鬼滅の刃

□避けられ善逸と避けた長男
1ページ/6ページ






「ごめんなさい…」
頭を下げる。
「…俺なんかにそんなことを言ってくれて本当にありがとう。…でも、俺は駄目だから…。ごめんなさい」
頭を下げたままそう言うと、相手から切なそうな音が聞こえる。

「…困らせてしまってごめんなさい…。私が気持ちを伝えたかっただけなの。…お気になさらないで」
「本当にごめん。…俺なんかに無駄な時間を使わせてしまって申し訳ないと思ってる。だから、本当にごめんなさい…」
こんな俺なんかにも気遣いをしてくれて、その場を立ち去っていく後ろ姿を見守る。


「…いってぇな…」
胃の腑がきりりと絞られる。
そこに手を当てながら、泣きたくなるような優しい音とは反対方向へと足を運ぶ。

…また見られちゃったか。

音から充分に遠ざかったことを確認し、はぁ、と大きく息を吐く。
後からまた何か言われるかもしれない。
その事が酷く憂鬱な心持ちにさせていく。

…放って置いて欲しいんだけどね。
四角四面の長男だから、俺のことなんかでも気になるんだろうけどさ。
ちょっとは俺の気持ちも考えろっての。

そこまで考えて、いやいやと首を振る。

…やっぱり今のなし!
…俺が勝手に懸想してるなんてばれたら、ますます傍にいられなくなる。
…あの音を、聞くことすら許されなくなる。

はぁ、と再び息を吐く。




…ばれないようにしないと。
…ただでさえ重荷を背負いすぎているあいつに、こんな俺なんかに懸想されてるなんて、カスみたいな重荷まで背負わせるわけにはいかないんだから。

それにしても憂鬱だ。
任務でも入らないかな。出来れば今すぐ。
本当は任務なんか怖いし鬼だって嫌いだ。

だけど、俺が告白されている場面に出会した後の、「どうして断ったんだ?善逸のことを好きになるなんて、見る目のある人じゃないか」なんていう問いかけには応じたくないのだ。

そもそも何がどうなってるのよ。
俺なんかに告白してくるとか、なんでそんなことになるの。
本当に意味が分からないんですけど!!

足元の小石を踏みつける。
ぐりぐりと地面に押し込めるように踏んでいくと、その先端だけを残して小石が地面に消えていく。
その姿すべてを地面の中へと埋め込んで、それからようやく足先で更に土を掛ける。
そうすればもう、そこにあんな小石があったなんて誰にも見えない。
それでようやくこの荒れた胸にも人心地がついた。

…こんな風に簡単に隠せたら良いのに。
…こんな浅ましい想いも、俺の存在も、全てを。






最近どうにも落ち着かない。


任務で助けられた。
街中でしつこい男から庇って貰った。
そんな些細なことを理由に、告白されることが増えてきたのだ。

本気で言ってるの?
からかうなら相手くらい見なさいよ。
そう思っていたのに、相手の音を聞くと何も言えなくなってしまう。

…本気なんだ。
こんな、俺なんかに対して。

最初こそ希有な人だなぁ、なんて思って過ごすことが出来ていたのに、それは一度きりでは終わらなかった。

好きです。
愛しているんです。
私と恋仲になってくれませんか。
真剣な顔をして言葉を紡いでくれていた人達。

そしてその相手は男女を問うことなく、俺のもとへと訪れる。




もちろんその数は、同期の炭治郎や伊之助やカナヲが受けている数よりは圧倒的に少ないことも分かっている。
もう一人の同期は継子として柱のもとに身を寄せているため、蝶屋敷では会うこともなくその消息を聞くことも少ない。
だけどあいつも良い男だし、きっと受ける告白の数は俺より多いはず。

それにしても、なんで俺まで。
なんとなく任務をこなし、生き残っているというそれだけで、こうも想いを寄せられることになるとは思ってもみなかった。

今のところどの同期も特定の相手を作ることはなさそうだが、これから先はわからない。
数多の告白を断っている炭治郎も、いずれはきっとふさわしい相手を見つけて添い遂げることになるのだろう。
その時には祝福をしなくてはと思うものの、その時が来てしまったら自分のか弱い心臓は更に悲鳴をあげるのだろうということも分かっている。



