鬼滅の刃

□炭治郎が頼りにならない
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「血鬼術?」
首をかしげる。

「えぇ。この鬼は非常に厄介な術を使うようです」
淡々と説明を続けるしのぶさんを見つめる。

しのぶさんときたら今日も綺麗だ。
何という目の保養。
そうは言ってもやっぱり俺は、鬼とか任務とか毎回怖いんだけどね。

「まず、この鬼は2人以上で出向かないと出ては来ないし気配すら悟らせません。術中に貶めることが目的のようです」
「はぁ…。それで、術にはまった人間を食べる?」
それは本当に行きたくないなぁ。

「ある意味、そうですね」
ある意味。
別の意味もあるのだろうか。

「それで今回の任務は、何よりも索敵能力重視です。炭治郎くんと善逸くんで任務に当たってください」
「わかりました」
にこやかな笑顔で炭治郎が返事をする。

それがちょっと気まずくて、俺は返事を保留する。

なんでこの時分に炭治郎と二人きりの任務なんだろ。
それがちょっと気まずい。
炭治郎1人では鬼が出てこないというのなら仕方が無いけど。
出来れば俺じゃなくて他の奴に割り振って欲しい。

「今までにも何人か隊員を派遣してきました。ですが討伐には至っていません。まず、1人だけで出向いた者の前には現れない鬼であること。2人以上で出向けばまず鬼は襲ってきますが、鬼の襲撃とほぼ同時に血鬼術に掛かり、戦闘不能になること。この2つが大きな課題となっています」
「戦闘不能?」
炭治郎が問いかける。

おいまてやめろ。
血鬼術に掛かった隊員の末路なんか聞いてどうする。
術に掛かって殺されて喰われるだけだろうが。
任務前から俺を怖がらせるんじゃないよお前。

「…この鬼は、人の肉体そのものは食べていません。そのため鬼本体の力は弱いと推定されます」
「…人を食べない?」
それってつまり禰豆子ちゃんと一緒ってことじゃないか。
えっ。
あんな可愛い女の子が他にもいるの?
俄然やる気が出てきた!

「この鬼は、術中に陥った人間の生命力を奪い喰らいます。そういう意味では、間違いなく討伐の対象です」
「…生命力のみを、喰らう…?」
「…詳しく説明しましょう」
しのぶさんが、なんとも言えないような顔で俺を見つめた。
そのことでますます怖じ気づく。
しのぶさんから聞こえてくるこの音。
ちょっと待ってくれないか。
なんだか不穏の気配しかしないんだが。



「この鬼は、空間を操る能力にたけています。近くを通りかかった人間を、その空間に捕らえて生命力を喰らいます」
「逃げ出せないようにしてから喰らうってことじゃないか!嬲り殺しだよ嬲り殺しぃ!嫌だ!俺は行かない!」
涙を零しながら叫ぶ。
勿論どんな鬼だって怖いけど、そんな訳の分からない鬼なんかもっと怖いに決まってるだろ!!

「いいえ。命は取りません。一定の条件のもと、全員が解放されています。…無事とは言えませんが」
何かを含んでいそうなその物言いに背筋が震える。
これ怖い話じゃない?
ねぇ怖い話が始まりそうなんだけど俺は今すぐ帰って良いかな!!

「術に嵌り空間に捉えられると、その空間の中に書付が現れるそうです。その書付の通りに行動すれば、すぐにその空間から解放されます。逆に書付の通りに行動しなければ、どれだけの型を行使しても、空間から抜け出ることは出来ません」
「それは厄介ですね」
涼しそうな顔で炭治郎が相槌を打つ。
いやまてこれ絶対聞いたら眠れなくなっちゃう類いの怖い話だろ。

「書付に書いてある行為を完遂すると、書付は消えるそうです。2人一緒に行う行為であれば書付は1枚、それぞれが行為を行う場合は人数分出るそうです。もしもその空間に入り込んでしまうようなことがあれば、何よりもその書付を消すことを優先してくださいね」
しのぶさんの音が険しくなる。
書付?
完遂?
…嫌な予感しかしない。


「…実は先日、柱が2人討伐に出掛けました。ですが、すぐにこの空間に捕らえられてしまいました。柱2人掛かりでも、破壊することが出来ない空間だと思っていてください」
「それ、俺らが行って何か意味あります!?柱2人がかりで駄目なら俺なんかあっという間に殺されちゃいますよぉぉお!!!」
涙がぼろっぼろと溢れてきて頬を伝う。

「いいえ、2人とも命に別状はありませんでした。幸い難しい内容の書付ではありませんでしたので、柱のうち、一人が責任を取ると言うことで落着しています。…きっと近いうちに祝言となるでしょう」
「いや意味が分かりませんけどね!?何なの大怪我して責任取るとかそんななの!?柱2人がかりで重傷とかどうなってんのぉぉ!!」

「安心してください。2人とも無傷です」
「…は…?」
無傷。
鬼と遭遇して捕らえられて、無傷。
柱を2人も捕らえておいて、無傷で解放。
全く意味が分からない。
それあいつに怒られない?
あいつってあれだよあれ。無惨。
処理しきれない情報に、頭が思考を放棄する。

