鬼滅の刃

□健気善逸
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「…最近のあいつどうなってるんだよ。お前何やってんだ」
伊之助が俺を問い詰める。

「わかっている」
ぎりりと奥歯を噛みしめる。

「わかってねぇだろ。お前ら両想いじゃねぇのかよ。…あいつは本当に納得してんのか。本当にお前のことを好きで抱かれてんのか。…どう見てもおかしいだろうが」
「そんなことは最初からわかってる!」
大きな声が出る。そのことに自分が驚く。
禰豆子を起こしてしまわなかっただろうか。
思わず禰豆子の箱を見やる。

「…その台詞、最初会ったときの善逸からも聞いたな。…ねず公が鬼だと知っていてそれでも庇っていたときだ。…あの頃からかよ。畜生が。炭治郎…。お前どうするつもりだ」
「わかっている!わかってるんだ!どれだけ好きだと伝えても愛していると伝えても、何度も何度も睦み合っても!伝わっていると思えないんだ…。俺がどれだけ善逸のことを愛しているのか、伝わっていると思えない…」

「わかってて抱くのか」
「…あんな無防備に、好きだと言う匂いをさせて、しようって誘われて…。しない理由がない。…いつだって俺は善逸のことを抱きたくて抱きたくてたまらないんだから…」
「我慢しろとは言わねぇが…。話し合え」
「何度もやっている。俺がどれだけ善逸に好きだ愛していると伝えているか、伊之助だって知っているだろう…」
伊之助の瞳の色が深くなる。

「…ちっ…。何なんだよあいつ…。何考えてやがる…」
「善逸が毎日飲んでいるあの薬のことすら教えては貰えない。何度聞いても内緒だと言われてしまうんだ。…俺が何度も聞くから、最近は俺の目につかないように隠れて飲んでいる。…それでも匂いで分かる。…匂いだけじゃなく、味も苦いんだ。…善逸の唇を舐めたとき、えづきそうになるほど苦かった…」
その時のことを思い出して体が震える。
…以前飲んでいた薬湯の時は、あれほどまでに嫌がっていたというのに。
あの時飲んでいた薬湯よりも、きっとあの丸薬の方が苦い。
…なのに一度も泣き言を言わず、駄々もこねずに飲んでいる。
…毎日。欠かさず。むしろ嬉しそうに。

「…俺のことを好きだって言うんだ。ずっとずっと好きだったって。…抱いているときも、体は苦しいけど幸せだって、そう言うんだ。…その何処にも、嘘の匂いはしない。幸せだって匂いに嘘はないんだ。なのに何かが違う…。違うんだ伊之助…」
引き絞るような悲鳴が迸る。
何をどうすれば良いのか分からないまま、掛け違いが広がってしまっている。
その焦燥感に胸が焼かれてしまいそうだった。

「…期待してないからだろ。お前にも、他の誰にも。あいつ自身が幸せになるために、他のやつにこうして欲しいとか何かを望んでるような気配がしねぇ」
「…期待」
「お前だけじゃないけどな。…誰かに悩みを相談したりしねぇだろあいつ。泣き言は言ってもして欲しいことを要求しねぇ。…自分がどれだけ苦しくても、それで他のやつらが自分を助けてくれるとか、本当には思っちゃいねぇんだ。…それが当たり前すぎて、諦めの気配すら出してこねぇ。…わかりにくいんだよ、あいつは」
伊之助が舌を打つ。

…言われてみれば確かにそうだ。
…俺は善逸から、何一つ望まれてはいない。期待されてはいない…。
そのことに思い至ったとき、ぞっと血の気が引いていった。


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「…善逸っ!!」

炭治郎の声が聞こえる。
間に合って良かった。

炭治郎が対峙していた鬼は、どうやら2体に分離したときが一番強い鬼だったらしかった。

俺が自分の割り当て分の鬼を切って戻ったとき、首を切り落としたはずの鬼が2体に分裂して炭治郎を襲うところだった。
炭治郎は使っていた呼吸の姿勢のせいで、咄嗟の反応が遅れていた。

雷の呼吸を使って一息に距離を詰める。
2体の鬼からの迎撃攻撃を受けそうだった炭治郎の体を蹴り飛ばし、隙間に自身の体を捻り込みながら呼吸を使う。

炭治郎がここまで弱らせたんだ。

神速ならいける。

気配を探る。
足を踏み込む。
目を閉じる。
雷の呼吸。
壱の型。
神速。

鬼の首を切り落とすのと、それぞれの鬼が伸ばした爪先が俺の下腹部を抉るのとがほぼ同時だった。

…良かった。間に合った。

俺に向かって掛けてくる炭治郎の顔が青い。

「…ごめん…。咄嗟に蹴ったから加減できてなかったわ…大丈夫か…?」


下腹部辺りはずたずたに切られているけど致命傷じゃあない。

…なら問題はない。
約束の期限まであと半月。
俺の体はそこまでだけ持てば良いのだ。
…あとは珠世さんがなんとでもしてくれる。

ゆっくりと鬼の首が落ちていく様子を見て取りながら、俺は意識を手放した。






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「…善逸…」
「…善逸…」

夢現に炭治郎の声が聞こえる。
良かった。
無事だった。

ちょっと強く蹴っちゃったからさ。本当に心配だったんだよ。
俺のせいで炭治郎が怪我するなんて、死んで詫びても足りないもの。

声がする方に笑んでみたけど、上手くできたかどうかは分からない。

大丈夫。

確かに傷は深いけど、致命傷じゃあない。
血鬼術の音もしなかったから、このまま回復出来る。

あの薬を飲み続けて、ようやくもうすぐ念願の日が来るのだ。

なら、俺が傷だらけなのはむしろ瓢箪から駒なんじゃない?
だって鬼化したとき、首を落としやすくなるんだから。


そんなことをつらつらと夢見ていた。

淡い色。
ぼやけた音。
時折聞こえる、優しい音。
俺がいっとう好きな音。
炭治郎から聞こえる、あの優しい音。


…あぁでもこれ、少し…。いや、かなり怒ってるな。
…何かあったんだろうか。
…炭治郎はあまり怒ることないのに。
…誰かが禰豆子ちゃんをいじめたりしたんだろうか。
…そんな奴は俺だって許さない。
…早く。
…早く起きないと…。


身じろぎする。
指の先に硬い指が触れる。
今は少し怖いけど、それでも根底に潜む優しい音に聞き惚れる。


「…た…んじ…?」

思っていた以上に声が掠れる。
頭がぐゎんぐゎんしていて人の声が割れて聞こえる。

耳元で何か話しているけど、よく聞こえない。
でも声自体は炭治郎の声だから、とりあえず頷いておく。


しばらくそうしていると、目の前に珠世さんの顔が見える。

…炭治郎がいなくなったら、術の発動をお願いしなければ。

きっともう、準備は大丈夫のはず。

心配そうな珠世さんの顔が覗き込む。
話しかけようとしていたのに、俺はまた意識を手放してしまっていた。
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