善逸が何故芸能活動などをしているかと言うと、それには理由がある。
祖父の道場が老朽化のため修繕が必要になったとき、大金が必要になるから道場を畳もうかと祖父が言い出したことがあったのだった。
善逸も梅も猛反対し、金のことなら自分たちが稼いでくるから続けろと啖呵を切った。

その結果、善逸の縁戚にあった宇髄天元の手により、梅はモデルとしてデビューさせられ、善逸は歌手としてデビューさせられることとなったのである。

兄たちも危うくデビューさせられそうにはなったのだが、これ以上はないだろうという仏頂面で抵抗した結果、下の2人が働くことで手打ちとなったのだった。

互いの両親達は勿論、金の問題だけなら自分たちで何とかしようと思ってはいた。
だが実際に、プロの手により撮影された梅の画像と、商品として整えられた善逸の楽曲を聴いて、それならそれでもいいかと嘆息したのだ。
それほど出来が良かったし、親の贔屓目を差し引いても、2人のレベルは高かった。
そういうわけで、社会勉強の一環として書類にサインをしたのだった。

なにしろ2人とも、人間づきあいに難点が多すぎたので。
自然体で振る舞うだけで、数多の下僕を作り上げ絶対的女王として君臨する梅。
自然体で振る舞うだけで、数多の女性に騙され自己犠牲精神を発揮する善逸。

将来を心配していた両家の両親は、「なるほど、これならこの子達も無事に生きていける!しかも責任者宇随!目の届く範囲内!いけるいけるこれ!それにつけてもうちの子達、可愛すぎじゃない!?」と諸手を挙げて賛成した。

宇随の監督下で、2人揃って生活のため金を稼ぐことが出来るようになる為の術を習う。
まだまだ高校生の2人は共に勉学にも励んでいることだし、前途は洋々。
善逸の楽曲のPVには常に梅が出ているし、むしろ梅しか出ては来ない。
梅が身につけている小物は善逸の芸名『SUSUME』にちなんだオリジナルの雀グッズばかりである。
そのため2人のファンの間でも噂になるほど、互いが互いしか見ていないことは丸わかりの状態であった。

芸能界という生き馬の目を抜くような世界に所属はしていても、子ども達は4人とも善逸の祖父に師事し幼い頃から鍛えられている。
なので両家の両親とも、本当に安心して子ども達を預けることが出来たのだった。




さて、ところでその可愛い子ども達のうち、実は下の2人にだけは前世の記憶がある。
そのことは互いだけの秘密だったし、他の家族に思い出して欲しいなどとはどちらも思ったことはないので、秘密が漏れることもなく生きてきたのだった。

梅は自分が悪鬼羅刹となっていたことを覚えているし、自分の首を切ったのが善逸であることも分かっている。

善逸は自分が鬼狩りを生業としていたことを覚えているし、梅の首を切ったのが自分たちであることも理解している。

そして善逸は梅が奏でていた音で、それまでどれほど辛い想いを強いられてきたか、それを鬼の首魁に利用され鬼とされてしまったか、唯一の家族である兄を愛していたかを理解していた。

梅もまた、自分が上弦だとわかっていても尚、善逸は禿を守るために体を張ってきたこと、対峙しているときですら、『自分がされて嫌だったことは人にしちゃいけない』なんて説教かましてきたことを良く覚えていた。
『自分がされて嫌なこと』ではなく、『自分がされて嫌だったこと』という言い回しで、なんとなく善逸が辿ってきた人生について想像できるところもあった。

そして、もしも自分がまだ人間の内に善逸と出会えていたら。そう考えた。
殺されそうになっていたあの時、善逸が傍にいたらどうなっていただろう、兄も自分も、鬼にならずに済んだのではないか、なんて思っていたのだ。

だから記憶があってもなくても、2人は仲良しだったし、互いのことを誰よりも大事な存在だと思っていた。

2人が高校2年生に進級したあの日。
新入生として登校してきた、あの炭治郎と伊之助の姿を見るまでは。
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