鬼滅の刃

□炭治郎は囲い込みたい
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チュン太郎につつかれながら任務へいくと、そこにはもう1人先輩隊士が先行していた。
「久しぶりだな、我妻」
「…えぇと…、お久しぶりです…?」
確かに以前の任務でも一緒だったことがある人だけど、その時はこんなに親密そうな音を立ててはいなかった。
むしろ、泣いて逃げたがる俺を見て、情けない奴だ、みっともない、みたいな音を出していた人。

…短期間の間に何があったんだろうか。
…良いことでもあったのかね。
…彼女が出来たとかだったら粛正してやる。

そんなことを考えながら山道を歩いていた。
鬼の音は1つ。
あと少しで邂逅するだろう。
その音に気を取られすぎてしまった。

「ぁ痛っ」
「おい我妻大丈夫か。…鬼に遭遇する前から怪我なんてしないでくれよ。お前の腕に期待してるんだから」
呆れたような顔で、前を歩いていた先輩隊士が袂から手拭いを出してくれる。
それを細く裂いて、恐らく木の枝で切ってしまったらしい手の甲を縛ってくれる。

「…きつくないか?この状態でお前抜刀出来るか?」
「あ、大丈夫です」
「…鬼が出たら頼むぜ」
「いや、俺は弱いので。むしろ先輩に守って貰わないといけないので」
思い切り首を振る。

「またそんなこと言ってら。雷の呼吸、だっけ?前に見せてもらった型がすげぇ綺麗でさぁ、忘れられなくて。実は今日も期待してるんだぜ。ずっと瞼に焼き付いているんだ。雑魚程度なら俺も頑張るけど、強いの出たら頼むな」
「いや、雑魚も何も俺は弱いので。むしろ先輩が俺を守ってほしい」
きりりと断言すると、先輩隊士が破顔一笑する。


そのまま山道を歩いていて、鬼の音が近づいて来た、と思っていたのに。
何故だか、気がついたらすでに麓に立っていた。
朝焼けが眩しい。
「あれっ」
周りを見渡すと、先輩隊士が先を歩いている。
「おう、起きたのか」
そう言って、ほら、と包みを渡してくれる。

「今日もありがとな。また任務が合同になったら頼むぜ。…これはちょっとした礼」

「ありがとうございます??…いや、俺何もしてませんけど?」
「良いんだよ。今回お前と合同だって聞いたから用意してたんだ。お互い無事で、渡せて良かった。…我妻はこのまま蝶屋敷だろ?俺はお陰で今回も無傷だし、蝶屋敷までいくと面倒になるだろうし…。このまま帰るわ。じゃあまたな」

爽やかな笑顔を残し先輩隊士が去っていく。

…なんか分からんけど、優しい人だったなぁ。
…この包みはなんだろ。

開いてみると、色鮮やかな可愛い金平糖がたくさん入っている。

そういや禰豆子ちゃん、金平糖好きなんだよね。
お土産にしちゃおう。

うふふと笑みが溢れる。
なんだかよく分からないけど、今日は良い日だなぁ。
そう思った。



「たーんじろっ!ただいまぁ!」
足取りも軽く蝶屋敷の門をくぐる。
「お帰り、善逸。怪我はないか?」
「大丈夫だよぉ。今回は優しい先輩と合同でさぁ。その人が全部やってくれたの」
ひひ、と笑うと炭治郎が俺の手を握り込む。

「…怪我してるのか?」
「ああこれ?木の枝で切っちゃった」
「…この布は」
「その優しい先輩が手当てしてくれたんだよね。あんまり痛くもないし、掠り傷だよ」
「治療に行こう」
「いや、もう痛くもないし血も止まってるからね」
「消毒が必要だ。…これはもう汚れているから用をなさない」
そう言って解いた布を握りしめ、消毒に行く途中で通った厨の竈にくべてしまう。

「…なんでさ…?」
「不衛生だからな。ここは看護所を兼ねているから、ああいうものは持ち込めない」
「…ふぅん…?」

なんだろう。炭治郎からずっと、歯軋りみたいなぎりぎりとした音が聞こえてくる。
こういう時は逆らわない方が良いと俺は経験で知っている。

「どうしました?」
診察室に入った俺達を見て、アオイちゃんが声を掛ける。
「善逸が怪我をしているので消毒をして欲しいんだ」
「ごめんねぇ。もう血も止まってるしかすり傷なんだけどさ。炭治郎が聞かないんだよぉ」
「善逸」
「はいはい、ごめんなさいね」
不機嫌そうな炭治郎は放っておいて、アオイちゃんの前に手を出してみる。
「…あぁ、消毒だけで大丈夫そうですね。今回も大きな怪我がなくて何よりです」
「ありがとう。まぁ俺は何もやってないんだけどね」
「…そんなことはありません」

消毒をしてもらう間に、炭治郎がくんくんと鼻を鳴らす。
「…まだ何かあるな…」
小声でそう言うと、いきなり俺の袂に手を入れて、あの金平糖の包みを握りしめる。
「たんじろ。俺まだ消毒して貰ってる最中なんだぜ?」

目の前のアオイちゃんが、びくっと反応し怯えたような音を立てる。
あらら。炭治郎、まだ不機嫌だねこれは。
時折こうして怖い音を立てるから、周りの人達だって困惑してしまう。
普段は優しい炭治郎だからこそ、一旦般若顔になると怖いんだよね。

「…どうしたんだ。これは」
「その先輩に貰ったのよ」
「…へぇ…」
なんだろな。
また変わった音を立て始める。
アオイちゃんの顔が引き攣っている。
せっかく可愛いアオイちゃんなのに、女の子を脅かしちゃ駄目だ。

