鬼滅の刃

□善逸は危なっかしいので伊之助は大変です
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ーダンッ!!

唐突に響く音で意識が戻る。
えっなになに何の音!?
ぼぅっとしてたから気付かなかった。
襖の開く音!?
雷!?
今まで聞いたことがないくらい怖い音がするんですけど!?

恐る恐る背後を振り返る。

「…え…炭治郎…?…やだなぁ、俺今着替え中だよ?いくら俺とはいえ、婦女子の着替えを覗いちゃいかんよ?」
どくどくと自分の心臓の音が響き渡る。
炭治郎にも聞こえてしまっていたらどうしよう。
今ここで炭治郎には会いたくなかった。
自分が惨めで哀れで泣いている所なんて、炭治郎にだけは見られたくない。

怖い音。今まで聞いた中で一番怖い音。
どこから聞こえてくるんだろう。
怖い。
助けて炭治郎。

泣きそうになるのをぐっとこらえる。

「ほらほら出て行って。それともそこでこのまま俺の着替え見ちゃう?」
茶化してみても音は消えない。
怖い。どうして。

「…同衾して欲しい、というのはどういうことだ」
冷たい声。
炭治郎でもこんな声を出せるのかと戸惑うほどに冷え切った声。
「やだなぁ、誰に聞いたの?伊之助?村田さん?玄弥?…もしかして、風柱の人?」
確か炭治郎と風柱はあまり仲良くなかった気がする。
立ち話とかしそうにないと思うんだけどどうだろう。

ぐつり、と煮えたぎるような音が聞こえる。

恥ずかしいのと怖いのと。
なんとかこの空気を変えて欲しい。
だってさっきからずっと怖い音が鳴り響いている。
助けて炭治郎。
懇願するように見つめる。

俺の目線を受けて炭治郎の目がすっと冷たくなる。
その目線がつい、と横に逸れる。
何を見ている。つられて振り返る。
手紙。チュン太郎に託そうと思っていた宇髄さん宛のあの。

…やだな…。炭治郎には知られたくなかったのに。
…軽蔑されただろうか。なんでそんなに恥をさらすんだと、また説教されてしまうのだろうか。

何も言えなくなってうつむいてしまう。
涙があふれそうになってくるのを必死にこらえる。

早く出て行ってくれ。これ以上俺を惨めにしてくれるな。


「…善逸は抱いてくれるのなら誰でも良いのか」
「…やだなぁ…、そりゃ…、知らない人は嫌だよ…」
だって怖い。
知らない人の音は怖い。
なんでこんな髪の色なんだ。この目の色は何なんだ。そもそもこいつは男なのか女なのか。
珍妙な生き物を見ている人の音は怖いのだ。

「…」

炭治郎の沈黙が痛い。
怖い音。
もしかして炭治郎から聞こえてくるのか。
あんなに大好きで綺麗な音なのに。
俺が馬鹿だから、こんな音をさせてしまった。なんて申し訳ないことだろうか。

「…んぅ…」

こらえていたはずの涙がこぼれる。
炭治郎にだけは綺麗なままでいて欲しい。
ずっとずぅっと。
俺なんかとは関係ない世界で。幸せに。元気に。家族に囲まれた幸せな日々を送って欲しいのだ。


「俺の所に嫁入りするよう、何度も言ったと思うが」
「…ぐすっ…、無理だよ…、っく…、炭治郎はだめ…」
自分なんかとは関係ない世界で幸せになって欲しいのだ。
俺なんかと同じ世界で生きて欲しいわけじゃない。

「俺以外なら、誰でも良いというわけか」
「…ひっく……、ぐすっ…、…ていって…。…さっきから言ってるじゃん!俺は着替え中なの!出て行って!出ていけぇ!!」
羽織を投げつける。
怖い音がもっと怖くなっていく。
「俺だってねぇ!俺だって幸せになりたいの!なんでだよ!?家族が欲しいの!子どもを産みたいの!一緒にご飯食べて一緒に寝て一緒に過ごしたいの!邪魔しないで!出て行けぇ!!」

病的なほどの興奮状態。
自分でも自分の音が耳障りで苦しい。吐きたい。
思いっきり声を上げて泣き喚きたい。

炭治郎にだけは汚れて欲しくない。
こんなに綺麗な炭治郎を俺が汚してしまうなんて、考えただけで心臓が止まってしまう。

いやいやと首を振り続けながら手脚を振る。
その腕が押さえつけられる。
畳の上に転がされ、両手と両足が炭治郎の手足で簡単に縫い止められてしまう。
炭治郎の顔が近づく。

…頭突き!?
…無理無理無理!俺、頭は鍛えてないんだよ…!

