鬼滅の刃

□大正コソコソ内緒話
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「…我妻。ここ。ついてる」
とんとん、と村田は自身の首筋を指で差す。

「…見えるか見えねぇかぎりぎりのとこ」
「あー…。昨夜のか…」
善逸が深いため息を吐く。

「ていうか、村田さんもここ。…あんまり目立たないけど」
村田の手首をちょんちょんと突いて、善逸が眉をへにょりと下げる。

「…あいつ。痕つけんなってあれだけ言ってんのに」
村田もため息を吐き、2人で顔を見合わせてからまたはあぁっと息を大きく吐き出した。




「まぁ人に聞かれたら、いつもみたいに任務でついたって言えば良いだけなんだけどさぁ」
「でもお前、しょっちゅう痕つけられてるぜ?もっとはっきり言った方が良いんじゃないの」
「滅茶苦茶言ってるからね俺は!?あいつが聞かないんだよあいつが…!!」
善逸がぎりぎりと歯を噛みしめる。

「あー…。態とだろうしなぁ。いつものことだけど、見えるか見えないかぎりぎりのところに痕をつけるの上手いよな。ちらりと覗く吸い痕で、他の奴らを牽制してるつもりなんだろ」
「あいつ以外に誰が俺に懸想するって言うんだよ…!」
「…結構もててるぞ、お前。相手は男ばっかだけどな」
「何だよそれ!!イヤアァァァァァァァ!!!!!」
高音の悲鳴が響き渡り、村田は思わず「しいっ!」と善逸の唇に人差し指を押し当てる。

「…と、ごめん。匂いついちゃったら、またお前が何か言われるんじゃないか?」
「村田さんは大丈夫。あと伊之助も」
「えっそうなの?…結構俺、竈門に警戒されてたと思ったんだけど」
「ほら。あいつ鼻が利くから」
「それで分かるもんなのか?」
「…村田さんからはいつも、冨岡さんの匂いがしてるって言ってた」
「…それって…」
「はっきりとは言わないけど、多分ばれてる」
「…あっちゃぁ…」
顔を覆いながら、村田は天を仰いだ。

「最初は距離が近いとか触らせるなとか言ってたけどさぁ。今はもう、村田さんの匂いが付いてても何も言わないの。だから村田さん、これからも俺と仲良くしてくれよぉ!俺にはもう村田さんしかいないんだ…!」
「それは俺だって同じだよ。あいつ、気配に聡いから…。やっぱり我妻相手だと何も言わないけど」
「…柱、だもんねぇ…。そりゃ聡いわ…。村田さん、むしろ良くぞご無事でって思うもの」
「だよなぁ…。なんであいつ、柱なのに俺が良いんだろ…」
「俺も村田さん大好きよ?」
「はいはい、ありがとな。…それ絶対竈門の前では言うなよ。俺が酷い目に遭うから」
「大丈夫だよ。最初は炭治郎も気付いてなかったっぽいけど。『村田さんからはいつも義勇さんの匂いがする。義勇さんだと思って探してみたら村田さんが居るんだ。何故だろうか』って不思議そうに首を傾げてたわ」
「…結構最初からばれてたってことか」
「あの、蜘蛛の後かなぁ。ほら、蝶屋敷に村田さんが来て、お見舞いしてくれたとき?あの時は俺も村田さんのこと知らなかったけどさ。炭治郎がずっとぶつぶつ気にしてた。『義勇さんの匂いがしたのに、どうして村田さんだったんだろう』って」
「…あの前の晩が散々だったんだよ。あいつ気遣いとか人の心の機微とか無頓着だからな」
「あーそんな感じ。…つか村田さん。なんであんな人が良いのさ。無駄に男前だし、会話は成立しないし。もし生まれ変わったとしても、何時も竹刀抱えて理不尽に人のこと殴ってそうな人じゃん」
「…いや、流石にそこまでは…って。…ないとは断言できないな…」
しみじみと思考の沼に沈む村田を見て、善逸が呆れたように唇を尖らせる。

「なーんか、俺あの人のこと好きになれないような感じがする。俺のこと金髪だからって勝手に目の敵にして殴ってきそうな気がするんだもの」
「あいつ、一旦思い込むとしつこいからなぁ」
村田がしみじみ黙りこくる。

「…まだ村田さん時間大丈夫でしょ?お茶と饅頭持ってくるわ」
「厨から無断で持ってくるのは駄目だぞ?」
「大丈夫だよ。今厨の戸棚に入ってるの、俺が今朝買ってきた饅頭だからね」
くふっと笑って部屋を出て行く善逸の背中を見送る。






