鬼滅の刃

□大丈夫、俺が面倒見てやるからな炭治郎!
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「良いよ。俺がそうしたら…。…だったら、炭治郎の傍にいても良い…?」
「…は…?」
思わず見やると、泣いたままの善逸がこてんと小首を傾げてこちらを見ている。

「ちゃんと聞いていたのか。…こんな無防備に善逸を曝け出されてしまえば、俺が耐えられなくなる。…この手が治ったとき、無体を強いてしまいかねない。…無理矢理押さえつけて、その体を蹂躙してしまうかもしれないと、そう言っているんだ」
「…うん…」
ぽかんとした顔で、くすんとしゃくり上げている。

「…だからっ…!俺は善逸に欲情している!ずっと前から好きだったんだ!肉欲的な意味で!善逸のことを見ている!だから離れてくれ…!善逸を陵辱して、泣かせたくはないんだ…!」
そう叫ぶと、善逸が手のひらで涙の痕を拭っていく。




「炭治郎、…俺のこと、好きなの…?」
「先刻からずっと、そう言っている…!」
「…本気で…?」
「最初からずっと本気だ。…最初に共同任務をこなしたあの時から、善逸のことを愛している。…あの頃からずっと、好きなんだ」
「本当に…?」
「善逸なら音で分かるんだろう。何故信用してくれない」
「信用できないって言うか、信用してないって言うか…」
善逸が、うぅんと唸る。

「俺さぁ、耳は良いのよ」
「…知っているが」
「うん。人の感情も、聞き取れるくらいにね」
「だから、俺の情欲の音も、恋慕の音も、聞き取ることは出来るだろう?」
「だって、今まで全然そんな音してなかったじゃんか」
「そんなはずはない。俺には自分の音は分からないが、最初から好きだったことに間違いは無い。俺からはずっと、好意の音が鳴り響いていたはずだ」
「いや、好意の音って言うか…。あれ、本当に自覚無かったの?」
困惑した匂いが揺蕩う。

「自覚って、どういう意味なんだ?」
「うーん。…なんて言えば良いのかな。…炭治郎からはいつも、そのとき目の前にいる相手に対して好意の音がしてたぜ」
「え?」
「誰と会っているときでも、炭治郎はいつだって好意の音を響かせてたもの。炭治郎は皆から愛されていて、皆のことを愛しているんだなぁって思ってたんだよ」
「それでも、善逸に対しては特別だったはずだ。長い間、懸想し続けていたんだから」
「そう思い込んでいるだけなんじゃなくて?」
「…善逸。俺の気持ちは俺が一番分かっているんだ。善逸のことだけは特別に想っていた。…せめてそれだけは信じて欲しい」
「…そう言われてもさぁ…」
「誰彼構わず好意の音を響かせるわけはないだろう。…善逸だけだ」
「うーん。…炭治郎が会っていた人達はさ。俺の知らない人もたくさんいたし、知っている人もいたけど。すべからく好意の音させてたぜ、お前。炭治郎には嫌いな奴なんていないんだろうなぁって、ずっとそう思ってた」
「そんな、ことは…」
「…じゃあさ。誰のことが嫌い?…俺が知っている人で。炭治郎が会っているとき、俺も会っている人で」
そう言われて、しばらく思案する。
許せないと思うのは無惨だ。
俺の家族を殺し、禰豆子を鬼にした。
だが、善逸は無惨と遭遇したときの俺を知らない。

「…特に、思い出せない…」
「でしょ。…炭治郎は良い奴だからさ。皆から愛されていて、皆のことを愛しているのよ」
「そんなこともないが。…善逸のことは、本当に好きなんだ」
それを告げると、善逸が切なそうに笑みを浮かべる。

「…うん。…俺はね、炭治郎のことが好き。…大好き」
「…善逸…?」
匂いを手繰ろうと思っても、寂しさと切なさと心細さの匂いだけしか嗅ぎ取れない。

「だからさぁ。これだけ誰にでも好意を振りまいてる炭治郎なら、俺もちょっとくらいおこぼれ貰っても良いのかなぁって思ってたの」
「どういう、意味…」
「俺のことを本当に好きになる人なんていないんだよ。親だって捨てるくらいだしさ。何もないの、俺。それで、炭治郎から聞こえてくる好意の音の欠片だけでも貰えればって思って。…それでずっと満足してたんだ。俺は」
「そんなことはない!俺は、善逸のことが本当に大好きなんだから…!」
「うん。ありがと」
「それだけは疑わないでくれ…!どうして信じてくれないんだ!?」
問い詰めると、琥珀色が遠くを見つめてぼやけた色を紡ぎ出す。

「信じるとか信じないとかじゃなくてさ。ずっとそうだったの。…だから本当に考えたことなんてないんだわ。今も、炭治郎は優しいから、好きだって言葉、誰にでも言ってるんだろうなぁって思ってる」
「…善逸っ…!」
体が震える。
まさか、そんな風に思われていたなんて。
いっそ穢らわしいと罵られる方がましだった。
善逸から薫る、空虚の匂い。
本当にずっと、そうやって生きてきたのだと窺い知れた。

