鬼滅の刃

□炭治郎との婚約については何時でも解消する準備が出来ている
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「結婚?俺と炭治郎が?婚約すればいいの?」
「あぁ。そうすれば、俺達が同じ部屋で寝泊まりしていても誰にも文句は言われないだろう。俺も善逸も親がいない。つまり互いが家長だ。なら、2人で決めても何ら問題はない」
「炭治郎と婚約したら、同じ部屋で寝ても良いって事?」
「そうだな。勿論、今は形だけだ。婚約中ということにしておけば、煩い奴らも黙らせることが出来る」
それを聞いて、こくりと喉を鳴らす。

「…そうすれば、俺は禰豆子ちゃんと一緒にいても、炭治郎達と同じ部屋で寝起きをしていても許されるってことだよな?」
「勿論だ。だってそうだろう。俺と善逸は婚約中なんだから」
「本当に?炭治郎と同じ蒲団で寝てても怒られたりしない?」
「あぁ。…安心してくれ。本当に結婚するまでは、指一本触れるつもりはない」
だよね。炭治郎は、本当に結婚する相手としか、そういうことはしない。
知ってた。

「よし、乗った!…でもさ、炭治郎は本当にそれで良いのか?好きな人が出来たときに、困るんじゃないか?」
「それは問題ない。だから今、こうして婚約を申し込んでいるところだ。好きな相手はどんな手段を使っても手に入れるつもりでいる。…今の俺は、善逸の言うとおり、禰豆子を人に戻すことが一番大事な使命だ。善逸は禰豆子を守ってくれるし、禰豆子も懐いている。俺は善逸のことが大好きだ。…それを、よく知りもしない奴らに邪魔立てされることが許せない」
「そうだよね。禰豆子ちゃんが1番に決まってる。…じゃあさ、本当に好きな人が出来たらちゃんと言うんだぞ?その時は俺、これが形だけの婚約で、俺達の間には何もないんだって説明してやるからさ」
「それは問題ない。善逸にも、俺と婚約したんだという自覚を持って欲しい。万が一、本当に万が一、他に好きな人が出来たら教えてくれ。…その男に求婚する前に、誰よりも先に、絶対俺に教えてくれ」
「流石にもう名前も知らない奴に求婚したりしねぇわ。…まぁ、結局逃げたかったんだよなぁ。じいちゃんはさ、本音では俺と兄貴を結婚させたいらしかったんだ。俺は良いんだけど、兄貴は俺のこと嫌ってるから断固拒否してるの」
「…そうなのか?」
「俺も兄貴のことは苦手だから、結婚したくもないしね」
「…当然だ。そんな奴のことなんか気にする必要は一切ないぞ!だって善逸はもう、俺と婚約しているんだからな!!」
炭治郎から不穏な音が響いている。
やっぱり炭治郎は優しいよなぁ。
俺なんかのことも、こんな風に気にしてくれる。

「まぁ、兄貴があんなだし、じいちゃんも無理強いはしないだろうしさ。兄貴、じいちゃんには従順なんだけどね。でも俺のことはまず名前で呼ばないし、カスって呼ぶし、桃をぶつけられたりするし。殴られたり蹴られたりはないから、ましな方かな」
「どう聞いてもそれは駄目だろう…!!そんな男が、善逸を幸せに出来るとは思えない」
「それでもじいちゃんが望めば、俺を孕ませるだけのことなら出来るでしょ。兄貴も鬼殺隊で忙しくしてて家にも帰ってないみたいだし、俺は結婚出来て子どもを産んで、じいちゃんが喜ぶ顔を見ることが出来ればそれで良いの」
「そんなのが良いわけないだろう!!善逸を孕ませて良いのは俺だけだ!!」
「でもさ、じいちゃんは喜ぶと思うんだよね」
「…善逸は、本当に桑島さんのことを好きなんだな…?」
「大好きよ」
にぱぁっと笑う。

「…そうか。だが忘れないでくれ。善逸は、俺と婚約をした。…将来の結婚を約束したと言うことなんだ」
「勿論だよ。お前さんが忘れても俺は忘れないよ」
へへっと笑えば炭治郎も笑う。
その顔を見て、思わず俺の顔も緩む。



「兄貴にも教えてやろうかな。きっと驚くぞ」
「…そいつに…。会う予定でもあるのか…?」
「まさか。手紙だよ。鬼殺隊に入ってから結構経つけど、1回も会ったことないしなぁ」
「会う必要もないだろう」
「でもさぁ、…尊敬はしてるんだよね。努力してるの知ってるし」
「俺だって努力して居るぞ!」
「知ってるよ。炭治郎は良くやってる。本当にすごい」
「もし、桑島さんからそう言われたら、善逸はそいつに抱かれるつもりで居るのか…?」
「向こうは嫌がるだろうけどなぁ。じいちゃんが言うのなら抱くくらいはしてくれそう」
「…そんな奴に抱かれて孕んでも善逸は幸せになれない。そういうことは、好きな相手とするから嬉しいんじゃないのか」
「辛辣ぅぅ!俺が今までどれくらい振られて来たのか、知らないんだろお前っ!」
指をさして抗議する。
「俺はもてないんだぞ舐めるなよ!」
「もてているだろう?善逸に言い寄ろうとする輩を撃退するために、俺がどれだけ苦労をしていると思っている。…俺と婚約中だということだけは、これから先もずっと、絶対に、忘れないでくれ」
少しだけ般若の片鱗を覗かせて炭治郎が言う。

