鬼滅の刃

□三時間後、俺は善逸の所へ駆け戻った
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「…我妻先輩っ…!」
ぎゅっと手を引く。
2人きりの部屋。
何度も何度も通ってきた、我妻先輩の部屋。
先輩の匂いが満ち満ちているこの部屋で、2人きり。
だからもう、腹の奥底で揺らぐ情欲を押さえきれない。

「どしたのよ。焦った音がしてるぞ、たんじろ」
軽い口調で答える愛しい人を、ひたと見つめる。

「俺達が恋仲になって、もう三ヶ月が経ちました」
「あれ、もうそんなになるんだっけ?」
「はい。先輩の卒業式に7642回目の告白をして、ようやく先輩が頷いてくれました」
「そうだっけ?」
「そうです。だからまごうことなく、俺達は恋仲なんです!」
綺麗な琥珀の瞳。
柔らかく包み込むような優しい色。
いつだって先輩からは、強くて優しい匂いがしている。

「…だから、そろそろ先に進みませんか」
「なんでよ」
揶揄するかのように笑う先輩を見て、頬を膨らませる。

「俺がそうしたいからです」
「まだ早いでしょ。たった三ヶ月しか経ってないじゃないの」
「俺は先輩とキスしたいです」
「おととい来やがれ」
「おとといには戻れません!…明後日キスできるのなら、今日は我慢します」
「なんでさ。…しないよ、俺は」
「どうしてっ…!」
「んー。たんじろとは、そう言うことしないって決めてるから」
「嫌です!」
「なら別れようか」
「それはもっと駄目です!」
むんっと胸を張る。
困ったような顔をした先輩が、こてんと小首を傾げて俺を見る。

「…たんじろはさ。これからもっと色んな人と出会うでしょ。その時に俺とキスしたなんて黒歴史、思い出して悶えるようなことをしなくても良いんだよ」
「俺はずっと我妻先輩のことだけが大好きです!他の人のことなんて考えたこともありません!」
「…なんでよ。先のことなんか、誰にも分からないでしょ」
肩を竦める先輩の仕草さえもがとても綺麗に見えてしまう。

「俺は、たんじろが幸せならそれで良いの。たんじろが可愛い女の子と恋をして、その娘と結婚して、子どもをうんとたくさん作るところが見たいんだよなぁ」
「先輩が産んでくれるのじゃなきゃ、そんな未来はあり得ません!」
「…俺には産めねぇよ。いいからちょっとくらいは考えなさいよ。子どもが沢山いてさぁ。兄弟姉妹で楽しく助け合って暮らせるんだぞ。子ども達の成長を見届けて、そしたらそのうち孫が産まれて、家族がどんどん増えていくんだ。そりゃ幸せだろうが」
「俺は我妻先輩と添い遂げると決めているので!俺にとっての幸せは我妻先輩と一緒にいることなので!」
先輩のシャツの袖を引く。

先輩には白いシャツがとても似合う。
色が白いからだろうか。
金色の髪をしているからだろうか。
なんにしても、俺は先輩の全てから目が離せない。

「…好きです。愛しています。俺がこんなにも好きになったのは我妻先輩だけです」
先輩のシャツを握りしめる。
「だから…、先輩…」
握ったシャツを引き寄せる。
そのまま自身の体重を掛けてその体にのしかかる。
先輩が背もたれにしていたベッド。
その上に、先輩の体を引き寄せあげるようにして押し倒す。
顔を近づけ、そして…。

唇が触れ合うと思った瞬間、くるりと視界が反転した。
「隙だらけなんだよなぁ、お前さんは」
にやりと笑う先輩が、俺を見下ろす。

まるで先輩の方から押し倒してくれたかのような態勢に、俺の顔が赤く染まる。
先輩の体を抱きしめたいと手を伸ばそうとするのに、先輩に押さえられているから思うように動かせない。

「先輩、…思っていた以上に力があるんですね…」
「そうね。多少鍛えてるからね」
「先輩の新しい一面を知れて嬉しいです!」
「いや、こんな簡単に押さえ込まれちゃうんじゃ駄目でしょ。心配しかないわ。お前さんも鍛えなさいよ、たんじろ」
呆れたような声で、先輩がため息をついていく。

「わかりました!鍛えます!」
「うんそうして」
「鍛えたら、先輩はこの体も俺のものにしてくれますか?」
「いやならねぇわ。そこは自分のために鍛えなさいよ」
先輩が俺の体を押さえていた力を緩める。
だからそのまま2人で、先輩のベッドに腰掛けるようにして並んだ。

隣に座っている先輩の手を握る。
「好きです。だからキスさせてください!」
「しないって言ってるじゃろがい」
「どうしてですか!?」
「たんじろが、子どもだから」
「1つしか違いません!」
「そうね。…でも今は、大学生と高校生だからなぁ」
「…来年には追いつきます!」
「声がでかい。耳元で叫ぶなって」
眉間に皺を寄せながら、先輩が耳を塞ぐ。