思わず目を瞑る。
衝撃が来る。

そう思っていたのに。

ふよん。

柔らかいものが唇に触れる。
おずおずと目を開くと、目の前いっぱいに炭治郎の顔。
…あぁ、やっぱり綺麗な顔だなぁ…。
見つめていると、その顔が再び近づいてきて。

「…んんぅ!?」

ぬちゅりとした感触。
あり得ない感触が口の中でしている。
炭治郎の口が俺の口に当たっている。いや、むしろ中に入ってきている。
どうして。だめ。炭治郎はだめ。

いやいやと顔を振る。
「子が欲しいなら何人でも産めば良い。勿論全員俺と善逸の子だ。だから嫁に来い善逸」
「…だ…だめだよ…、なんで炭治郎が俺なんかにそんなこと言うの…」
「そういう言い方は辞めろと何度も言っているだろう。善逸は俺を宗教の教祖だとでも思っているのか。どうしてそんなに俺を神格化してみせるんだ。俺はずっと善逸が良いと言い続けている。いい加減俺の話を聞け」
「む…むりぃ…」
ぐずぐずと泣きじゃくる。
「炭治郎には…、ぐすっ…、幸せになって欲しいのぉ…っ…!」
「善逸がいないままでどうやって幸せになれる!?他の男に抱かれる善逸をただ指を咥えて見ていろとでも言うのか!」

怒っている音。部屋中ががんがんと鳴り響いているかのような大きな音。

「伊之助にも!他の誰にも!指1本だって触れることは許さない!」
炭治郎の指が胸のさらしを絡め取り剥ぎ取っていく。
「触らせるな!伊之助が相手でも!なんで善逸はそんなに無防備なんだ!1本だって許すな!」
「…なに、言って…、…」
般若みたいな顔。
本気で怒っている。
でも、なにを。わからない。

「伊之助から善逸に同衾してくれと言われたと聞かされて、俺がどんな気持ちになったか分かるか」
「…え…?いや、全員から断られましたけど…」
「当たり前だ。善逸は俺のところに嫁に来ると知れ渡っているのに、それでも善逸に手を出そうなんて奴がいたら俺が殺す」
「はい?」
「鼓屋敷の時から決めていた。何度も嫁に来いと言い続けていただろう。善逸に悪い男が近寄らないよう、俺が今までどれだけ苦労してきたと思っている」
「なんの…はなし…」
ぎゅむっと剥き出しの乳を掴まれる。
あれ。思ってたより俺の乳ってば結構柔らかい?
ぐりっと乳首をこねられる。
あ。痛い。やっぱり胸筋だこれ。

「隊服だって。あんなに足を見せる必要は無かった。新しい隊服が出来るまで気が気じゃなかった」
「俺の足、筋肉ついてるから見苦しいもんね」
「俺以外に見せるな。…善逸は俺を聖人君子か何かのように思っているようだが、俺はそんな人間じゃない」
「なに…、言って…」
「嫉妬深いし善逸のことになると見境がなくなる。…善逸が必要なんだ、俺には」
「…よく…わからない…、なに言ってるの炭治郎…」
ぴきん、と何かが弾けるような音がした。

「…理解してくれ。善逸。申し訳ないが、もうこれ以上善逸が理解するのを待っていられない。他の男にふらつかれるなんて我慢できない。善逸のことだけは、俺は諦めることが出来ない」



そこからは意識が飛んでいたからよく覚えてはいない。
怖い音が弾むような音に変化する。
衣擦れの音がして、それから肌と肌とが合わさる音が聞こえてくる。
耳元でずっと炭治郎の声が俺の名前を呼んでいる。
その甘い甘い声。
体のあちこちがついばまれている音がする。
乳を吸われるとこんな音がするのか。俺が思っていたのと随分違う激しい音。
血の巡る音。
こんなにどくんどくんと波打つような音。
熱い息。
俺の息だろうか。それとも炭治郎の。
くちゅくちゅとぬめるような音がする。
指。炭治郎の指。炭治郎はこんなにも熱い指をしていたのだっただろうか。
「…挿れるぞ…。少しだけ、力を抜いてくれ…」
体がぞくりと震える。
炭治郎のこんな声、今まで聞いたことがない。
背中に雷のような何かが走って行く。

…ん…、…。
なんだか痛い。
とてつもなくはしたない格好をしているような気がする。
炭治郎にしがみつく。
両腕を回してすがりつく。
…怖い。怖い助けて炭治郎。俺は弱いんだから。炭治郎が助けて。
ぐずぐすと泣きじゃくっているのは俺の声だろうか。
「愛してる。誰にも渡さない。これからはずっと一緒だ善逸」
炭治郎の音。
聞いたこともないほど綺麗な音が、今は更に甘くて熱くて聞いているだけで心臓が止まりそう。
何度も何度も口が合わさる。
頭の奥がつん、とするような不思議な感じ。
髪を撫でる優しい音。
さらさらと流れる音が心地良い。
…離れないで。炭治郎と一緒じゃなきゃ怖い。無理。助けて。
懇願する声。
「ずっと一緒だと言い続けてきただろう。俺は善逸を手放す気は欠片も無い」
深い深い声。
…約束だよ…。もう俺を1人にしないで。
「約束する。だから善逸も約束してくれ。俺から逃げるな。…他の男に縋り付いたりしないでくれ」
…わかった…。約束、するから…。

どくんと心臓が跳ねた気がして、そこからは本当に何も覚えてはいない。


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