「まぁ、そりゃ忘れないわ。なんか言い方引っ掛かるけどな。…でもこれで、俺は思う存分禰豆子ちゃんのお世話を出来ちゃうわけだな?!」
「あぁ、頼む。禰豆子も最近は年齢があやふやになっていて、俺より年上の女性のようになることもあるんだ。流石にそれで、一緒に風呂に入るのは憚られる」
「任せといてくれよ。禰豆子ちゃんは俺が守る!」
「当面、俺と善逸はなるべく合同任務にして貰えるよう話をしてある。…他の隊士は禰豆子のことを知らないからな。怪しまれては困る」
「大丈夫だって。そのためにしのぶさんもこの離れを貸してくれることになったんだろ?ここに寝泊まりするのは俺達の他には伊之助くらいだって話だし、なら安心だろ」
「そうだな」
「心配すんなって。俺も伊之助も、禰豆子ちゃんのことは守るよ」
「…俺たちのためにすまないな」
「俺が頼んだんだぜ?禰豆子ちゃんの傍に居たいって」
とんっと胸を叩く。

これで俺は大手を振って禰豆子ちゃんと炭治郎の傍に居ることが出来る。
それが嬉しい。
禰豆子ちゃんは勿論可愛いし、綺麗な音を聞かせてくれる俺の天女だ。
炭治郎は、泣きたくなるくらい優しい音を聞かせてくれる。
…俺の、いっとう大切な人。


元々は、任務に伴う移動の際、部屋割りで揉めたのが原因だった。
禰豆子ちゃんは炭治郎と同じ部屋でなければいけない。
だけど禰豆子ちゃんがいることは、他の一般隊士には言うことが出来ない。

それなのに、俺が炭治郎と同室になったり続き部屋になったりしていると、あれこれと言い出す輩が湧いて出るのだ。
何も知らない、何の役にも立たない、そんな奴らが賢しらに炭治郎や俺に『ご高説』を垂れ流していく。
曰く、男女7歳にして同衾せず。
曰く、節度を持って接するべき。
曰く、他の隊士にとっても害毒である。

しのぶさんが良しとしていても、後から後から湧いて出てくるそいつらへの対処が面倒になっていたのも確かだ。
しのぶさんには本当に、この件ではたくさん苦労を掛けてしまった。
まぁそれだけの尽力をしてくれたのも、結局は炭治郎と禰豆子ちゃんの為ではあったわけだけど。

あの時の炭治郎可愛かったな。
しのぶさんの顔が近づいて来て、耳元で「炭治郎くんはどうしても善逸くんと同室になりたいんですね」なんて囁かれて、見たことないくらい真っ赤になって照れていた。
まぁ仕方ないよね。
しのぶさん、本当に可愛いもの。顔だけで食っていけそうなくらい。
きっと炭治郎の鼻にも、良い匂いが届いているんだろうな。
花のように甘い、そんな匂いが。
俺だってときめいちゃうくらいだし、炭治郎が惚れたとしてもやむを得ない。
まぁしのぶさんは高嶺の花だし、向こうが炭治郎を選んでくれるかどうかは分からないんだけどさ。

そんなしのぶさんのお陰で、この蝶屋敷の奥にある離れが、俺達の当面の逗留先となっているのだ。
俺は禰豆子ちゃんや炭治郎の傍に居たい。
炭治郎は禰豆子ちゃんの存在を守り抜きたい。
伊之助は、皆が言うには「何も知らない」から、俺か炭治郎のどちらかと一緒でなければならない、らしい。
それでも伊之助は親分だから、俺達のことも守ってくれるつもりでいてくれる。

俺にとってもそれは朗報だった。
炭治郎たちの音を聞いているとよく眠れるし、すっきりとした気持ちになる。
目の下の隈だって消えてなくなるし、なによりとても気持ちが良い。

だからそれを、そんな何も知らない奴らのせいで手放すのだけは嫌だった。
知らない人の音は怖い。
出来れば4人同室で眠りたい。

そしてそれは炭治郎もまた同感だったようで、こうして思い切った提案をしてきてくれたのだ。
嘘が苦手な炭治郎が、まさかこんな大胆な策を思いつくとは思わなかった。
だけど、考えれば考えるほど良い策のように思える。

