鬼滅の刃

□とある鬼殺隊士を襲った一連の不幸とその顛末
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その霹靂が鬼の首を狩り、全ての尾を狩る。
崩れおちていく蛇の尾の一つから、八つの尾を持つ蛇の、その干からびた亡骸のような塊が転がり落ちた。


社の神棚の辺りを刀で切り裂くと、そこには下へと伸びる縦穴が覗いていた。
炭治郎がそこへ飛び込むと、遅れて帯を失った着物姿の善逸も飛び込んでくる。

「…こっちだ!娘の匂いと、先ほどの弁当の匂い…!」
声を掛けると善逸も掛けてくる。
自然に出来ていたものらしい地下の洞穴。
この中で恐らく音は反響する。
戸惑う善逸に炭治郎が道を示す。
明かりもないその場所で、匂いだけを頼りに足を走らせる。

「…いたぞ…!」
暗闇の中、かすかに慣れた視界はそれでも尚暗い。炭治郎が倒れ臥している娘3人の匂いを探りとる。
炭治郎が2人担ぎ上げ、善逸が残る1人を担ぎ上げた。

「…これで結べ!」
善逸が炭治郎の手に着物を縛っていたのであろう紐を手渡す。
その紐で娘2人の体を固定する。
目を閉じたまま鬼を切ることが出来る善逸には、この程度の闇など苦にもならない。

今度は善逸が炭治郎を先導し、先ほど飛び込んだ縦穴へと戻る。
1人を抱えたまま器用に壁を上り、上の社へと戻る。

そして身軽になった体で再び戻り、炭治郎の体からもう1人の娘を受け取る。
それから再び社へ戻り、上から手を伸ばし炭治郎を待つ。
炭治郎もまたその手を頼りに、娘を抱えたまま壁を上り明るい社の中へと体を滑らせる。

娘達は皆息をしている。
だがそれだけだ。
泥だらけの体からは生気が無く、血色も乏しく青白い。

善逸が無言で、先ほど紐を引き抜きはだけさせた着物を脱いで、泥にまみれた襦袢姿の娘達の1人へと掛けていく。
炭治郎もまた着ていた羽織を脱ぎ、別の娘の体へと掛けていく。
それを見ていた先輩隊士が、弾かれたように羽織を脱いで善逸へと手渡していく。
娘達の汚れた体を覆い、呼吸を確認している善逸を見ながら、炭治郎は自身の鎹烏を宇髄の元へと遣いに出す。

「これ…、多分ご神体だったんだな…」
悼ましそうな瞳で善逸がそれを見やる。
「…鬼がこれを喰って…、それであんな音になってたんだろう。神のような、鬼のような…。このご神体を取り込んでいたから、人を喰らうことはできなかった。それで人の生気だけを吸うことで生きていたんだ、きっと」
「なら…。このご神体が、この人達の命を救ったんだな…」
炭治郎が手を合わせると、善逸と先輩隊士もそれにならった。

「多分供え物とか弁当とか、それを生気に変えて女の子達に注いでいたんだろうな。生きていてくれて本当に良かったよ。とりあえずあとは宇髄さん達に任せるか。娘さん達の世話なら、宇髄さんのお嫁さん達の方が適任だもんなぁ」
そして善逸がひたと炭治郎を見つめた。
その琥珀の瞳からみるみるうちに涙の粒が零れだしてくる。

「…怖かったよぉぉぉ!!!俺何回も死ぬかと思ったからね!?なのに炭治郎、ちっとも助けてくれないしさぁぁ!!そもそも蛇って何なの!?尻尾が沢山あったよ!?あんなの見たことないよぉぉ!あんな化け物が相手だなんて聞いてないからね俺!!…あ、思い出したらまた気持ち悪くなってきた…おぇぇ…」
嘔吐くような仕草をしながらも、ぐすんぐすんと鼻を鳴らした善逸が炭治郎の胸にしがみつく。
「…炭治郎の音が落ち着くわ…。本当に怖かったんだからな…俺…」
唇を尖らせて炭治郎にしがみつく善逸を見て、隣にいた先輩隊士から何かが壊れるような匂いがした。

…あぁ…。
炭治郎の中に、気の毒にと思う気持ちと、僅かばかりの優越感が湧き上がった。

「善逸はとてもうまくやっていたと思うぞ!鬼だって、まったく警戒することなく切られていたじゃないか」
思い出しながらなんとなく腹が立ってくるような気がした。
あの蛇は、善逸の体を撫でるように這いずり回っていた。
炭治郎にはそのことが許せない。
それで襦袢姿となっている善逸の背中や尻の辺りを優しく撫でていく。

「あぁ、あれ?遊郭で姐さんたちがやってたのを真似しただけだよ。前に住んでた花街でもよく聞こえて来てたし。俺、耳が良いからさ。一回聞いた言葉とか言い回しとか、すぐに覚えちゃうんだよね。姐さん達はあんなものじゃなかったけど。…もっと壮絶に凄まじかったぜ」
何を思いだしたのか、善逸が肩を抱いて震えるような仕草をする。

