鬼滅の刃

□村田さんの受難
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任務の都合でこの日はこのまま俺も蝶屋敷に泊まることとなった。
今夜は嘴平はいないらしい。
2日前から任務に出掛けています、とアオイさんに聞いている。
なら布団は空いているのだろうが、当然のように俺の部屋は我妻や竈門とは別だ。
少し狭いが一人部屋。
もちろん俺にはその方が良い。
完全に部外者でいたいからだ。
正直我妻の危うさを思えば、誰かしっかりした人が傍に居たほうが良いと思う。
…それが竈門で良いのか、と聞かれたら全力で聞こえていないふりをする。
あまり深く考えたくはないからだ。

それでも一人の食事は寂しいでしょうからと、竈門達の部屋へ膳が運ばれることとなった。
これを食べたらさっさと部屋を出よう。
風呂上がりらしい我妻の寝間着が乱れている。
こいつ結構やること杜撰なんだよな。ちょっとは竈門の着こなしを見習った方が良いと思う。
ちらちらと牽制するような視線が竈門から飛んでくるけど、いや、俺は興味ないからね?!
少なくとも恋敵になる可能性皆無だからね?!
頭の中だけで竈門に念を送っておく。

「あっ。村田さんだけずるいんじゃない?!ずるいんじゃない?!」
我妻が俺の膳に載った銚子を掴む。
「こら。お前はまだ飲める年じゃないだろう」
年上として苦言を呈す。
「ちょっとだけ!ねぇ本当にちょっとだけ!家だとさぁ、じいちゃんと兄貴?みたいな奴だけ飲んでてさぁ。俺1回も飲んだことないの。一口だけ!ね?お願い。む・ら・た・さ・ん♡」
おいやめろそういうの。お前の笑顔のその裏で、背後の奴が今どんな顔してるのか早く振り返って確認しろ。
「…善逸。人の膳からものを取るのはやめろ…」
般若の形相にも低い声にも慣れっこなのか、我妻は動じない。
「隙ありっ!」
雷の呼吸。
え、と思う間に銚子と杯を掴まれたまま部屋の片隅。
俺の手はおろか竈門の手すら届かない距離。
「善逸っ!!」
竈門が立ち上がった時には銚子の中身を盃にうつし、一息に呷っている。
「…うぇ…。あんまりうまくないね、これ…」
青い顔で舌を出している。
「たんじろ…水…水飲みたいぃ…」
「そんなもの飲むからだろう。ほら。零さないよう飲むんだ」
お前はすごいな。
一気に般若から過保護者へと変貌している。
「すいません、村田さん」
そう言って我妻から取り上げた銚子は返してくれたけれども、盃は返って来ない。
…えっ…もしかして我妻が口をつけたから?
…俺、銚子からこのまま直接呷って飲むわけ?

うーこれまずいまずいと竈門の手から水を飲んでいる我妻と、甲斐甲斐しく世話を焼いているようでいて結構背中を撫でたり首筋を撫でたり匂いを嗅いだりと体に触れている竈門の方へは視線をやらないよう膳の中身をかきこんでいく。
早くここから立ち去ろう。
そんなに階級高くないけど、俺だってここまでなんとか生き延びてきたんだ。それなりに自負がある。
その勘が言うのだ。
此処に長居しているのは危険だと。



かつかつと膳の中身を平らげていると、ふみゃあ、と我妻が幼子のような声を出す。
「…あちゅい…あたま…ぐらぐらしゅる…」
そのまま当然のように、竈門を座椅子にして竈門の膝の上へと座り直す。
「…ぜん、いっ…」
可哀想に。
酔っている我妻に負けず劣らず、素面のはずの竈門も真っ赤だ。
「…ごはん…たえる…たえさせて…たんじろ…」
竈門に体を預けて口を開ける。
苦しい修行の時ですら見たことがない形相の竈門が何かを堪えながら我妻の口に食事を運ぶ。
「へへ…おいしぃれぇ…たんじろ…おえもたえさせてあげる…」
覚束ない手元で掴んだ天麩羅を、無理やり竈門の口元に運んでいる。
「大丈夫だ善逸、ちょっと落ち着いてくれ」
焦ったような竈門が押しとどめているが、口に押し込められて目を白黒させている。
「…ちゅいてる…へへ…こどもだなぁたんじろ…」
そのまま竈門の口元についた衣をぺろりと舐めとる。
哀れ竈門はなすすべもなく顔を真っ赤にさせ硬直している。

「…気持ち良い…。俺、たんじろぉの音が…1番好き…」
竈門の体を抱きしめながら、思い切り頬と頬を寄せている。
もしかして今、我妻が動くその衝撃で、2人の口と口が瞬間くっついたりしてなかっただろうか。
我妻が竈門の音が好きだというのは聞いていたし、素面の時にもくっついて音を聞いているのを見たことはある。
でも今は駄目だ。
それは良くない。そんな気がする。

俺に竈門のような嗅覚や我妻のような聴覚がなくて本当に良かった。
お父さんお母さん。
俺を平凡な人間に産んでくれてありがとう。
その場の状況を見て見ぬ振りができる凡人万歳。
全力で目を逸らす。


「…善逸…人のものを勝手に食べたり飲んだりしたら駄目だと言ってるだろう。ほら。…しばらく休んでいたらいい」
竈門に促されるまま、我妻が竈門の膝で猫のように丸くなる。
大丈夫なんだろうか。
あんなに足を出して、竈門の腰を抱くような態勢で転がっているが。

…もし俺が、惚れた相手にこんなことされたら我慢出来る気がしない。

竈門って…すごいな…。
ちらりと伺った俺の視線を勘違いしたのかどうか、竈門が自分の羽織で我妻の足を隠す。
いや、見てないからね?!
俺は我妻のことそんな目で見てないからね?!

