鬼滅の刃

□炭治郎への贈り物
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「そう。何が良いかなぁと思って。ずっと探してるんです。でも炭治郎、勧められたら食べるけど、そうじゃ無かったら甘いものもそんなに食べてないし。飾り…とかは、あの耳飾りがあるし。それで悩んでるんですよ。何が良いと思います?村田さん」
「お前が竈門の膝を跨いで座ってやれば良いんじゃね。首に腕でも回してさ」
「嫌がらせですかそれ」
「なら、お前から接吻でもしてやればどうだ?竈門はきっと喜ぶぞ」
「んなわきゃないでしょうが。俺は真面目に考えてるの」
「俺だって真面目に答えてるぞ?そんなに悩むんならもう接吻してやれ、接吻」
「もういい。村田さんには聞かねぇ」
ぷいっとそっぽを向く
こちらは真剣に相談しているのに、村田さんたら冷たい。

まぁ確かに、もう1週間は同じ事を言い続けている自覚はある。
だからってこんなおざなりに適当な回答するなんて、村田さんだって悪いと思うんだよね。
呆れたような村田さんを放って屋敷の中を練り歩く。

どうしよう。
何が良いだろう。
少しでも記憶に残るもの。
出来れば気に入って貰えるもの。

そんなことをつらつらと考えていたとき、耳に馴染んだ音が聞こえてきた。

「おーい善逸。竈門への贈り物に悩んでるんだって?良いもの持ってきてやったぞ」
にやにやと笑う色男。
本人は派手なくせに、むしろ音は静かな人。
音が静かなんだから、普段の言動も控えめにしておきゃ良いんだよこの人。
ただでさえ見た目が派手なんだからさぁ。
あ、なんかむかついてきた。
そう思って、手渡されたものを見やる。

「宇髄さん。…なんすかこれ」
「通和散」
「…馬鹿かよ。馬鹿を司る柱なのかよ知ってたけどな!」
「なんだ。お前はこれが何するものか知ってたのか?」
「花街育ち舐めてんじゃねぇぞ?最大限にくだらんわ」
「そうか。なら、これは俺から竈門へ贈ろう」
「頭の中におがくずでも詰まってるんです?ハァーッ、これだから脳筋は!!」
「試しに竈門に渡してみろよ。これ使って俺のこと好きにしてって言えば、あいつだって喜ぶぞ」
「そこで切腹でもしてろ」

相手にするのも馬鹿馬鹿しい。
手渡された小瓶を押し返し、そのままあてもなく練り歩く。

どうしよう。
本当にどうしよう。
もう時間がないかもしれないのに。




炭治郎はようやく本懐を遂げた。
禰豆子ちゃんを人に戻し、鬼の首魁を倒した。
あの壮絶な戦いの中、無惨に止めを刺したのは間違いなく炭治郎だ。
その時に負わされた傷もようやく癒え、以前のように動けるようになってきた。
そうすると、色んな人が色んなものを持って炭治郎を見舞いに訪れる。

それを見て思ったのだ。
俺だって、炭治郎には感謝している。
何か、贈り物でもできたら、と。

鬼殺隊も、解散はしないが規模は縮小すると聞いた。
俺みたいに弱い隊士なんて、真っ先にお払い箱だ。

炭治郎はきっと家に帰るのだろう。
禰豆子ちゃんと手を繋いで。

だとすれば、こうして会える時間も残り僅かだ。
だったらせめて、世話になった礼と、ありったけの感謝を込めて何かを贈りたい。
出来れば、心の片隅でも良いから俺のことを忘れないでいて欲しい。
僅かにでも俺を思い出す縁(よすが)にしてもらえるようなものを、炭治郎に贈りたい。

だけど何も思いつかないんだ。
だってあいつは、何かを欲しがったりしない。
ただ、奪われた安寧を取り戻したいだけ。
禰豆子ちゃんを元に戻したいだけ。
元々持っていたものを、その手の中に取り戻したいだけ。
持っていたもの以上に欲しがる素振りなど見たことがない。

かといって、菓子や茶など、すぐに無くなってしまうものは俺が嫌だ。
でも、じゃあ何が良いのかと頭を巡らせても思いつくものがない。

俺は今まで家族なんてものがいたことはないから、家へと戻る炭治郎が欲しがっているものが分からない。
そもそも炭治郎は何も欲しがってはいない。

禰豆子ちゃんを元に戻せた。
だから、戦いの後処理が落ち着いたら家に帰る。
それだけなのだ。

そこに、微かな縁(よすが)を結びたい。
そう思っているのに、何を贈れば覚えていてもらえるのか、俺には検討もつかない。


「何か欲しいものはないですか」
そう問われている声もたくさん聞いた。
その度に耳を澄ませた。
それでも炭治郎はその都度、「会いに来て貰えただけで嬉しいです」。
「あなたが元気にしていてくれて、とても嬉しいです」。
そんなことばかり答えている。