「それにしても、本当に聞いてたとおり助平な鬼だったな。カナヲちゃんを来させなくて本当に良かったよ。あんなのにカナヲちゃんを宛がおうなんて、あのおっさん本当にあり得ないよな」
がるがると怒りを沸き立てている善逸の頬を撫で、唇を撫でる。
あちらこちらを触られていた。
そのことが酷く癪に障る。

「俺の着物も帯も、小物全部含めて、藤の毒が塗られてたんだよなぁ。ほんの微かだけどさ。それでぼんやりして、動きが鈍くなってたんだよ。酒も随分飲んでたし。だから着物を触られるのは良かったんだけど、流石に直接触られたら男だってばれちまうもんな。焦ったわ。胸とかほら、手拭い山のように詰めたんだぜ。こんなにさぁ」
襦袢の袂を割り開き胸元を曝け出す善逸を見て、炭治郎が声を荒げる。

「…そういうところだぞ、善逸!!」



烏に導かれた宇髄達がやってきて、手分けして娘達を背負い藤の屋敷へと戻る。
先に呼ばれていた鬼殺隊所属の医者が診察を行い、このまま滋養のあるものを食べさせておけば大丈夫でしょうと断じる。
汚れていた体をお嫁さん達が拭き清め着替えさせ、甲斐甲斐しく看病をしている。
藤の屋敷の者達も、娘達の無事の帰還に喜んだ。


「…とりあえず俺らも風呂に入って寝ようぜ。とにかく今の俺は顔が気持ち悪くてたまらない」
くいくいと袖を引かれ、炭治郎も善逸と共に湯を浴びに行く。
ばしゃばしゃと何度も何度も顔を洗っている善逸の背に、炭治郎は自身の手拭いを滑らせる。
「どうしたの?たんじろ」
湯に濡れた金色が頬に張り付いている。
んんん、と思いながらも擦る手は緩めない。

「あちこち触られていただろう。綺麗に洗おうな、善逸」
「あー。思い出したら気持ち悪くなってきたわ。あとであのおっさんに文句言わなきゃだな」
眉間に皺を寄せる善逸にふふっと笑いかけ、ごしごしと背中を擦り、そして腕を手に取る。

「いやさすがにそこは手が届くわ。ありがとね炭治郎」
にぱっと笑われ、炭治郎の腹の中で何かがずくりと熱を帯びる。

…なるほど。だから最近の善逸は単独任務が多いのか。
すとんと腑に落ちる。

あんな綺麗な霹靂一閃。それだけでも恋に堕ちるというのに。
いやきっと、俺は随分前から堕ちていた。
そのことを自覚する。

ふんわりと薫る優しさと強さ。
そして甘くてほろほろと蕩けそうになる匂い。
それを胸いっぱいに吸い込んでいく。


寝間着に着替え部屋に戻ると、そこには宇髄と先輩隊士が待っていた。

「おう戻ったか。ちょうどこいつから話を聞き終わったところだ。派手に面白かったらしいな?とりあえず女達は大丈夫そうだ。先刻1人目を開けたぞ。よくやったな、善逸」
嬉しそうに宇髄が善逸の頭を掻き回す。

「それで、だ。女達とその家族に一部屋ずつ割り当てた。嫁達もそれぞれが娘についている。だから残る部屋は俺達4人に対して3部屋のみだ。…善逸、俺と一緒に寝るか」
面白そうに言う宇髄に対し、善逸は顔全体で否を宣言する。
「巫山戯てんじゃねぇわ。俺はアンタに言いたい文句が山のようにあるからな!」
「おう。一晩中でも聞いてやるぜ」
にやにやと笑いながら、宇髄が善逸の腕を引く。

「善逸は俺と寝るので!善逸が一番好きなのは俺の音なので!」
金の頭を胸に抱き寄せる。
「おい、竈門ォ?」
「善逸は疲れているので!お先に失礼します!!」
善逸の手を取り走り出す。
視界の端に、泣きそうな顔になっている先輩隊士の姿が映った。




「…とんでもねぇなあのおっさん。ありがとな炭治郎。あのおっさんと同室とか考えられんわ」
善逸が楽しそうにへへっと笑いながら布団を一組敷いていく。
「善逸がとても美しかったからな。誰が見ても可愛かったぞ!」
そう褒めながら笑顔で握った手を握り返され、炭治郎の顔には朱が上る。

「炭治郎がいるってわかってたからさぁ。それで頑張れたのよ、俺。お陰で皆無事だったしさぁ。ありがとね、炭治郎」
開かれた形の良い唇の隙間から、ちろりと赤い舌が覗く。

「俺、本当に怖かったからさぁ。…今夜は炭治郎の布団で一緒に寝て良い…?」
炭治郎の手を握ったまま、上目遣いで善逸が強請る。



「…そういう、ところだぞ…!!善逸…!!!」
炭治郎の体の奥深くから、ずどんと重みのある轟音が響き渡った。


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