鬼滅の刃

□避けられ善逸と避けた長男
6ページ/6ページ



はくはくと口を動かしても声が出ない。
何を言えば良いのか、何を言うべきか、真っ白になってしまった頭では思いつかない。

そのまま互いに身動きが取れない。
それは長い時間であるようにも思えたし、刹那の間であるようにも思えた。


最初に静寂を破ったのは炭治郎の方だった。

「…すまない…!!」
蒼白な顔のまま、その場にどんと両手を頭を突いた。

「俺は…!取り返しの付かないことをしてしまった…!」
後悔と恐怖の音がわんわんと響く。
その音を聞いて、ようやく俺自身の体にも血が巡る。

「…っ、…いや、お前さんは何も悪くないでしょ。俺がちゃんと出来てなかったのが悪いんだからさぁ…」
炭治郎の体を起こそうとして伸ばしかけた手を止める。
…俺から触れることは、きっと許されてはいない。


「…そりゃ、男なんかを相手にしたなんて気持ち悪いよな。でもさぁ、血鬼術だったんだから仕方なかったんだよ。だから全部忘れて、炭治郎はもう何も気にしないでいたら良いんだって」
努めて明るく笑う。

「良かったじゃないの、相手が俺でさ。後腐れもなにもないじゃない。事故だよ事故!血鬼術のせいなんだから、誰も悪くないって!」
そう言うと、炭治郎ががばりと体を起こす。

「…どうしてお前はいつだってそう…!!」
悲痛な叫びが部屋に満ちる。

「どう見ても俺のせいだろう!!無理矢理お前を押さえつけて、欲に任せて散々に嬲ったんだぞ!!…取り返しの付かないことを仕出かしてしまったんだ…!善逸は俺を怒って良い!善逸は被害者であって、何も悪くないんだから!」
真摯なその言葉に、思わず眉を下げる。

「…俺はさぁ、今まで本当にたくさんお前から貰ってきたんだよ。だからこんなこと、本当にどうってことない。そもそもお前のせいじゃないだろ?血鬼術のせいじゃないか。なのにお前にそんな顔されちゃ、俺だって居たたまれないぜ?良かったじゃないか。むしろ俺でさ。もしもお前さんがあの状態で、アオイちゃんとかカナヲちゃんのところに行っててみろよ。考えたくもないだろう?それこそ取り返しが付かないじゃないか。だからさぁ、そんな顔するなって!…忘れろよ。全部さぁ」
茶化すようなその言い草に、炭治郎が眉を釣上げる。

「そうやって、俺のことばかりを正当化するな…!どうして善逸はいつだって自分を守ってくれないんだ!」
悲痛な叫びが響く。

「俺は、自分で自分が許せない…!」
顔を歪ませ奥歯をぎりりと鳴らしているその様子に、思わず嘆息する。

「…忘れろよ。それでもお前が無理だって言うなら、もう俺、金輪際お前の前には姿を見せないって約束するからさ。…それでいいだろ?」
「いいわけ、ないだろう…!!」
怒鳴りながら、起き上がった炭治郎が俺の手を握る。
その握った手首に残る赤い痣と手の甲に残る噛み痕を見て、炭治郎から何かが割れるような音がする。

…後悔。恐怖。それらで押し潰されそうな音。

結局俺は、一時の慰み者にすら値しなかった。

それを悟った次の瞬間、俺の瞳から大粒の涙が転がり落ちた。


「…ならどうしろって言うんだよ…!!俺は女じゃないし、こんなの全然たいしたことじゃない。それでも女の子みたいに泣いて縋って償ってくれとでも泣き喚いたらお前は満足するのかよ!?」
泣きながらしゃくり上げる。

「…全部俺のせいなんだよ…。炭治郎は何も悪くないんだ。本当に。…ごめんなぁ、炭治郎。…逃げることだって、お前を押さえつけて朝を待つことだって出来たのに、自分の欲でそれをしなかった。一度だけでも、肌でお前の熱を感じてみたかった。…それだけなんだ。だからお前のせいじゃない。本当に忘れてくれ」