「…すいません…」
しょんぼりと俯く。
先輩は耳が良い。
それこそ、どんな囁き声でも正確に聞き取れてしまうくらいに。
俺も鼻が良くて、微かな残り香でも嗅ぎ分けることが出来る。
そんなところまで似ているような気がして、それが俺にはすごく嬉しくて堪らなかった。

「先輩は、どうやって鍛えてるんですか?俺も一緒にやりたいです!」
ズボンの上からでも分かる足の形。
引き締まった体。
着替えの時にじっと見つめていたら先輩には叱られてしまったけれど、俺の瞼には刻み込まれている魅惑的なこの肢体を思い出す。

「あぁ。…死ぬほど夜の山中で走り込みをしたり、死ぬほど打ち込み台で稽古をしたり、殺人的な柔軟をしたり、大きな岩を押しながら歩いたりとかかな」
「…俺は本気で聞いてるんですけど」
「そうなの?」
悪戯っぽい笑みで先輩がくすりと笑う。

「…先輩の、意地悪」
ぷくりと頬を膨らませると、先輩が楽しそうに声を上げて笑う。

「たんじろはさ。なんでそんなに鍛えたいのよ」
「先輩と一緒にいたいからです!」
「動機が不純すぎるんだわ。…そこは、大事な人を守れるようにとか、そういうこと言うところでしょうが」
「俺は先輩を守りたいです!」
「俺は自分の身くらい自分で守れるよ。…今はな」
「それでも守りたいです!」
むんっと気合いを入れていく。

「そこはさぁ。大事な家族を守れるようにとか、そう言いなさいよ。禰豆子ちゃんも花子ちゃんも、お母さんも。家族皆を守ってあげなさいよ」
優しい声でそう言って、先輩がへにょりと眉を下げる。
「そりゃ、俺だって禰豆子ちゃん達のことは守るけどさ。たんじろだって、守ってあげなさいよ」
先輩がいきなり指先で俺の額を弾く。

「…いってぇ。相変わらず石頭だよなお前さんは」
「そうですか?そうでも無いと思いますけど」
「いや、石頭だろ。たんじろは」
「どうでしょう。母さんの方がもっと固いし」
「…遺伝かよ…。怖えぇ…」
ぞっとした顔で先輩が自分の指をさすっている。

「先輩」
「なに」
「キスしたいです」
「…何でそんなにしたいのよ」
「先輩のことが大好きだからです!」
さすっている手のひらごと、先輩の両手を俺の両手でくるみこむ。

「子どもがそういうこと言うもんじゃないよ」
「だから1つしか違いません!」
「…子どもだよ。たんじろはさ」
切なそうに言われて、思わず握りしめていた先輩の指先にキスをする。

「…そういうこともしないの」
「俺はしたいです…」
「ほんっとうに、頑固だよなぁ、お前はさ」
「それだけ先輩のことが大好きなんです」
「そうね。俺もお前さん達のこと大好きよ」
「…そこは俺だけにして欲しかったです」
しゅんと項垂れる。

先輩は禰豆子に優しい。
むしろ俺よりも禰豆子に優しい。
先輩のことを好きになって、もっと近寄りたくて家に呼んで、その頃は恋仲でもなかったのに、先輩は喜んで家へ遊びに来てくれた。
先輩を家に呼んで断られたことなど一度も無い。

家に呼ぶといつだって、先輩は俺の弟妹達のことをあれこれ気に掛けてくれて、ずっと楽しそうに過ごしてくれている。

…先輩は、家族の縁が薄い。
だから大家族に憧れるのだと、そう言っていた。
だけどあまりにも禰豆子や弟妹達に構ってばかりだから、それで最近は俺がこうして先輩の部屋に入り浸っている。

俺の家から徒歩3分。
先輩がこの距離で独り暮らしをしているということに、俺はずっと歓喜している。
距離が近いからか、先輩は何くれと無く俺の家族のことを気に掛けてくれていて、影ながら力になってくれたりするのだ。

…そんなところを見てしまっては、恋心が更に加速していく一方だ。
先輩が禰豆子や弟妹達に親切にしてくれる度、俺は溢れ出しそうな恋心を持て余し続ける羽目になる。



「好きです。…キスしても良いですか」
「いや、脈絡なさ過ぎ」
「先輩からはずっと、優しくて強い匂いがしている…。それを嗅ぐだけで、我慢できなくなってしまうんです」
すんっと鼻を寄せ、先輩の首筋に顔を埋める。

「…たんじろは、キスしたことあるの?」
「ありません」
「やり方、知ってんの?」
「…そのくらい、知っています!」
「ふぅん」

琥珀の瞳が、くらりと揺れた。
とすん。
何があったのか分からないうちに、体がベッドの上へと押し倒される。

「えっ…」
見上げた先。
先輩の綺麗な顔が、近づいてくる。
そう思った瞬間。

ふわりとした柔らかなものが、唇に重ねられた。

ー…先輩!?…キス、してる…!!