炭治郎は良い奴だ。
優しくて強くて、分け隔てなく人に接して、己の信念を貫いていく。
あの赤い瞳で見つめられ笑顔を向けられたりしたら、確実に老若男女問わず恋に落ちる。
だからあちらこちらで炭治郎への告白を見聞きしていても、それはするりと納得出来るのだ。

同期が皆きらびやかで華やかだから、目立つんだよな。
だからって、こんな味噌っかすの自分にまで愛を告白する人が出てきたことには驚いたけれども。

同期の中で、一番もてないのが俺だもんなぁ。
まぁ向こうも、炭治郎達の同期なら誰でも良いってわけでもないんだろうけどさ。

胃のあたりを撫でさすりながら、庭の隅に置かれている岩の上へと腰掛ける。
この痛みが治まるまで、炭治郎達の所へは帰りたくない。



…あんなに結婚したがってたじゃないか。
…試しに付き合ってみるという選択肢すらないのか。
…それとも他に、誰か。…心に、決めた人でもいるのか。

頭の中で炭治郎の声が反響する。

…いやいや、俺なんかに無駄な時間を使わせちゃったりしたら、相手にも申し訳ないでしょ。
…一時の気の迷いを本気にして縋り付くのも、向こうに気の毒だしさぁ。

そう言って手を振る俺の姿も。


俺は炭治郎が告白されているところに出会しても、きっとあそこまでは追求しない。多分。
せいぜいが、可愛い娘じゃないか、付き合っちゃうの?みたいなことを言うだけだ。
なのに炭治郎と来たら、真剣な眼差しであれやこれやと問い詰めてくる。

確かにそうされてもおかしくないほど、炭治郎の前では散々っぱら恥を晒して来たという自覚はある。

結婚してくれ。
そう言って見知らぬ娘に縋り付いていた俺を見たのが、炭治郎にとって俺との初対面だ。
そりゃ炭治郎からすれば、俺が誰か一人を心に決めて、この先道端で恥を晒して歩くようなことがない人生を送れるのならそれに越したことはない。
一緒にいる炭治郎まで余計な恥をかかなくて済むのだから。

…あの頃を知っている炭治郎からすれば、これだけ告白されても結婚に至らない俺は不思議だろうなぁ。
しみじみと思う。



最終選別ですでに俺と出会っていたということを、炭治郎はまったく覚えていなかった。
泣きたくなるような優しい音。
乱暴された女の子を助けた義侠心。

それだけで俺はもう恋に堕ちていた。
もちろん、堕ちてはいけないものだということも理解していた。

なのにあんな道端で再会して、おにぎりまで貰って、あれだけの時間を共に過ごせばもう駄目だった。
炭治郎の音を忘れるために早く他の娘と結婚しようと言う願いすら、あの瞬間炭治郎自身の手によって壊されてしまった。

まぁそもそも、あんなに泣いて女の子に縋ってたのは、そこが真っ昼間の開けた場所だというのに、どんどん鬼の音が近づいて来て怖かったからなんだけど。
まさかその音の源が、あんな可愛い女の子だったなんて知らなかったから、陽の光の下でも活動している鬼の音が近寄ってきているというそのことが本当に怖くて、あの時は生きた心地がしなかった。

あれ以降無闇矢鱈と求婚するような真似はしていないのに、それでも炭治郎は俺のことを信用しない。



…まぁ、忘れられていて良かったことだってあるんだけどね。
炭治郎が俺を認識する前から、俺は炭治郎のことが大好きだ。
あんなに鼻が効くとは知らなかったから、無防備にずっと好きだという匂いを晒していた。
なので炭治郎が俺を認識した以降、俺の匂いが不意に変わるなんてことはない。
最初からこんな匂いの同期がいるなと、それだけで済むのだから。

恐らくは俺から湧き上がっている炭治郎への好意の匂い。
それを何故か炭治郎は、優しいとか強いとか勘違いして捕らえている。
否定はしても、それ以上のことを追求されたくはないので深く掘り下げたことはない。



…なかなか治まらないなぁ。
さすさすと腹を撫でていても、どうにも痛みが引く気配はない。

部屋に置いている荷の中に、しのぶさんから処方されてる痛み止めと睡眠剤がある。
あれを飲んで、少しだけ横になろうか。
あんまり効いてる感じもないけどさ。
きっと俺のこれは気欝が原因なんだろうから仕方ない。