…あいつも、随分雰囲気変わったよなぁ…。
…柔らかくなったというか、色気が増したと言うか。
…いつも何処かに吸い痕つけられてるから、それでも敢えて押し通して行こうなんて奴も早々いないと思うけど。

…竈門もなぁ…。
…まさかあそこまでとは思わなかったよ。
村田は心の中で独りごちる。

彼らは村田の後輩ではあるが、めきめきと頭角を現し着実に階級を上げている。
上弦との戦いを経験し、そして生き残った。
竈門に我妻に嘴平。
複数の柱とも懇意にしており、お館さまの覚えもめでたい。
鬼殺隊の中でも有名なのだ。
手を出してはいけない連中として。

それなのにたった1回同じ任務をこなしたと言うだけで、何故か自分に懐いてくれている。
そのことが純粋に嬉しい。


それだけではない。
誰にも言えないような、本来なら全てを胸の裡に抱え込み墓場まで持って行かなければならなかったような話を、こうして共にすることが出来る。
こんな話が出来るのは我妻限定ではあるが、それが本当に村田の心を軽くして救ってくれる。

我妻は耳が良いから、こっそり立ち聞きしているような奴がいるときには教えてくれる。
他の誰かにばれたら腹を切ろうかとまで思い詰めている自分には、その存在が本当にありがたい。
ほぅっと息をつきながら、温かい陽の光に思いを馳せる。





村田がこうなったのは、あの任務の後からだ。
だけど思い起こせば、その前から兆候はあった。
声を掛けてくれる訳ではないが、遠くからふっと視線を感じて振り返ればそこには常に冨岡義勇の姿があった。

同期。
柱。
自分とは次元の違う存在。
ずっとそう思っていた。
きっと向こうは俺の名前さえ知らないだろうと、そう。

そしてあの蜘蛛の山。
たくさんの隊士を失ったあの山に、柱として討伐に訪れた水柱。

蟲柱が微笑みながら告げてきた。
『冨岡さんはずっと犠牲者の中で誰かを探していました。その度にほっとしたような、それでも心配したような顔をしていておかしいとは思っていたんです。…貴方の姿を、探していたのでしょうね』

あの時に感じたいたたまれなさ。
彼女の前で全裸を披露したとき以上の羞恥心。
真っ赤になりぷるぷると震えていた自分を見て艶やかな微笑みを向けていた彼女の笑顔は、本当にとても綺麗だった。




切欠は確かにあの山だった。
村田が無事だった。
そして全裸だった。

身につけていた物全てが溶かし尽くされ、かといって重傷者が多数運び込まれた蝶屋敷の中ではどう見ても軽傷者であった自分。

隠から借りた布を巻いて下山したところまでは良かったものの、蝶屋敷で風呂を勧められた後風呂から出てみれば、その布きれは既に隠の手により回収された後だった。

汚れた体を洗い清め、でも着替えがないから仕方なく廊下に積まれていたシーツを一枚拝借して身に纏った。
心許ない布一枚ではあったが、それでも体を隠す物があることで確かにほっとしたのだ。

だが屋敷の中は正に戦場。
シーツを被ったまま、何処に着替えがあるのかを聞くことすら出来ぬまま暗い部屋の中1人で震えていた。
そのうち廊下で「シーツが足りない!」と騒いでいる女の子の声が聞こえてきて、扉の隙間からそっとシーツを差し出した。
手にしていたそれを奪われていよいよ為す術もなく打ちひしがれていた村田の元へ、いきなりがらりと扉を開けた冨岡義勇が入ってきた。

確かに顔見知りではある。
だが柱。
しかも滅法気が利かない奴であることを自分は知っている。

何か身につける物が欲しい。
だが頼るべき相手はこいつではない。

それでそのままたっぷりと沈黙した。
全裸の儘で。
部屋の隅で膝を抱えたそのままの体勢で。

僅かに冨岡が目を見開いた。
そう思った次の瞬間。
何故か腕の中に抱きしめられていた。

「…生きていたのか。良かった」
確かにそれは聞いた。
そのまま押し倒されるかのように上にのしかかられ、気が付いたら繋がっていた。

それだけの話だ。
そこからはずっと、顔を合わせるたびに何となく繋がり続けた。
だけど自分は何かこの関係に名前をつけるような言葉を掛けたことはなかったし、向こうからも何も言われてはいない。

ただ何となく鮭大根が好きだというのを聞き取って、冨岡の家に泊るときには作ってやったりしていた。
その程度でしかない関係なのだ。

手首とか足首とか、何故かそう言うところによく口付けの痕を刻み込む。
何故かと問えば、「あるなと、思った」そう言われた。

何度体を重ねても、正直何を考えてその発言に至ったのかが理解できない事もしばしばだ。
蟲柱も言っていた。
『あんなのだから、皆に嫌われるんですよ』
然もありなん。
皆というか、きっと柱からも嫌われている。
それは想像に難くない。

