鬼滅の刃

□アイドルユニット『雷』
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「くっそ害虫どもがぁぁぁぁぁッ!!!!!」
眩しいほどの明かりに包まれて、彼が登場する。

「男共に用はないんだよッ!帰れ!消えろ!」
蔑んだような声音に、会場中から咆吼のような歓声が上がる。

「嫌ァーッ!会場の9割が男!!女の子は何処なの!?何処に居るの!?ねぇぇ!!!」
彼の視線が会場中を彷徨う。

「…あああ!!いるじゃないいるじゃなァァァいい!!??女の子!俺を見に来てくれたの!?そうだよねそうなんだよねぇぇぇぇぇ!!!ねぇねぇこっちに来てよぉぉ!!あっなんならステージ上にふかふかの椅子をご用意しますよ!マイクもご用意しますよ!カラオケとか興味あるかな!?」
ふにゃふにゃになった体で、数人で来ていたらしい女の子達に声を掛ける。

「…はァ!?なんなのそのうちわ!!『かい♡がく』『抱いて♡』!?なんっでだよぉぉ!!…巫山戯てんじゃねぇぞぉぉ獪岳!!こんな無愛想で口も態度も悪い奴の何処が良いんだよ!今からでも俺にしようよ!!ほら、桃!桃あげるからさァァ!!」
スポットライトが女の子達の上へと注がれる。

「…なんで首を横に振ってんの!?今、「ないわぁ」って言わなかった!?ねぇぇ!!??」
俺の席からでも見える。
いま彼が声を掛けている女の子達はどう見ても獪岳推しだ。
何と言っても服装からしてそうだ。

『獪岳』推しは女の子が多い。
男も多いが、7割が女性だ。
そして獪岳が着ているような、首元まで詰まった黒づくめの衣装を着ていることが多い。
剣士としても一流である獪岳を真似たこのファッションは、今巷で「ソードマンズ」ファッションとして人気になっている。
獪岳ファンも「ソードマンズ」と呼ばれているし、獪岳ファッションもまた「ソードマンズ」だ。
プロデューサーが展開している雷ブランドも好調のようで、そこでは善逸が好む市松模様の服もたくさん新作が発表されている。
俺の今日の服装も、善逸デザインの緑と黒の市松模様だ。

獪岳の代名詞でもあるソードマンズファッションは、良く雑誌でも特集されている。
襟元まである黒い服。
足下まで覆う黒い服。
絶対に露出はしないという強い意思を感じる全身黒づくめ。
そして首元に光る、勾玉のネックレス。
こういう格好をしている人は、まず獪岳推しだ。
街中でもよく見掛けるこの服装は、メンズもレディースも同じような作りになっていることが多い。
それでもその着こなしには多数のバリエーションと派閥がある。
同じ「ソードマンズ」の人同士なら、互いの流派を見間違えることはないと言われている。
足下にも黒い靴下、またはタイツ。
中には黒の脚絆に草履なんて言うお洒落を披露している人もいるくらいだ。
このコンサート会場内でもかなり見掛ける。

モデルとしても活躍している獪岳はファッション誌でも同じような黒を身につけている。
たまに色の入った服や柄のあるものを着ていた時には、SNSがとんでもない騒動になっている。




だが、俺の推しは獪岳ではない。
正直なんとなく嫌いだ。
推しの兄貴でさえなかったら、口を聞くのも嫌だと思う。
なんとなく、生理的に駄目。
そう言う台詞は女の子が言えば可愛いのかも知れないが、俺の獪岳嫌悪はどうやら魂レベルで刻み込まれている。



俺の推し。
世界で一番可愛い人。

それが『善逸』だ。
そもそもアイドルユニット『雷』において、獪岳はほぼ何もしていない。
何もしていないと言うより、何かはしているがアイドルとしての活動はしていない。

こうしてコンサートの時には姿を見せるが、歌も歌わない。
楽器も弾かない。
唯一、後ろでトライアングルを鳴らすことがコンサート中に数回あるかないか。
それもマイクがないところで鳴らしているらしく、観客の耳には一切届かない。
コンサートDVDの特典映像で見ていなければ、そもそも鳴らしていたことさえ誰にも分からなかったに違いない。
ステージ上の箱椅子に座り桃を囓ったり、歌っている善逸の背後で素振りをしたりするくらいで、正直俺には何のためにいるのか存在理由が分からない。
常に仏頂面で、苦虫を噛み潰しているかのような顔をして、大好きな祖父に言われたのでなければ絶対にこんなことはしていないという不機嫌さを隠すことさえしようとしない。

