鬼滅の刃

□心の狭い炭治郎と無自覚善逸
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その日は満月だった。
鎹烏に先導され、鬼が出るという川の畔へと走る。
合同任務として呼ばれた隊士はどうやらこの5人。
それぞれ自己紹介もそこそこに走る。

鎹烏が5人掛かりで倒さねばならないと判断した鬼。
気を引き締めていかねばならないだろう。
辺りの様子を伺う。
人の気配はない。
すでに時刻は丑三つ時。
手分けをして探せば良いのかもしれないが、別行動をしたところを奇襲されては敵わない。
そこで誰からともなく、付かず離れずの距離を保つ。
しばらく周辺を探し回るが鬼の気配は見つからない。

気ばかり焦っていたその時。
夜の静寂に、か細い悲鳴を聞く。
その声を頼りに仲間とともに駆けつける。

はたしてそこには、身の丈が十三尺程もあろうかと言う鬼が、獲物を前に今にも牙を剥く寸前であった。


悲鳴の主は腰を抜かしたかのように蹲る1人の女性か。
怯えた顔で硬直している。

その目線の先。
鋭い爪がびっしりと生えた腕が6本もある鬼が、今にも獲物を屠ろうと狙っていた。
その場には更にもう1人。
鬼と女性との間に立つ、腰まで届く金色の髪を1つに束ねた1人の男。

…異人か。何故ここに。

型を取る。

…あの大きさ。
…あの異形。
…強さはどのくらい。

鬼の力を図る俺達を、金色の人が振り返る。

その、きょとんとした大きな瞳。
後ろ姿からは20歳くらいかと想定していたが、その顔は意外にも幼い。

…子どもか。
…今の状況が、理解できていないのか。

その子どもが小首をかしげて、俺達と鬼に対し、交互にちらちらと視線を送っている。

…とりあえず、あの腕を切り落とさなければ。
…あの腕が有る限り、首を狙うことが出来ない。

切れるだろうか。
あんな太い丸太のような腕を、6本。
瞬時に切らねば再生してしまう。
再生しきる前に、首を落とさねば全員死ぬかもしれない。


…どの型で、いくべきだろうか…。



「…グゴオォォォッ…!」

鬼が吠える。
手近な餌から食い荒らそうと金色の人へと手を伸ばす。

「…危ないっ!!」
足を踏み出す。
「肆ノ型、打ち潮っ!」

踏み込んだ先、腕を落とそうと振りかざした刀がガキンと言う不協和音を奏でる。
しまった、と思った時には刀身が2つに折れていた。
瞬時に迫る鬼の腕。

あ、と悲鳴すら出ない刹那の間。
目の前で、鬼の腕が2つに割れる。

否。

切り、落とされた…?
何本…?
1本?2本…?
数える余裕すらなかった。

ただ耳元で、腕を失い悲鳴を上げる声を聞く。

体が反応しない。

折れた刀を握ったまま、ゆっくりと鬼の腕が落下するさまを見つめていた。

思わず背後を振り返る。

共にこの任務についていた隊士達の姿。
怯えたように、斬りかかることすら出来ないまま日輪刀を持って立ち竦んでいる。

では。
再び体を反転させ鬼の方を見やる。

静かに首が落ちていく様子が、まるで夢のようだった。





「…とりあえず」
呆然としている耳に、柔らかい声が聞こえる。

「全員判断が遅い」
金色の人が振り返る。

「相手の力量を見極めて、自分の型の中で最適を探す。それが瞬時に出来るようにならなくちゃ駄目だよ」
月明かりにけぶる金の髪をただ見つめる。

…異人ではないのか。
…違和感のない日本語を話している。

だがまだ頭が着いていかない。
一体何が起こっているのだろうか。

「まぁ、俺もあまり型は使えないんだけどさ」
あははと笑う。

「あと、ここに来るまで時間を掛けすぎ。…どれだけ彷徨ってたの君たち」
ため息をつかれた、と思った。

「人数いるなら連携取らなきゃ。全員同じことした方が良いのか、別々の行動をした方が良いのか。今の場合、腕を切り落とす役と、首を切り落とす役で連携をしていれば、君たちにだって切れたよ。…切り込む角度にもよるけど」
折れた刀身を見つめている。