ぶわりと顔が赤くなる。
その瞬間、ぬるりとしたものが、俺の唇を舐めていく。

ー…先輩の、舌っ…!!

ぶわわわわと上がっていく体温が抑えきれない。
俺の頬を両手でくるむようにして、先輩が俺にキスをしている。

俺の唇を舐めていた舌が、歯列を割る。
なされるがままに口を開けると、くちゅりと言う音と共に、甘い舌が俺の舌に絡んでくる。
その舌の温かさを味わったと思った瞬間、先輩が唇を離す。

「…名前…、呼んで。…先輩じゃなくて、俺の名前、呼んで…。炭治郎…」
鼻に掛かったような甘い声。
聞いたこともないような先輩の声。
蕩けそうな色香を纏った先輩が、俺の体の上で俺を見つめる。

「…ぜ、善逸っ…!」
思わず体を抱きしめる。

「炭治郎、…炭治郎っ…!」
掠れたような熱い声が俺の名前を呼び続ける。
「善逸っ…!好きだ、好きだっ…!」
熱に浮かされたように叫ぶ。
先輩の唇が俺の頬に触れ、首筋に触れ、そして唇に触れた。
啄むような口付けのあと、ぬちゅりと舌が挿し込まれる。

無我夢中でその舌に吸い付いた。
歯列をなぞり、上顎の内側を舐めながら、頬の柔肉を刺激する。
先輩の舌がまるで意思を持った生き物であるかのように俺の口内で蠢いていく。
溢れそうになっている唾液をちゅくりと吸い上げ、嚥下する。
先輩の喉が上下する音が間近で響き、俺の情欲を煽り立てた。
先輩の腕が俺の背中を這い、そして頭を撫でていく。
くしゃくしゃとしているようなのに、まるで慈しむかのように白い指先が頭皮を刺激する。
その間にもずっと絡められた舌が熱く熱く俺を満たした。

はぁっ…、と息を吐きながら先輩が唇を離せば、ぷつりと切れた唾液が弾け、先輩の口の端に飛沫を飛ばした。
赤い舌がその飛沫を追うように舐め取っていく。
それからゆっくりと体を沈ませ、濡れた俺の唇を拭うように、やんわりと擽るような舌が這っていった。


「…ぜん、いつっ…!」
手を伸ばすと、先輩がくすりと笑う。

「我妻先輩、でしょ。たんじろ」
「どうして…!」
「もう終わったから」
「…また、したい…」
「だぁめ」
「なんで!」
「たんじろが、まだまだお子様だからかなぁ」
先輩の瞳が、遠い何処かを見つめていた。

「…我妻、先輩」
「はい、なんでしょう」
「…誰かとこういうキス、したことあるんですか」
「ないよ。初めて」
「…初めてで、あんなっ…!」
「だって俺、大人だからさぁ」
「1つしか違いません!」
「そう言うこと言ってる間はお子様だろ」
先輩の手が俺の頭をかき撫でる。

「たんじろが可愛いこと言うからさ。…それでちょっと、そういう気になっただけ。…でももうしない」
「駄目です!俺はしたい!キスだって、その先だって…!」
「…あぁ。トイレならそこだよ」
「…先輩…!」
「流石にそこまでは面倒見切れないしなぁ。辛いんだろ?行ってこいよ」
ほれほれと追い払うような仕草をされてしまう。

「…先輩は、俺のこと好きですか」
「好きだよ。大好き。たんじろも、禰豆子ちゃんも。みーんな大好き」
「俺も先輩のこと、大好きです。愛しています。…だから、したいです」
「駄目だよ。たんじろ。それは駄目」
「…どうしてっ…!」
「たんじろが、子どもだから」
寂しそうな匂いで、先輩が儚げに笑う。

「…どうしたら、俺が大人になったって認めてくれますか」
「…たんじろが、25になったら。…かなぁ」
「あと7年も先じゃないですか…!」
「待てないなら、他を探せば良いんだぜ」
「俺は先輩しか抱きたくないんです!」
「だからなんで、たんじろの中では俺が抱かれる側って決まってるのよ」
拗ねたように、先輩が俺を見上げる。

「俺は今すぐしたいんです!」
「だぁめ」
「…俺が25になったら、先輩のこと抱かせてくれるんですか」
「たんじろが、25になっても俺のことを求めてくれるんならね」
「絶対に抱きます」
「…良いよ。たんじろが25になったら。それでもまだ俺のことを好きでいてくれるんだったら。…そのときは、たんじろがしたいこと、なんだってしてもいいよ…」
何処か遠い場所を見つめているような先輩の瞳を見つめて、何故か泣きたい気持ちが込み上げる。


「…俺、絶対に忘れませんから」
「良いよ」
「約束、しましたから」
「うん」
先輩の手を握る。
その手のひらに唇を寄せる。
「…絶対に、先輩のことは手放しませんから」
「…うん…」

泣きたくなるほど切ない気持ちが込み上げてきて、俺はずっとそれを堪えるのに必死だった。


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