その人達とはきっと深い交流があったのだろう。
炭治郎から聞こえる音も、穏やかで嬉しそうに弾んでいる。
決して口先だけの言葉ではないとわかるんだ。

俺は最終決戦の間も炭治郎の傍にいたし、その後は一緒に蝶屋敷で静養した。
だから、態々会いに来てくれる、という喜びをあげることができない。
そもそも離れていたとして、久しぶりに俺の顔を見て炭治郎が嬉しがるとも思えない。
元気でいてくれて、というのも俺には無理そうだ。
結構残るような傷も負ったし、炭治郎とは最終決戦のあの時、同じ場所で戦い続けていた。
俺が元気でないことくらい、炭治郎にはわかっている。



禰豆子ちゃんに贈るものならいくらでも思いつくのに。

可愛い簪。
綺麗な帯締め。
柔らかくて結びやすい帯。
既に購入したそれらの品々は、疾っくに禰豆子ちゃんに渡している。
鬼だった間の記憶はぼんやりしているみたいで、禰豆子ちゃんは知らないお嬢さんであるかのように俺に対して御礼を言ってくれた。

清楚で芯があって凜としていて、とても綺麗な音を響かせている女の子。
禰豆子ちゃんが自我を取り戻したことが、俺にとってもかけがえのない喜びだ。


でも。
だけど。
炭治郎の喜びそうなものは、本当に何一つ思いつかないんだ。
きっと、あと少しで行ってしまうと思うのに。
家へ戻ってしまうと思うのに。

あの決戦の後、炭治郎はしばらく寝込んでいた。
意識がない間は当然話も出来なかったし、見舞いに行っては俺が勝手に喋りかけるだけで終わった。
炭治郎の意識が戻れば、看護のアオイちゃんやすみちゃん達が周りを固めた。

柱の皆さんを初めとして怪我人は膨大だったから、比較的怪我の浅かった俺はずっと蝶屋敷の別宅で治療を受けていた。

そうしてようやく戻ってみれば、炭治郎の周りには人が溢れかえっていて近寄ることさえ出来やしない。
炭治郎が元気になって嬉しい。
禰豆子ちゃんが人に戻って嬉しい。
そうした歓喜に包まれて、あの兄妹はいつ見ても忙しそうだった。


知らない人達に囲まれて、楽しそうに笑っている炭治郎には近寄れない。
仲の良い人達同士で話が盛り上がっているところに乱入できるほどには図太くもない。

引きも切らず訪れる人達の隙間を縫って、たまに得た炭治郎の休息時間を邪魔することも出来ない。
それでそのまま何となく、炭治郎とは話をすることすら出来ていないままだった。

その間にも、見舞客達が見舞いの品、祝いの品を持ってひっきりなしに炭治郎の元を訪れる。
本。
万年筆。
刀鍛冶の人が作った、切れ味の良さそうな手斧。包丁。数々の大工道具。
暖かそうな綿入れ。
魚の干物。
乾燥させた珍しい果物。
日持ちのする菓子。

炭治郎への贈り物で、溢れそうになっている部屋。
こんなところに何を置いても、霞んで消えてしまう。

じわりと涙が浮かぶ。
何かをしたいのに、何も出来ない。
あまりにも悩みすぎて、頭がぐちゃぐちゃになってしまう。

村田さんだって困らせたことは分かっている。
最初は色々と提案してくれていたのに、「それはもう貰ってた」「それはあの人が持ってくるって言っていた」なんて言い続けた。

「何か、俺のこと覚えていて貰えそうなものが良いんだけど」
そう言うと、呆れたような音を立てて「竈門がお前を忘れるとかあり得ないだろ」って言ってくれた。
でも村田さんは知らないから。
俺ほど聞こえる耳を持った人は他にいないから。

だから村田さんは、どれだけの人達が好意の音を響かせながら炭治郎の元を訪れているかを知らない。
沢山の人達が、色々なものを贈っていることを知らない。
俺は、炭治郎が何時ここを立つのかさえ知らないのに、炭治郎は着実に回復し、多くの人達と親交を深め、そうして家へと帰る準備をしている。


何が良いんだろう。
何も思い浮かばない。
そうして日々を無為に過ごしていた。




そんな俺を見かねたのか、しのぶさんがある日、別宅の鍵を貸してくれた。
「こちらはもう、誰も入院していませんので。今は無人なんです」
そう言って微笑む綺麗な笑顔。
今のしのぶさんからはもう、たまに聞こえてきていたあの怖い音は聞こえない。

「ここでゆっくり炭治郎くんと話をしてきてくださいね。そうして思う存分炭治郎くんの音を聞いてください」
そんなことを言われて首を傾げた。

「炭治郎くんも、たくさん人と会って疲れているようです。だから少し、静かに過ごして貰おうと思いまして」
「はぁ…。だったら炭治郎1人の方が良いんじゃないんです?それか、禰豆子ちゃんと2人とか」
「いいえ。きっと炭治郎くんは、善逸くんと2人の方が喜びますから」
「いや、それはないでしょ。何でですか」
「一応炭治郎くんにも声を掛けて、意向を聞いてみますね」
にこりと笑んで、しのぶさんが優しい音で去って行く。
残された俺の手の中で、渡された鍵がちりんと鳴った。