獪岳の役割としてあげられるのは、唯一、善逸が休憩や衣装替えでステージ上から消えるとき、打ち込み台に向かって激しい剣戟を繰り広げることくらいだ。
その圧倒的パフォーマンスを目当てにコンサートに来る人も少なくはない。
だがやはりそれは、アイドルユニットとしての活動範囲とは乖離していると思う。
なのに何故かそれが「クールビューティー」として人気らしい。
全く理解できない。

そして獪岳はほぼほぼ喋らない。
数少ない台詞の9割は、「カス」「消えろ」「知ったことじゃねぇ」「畜生」で埋められている。
そしてそれら全ての台詞は善逸に向けられている。
俺が獪岳のことを嫌う理由の第一位がこれだ。

善逸はカスではない。とても愛くるしい。もう少し明るい所で見てほしい。
消えて貰っては困る。生きていけなくなってしまう。
善逸のことを知らないのなら、速やかにこの世から退場していただきたい。主に善逸の視界から。
畜生に至っては意味が分からない。
何故こんな奴が善逸の傍に居ることを許されているのか。
そこはずっと前から俺の居場所だ。
お前こそが消えろ。
そう思っている。



会場内に激しい前奏が流れる。
これはあれだ。
曲に気付いたファン達が総立ちでライトを振る。

勿論俺は善逸ライトだ。綺麗な金色と黄色を混ぜたような色。
善逸にぴったりの色だと思う。
ちなみに獪岳ライトは黒だ。
灯したところでほとんど光らない黒。
正直意味が分からない。

『宇髄天元、俺はお前を許さない』。
善逸の楽曲の中でも有数の激しい曲が始まる。
雷ユニット総合プロデューサー宇髄天元の名は、こうしてファンの元へと開陳された。
当の本人である宇髄天元は、「派手で良いじゃねぇか」とご満悦らしいので問題はない。

怨嗟と妬みを充分に詰め込んだ激しい曲を、善逸がギターで奏でていく。
ちなみに善逸の歌っている曲はすべて善逸の作詞作曲演奏だ。
ギターのバックで鳴っているドラムもピアノもベースも、すべて善逸が独りで演奏している。
そしてコンサートでは自分が弾く楽器以外の録音を流している。
全く別々に弾いているというそれらの音が、ぴたりと噛み合い素晴らしい曲に仕上がっている。
俺は楽器や歌に詳しくはないけれど、それでも善逸の演奏も楽曲も、全てが桁外れであると言うことは分かる。

ああやって女の子に言い寄ったりして恥をさらしたりしなければ、きっともっと女の子のファンだって増えていくのに違いないのに。
そうは思うが、同時にそんな女の子に欺されて善逸が傷つけられてしまっては嫌だと思う自分がいる。

善逸は人見知りだ。
善逸本人はそう言わないが、獪岳と宇髄天元はそう言っている。
だからコンサートはしても獪岳以外のメンバーはいない。
寂しがり屋でネガティブ思考の善逸を人前に立たせるために、それで獪岳は付き添いポジションとしてユニットを組んでいるらしい。
それでなのかとは思うが、それにしてもあの仏頂面と善逸に対する冷たい物言いにはひたすらに抗議を物申したい。

2曲目は、これも名曲『俺は弱いんだぜ舐めるなよ』だ。
善逸が弱いこと、繊細であること、だから守って欲しいという思いの丈をこれでもかと力強く歌い込んでいる。
この曲の時は鼓の形をしたライトを振ることになっている。
善逸から見えるように力一杯振り上げる。
この光が善逸の視界に届きますように。

3曲目は、これも名曲『勝負で勝ち戦いに負けた』だ。
女の子にもてない切なさを、激しくアップテンポのある楽曲で華麗に歌い上げている。
この曲の時は、茶の入った湯飲みと饅頭が描かれた手拭いを振り回すことになっている。
勿論俺も持っているし、力一杯振り回す。

善逸の声は音域が広い。
高音も低音もよく響く。

楽曲の才能も、作詞作曲の才能も、この歌の魅力に比べることは出来ない。





本当に良かった。
このコンサートに来れて本当に良かった。
心の底からそう実感する。

そもそも善逸の活動範囲は広くない。
TVで流れるのはプロモばかりだし、雑誌の取材なども受けていない。
生の歌番組ですらプロモが流れる。
善逸が人見知りで、知らない人しかいない場所では泣き喚くから。
宇髄天元はそう言っていた。
だから、善逸に限り、宇髄天元が厳選した仕事しか受けてはいけないことになっているのだ。