「本当に好きだ。愛している。頼むから信じて欲しい。…俺のことを好きだって言ってくれたのは本当なのか。善逸の匂いは、最初からずっと変わらない。優しくて強くて、甘い匂いなんだ。俺が一番大好きで、ずっと嗅いでいたいと思う匂いなんだ」
「…匂い?そりゃ変わらんでしょうよ。だって一番最初に炭治郎に会ったときから、俺はずっと炭治郎のことを好きなんだもの」
「…一番最初って…、鼓屋敷…?」
呆然と問いかける。

「鼓屋敷?…いや、前にも言ったけど、俺らが一番最初に出会ったのは最終選別だから。そりゃ、炭治郎は俺なんか相手にもしてないってのは気付いてたけど」
「そんなことは…!」
「…え。いや実際、次に会ったときまったく覚えてなかったでしょ。こんな金髪なのに」
「…それは…」
否定できない。
最終選別で出会った人間の中で、俺は善逸の存在をすっかり忘れていたし、認識すらしていなかったことは事実なのだから。

「俺が炭治郎のことを知ったのはね、最初に山に入る前。集合する前からずっと炭治郎の音は聞こえてきてたもの。泣きたくなるほど優しい音。…それを聞いたときから、俺はずっと炭治郎のことが好きなんだよ」
…覚えていない。
あの時の記憶をどれだけ探っても、善逸の匂いも気配も、欠片も記憶の中に残ってはいない。
それをようやく自覚した。

「炭治郎からは強い音がしてたから。だから俺、炭治郎の傍にいたんだぜ。ずっと。…たまに気絶して見失ったりはしてたけどさぁ。それでも必死にずっと、山の中で炭治郎の音ばかり探してた」
何処か遠いところを見ているような瞳で、それでも善逸が俺を見つめる。

「下山したときもずっと後ろにいたんだぜ。まぁ自分が生き残るとは思ってなかったわけだけど」
「…それは…、善逸は強いから…」
「だからその次に炭治郎の音を聞いたときは驚いたんだ。いきなり鬼の音させながら出てくるからさぁ。真っ昼間にあんな開けた場所であんな音させてるから、それで怖くて蹲ってた所に声かけてきてくれたのがあの子だったんだよ」
「…あの、求婚していた…?」
「そう。…誰でも良かったんだ。失礼な話だけど。俺のことを気に掛けてくれて、心配してくれて、嘘でも良いから好意を持ってるって言ってくれる相手なら、本当に誰でも良かった。…最低でしょ、俺」
はぁ、と息をつきながら小さく頭を振っている。

「炭治郎の音と禰豆子ちゃんの音、似てるんだよねぇ。どっちもすごく優しくて綺麗な音なんだ。だから、禰豆子ちゃんを守るとか、庇ったとか、そんなたいしたことじゃないんだ。本当に」
「善逸だけだ。禰豆子を守ってくれて、ただの女の子として接してくれるのは。…それで俺達がどれだけ救われているのか、善逸にも分かって欲しい」
懇願する。

「でもさぁ。炭治郎は俺と再会したとき、俺の存在自体知らないって言ってたじゃん。…だよなぁって。炭治郎みたいに綺麗な音をさせてる人が、俺なんか記憶するわけないよなぁって、あの時思い知らされたの」
「そんなことは…!」
「…実際忘れてたんでしょ?匂いだって自分じゃ分からんし。禰豆子ちゃんを助けたから、それで優しいとか強いとか甘いとか言ってるんだなぁって。…それだけ」
「そうじゃない…!本当に特別なんだ…!」
「今更特別だとか言われても…。ごめん。ちょっと本当にわからんのよ、俺」
本気で戸惑っている匂いが漂う。

「…すまない。だけど本当に好きなんだ。善逸のことを、心から愛しているんだ…!善逸だって、俺のことを好いていると言ってくれただろう!?頼むから信じてくれ!」
「そりゃ、信じたいよ。俺は好きだもの。ずっとずっと。炭治郎よりずっと前から大好き」
「だったら…!」
「だからさ。…炭治郎が両手使えないってとき、炭治郎と仲良くなれる機会かも知れないって思ったの。ここで頑張ればさ、ちょっとは俺のこと、好きになってくれないかなぁって。…下心満載だったの、俺は」
「…そういうのは、下心とは言わないだろう…」
「俺にはそうなんだ。…だから、炭治郎が気にするようなことなんか何もない」
「善逸の献身が申し訳なくて、それで俺が好きだと言っていると思っているのか…?」
問いかけるが返事はない。

