鬼滅の刃

□子分共が面倒くさい
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茶屋へと向かう。
きっと彼女はまだ起きていて、俺を待ってくれている。
そのことだけを考えて足を動かした。

涙が次から次へと頬を伝い落ちていく。

彼が見つめていた彼岸花を一輪握りしめたまま、麓の茶屋へと向かった。



「…お帰りなさい…」
心底ほっとしたような顔で、彼女が俺を迎えてくれる。

「本当に良かった…。ご無事で…、良かった…」
彼女の頬にも涙が伝う。
「お風呂も用意しています。あと、お食事も。…甘い物もご用意しました。お饅頭と、お団子と、芋ようかん。…明日にでも、召し上がってくださいね…」

「…俺、鬼を切ったよ」
「…そうなのですか…」
「これ、鬼が見つめていた花。…彼岸花。花言葉も、教えて貰った」
握っていた花を彼女に手渡す。

「あぁ…。何と聞きました…?」
受け取った花を見つめながら、色のない声で彼女が問いかける。

「『あきらめ』、『悲しい思い出』、『思うのはあなた一人』。…俺のようだと言われてしまった」
「あらまぁ」
落ち着いた声。しっとりとしたその声に、胸の奥が疼いていく。

「この花にはね…。他にも花言葉があるんですよ。『転生』、『また会う日を楽しみに』。…ね?辛く苦しい中に、それでも先の希望を繋いでくれているんです…」

「…そうなんだ…」
涙がとめどなく流れていく。

「ええ。…希望があるんです、まだ。…だからそんな顔をなさらないで」
彼女が袖で俺の頬を撫でていく。

「…『彼』とは、どうして…?」
「ふふ…。つまらない話ですよ…。奉公先の若旦那に酷い捨てられ方をしたと言いましたでしょう?『彼』に遭遇して、…それで若旦那が、私の腹を刺して…。そいつを喰っていいから、俺を見逃してくれと叫んで逃げたんです。薄れゆく視界の中で、若旦那が『彼』に殺される様を見ていました。…そして、目が覚めたら、こう…」
彼女がくしゃりと笑む。

「…腹の傷は治っているし、本当に驚きました」
「…それで、良かったの…?」
「他にどうすることが出来ます?…ここでこうして、過ごす以外に。…この茶屋の主人もね。宿に泊る若い娘に無慈悲なことを繰り返していたんです。…そして『彼』に喰われた。…『彼』が手に掛けるのはいつだってそんな奴らばかりですよ。…嫌になるくらいに」

「…俺の前に来ていた、同じ服を着た人達は…?」
「あぁ、彼らも同じです。俺達は鬼を狩りに来たのだから、そのくらい奉仕をしろと。押し倒され組み敷かれ、着物を剥ぎ取られているときに『彼』が助けてくれました。…女が1人でこうしたところにいると、それだけで何度も何度も同じ事があるんですよ」

…やんなっちゃいますよねぇ。

その笑顔に潜む昏い陰が深すぎて、俺にはその深淵を覗くことすら出来ない。

「あなたも同じなのかと思っていたんです。…でもすぐに、違うことに気付いた。あなたからはずっと、優しくて強い…そんな心が見えていた。…だからきっと、あなたになら『彼』を切れる。…そう思っておりました」

「…切って良かったの…?」
「聞きましたでしょう…?…疲れたんです。私達」
ふふ、と彼女が笑う。

「…お風呂は支度してあります。食事も、厨にご用意しています。…甘い物も、一緒に。…本当に、召し上がってくださいね。せっかく用意したんですから」
「…ありがとう…。ごめんね。…俺が勝手に惚れてるそいつなら、優しくあなたを切れるのに…。痛みもない、慈悲の刀を振るえるのに。…俺、カスだからさ…。一つの型しか使えないままなんだ…」

「良いんです。そんな人より、あなたの方が。…私達と同じ、苦しい想いを抱えたあなたになら。…『彼』が殺した人間の肉を、私も食べています。…最初から、お気付きだったでしょう…?」
「うん…。俺、耳が良いからさ…。あなたから鬼の音が聞こえているのも、…人を殺してはいないことも…、それでも人の肉を食べていることも…。最初から全部わかってた…」
「でしょう?…なら、あなたは私を切らなければ」