「つまり、その書付に書かれていることが問題なんです。…その2人の時には、抱き合ったまま深く口吸いをして接吻するようにと書いてあったそうです。幸い元々両想いの二人でしたので、この度目出度く祝言をあげるということで落着しました」
「…何を仰っているんです?それ妄想ですか?」
片手をあげて発言する。

困ったような顔でしのぶさんが俺を見て、『気の毒に』という音を立てる。
しのぶさんからこんなにはっきりとした音を聞いたことはない。
つまりは、俺に聞かせるために態と立てた音だと言うことだ。

「他の書付も似たようなものばかりです。酷いものになると…口淫を強いたり、まぐわいを強いたり。…中にはその体位について指定しているものもあったそうです」
しのぶさんが棚から小瓶を取り出す。
「もしもそうなってしまった場合のためにこれをお渡ししておきます」
「…なんなんですか、これ」
「通和散です。ぬめり薬として使ってくださいね」
「…ざっけんなよぉぉ!!」
何なんだよその鬼!
色狂いかよ鬼!
他人にさせてそれ見てんのかよ鬼!

「ありがとうございます!」
いそいそと受け取り炭治郎がそれを袂に入れる。
その頬がほんのりと赤く染まっている。

言いようのない感情が俺の中で渦を巻く。

「それ、どうするつもりだよお前」
「…いや、それは…」
炭治郎が、伺うように俺を見つめている。
いや止めてください見ないでください俺行かないんで。

「今急にお腹が痛くなってきたので帰りますしのぶさん!」
「善逸くんが帰る場所はこの蝶屋敷ですよ」
にこりと笑まれ、シュッシュッとしのぶさんの腕が上下する。

「ですから、今回伊之助くんはお留守番です。彼には不向きな任務だと判断しました」
「いやなんでよ!?伊之助の空間認識能力ならいけるかもしれない!きっと伊之助頑張れる子!」
「駄目です。…いざそうなってしまったとき、善逸くんは責任持って伊之助くんの相手が出来ますか?」
「ハイ駄目です。伊之助には向いていません」
発言を翻す。
そもそもあいつ、口吸いも接吻も知らない気がする。

「聞いたところによれば、炭治郎くんと善逸くんは恋仲だとか」
「違います!!」
「俺が善逸を口説いている最中です」
「そうなんですか。まぁ大した違いはありませんね」
「いや全然違うので!むしろしのぶさんからも目を覚ませと叱り飛ばしてやって貰いたいくらいなので!!」
「俺は叱られるようなことは言っていないぞ!善逸のことが好きだから生涯ともに添い遂げてくれと言っているだけだ!」
むんっと胸を張る炭治郎を見て、しのぶさんがぬるく微笑む。

「大丈夫ですよ、善逸くん。鬼に見つかる前に、鬼を切れば良いんです」
「はァ──ッなるほどね!!帰ります!!頑張れよ炭治郎!」
踵を返そうとすると、襟元を掴まれる。
「鬼が怖い善逸の気持ちも分かるが、2人以上いないとそもそも鬼が出てこないとそう言われたじゃないか。しのぶさんを困らせたら駄目だ」
「いやお前だよお前!俺は今お前に心底困ってるんだわ!!」
襟元を引き上げられ宙に浮いたような俺を見ながら、炭治郎からとんでもねぇ音がしている。
鬼より血鬼術より今は本当この音が怖い。

「頑張ってくださいね善逸くん!一番期待しています!」
きゅむっと手を握られ、間近で微笑むしのぶさんの笑顔。
まさに天上からの至福の恵みのような豊穣の笑み。

「はぁわワワァアあ!!…行きます!!!」
その微笑みを見つめながら、思わず口が答えてしまっていた。





暮れゆく道のりをひたすらに走る。
どうして俺はあそこで行きますなんて言ってしまったのだろうか。
気まずい。
ひたすらに道中からして気まずいんですけどぉぉぉ!!!
炭治郎からはずっと、俺を伺うような憚るような音が聞こえているし、背中の辺りにずっと固定された視線の熱を感じ続けている。
気まずい。
ほんっとうに気まずいんですけどもう何なのこれ!!!