「食事は部屋で取るだろう。別室になると、皆で一緒にご飯が食べられなくなってしまう。ご飯はみんなで食べるのが美味しいんだろう」
俺が何度も伊之助に言い聞かせてきた台詞だ。
それを今、炭治郎が俺に言い含めるかのように語っている。

「皆でご飯を食べて、皆で一緒に寝る。禰豆子ちゃんや炭治郎や伊之助の音を聞いてると、俺は安心して眠れるのよ。こんなに安眠できるって本当になくてさぁ。別室にされると、遠い部屋になるかもしれないじゃん。そんなの俺が寂しいから嫌だよ」
しのぶさんにもそう言ってごねて、了承して貰った。

悪い意味で、俺は目立つ。
腰まで伸ばされた金の髪。
それを二つに結わえて、ゆるりと垂らしている。
そのせいで、とにかく人目を引いてしまう。
短くしても良いんだけれど、それだと女であることさえ分からなくなる。
それでなんとなくその気になれないまま伸ばし続けてきた。
黒い隊服。
筋肉に覆われた体。
足だって太いし、尻だって太い。
自分が女なのだと思わせてくれるのは、もうこの髪しかないのだ。


だけどそうすると、炭治郎達と同じ部屋で眠ることが難しい。
兄弟だの親戚だのでは通用せず、そうすると、年頃の娘が男と同室になるなどふしだらな、と何故か知らない奴らに責められる。
炭治郎に向かってまで、遊び人だとか女を連れ込んでるだとか言う奴もいて、相当に辟易していたのだ。



「ならいっそ、婚約者という扱いにしてしまえば良い」
最初にそう言い出したのは炭治郎だった。

「初めて会ったときも、道端で結婚したいと喚いていただろう」
「いや、俺らの初対面は最終選別だからな?お前の記憶力の問題だからな?」
「…そうだな。禰豆子にも良くして貰ったし、禰豆子も懐いている。これから先、善逸ほど禰豆子を慈しんでくれる女性が現れるとは思えない。俺もどれだけ善逸に救って貰ったか分からないし、善逸のことを愛している。…だから俺と婚約しよう、善逸」
「俺が禰豆子ちゃんのお姉さん!?何それ天国なの!?」
「禰豆子も善逸と一緒に遊ぶのが好きみたいだからな。俺だけだと禰豆子を風呂にも入れてやれない。だが、善逸なら姉妹と言うことで頼むことが出来る」
「禰豆子ちゃんとお風呂!最高じゃない!」
手を叩き喜んだ。
炭治郎も俺も、禰豆子ちゃんのことしか考えていない。
その禰豆子ちゃんのお陰で、俺は望外の幸せを得ることが出来たのだ。
本当に禰豆子ちゃんは天女様だ。
こっそり拝んでしまう。


「まぁ、禰豆子ちゃんが人に戻って、鬼の首魁を倒せばさぁ。任務もなくなるし、禰豆子ちゃんは幸せになるよな。…そうなったら、婚約って事じゃなくなるんだよな…?」
「そうだな」
確認のために問えば、炭治郎から楽しそうな音が響く。

禰豆子ちゃんを人に戻す。
それまでの、期間限定の婚約。
そうしてその先にある、兄妹が幸せに暮らす日々。
もしかしたらその頃には、炭治郎が心に決めた女性が隣にいるのかもしれない。
この兄妹はずっと苦労をしてきた。
だからきっと、そこから先は 無上の喜びに満ちた幸せが待っているに違いないのだ。
そうなったときに、俺はもう要らない。
無用の長物だ。

「そうそう。禰豆子ちゃんだけじゃなく、お前も幸せにならなきゃだもんな、炭治郎」
てらいもなく笑えば、また炭治郎から幸せそうな音が聞こえてきた。




男女7歳にして同衾せず。
でも夫婦なら同衾するのが普通だ。
炭治郎がまだ若いから、それで結婚できないだけ。
だから婚約という形に整える。
それだけで黙らせることが出来る奴らが大勢居る。

勿論嘘の関係だから、一緒の蒲団で寝るだけでしかないけれども、それだけで俺は充分に幸せだ。
偽りでも良い。
禰豆子ちゃんの為だから、仕方なくの関係だとしても。
大丈夫。
炭治郎に本当に好きな人が出来たら、いつだって解消できる。
これは偽りの関係で、俺と炭治郎の間には何もないんだってちゃんと説明できる。



だから、せめてそれまでは。
…炭治郎の傍に居たい。
あの音を、近くで聞いていたい。

思いがけず婚約だとかそんな話になってしまったけれど、俺だってまさか本当にそうなるとは思っていない。
それを盾にして、禰豆子ちゃんのお兄ちゃんに結婚を迫って困らせたりなんか絶対にしない。
一時だけの想い出で良い。

この想い出をよすがに、俺はきっと生涯幸せに生きていける。
にへらと笑うと、炭治郎もまた笑う。
その笑顔を見るだけで、俺は本当に幸せになれるのだから。
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