「善逸…、夕餉が途中だぞ。寝るのなら布団に運ぶがどうする」
すでに続き部屋となっている隣室の隅には布団が敷かれている。
「食べるぅ…。腹減ってる…」
自分の頭を撫でていた竈門の手を掴んだかと思うと、あむ、とそれを口に運ぶ。
「…固い…」
それでもあむあむと食んでいる。

大丈夫かこれ。
竈門の理性大丈夫なのか。
2人が両想いならこのまま部屋を出ていくところなんだが。
いや、我妻の方は違うしな…、これ本当に俺はどうしたら正解なんだ。

見えてないふりをしながら夕餉を咀嚼する。
蝶屋敷の料理には定評があるのに、今は何の味も感じない。
視界の端に見える竈門はぴくりとも動かない。

我妻が竈門の指を食む音だけが、ちゅ…ちゅ…と部屋中に染み込んでいく。
竈門の膝に寝転がったまま、右手で竈門の腰を抱き、左手で握った竈門の指を舐めている。

「…善逸…。お腹が空いているのなら、夕餉を…」
「ん…たんじろぉ…?暑い…なんでだろ…」
掛けられていた羽織をばさりと払い、太腿までもが顕になる。
「ん…、たんじろ…おと…」
そして半身を起こしたかと思うと、そのまま竈門の胸にしがみつく。
「やっぱり俺…たんじろの音が…1番好きだよ…」
照れたように笑いながら、そのままずるずると体を沈ませる。
「…たんじろ…すき…もっと…聞く…」

そしてそのまま元の膝の上。しがみつくように巻き付かれた腕はほどけそうにない。

「…ねぇ?もう出ていこうか?このまま俺が出ていけば良いんじゃない?もう良いんじゃない?こんなのされたら我慢するとか無理なんじゃない??」
あまりにも気の毒すぎる。
これは我妻が悪い。絶対に我妻が悪い。

「…大丈夫です。俺は長男なので」
「いや、竈門の長男理論ってどうなってるの?!」
「…俺の音が好きだからって、善逸は毎晩俺の布団に潜り込んで寝てますので。大丈夫です。長男なので」
「毎晩?!うっそだろ!!もうしちゃえよ!!我慢する必要あるの!?これで!?もうここまでされたら我妻の責任だろ!?竈門は我妻のことが好きなんだろ!?もうしちゃいなよ!我妻のほうが誘ってたって証言してもいいからさぁ!!」
鬼と対峙した時ですら出したことのない悲鳴が俺の口から迸る。
これはあまりにも竈門が気の毒すぎる。
同じ男として同情を禁じ得ない。

「…俺は欲深なので。善逸の体だけじゃなくて、心もすべて貰いたいんです」 
「それにしたって…」
すぅすぅ寝息をたてている我妻を見る。
我妻の手が竈門の右手をくるみこんでいるから、竈門は夕餉を食べることも出来ない。

…竈門は匂いに敏感なんだっけ。
…今の我妻、どんな匂いになってるんだろ。

それはさぞかし美味しそうなかぐわしい芳香なんだろうなと思わずにはいられない。
金色の甘い菓子みたいな匂いだろうか。

「…もっと…」
寝とぼけている我妻が何か言ったと思ったら、ずるりと竈門の体を引き倒し、その上に乗りかかっている。
さすがの雷神。
油断しているとはいえ竈門相手にどう力をかけたのかまったくわからなかった。
我妻の前で、今の竈門は何らの抵抗もできない赤子も同然。
完全に竈門を押し倒しその上に体を合わせている状況。
押し倒した竈門の心臓の辺りに頭を乗せ、満足そうな顔をしている。

「あ…と…、その体勢が…お気に入り…なのかな…」
ぷるぷると震える。
蟲柱の前で全裸を晒してしまった時と同じくらいいたたまれない。

我妻は耳が良いんだっけ。
その耳に今の竈門の音はどんな風に響いているのだろうか。
俺の目に今の竈門は飢えた肉食動物にしか見えないのだが。
それでも心地良い音がしているのだろうか。
こんな状況で。

「…ちょっと、寝かせてきます」
すやすやと自分の上で眠る我妻の体を横へずらし、首元と膝裏をすくい上げるように抱きかかえながら、竈門が隣室の布団に我妻を下ろす。
「やだぁ…たんじろ…」
音が遠ざかるのを嫌がったのか、ずりずりと布団から這い出た我妻が元の膝の上へと落ち着いていく。
「た・ん・じ・ろ・う…ふふっ」
竈門の腰に両手を回し、その膝に頬擦りをしている。

「いやもう本当に我慢しなくて良いんじゃないかなもう?!」
いたたまれない。
今すぐこの場から立ち去りたい。
膳の残りにも目をやらず立ち上がる。
「駄目です村田さん。ここにいてください」
般若の顔というより鬼神そのものといった竈門に睨まれる。
「長男だけど我慢出来ないこともあるので。村田さんの存在が必要です」

「いやもうごめんね!?なんかもう本当に申し訳ないけど、俺そこまで責任持てないから!これはもう本当に我妻が悪いよ!竈門は悪くない!」

ごめんなさいお館様。
俺はこれから敵前逃亡します。
もうこれ以上耐えられない。
不甲斐ない隊士で申し訳ない。
そういったことを喚き散らしながら部屋を飛び出した。

そのあとに何かあったのか何もなかったのか、だから俺は何も知らない。


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