「…善逸の言いたいことは分かった。それでも俺は何度でも言う。好きだ。一番大好きだ」
「炭治郎がいっとう大事なのは禰豆子ちゃんだ」
「…それはそうだが。…善逸のことも特別に大事に想っているんだ」
「大丈夫だよ。俺も禰豆子ちゃんのこと、特別に大好きだもの」
「…善逸が、俺のことを想ってくれているのなら。…俺と恋仲になって欲しい。生涯を俺と共に過ごして欲しいんだ」
「…だからそれが分からないんだわ。なんで炭治郎がそんなこと考えてるのか」
本気で困惑していることがわかる。

「色々と俺は判断を間違えてしまっていたことは分かった。だけど、本気で考えて欲しいんだ。善逸」
「本当に、考えたことなかったからなぁ。ちょっとでも炭治郎と仲良くなれたら良いなって、それだけしか思ってなかったわ」
「だったら…!」
「だって本当に、炭治郎は誰にでも好意の音響かせているんだぞ?それこそ、倒した鬼に対しても。哀しくて、優しい音をさせていた。…ずっと傍で聞いてきたんだから、分かるよ」

「それでも善逸のとこは特別なんだ。…本当に、恋い焦がれてきたんだ」
重ねて言い募ると、善逸が琥珀の瞳を揺らめかせる。

「良いよ。…炭治郎がしたいって言うんなら、…何をしても、良いよ」
「…良いのか…?」
「知ってるだろ。俺は信じたいものだけを信じるの。…炭治郎がそう言うんなら、俺はいくらでも信じるよ」
「…善逸…」
目の前の体を抱きしめる。
すんっと鼻を鳴らせば、甘い匂いが優しく鼻を擽った。

「…たださぁ。俺は弱いんだぜ?そんないきなり抱きたいとか言われても、うまくできるわけないからな?未知の経験なんて怖いに決まってるだろ」
「優しく、する…」
「…炭治郎も、初めてなんだよな?」
「そうだな」
探るように問われ答えると、善逸がしばし思案するような顔をする。

「…そうか。練習!練習してくれば良いんだ!いきなり炭治郎とするなんて無理だもんな!誰か誘ってみるよ」
「はぁ!?」
「いや、こんな俺でもいいからって奴、実は何人かいるんだぜ?珍しい髪の色だからかな。1回だけでも良いから抱かせて欲しいって。この肋を折ったのも実はそれなのよ。任務じゃないの。その帰り。突き飛ばされて押し倒されてのしかかられて、それで折ったの。まぁ、俺も蹴り飛ばしてやったんだけどさぁ。だから多分、言えば誰かは練習させてくれると思う」
「…一寸待て」
「いきなり炭治郎とぶっつけ本番とか無理すぎるだろ?だって俺、炭治郎のことは本当に大好きだしさ。初めてが炭治郎とか、俺の心臓がまろび出てしまうぞ」
「駄目だ!それだけは絶対に駄目だ!!…誰がお前にそんなことをしでかしたんだ…?」
「え?その隊士の名前…?…何でそんなこと聞くのよ。…えっ怖い怖い怖い!!」
「どうして!俺から逃げるんだ!」
「音が!怖いので!!」
ずさりと後ずさる善逸の元へ膝を進める。
そのまま壁まで追い込んで囲い込む。

「絶対に駄目だ!触らせるな!指1本だって許せない!」
「いやいや無理だよ!?いきなり初めてで炭治郎とか、そんなん俺が死んでしまうわ!!」
「どうしてだ!?両想いなんだったら普通のことだろう!?」
「俺はそれだけ炭治郎のことを大好きだから!無理!です!!」
「俺だって愛している!大好きだ!この手が治ったら絶対に抱く!!!だからそれまで誰にも触らせるな!それからも絶対に許さない!未来永劫、俺だけにしてくれ!!」
「ええぇ!?とんでもねぇなお前さ!?」
「それだけ愛しているんだ。…頼むからもう、そこだけは疑って欲しくない」
「わ、…わかった…」
怯えたように震えている体を自身の体で覆うように囲い込む。

「えぇと…。だから結局、炭治郎の手が治るまで、俺が世話していて良いの…?」
「あぁ。頼む。…俺が欲情を隠せなくなるかも知れないが、それで善逸が構わないんなら」
「そりゃ良いけど…。他に何かして欲しいことがあれば言えよ?…俺と炭治郎は恋仲なんだって、信じることにするからさ」
「…だったら…、接吻、したい…」
「…接吻…?…うん、それくらいなら…」
「良いのか!?」
「…俺から、すればいいの…?」
「えっ…」
「えっ。…だって…。違うの…?」
「違わない!善逸から接吻して欲しい!」
「…炭治郎は、俺のこと、好き?」
「好きだ!愛している!」
「…俺だけ、特別…?」
「特別だ!…不安なら、何度でも言う!好きだ!」
「へへっ…。嬉しいねぇ」

ちょん、と触れられた唇の柔らかさに煽られて、そのまま善逸の体を引き倒して深く深く口づけた。


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