「別宅に泊るのか?善逸と俺が2人きりで?」
案の定、しのぶさんに呼ばれてきた炭治郎が瞳を丸くする。
思えば炭治郎と会うのも久しぶりだ。
俺はずっと一方的に炭治郎の声や音を聞いていたけど、それとこれとは全然違うってことを実感する。
やっぱり目の前で聞くこの音が、俺はいっとう大好きだ。

「お前が1人の方が良いって言うんなら、1人で使えば良いと思うぞ。あ、禰豆子ちゃんと2人でも良いけどな」
「…出来れば、善逸と二人っきりの方が良いのだが」
「あぁそう?炭治郎疲れてるもんな。俺がいたら騒々しいかもしれんけどさぁ」
「そんなことはないぞ。善逸と過ごせて嬉しい」
「なら、伊之助も誘うか?」
「いや…、出来れば2人きりが良いんだ。ずっと、善逸と2人でゆっくり話をしたかったから」
そんなことを言われたら、泊まりに行くしかないだろ。
あのお日様みたいな笑顔で笑うから、つられて俺まで笑ってしまった。
まぁ、俺だって、雑用程度の役には立つもんな。
伊達に奉公先を転々としてきたわけじゃないんだし。

それになんかわからないけど、炭治郎も嬉しそうな音をさせている。
いくら炭治郎とはいえ、あれだけの人に囲まれて過ごすのはしんどかったのかもしれない。
ここで静かに一晩過ごせるというのは、炭治郎にとってもきっと良いことなんだろう。
それに俺が炭治郎に何をあげれば喜ばれるのか、知ることができる切っ掛けになるかもしれないし。

そんなわけで、蝶屋敷で夕餉を取り、別宅へと向かった。
風呂は沸かしてあるから向こうで入れと言われている。
だから風呂へは入らないままだ。
確かに今は蝶屋敷もごったがえしているし、風呂も混雑している。
こういう配慮が出来るんだから、やっぱりしのぶさんはすごいよなぁ。

渡された鍵で別宅の鍵をがちゃりと開ければ、炭治郎から緊張したような音が響いた。
確かに炭治郎、ここに来るのは初めてだろうしな。
俺は本当についこの間まで、この別宅で治療していた。
だから炭治郎に、別宅を案内して回る。

「ここが厨、こっちが風呂。厠はあっちな」
引っ張り回しているだけなのに、炭治郎からは楽しそうな音が聞こえてくる。
泣きたくなるほど優しい音。
あれだけのことがあったのに、炭治郎のこの音は最初に会った時からちっとも変わらない。
それが嬉しくて堪らなかった。


そうして別宅中を探検し、ようやく居室とする予定となっている部屋の障子を開けたときだった。
卓の上へ置いてある白い紙が目に入る。
それを最初に見つけた俺が取り上げ、表に書かれている文字を読む。

『炭治郎くんへ』
そう書かれた文。
これはしのぶさんの文字だろうか。
いや違うな。
そういや見たことあるわ。
須磨さんだ。
流麗な女性文字が、上品な紙の上に綴られている。

「炭治郎宛みたいだな」
「…誰の字だろう。見覚えはないんだが」
「多分須磨さんだわ。綺麗な字を書くよなぁ」

手渡してやった文を読み進めるたび、炭治郎の音が激しさを増す。
ぶちりと切れる音になったり、激しく燃える音になったり、目まぐるしく音が変化する。
「なんて書いてあったんだ?」
「…いや、これは善逸は見なくて良いものだから…」
「そんなにせんでも、人様宛の文を読んだりはせんよ」
慌てて文を袂にしまい込む炭治郎を見て、揶揄するようにそう言った。

「んで、風呂はどうする?こっちの風呂は狭いから、順番で入ろうぜ。折角だから一番風呂入って来いよ」
「善逸が先に入ってくれ。…俺は、その後の方が良いんだ」
「なんでよ?一番風呂の方が気持ち良いのにさ」
「善逸の後が良いんだ」
「…あぁ、そうなの?」
たまに炭治郎はこういう謎の理論を展開する。
仕方ないから、羽織を衣紋掛けに掛けて、隊服の上下を脱いで畳む。

「何故ここで脱ぐんだ!?」
「え、だって風呂上がりの荷物になるから。良いじゃん。2人しかいないんだし」
「2人しかいないから駄目なんだ!!」
「あとシャツだけなのに」
「良いから!早く入ってきてくれ!!」
どんっと背中を押されて廊下へとまろび出る。

酷い。
あとシャツだけだったのに追い出されてしまった。
俺と一緒が良いとか言っておいてこれかよ。
本当にとんでもねぇ炭治郎だな。
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