「禰豆子ちゃん、好きだろ?夜になったら一緒に渡そうな」
「…一緒に…?」
「炭治郎も好きだろ?前に俺が禰豆子ちゃんにだけ金平糖買ってきたら、羨ましそうな音出してたもの」
「…出してないぞ」
「あぁそうなの?まぁ、あくまで禰豆子ちゃんが先だけどな。禰豆子ちゃんがひとしきり遊んだら、後は炭治郎が食べなよ」
「…貰い物なんだろう?」
「貰ったんだから俺のものだよ。貰った瞬間から、これは禰豆子ちゃんと炭治郎に渡そうって決めてたんだから」
「…そうなのか?」
「そうだよ。だから、その般若顔なんとかしろって。女の子を怖がらせちゃいけない」

眉間の辺りを軽く揉んでやると、いつもの優しい音に戻る。
「そうそう。炭治郎はそういう音がいっとう似合うんだって」
俺が笑うと、つられたように炭治郎も笑う。







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風呂に入っているとき、炭治郎からの視線に気付く。
目が合うと凄まじい音を立ててから、慌てたようにがばっと反対側を向いてしまう。

「…すんごい音だね…」
「いや…、すまない…」
「あー、確かに足が太いからねぇ俺」
「…あし…?」
「見てたじゃん今。雷の呼吸ってどうしても足が大事だからさぁ、足はかなり鍛えてるのよ。炭治郎は水の呼吸だよね。やっぱり呼吸によって、鍛え方が随分違うもんなぁ。カナヲちゃんなんて、花の呼吸でしょ。全然違うもの」
「……あぁ、確かに…、善逸の足は…、よく、鍛えてあるよな…」
「あらありがと。なんならあとで触ってみる?」

ドォンッ、と地滑りのような音が響く。


「さ、あ、さわっ!?」
「伊之助もこないだ気になるからって触って来てたしさぁ。足だけ見たら、伊之助より俺の方が筋肉ついてるのよ」
「…伊之助に触らせたのか…?」
「お互いにね。伊之助の体もすごかったわ」
「…たがいに…」

ビリビリ、と帯を無理矢理引き裂くような音がする。

「…善逸は…、誰にでもそうやって体を触らせたりしているのか?」
「言い方ァ!!なんでそうなるのよ。野郎はお断りだ。…女の子なら大歓迎だけどな!」
「…伊之助や俺なら良いのか…?」
「そりゃ、特別だもの」
「…触っても、良いのか…?」
す、と炭治郎の手が伸びてくる。

「なんで今よ。さすがに素っ裸で触られるのは嫌だわ。あとで部屋でな」
「…部屋で…、触っても良いと…?」
「その代わり俺も触るけどな。ずっと雷の呼吸しか習ってなかったから、他の呼吸の体って興味あるんだわ」
「あぁ、いいぞ。いくらでも触ってくれ」
「んじゃ、あとでな」

…なんだろ。
…炭治郎からものすごい音が響いていて止まらないんだけど。


そういや炭治郎も伊之助も、同年代の友人っていないまま育ってきてるんだよなぁ。
炭治郎は家族がいるから俺達とは違うと思ってたけど、山奥で家族のみで暮らしていて友人はいないと言っていたから、色々と思うところがあるのかもしれない。

こういう友達同士の付き合いなんてものにもきっと不慣れなままなんだろう。
そういう俺も不慣れだけどね。
炭治郎ときたら普段は長男気質を振り回してばかりだけど、たまにはこうして俺達にくらい甘えてみたって良いだろう。
うんうんと1人頷く。


珍しく炭治郎が楽しそうな音を鳴り響かせているから、2人とも寝間着を脱いで互いの体を比較し合った。
これだとほとんど素っ裸だよなぁと思いながらも、風呂場で素っ裸よりは随分ましだと思う。

その晩はたくさん足も触らせたし、上半身も比較のためにたくさん触らせた。
何故だか髪の毛まで散々弄られた。
そして俺も炭治郎の体をたくさん触らせて貰った。

水の呼吸は全身の筋肉を満遍なく鍛えている。
突出した部分は目立たないが、逆に弱い部分もない。
基本の型だから、応用力も高い。
水の呼吸しか習っていない炭治郎が、日の呼吸を使いこなせるほどに。

なるほど雷の呼吸とは全然違うんだなと納得する。
雷の呼吸は習得困難な呼吸だとは聞いていたけど、鍛えるところの根幹から違う。

なにしろ雷の呼吸ときたら、今の鬼殺隊内でも遣い手が俺と兄貴しかいない。
俺は壱の型しか使えないし、兄貴は壱の型だけ使えない。

あれだけじいちゃんにしごかれていた俺達でさえそうなんだから、他の呼吸の人間には1つの型ですら使えるようなものではない。

そう考えると、じいちゃんってすごいよな。
全ての型を使いこなし、12鬼月を倒し、柱にまでなった人だもの。
兄貴が憧れ崇拝するのも理解できる。

そのくらい難しい呼吸だから、他の呼吸の使い手が後から習得しようとしても難しいだろう。
鍛錬開始の幼い時期から、雷の呼吸を習得させようと鍛錬し続けていなければ無理だ。

兄貴も足が随分鍛えられていた。上半身も相当だったけど。
そんな兄貴ですら、全ての型がつかえないほどに習得困難。それが雷の呼吸だ。

まぁそうはいっても俺自身は、壱の型しか使えないわけだけど。

互いにべたべた触っていると、いきなり炭治郎が「厠ッ!行ってくる…!」と飛び出していった。

今夜はすごい音を立て続けていたからきっと疲れているのだろう。

2人分の布団を敷き、片方に潜り込む。
炭治郎の音を聞きながらだとよく眠れるから、今夜はたっぷりと熟睡できそうだった。








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