「一番最初に鎹烏に案内されて鬼と遭遇したのは貴女だったけど。…悲鳴を上げて座り込むとか、自殺行為だからね?…もしここに正一君がいたら、あなたの腰の刀は何のためにあるんですか?って聞かれてるところだよ」
ふぅ、と息をつく。




「全集中の呼吸が、そもそも使えていない」

「全員が、鍛錬不足だからね」

「刀を持って戦う意思を見せてたのが1人だけかぁ。…これは…、うん、炭治郎達が言ってたことも一理あるなぁ。稽古の強化が必要かもねぇ」

「そもそも足が弱いよ。もっと踏み込めるように足腰鍛えた方が良い」

「あとはやる気かなぁ。…まぁ、俺が言うのもなんだけどさ」

照れたように笑っている。





何を言われているのか理解が出来ない。
何が起きているのか理解が出来ない。

鬼が消えた。
突然に。

腰を抜かしたらしい女性を伺うと、黒い服の背中に『滅』の文字が見える。
では、彼女も鬼殺隊だったのか。


頭が真っ白になっていて何も考えられない。


「…あの…、…」
ぼんやりとしたまま、口が言葉を紡ぎ出す。


「…あなたは、誰ですか…」
何も理解できていないまま問いかける。

「あぁ。ごめんなさいね。俺は我妻善逸だよ。君たちと同じ鬼殺隊なの。…はいこれ」
俺に向かって、折れた刀身を手渡してくる。

「…君の刀を打ったのって、もしかして鋼鐵塚さん?…だったら、みたらし団子は必須だよ。絶対に。美味しい店、教えようか?」
ふにゃんと眉を下げて俺の瞳を見つめてくる。


…これは誰だ。
…彼は一体。


頭がぐるぐるしていて何一つ言葉が理解できない。


「じゃあね。この辺りにはもう鬼はいないから。朝になる前に帰った方が良いよ。皆鍛錬頑張ってね。全集中の呼吸は寝ているときも忘れないよう、ずっと続けるようにして御覧」

そう言って、俺に向き合う。

「俺を助けようとしてくれたんだよね?ありがとう。…鍛錬、頑張ってね」

手を振り駆けていく背中を見つめる。

俺達はそれからしばらくの間、誰1人身動きすることすら出来なかった。









それから俺は、忘れられない夜の記憶が夢ではなかったことを確かめたくて、あちらこちらに手紙を書いた。

「我妻善逸という人を知らないか?金色の髪をしていて、とても強い人なんだ」と。

すでに恋い焦がれていると言われても遜色ないほど、朝に夕にずっとあの人のことを考えていた。
まるで月の化身であるかのような光り輝く金の髪。
静かに鬼の首を切り落とした。

何処の誰なんだろう。
言われた言葉を1つ1つ反芻しながら日々を過ごした。

あの人は、俺の刀身を見ただけでその刀匠が鋼鐵塚さんだと見抜いていた。
みたらし団子、という言葉を聞いていたお陰で、俺は辛うじて刺し殺されることから免れた。

色んな意味で命の恩人だった。
感謝したい。
強さの秘訣を聞きたい。

…出来れば共に鍛錬をしたい。

状況からして鬼を切ったのはあの人以外考えられなかったけど、一番近くにいた筈の俺の目にすら何がどうしてああなったのか理解できてはいなかった。

話を聞きたい。
…仲良くなりたい。



そして彼のことを夢にまで見ていたある日、唐突に俺の元へと客人が訪れた。

「やぁ。君が手紙の差出人か」
人好きのする笑顔。
赤味を帯びた髪と瞳。
顔に残る痣ですら、その魅力を損なうことが出来ないような人だった。

まるで太陽のような人だ。
一目見てそう思った。

彼は自分の名を竈門炭治郎、と名乗った。


「君1人だけが、最後まで戦う意思を持って刀を持っていたと聞いたんだ」
そして俺に折りたたんだ紙を手渡した。

「時期ではないんだが、特別に稽古でもどうだろうか。…君さえ良ければ、この場所へ来てくれ」
「…あの…!俺の手紙を見て来たと言ってましたが、あなたは我妻善逸さんをご存知なんですか!?」
「あぁ。知っている。…君がこの場所に来てくれるのならば、善逸のことを教えても良い」
にこりと笑みを残して去って行く彼を見送った。
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