それに比べれば、獪岳の活動範囲は少しだけ広い。
獪岳が本業だと言い切っている剣士としての仕事。
それはすでに世界レベルだ。
なので、獪岳がいなければコンサートは開催されない。
何故。どうして。善逸さえいればそれで良いのに。
そう思っているのに、当の善逸がそれでよしとしているから堪らない。

確かに獪岳は強い。
剣士として海外でも名を知られている。
ただし弟子などはいない。
本人が、自分はまだまだ修行中の身であると言って弟子は一切とらないからだ。
そしてモデル業の傍ら、インタビューなども多少は受けている。
だが善逸の話は一切しない。
だから善逸推しにとって、獪岳の存在はあまり意味がないしむしろ邪魔なのだ。


そういったわけで、こうしてコンサートで会えるのが、生の善逸に会える唯一の貴重な機会だ。
そのため倍率がとんでもないことになっている。
俺は勿論デビュー曲から推していた。
一目見て心を奪われた。
だからコンサートの度毎回申し込んではいるが、当たったのは今回が始めてだ。

俺は、今日のこの日を本当に楽しみにしていた。
ちなみに妹の禰豆子は外れた。
噂によると、善逸推しの女性はコンサートに当選しないことになっているらしい。
本名で申し込まなければいけないし、入場時の本人確認も徹底している。
だから彼氏の名前で当選したから来ちゃった、みたいなことも出来ない。

だが、雷ユニットにはとある噂がある。
ホームページ上にあるメッセージ画面。
そこへ入ると、いくつかの質問事項が並んでいるのだ。
質問には答えても良いし、答えなくても入力は可能だ。
だが、この質問に全問正解すればコンサートチケットが確実に当選するという噂がある。
俺も試してみたが、まったく意味がわからなかった。

『柱の種類を言えるだけ』
『呼吸の型を言えるだけ』
『12で連想するものは何』

それで床柱、大黒柱など思いつく限り柱の名前を入力してみた。
無呼吸だとか細胞呼吸だとかも入れてみた。
12ヶ月だとか12色だとか思いのまま入れたりもした。
俺にしては頑張って、SNSで情報収集もしてみたのだ。

もしや柱というのは神様の数え方のことではないか、という意見もあって、ネット上がなかなかに賑わったこともある。
それでイザナギ、イザナミなど思いつく限り知恵を絞って入力もした。
だが未だに正解したという人の話は聞いたことがない。

雑誌のインタビューでそのことを聞かれた獪岳が、「知ったことじゃねぇ」と吐き捨てていたことで、どうやらこれは善逸なりの嫌がらせなのだろうと言うことで現在は落ち着いている。
そもそも質問内容にまったく一貫性がない。
男嫌いな善逸がやりそうなことではあった。


熱狂の中3曲目が終わる。
善逸が楽器を置いたと言うことはトークタイムだ。
血肉が踊った。


「…さて、と。そこの男前。お前、今年貰ったバレンタインチョコっていくつだ」
まるで尋問のようだが、善逸はよくこうしたトークを行う。
ファンにとっても嬉しいイベントだが、いつ見てもトークタイムの善逸は不機嫌だ。

「…は、8個です…!」
「いいご身分だな……!!!」
善逸の琥珀の瞳が血走っていく。
分かっているのなら聞かなければ良いのに。
そして善逸が貰っているバレンタインチョコの数はきっと、そんなものではない。
全ての管理を宇髄天元が行っているから、善逸の手元へは届かないというだけの話だ。

「じゃあそこの男前。…お前だよお前。…恋人とかいるんだろ?あははのうふふでデートしてたりするんだろうが…!!」
「いえっ…!恋人はいません…!」
「えっ本当に!?やだなぁ、俺もいないんだよぉぉ!なんだ仲間じゃん!!」
にぱりと笑う笑顔は本当に蒲公英が咲いているみたいでとても綺麗だ。
「あ、あの…!俺、嫁と子どもがいるんで…!浮気はしないっす!」
「…俺アナタとは口利かないんで…」
大きなため息を吐きながら、善逸が反対側を向く。

「なんなんだよ…。巫山戯んなよ…」
ぶつぶつと怨嗟を吐きながら、善逸がステージ上をうろうろしている。
すでにそこに獪岳の姿はない。
注目していなかったから、いつからいなかったのかさえ分からない。
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