もっとはっきり喋れば良いのに。
自分の考えを相手に読み取って貰うのを待つんじゃなくて、自分からちゃんと言葉で伝えるように出来たら良いのに。

ふうっと息を吐いた。
それが何より、あの男には難しい。






「ただいま村田さんっ!」
明るい声と共に障子が開いて、ふわりとした金色が目の前に現れる。

「待たせてごめんね?なほちゃんが洗濯物重たそうに持ってたからさぁ。運ぶの手伝ってたの」
くふふと笑うその顔は本当に無邪気で、女の子のことが大好きな我妻のそれだ。
不思議に思って村田は僅かに首を傾げる。

「我妻は本当に女の子大好きだよな。相変わらず女の子には優しいし、竈門の妹とも夜に散歩に行ったりしてるんだろ?…なのに、選んだのは竈門なんだよな…?何が切欠だったんだ?」
「あー、切欠ね!…無理矢理抱かれました!」
自棄になったような明るい声でそう言われ、村田は刮目してしまう。

「はぁ!?無理矢理!?竈門ってそんな奴だったのかよ!?」
思わず腰を浮かし声を張り上げ、しまったと辺りを伺う。
だが目線だけで我妻が頷いてみせるから、またその場に腰掛ける。

どうぞ、と差し出された饅頭を一つ手に取り齧り付く。
甘い餡子の味が口いっぱいに広がってまさに至福だ。
盆に載せられている急須から漂う熱い焙じ茶の香りが、鼻腔を優しく擽っていく。

「任務の後でさぁ。あの時はまだ炭治郎が療養中で、俺だけ単独任務に行ってたんだわ。それでいつの間にやら鬼は居なくなってたんだけど、夜中に怖かったの思い出しちゃって。それで炭治郎にしがみついて泣いてたの。そしたら」
「…襲われた…、と…?」
「そんな感じかなぁ。急に音が変わって、たんじろ?って見上げたらもうなんかいつものあいつじゃなかったって言うか。瞳がけだものだったって言うか」
「あー…」
何となく情景が目に浮かぶ。
涙目でしがみつかれ、そのまま上目遣いで見上げられる。
竈門は我妻の匂いがいっとう好きだとそう公言している。
それはきっと耐えられないだろうなぁと、他人事のようにそう思った。

「そのまま蒲団に押し倒されて寝間着剥ぎ取られて、なんか訳わかんない内に抱かれちゃったの。…村田さんは?」
「あー…。俺も似たようなもんだわ」
「そっちもかぁ。…なんであいつら、あんなに言葉が足りないんだろうね?」
「竈門は結構喋るんじゃないのか?冨岡は知っての通りあんなだけどさ」
「最初の時は俺の名前ばっかりひたすら呼んでたわ。善逸、善逸って。耳元でずっと。五月蠅いっての。俺は耳が良いんだぜ舐めるなよって思ってたなぁ」
「竈門もそこははっきり好きだって言えよって話だよな」
「俺はずっと泣いてたし、何も会話はなかったんだわ。炭治郎も何でか泣いてたし。それで朝になったら綺麗な土下座で謝られた」
「許すなよ。お前も。土下座ごときで」
「炭治郎だしなぁって、そう思って」
「ほだされるな。そんな簡単に」
「だよねぇ。…やっぱり今からでも恋仲解消しようって言っちゃおうかな」
「…竈門が暴れるぞ」
「何時までもこうしてるわけにはいかないでしょうが。あいつは可愛い娘にももててるしさぁ」
「杞憂だ。あいつがお前以外に目を向けることは絶対にない。…内緒の話だけどさ。お前に懸想してた男がいたけど、竈門の牽制で泣かされて逃げ帰ってたぜ」
「野郎には興味ないんだよなぁ」
「あれだけ竈門に抱かれてるのにか?」
「んー。そうね。炭治郎に抱かれるのは嫌じゃないよ。気持ち良いし。炭治郎上手だと思うもの」
「なら解消する必要もないだろ」
「…上手すぎるんだわ。俺もう、1人でしててもイカない体にされてる気がする。…村田さん、1人で出来る?」
「…そういや最近してねぇな…。…出来るんだろうか。不安になってきた」
眉間に皺が寄る。
自分でするような間もなく、溜まるような間もなく抱かれていることに、村田は今更ながらに気が付いてしまった。

どちらからともなく、はぁっとため息をついていく。
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