鬼滅の刃

□結婚がまだ憧れ段階の善逸って可愛いよね
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「君がため惜しからざりし命さへ」
「ながくもがなと思ひけるかな」

「すごい!また合ってるよ伊之助」
「で?この歌はどういう意味なんだ?」
「あぁこれはね…」

遊んでいると、柔らかな音が聞こえた。

「おや、仲良しですね?」
「しのぶさんこんにちは!」
綺麗なお姉さんが現れて喜色満面になる。
なんと目に優しい。麗しいお姉さん万歳。
たまに音がちょっと怖かったりする時もあるけど、そんなことはたいした問題じゃないのだ。
「いつもそうしているんですか?」
「ここが一番気持ちいい」
伊之助が頭を乗せているのは俺の膝だ。
腰まで伸びた俺の髪の毛を伊之助が指先で弄びながら、お互いに百人一首の上の句と下の句を言い合っている。
先ほどからずっと、俺は伊之助に膝枕をしながらこうして遊んでいたのだ。
「俺も伊之助の音好きよ」
「それにここが柔らかいからな」
きゅむっと下から乳を揉まれる。
「気軽に触るなって」
「なんでだ」
「俺だから良いけどさぁ、他の子達にはしちゃ駄目だからな!?」
「しねぇよ」
「ならいいけどさぁ。…まぁ、俺の呼吸は雷だから、足は鍛えてるけどその分上半身はそこそこなんだよな。伊之助は全身凄いよね」
ぺちぺちと筋肉に覆われた胸を叩く。


「…本当に…仲良しですねぇ…。ところでそれは百人一首ですか?」
「そうです。伊之助すごいんですよ。本当に全部覚えてる」

にこにこと答える。
伊之助が褒められるのは嬉しい。

「2人共よく知っているんですね」
「本当に伊之助は意外でした。俺は前の奉公先で一通り覚えてたので」
「奉公先?」
「花街にいたので。お禿さんみたいなことしてました」
「オカムロサン?」
「あぁ、伊之助は知らないか。姐さん達のお世話する子どものことだよ。ほら、遊郭潜入したとき伊之助も見たでしょ」
「覚えてねぇ」
「まぁ、あの時はね」
くすくすと笑う。
色々あって大変だったけど、お使いの途中でちらりと見かけた伊之助の着物姿を思い出す。

「伊之助、すごく綺麗だったし。綺麗な着物を着て、黙っていたら本当にどの花魁にも負けないくらい綺麗なのに。まぁ、中身は伊之助だけどな!」

「あの時は、宇髄さんも配慮が足りていませんでした。善逸くんに何かあったら取り返しがつかないところでした」
しのぶさんがかすかに眉をしかめる。
「いやいや、結局俺だけ売れ残ってタダ同然で置いてもらってたんですよ。その方が探索はしやすかったからいいんですけど」
あのときのことを思い出すと真顔になる。
アオイちゃんじゃなくて本当に良かった。
あんな可愛い子が遊郭なんかに潜入したら、鬼に遭遇する前に大変なことになってしまうところだった。
心からそう思う。

「なんせ鬼からも不細工不細工連呼されたくらいですからねぇぇぇ!!こんなんじゃ客どころか嫁の貰い手もないわっておかみさんには嘆かれてましたぁぁ」
ちょっと浮かんだ怖い考えを振り払いたくて大声を出す。
「そんなことねぇだろ」
「伊之助に言われてもね!」
「あれはあの柱の化粧が下手くそだったってこっちのおかみさんは言ってたぞ」
「それは伊之助限定ですからー」
ぷいっと膨れる。
「無自覚美形は滅べ!」
膝の上の頭を叩く。

「善逸くんは結婚願望があるんですか?」
しのぶさんが小首をかしげる。
美人は何をやってもさまになる。

「諦めてますけどねぇぇ!!俺は奉公先も転々としてたし、いつか落ち着いて家族と過ごせたらなぁとか思ってた日もあったんですけど」
「なんで諦めるんだ?」
「あらごめんなさいね!貰い手がいないんだよ言わせるな!!」

もう1つぺしんと叩いておく。
「あぁもう本当誰か結婚してぇぇぇ!!」
久しぶりの決め台詞を叫ぶ。
そういや伊之助達と出会ってからはずっと任務に忙しくしてるから、憂さ晴らしに叫ぶことも忘れてた。

「うるせぇ俺の上で喚くな。したいんなら俺が結婚してやるよ」
「あらありがと!伊之助好きよ!」

「嫁になりたいんだろ。なら俺にしとけ」
「冗談にしても辛辣ぅぅ!夢だけ見させるのやめてよぉ!」
「なんで夢なんだ。嫁になりたいんなら、俺のところに来たらいいじゃねぇか。俺の嫁になれって言ってるんだ」
「はい??」
「俺もいずれは嫁を取れとかひさに言われてるからな。俺には頑丈な嫁じゃないと壊すから気をつけろって。お前なら頑丈だろ。ひさが喜ぶ」
「いやいや、お嫁さんってのは頑丈かどうかで選ぶものじゃないからね。好きかどうかだよ」
「ならいいじゃねぇか。俺はお前が好きだし、お前も俺のこと好きだろ」
「なっ…!意味も分からないのにそんなこと言うもんじゃないよ?!」
「俺のこと好きだろ?」
「そりゃ大好きですけど!」
「なら問題ねぇな。しのぶ、俺達結婚することにしたぞ」