最近の炭治郎は色々おかしい。
何がと言うか、端的に言えば頭がおかしい。
おはようの挨拶くらい気軽に『好きだ。愛している。俺と添い遂げてくれ善逸』などと真顔でのたまう。
髪の色が綺麗だの瞳が綺麗だの笑顔が好きだの言い連ねては、蕩けそうな瞳で俺を見て笑う。
ついには結婚しようだとか接吻したいだとか言い始めて、ことあるごとに俺の体に触れてくる。
2人きりの部屋でのし掛かってきたときには、さっさと診療受けてこいと言って撥ね除けた。
俺がどれだけ見たことがない別の生き物を見るような目で見つめても、『恥をさらすな』と言ってやっても、こいつは懲りることを知らない。

何を勘違いしているのか知らないが、こんなくだらないことで炭治郎の道を踏み外させるわけにはいかない。
炭治郎は禰豆子ちゃんのお兄ちゃんだ。
あの兄妹にはこの先、苦労してきた分以上の幸せが待っている。
それぞれが所帯を持ち、子どもを増やし、笑顔に満ちあふれた竈門家を築いていくのだ。
その幸せを思う存分享受している2人を見ていくことが、俺にとっても幸せなのだから。

それを邪魔するものは、例え炭治郎だって許せない。




「…匂いでわかったら教えろよ」
「…善処する」
「何なのよ今の間はさぁぁ!?」

炭治郎とは合同任務が多かったから分かる。
普段の炭治郎なら、任務の前にはもっと張り詰めたような音を立てている。

なのに今はどうだ。
緩んだような、何かを期待しているかのような、そんな音ばかりだ。
その合間にまるで打ち上げ花火かのような轟音を立てて、その度に羞恥に頭を振り払うような音をさせている。


…クッソがぁぁぁ!!
何考えてやがるんだこいつ巫山戯てんじゃねぇぞ!?
こんなにも当てにできない炭治郎なんて初めてだわ!
何なんだよ頭の中お花畑にでもなっちゃってんのかよ!!
そりゃ確かに俺だって、鬼に遭遇しても無傷で帰れるって聞いてちょっとは安心しちゃったよ!?
だけどさぁぁ!!
それどころではない、それ以上の傷を心に負わされるような話をしてたじゃろがい!!!
接吻を想像するだけでも死んじゃいそうなのに、深く口を吸えとか!無理だろうが!!!

あっ、あまつさえさぁぁ!!
しのぶさんの前だから何も言わなかったけどさぁぁぁ!!
こっ、口淫、とかさぁぁ!!
まぐわい、とかぁぁぁ!!
あの人が体位って言ったよ!?
あんな可愛い人が!!
あり得なさすぎだろうが今回の鬼ぃぃぃぃぃ!!!
破廉恥過ぎる!!
もう完全に破廉恥鬼だよそいつはぁぁぁ!!!

あああああ!!!!!
もしこれからその空間とやらに閉じ込められでもしたら、誰と誰がそれをやるのさ!?

…ねぇ。
炭治郎と俺しかいねぇんだぞ。
どういうことそれ一体どういうこと!?
もし鬼に捕まっちゃったりしたらさぁぁ!!

もしかして、俺がするの?
…されちゃうの??

とんっでもねぇな!!!???

早く見つけて早く切る。
しのぶさんが言っていたとおりだ。
それ以外に活路がないとかどうなってんだよぉぉぉ!!!


「…炭治郎、お前まさかさ…。鬼が出れば良いなとか思ってんじゃねぇだろうな…?」
「…思って、ないぞ」
「だからお前は嘘が下手なんだよ!!」

泣きながら走り続けて、鬼が出るというくだんの森が近くなる。
すでに頭上には月があり、鬼の活動時間になっていることがわかる。


鬼の音に集中する。
向こうが気付く前に、見つける。
そしてそのまま俺が切れば良いんだ。
炭治郎は当てにならない。
むしろ先ほどから期待に満ち満ちた禍々しい音を立てている。
あの音はあれだ。
先輩隊士が艶本とか読んでるときに聞こえるあれ。

…やれるとしたら俺しかいない。
炭治郎が頼りにならない。
なんなのもう。
俺泣きそうだよ。
いやもうむしろ泣いてるけどね!!

「なぁ善逸」
「…静かにしてくれ」
「いや、その、ちょっと話さないか」
「だから静かにしろって」
「もし、その鬼が操るという空間に入ってしまったときの話なんだが」
「黙れよお前」
「勿論俺は責任を取る!だからそのまま祝言を挙げて貰えないだろうか!!」
「いや だからそれが嫌なんだわそれが!!なんでわかんないのお前さ…!!」
「結婚しよう善逸」
「だから黙れって言ってるじゃろがい!!」
子犬を振り払うようにしっしっと手を振る。
今の俺は何よりも音に集中したい。

いつもなら誰よりも頼りになるはずの長男が、今はただの駄犬にしか見えない。
今この場で頼れるのはもう、じいちゃんに鍛えて貰った俺の体ひとつしかない。

あまりにも心細くて、胸の奥でつんっと涙が零れ出す。
その時だった。
怪しい音が鼓膜を揺さぶる。

「…!」
見つけた。
この音。
間違いなく鬼の音。

この距離ならいける。
神速なら。
音から距離を測る。
霹靂一閃八連からの神速。

鬼の首を狩るまでの最適経路を叩き出す。

俺が足を踏み出した瞬間。
「善逸、鬼の匂いがする!」
炭治郎がデカい声で叫びやがった。
本当巫山戯てんじゃねぇぞ粛正だわ即!粛正!!
しのぶさんこいつです!!
こいつが今俺の鬼殺を妨害しました!!!
隊律違反です隊律違反んんんんん!!!!!
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