「忘れない。…忘れられるわけがない。善逸の肌の温もりも、唇の柔らかさも、その匂いも全て覚えている」
泣いている俺の瞳を、炭治郎の赤い瞳が見つめる。
2人の視線がしかと絡み合う。

「ずっとずっと、好きだった。善逸は女の子を好きだと言っていたから、何も言えなかった。…なのにあんなことになって…。抑えていた分、酷い無体を強いてしまった…」
苦しそうに、それでも炭治郎は俺の瞳をひたと見据えたまま視線を外さない。

「ずっと、逃がさないようにすることばかりを考えてた。…善逸の全てが欲しい。すべてを味わいたい。…だから善逸をあの障子から先に進ませてはいけないと、そればかりを」
息をつきながら、炭治郎が柔らかく俺の手を握る。

「聞かせて欲しい。…善逸の想い人が誰なのかを。俺は、その人に対しても、酷いことをしてしまった…」
苦しそうに項垂れる。

「…だけど、もしも…。善逸が言ってくれている欲が、俺に向いていてくれるのだったら…」
赤い瞳に熱が籠もる。

「善逸…」

「…ん、っく…。…なんなんだよぉお前ぇ…」
ぐすぐすと泣きじゃくる頭を、炭治郎が優しく抱き留める。

「好きだ。愛している。…善逸の言葉は全部覚えている。…俺だから、抱かれてくれたのか…?俺は自惚れても良いんだろうか。…俺は善逸に対して、責任を取りたくて仕方がないんだ」

「…そんなことっ…!簡単に、言うもんじゃないよぉ…」
炭治郎に手を引かれ、体全てが腕の中へと抱きしめられる。

「チュン太郎が、俺の所へ来てくれたんだ。…善逸が、俺に会いたがって泣いていると。…だから堪らず急いで帰ってきた。本当は、血鬼術に掛かっていることを知っていたんだから我慢しなければいけなかった。だけどこの程度なら大丈夫だと過信してしまった。…途中でどんどん悪化しているのも分かっていたんだ。なのに会いたくて、一目見たくて、それで堪えられなかった。…本当に、すまない」
「…チュン太郎ぉ…。それは内緒の話でしょうがぁぁ…」
泣きながら炭治郎の背中に腕を伸ばす。

「善逸が告白を断り続けていると知って、きっと良い人が出来たのだとそう思っていた。それはきっと可愛い女の子だと、そう思い続けていたんだ。だから、俺がお前に悪さをしてはいけないからと、身を引いて距離を置いた」
「…それで俺がどれだけ寂しくて泣いたか、絶対にわかってないだろ…」

「善逸の口から聞かせて欲しい。…善逸の想い人が誰なのか」
「…わかってて聞くなよぉ…」
「聞きたいんだ」
「…うぅぅ…」
「善逸…」

「…炭治郎だよ…。俺はずっと炭治郎のことが好きだったの…!一度でいいから抱かれてみたいと、浅ましく想ってたの!!…言ったぞ!満足かよお前…!」
「一度だけか?俺は毎晩毎晩、善逸を組み敷いてその体を暴き、甘く鳴かせる妄想ばかりしていたぞ?」
「…助平かよ…!とんでもねぇなお前…!」
「…だけど本物の善逸は、俺の妄想なんか遙かに越えていた」
「こっちの台詞だよ…!俺だって、妄想遙かに超越しちゃってたわ!なんなんだよお前ぇ…」
「…また、抱いても良いだろうか。…駄目だろうか?」
「んなわけないでしょ!?…あぁでも…、今すぐは無理だからな…。お前ちょっと激しすぎ…」
ぐぬぬと肩口に顔を押し当てる。

「本当にすまなかった。…初めては優しくする妄想ばかりしてたのにな」
「…次は、その妄想を実現させろよ…?俺初心者なんだからな。いたわれよ?」
「わかった。約束する」

破顔一笑したその顔を見て、俺もまたふにゃんと笑む。

温かな音へと戻っていく炭治郎の胸に、ことんを頭を寄せていった。


次の章へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