笑顔のまま固まるしのぶさんの姿なんて、初めて見たかもしれない。

しばらく部屋に沈黙が満ちる。

「…善逸くんは、それで良いのですか?…他に…例えば、気になる方がいるとかは…ないんでしょうか」
「えっ?!いやいや、俺なんか嫁にするとか伊之助本気で言ってるの?!」
「俺なんか、じゃねぇ。俺が善逸が良いって言ってるんだ。お前は「はい」とだけ言ってろ」
「やだ…親分格好良すぎじゃない?!」
「じゃあ問題ないな」
「待って待って自分が結婚とか全然考えたことなかったよぉ…えっえっ何なの何なのこれ?!」
「お前いつもねず公には白無垢が似合うだの角隠しと綿帽子どちらも似合うから困るだのあれこれ言ってだだろ。自分が着ることを考えりゃいいじゃねぇか」
「あらやだ伊之助聞いてたの?!そうそう、ねずこちゃんには白無垢似合うと思うんだよねぇぇぇ!」
「で、お前はどっちにするんだ。角隠しでも綿帽子でも好きな方選べばいいんだろ」
「待って待って無理だよ?!皆の前で祝言とか絶対にもう心臓がまろびでるからね!?めでたい祝言の日が俺の命日になっちまうだろうが!!」
「したくないならしなくてもいいぜ。俺はどっちでも。お前が好きな方で決めろ」
「無理無理無理無理祝言とか絶対に無理死んでしまう間違いなくそのまま俺が死んでしまう!」
「なら祝言なしで俺と結婚な」
「えっ、本当に本気で言ってる?」
「俺は冗談は言わねぇ」
「…ですよねぇ…??」
「返事は?」
「えっ…、そりゃ、結婚はしたいし…出来たら子どもも欲しいし…、伊之助が俺でも良いっていうなら…」
顔が赤くなる。
本当に完全に諦めていたのだ。
まさかこんなところにこんな奇特な人がいるなんて。
陰で猪とか呼んでたわごめんなさいね!?

「…でも俺、孤児だし…、じいちゃんの墓くらいしか報告するところない…」
「俺も同じだから問題ないだろ。俺はひさしか報告する相手もいないしな」
「…本当に本気?」
「本気だ。だから嫁に来い」

ぽやぁっと頭がのぼせていく。
「…伊之助に似た子が生まれたりしたらさ…絶対に美人じゃん…」
ぽやぽやと妄想に耽る。

視界の端で、しのぶさんが困ったような顔をして困ったような音を立てていたけれど、そのことにすら意識が向かないままだった。

…結婚、かぁ…。
本当に完全に考えたことすらなかった。
戯れに結婚したいと喚いたはあるけど、本当に結婚できるとか思ったことはなかった。
大体騙されて終わりの関係の人しか、俺に対してそういう言葉は使ってこなかったからだ。

伊之助は彼らとは違う。
そんなことをするような人間じゃない。
むしろ鬼殺の報酬は俺より上だろうし、特に買い物に行く姿も見ないから、俺から金を巻き上げなければならない必要もない。

「…本当に…、俺が…結婚できるの…?」

夢みたい。
ずっとぽやぽやが頭から離れない。

親の分からない孤児。
じいちゃんも鬼籍で、本当にただの1人すら後ろ盾がない。
じいちゃんが遺言で家と山は残してくれたから帰る家はあるけど、待っていてくれる人はいない。

鬼殺隊で働いていたから、人の死もたくさん見てきたし、鬼だって切ってきた。

どう考えても普通の家の普通の人は絶対に選ばない。
見掛けの悪さを差し引いたとしても、嫁なんて思い上がりも甚だしい経歴。
よしんば物好きがいたところで、せいぜいが妾になれれば良いと言ったところだろう。
親兄弟親戚、誰が見ても『絶対にありえない』女であることは自覚している。

その点伊之助なら気心もしれているし、人となりも互いに理解している。

俺が臆病で弱虫で泣き虫なのも知っている。

…本当に…。こんな俺がお嫁さんになれるのかな…。
子どもを産んで、世話をして、賑やかな家族を作っていく。
それにすることが出来る、という誘惑はひどく俺を魅了した。

伊之助は、嫌なら祝言はあげなくても良いと言ってくれた。
どう考えても俺には人前で祝言するなんて本当に無理だ。
伊之助の晴れ姿は見てみたい気もするが、あんなに服を着込むのでは伊之助にとっても不快な時間になるだろう。

…家はあるし…。伊之助と一緒に帰って、じいちゃんに報告して…。ひささんのところだけは、きちんと挨拶に行かなきゃだな。

なんだか胸がどきどきする。
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