重い足を引き摺りながら屋敷へ戻る。
縁側で寛いでいる伊之助がちらりと俺を見る。
ふわりと期待が巻き上がる。
薬よりも、俺には体温と安らげる音の方が良い。

「…伊之助、お願いがあるんだけど…」
おずおずと問うと、伊之助がふう、と息を吐く。
「またかよ。相変わらず弱逸だな」
呆れたような顔をしながらも、俺が転がりやすいように足を崩してくれる。

「俺が寝る前はお前の番な」
「うん。ありがと…」
はふっと息をつき、伊之助の腰を抱えるようにして膝の上に頭を置かせて貰う。
こうすると伊之助の音も良く聞こえるし、ほかほかとした体温を感じることが出来るから俺の体も楽になる。

伊之助がいて、機嫌の良いときでないとさせてはくれない。
だけど最近はこうして腹を痛くし目の下に隈を作っている俺を見て、伊之助も随分と譲ってくれるようになった。
本当に親分はありがたいよね。

「寝るときには歌えよ。いつもの」
「…うん…、わかった…」

そのまましばらく微睡む。
伊之助の体温にくるまれていると悪い夢も見ない。
本当は夜だってこうして一緒に寝たいけれど、最近はそれぞれが別の部屋で休むようにしてるから、互いが何も言わなければそれすらもままならない。



その理由も分かっている。
…俺が、面倒くさいから。

僅かな物音に反応して目を覚ます。
寝ているときの話し声も覚えている。

誰だって気味が悪いと思うだろう。

炭治郎や伊之助の音を聞いていると良く眠ることが出来る。
それでなんとなく同室にしてもらっていたけれど、互いにすれ違い任務をこなしている間に、使う部屋は別々になってしまっていた。

伊之助はこうして膝を貸してくれるし、夜だって子守唄を唄いながら俺が伊之助の傍で寝てしまっても文句は言わない。
同じ布団で目覚めたことだって何度もある。

…だからきっと、炭治郎の方が。

同じ部屋で過ごしている時も、何度か強張るような、何かを言いたくて堪えているような、そんな音がしていた。
炭治郎は優しいから、邪魔だとか出て行けとか自分からはきっと言えない。
それで時間をかけて距離を置かれた。

つらつらとそんなことを考えていると、固い手のひらが、わしわしと頭を掻き乱し始めた。

「良いから何も考えずに寝てろ」
低い声が心地良く耳に響く。

撫でられている手のひらが気持ち良くて、しばらくぶりにすぅっと眠りに吸い込まれていった。



目が覚めたのはどのくらい経った頃だったろうか。
遠くの方で炭治郎の苛立つような音が聞こえて、どうやらそれで目が覚めたようだった。
ずっとしがみついていたらしい伊之助から手を離す。
俺が一番年上なのに、いつもこうして年下に縋ってばかりだ。
そのことをきっと炭治郎は情けないと思っている。

「…ありがと。親分」
「おう。約束忘れんじゃねぇぞ」
「ん。…夜はそのまま伊之助の部屋で寝ても良い?」
「枕は持ってこいよ」
「うん」

短い会話だけ交わしその場を離れる。
今はどうしても、炭治郎の呆れたように俺を見つめる瞳には耐えられそうになかった。



幸い互いに任務が入ることもなく、夕餉も終え、風呂にも入り、言われたように枕だけを抱えて伊之助の部屋へと滑り込む。
そのまま何時ものように、今度は伊之助の頭を膝に置き、小さな声で唄を紡ぐ。
伊之助は童謡や子守唄が好きだから、何度も何度も同じ唄を口ずさむ。

炭治郎達の部屋に聞こえないよう、邪魔にならないよう、微かな声だけを旋律に乗せる。
伊之助は感覚が鋭いからこれだけで充分聞こえている。

前に皆で一緒に寝ているときは、禰豆子ちゃんにも唄ったっけ。
禰豆子ちゃんはうさぎの出てくる子守歌が大好きだった。
そのことを思い出してしんみりとする。

ようやく寝付いた伊之助の頭を横に置いていた枕に滑らせ、その横に俺も自分の枕を並べて横になる。
遠くの部屋で、炭治郎からぴきんと鳴る、その甲高い音が聞こえてきた。







■■■■■■
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