さぁ、とその場に膝をつき、祈るように両手を合わせる。

「…私が全部、一緒に持って行ってあげる…。あなたのその辛い想いも…。報われない辛さも、全部…」
涙を零しながら刀を振るう。

首が消えていく刹那の間に、「だからあなたは幸せになって」と彼女の口が呟いた。










■■■■■■■












蝶屋敷への道をとぼとぼと歩く。

単独任務で、鬼を2体切った。
そして無傷で帰還している。

普段ならもっと嬉しい気持ちになれるはずなのに、それでも俺の心は沈みきったままだった。

…あんなに哀しい音は初めて聞いた。
…あんなにも微笑んで、首を切らせた鬼も。


ぐすんと鼻を鳴らす。



…どうしてあの2人は、俺に首を切らせたのだろう。
…こんな弱いカスなんかじゃなく…。もっと、ちゃんとした人に切られたのなら良かったのに。

そう思った。


蝶屋敷の門をくぐり、屋敷の主の音を探す。
任務が終わった報告をしなければならない。

「…ただいま戻りました…」
「お帰りなさい。…怪我はなさそうですね。なによりです」
「…はい」
「…元気がありませんね?何かありましたか?」
「いいえ、なにも」

首を振る。
鬼の境遇を聞いて泣いていたなんて言えない。

「食事の用意が出来ていますよ。疲れているようですし、食べて寝てしまうのが一番です」
「あぁ…、食事は…、済ませているので…」
彼女が用意してくれていた食事を泣きながら食べた。
風呂にも浸かり、甘いものを食べてまた泣いた。


自分を殺す相手にまで、どこまでも親切な人だった。
思い出して、瞳が潤んでくるのを感じる。


「…疲れが出ているようですね。…お腹が空いていないのなら、もう寝てしまいましょう。隊士は体を整えるのも任務の内ですよ」
「…えぇ、そうさせて貰います。…、…」
「どうかしましたか?」

「…俺、…何処で休んだら良いですか?」
「いつもと同じ部屋で大丈夫ですよ」
「…あの、…いつもと同じって…。俺、何処で休んだらいいですか…?」

「…善逸くん…?」
「あ、いや、すいません、病室のベッドで寝てたことは覚えてるんですけど。…元気なときに寝ていることがなかったから。…流石に、病室で寝てたら他の人に迷惑ですよね?」
「…いつもの離れですよ…?」
「離れ…?…いや、俺…そんなところで寝てたこと、ないですけど…」
語尾がすぼまる。

しのぶさんの瞳が見開かれる。

「…善逸くん…?あなたはいつも離れで寝起きをしていたでしょう?炭治郎くんや、伊之助くん達と一緒に」
「…誰ですか、それ。…伊之助…?一緒に…あぁ、そういや寝てたことありますね…。思い出しました。伊之助と一緒の部屋ですか?…今伊之助、何処で寝てますか?」

「…善逸くん。診察をしましょう。…鬼を倒してきたときのことを詳しく教えてください。今すぐにです」
「えっ!?急にどうしたんです?…倒してきたというか、いや、切るには切ったんですけど…、いや…、俺は何もしてないって言うか…」
しどろもどろになりながら説明をする。

鬼を探しに行ったこと。
山の中に1人、茶屋に1人いたこと。
2人ともとても疲れ切っていて、自ら首を差し出したこと。
首を切ると分かっていて、それでも俺に親切にしてくれたこと。
そのどこからも、嘘の音がしなかったこと。

「…善逸くんの前に、隊士が3人向かっていたはずです。…何故彼らにではなく、善逸くんに…?」

ちょっと言い淀む。
女性に話しても良いのだろうか。…でも柱だし。

「…女性の鬼に、乱暴しようとして殺されたと聞きました。…それで…、俺は乱暴しなかったから…、だから…、俺になら切られても良いと、そう…」

そうだったはずだ。
俺が彼女に乱暴なことをしなかったから、それで2人とも首を切らせてくれた。

「…乱暴を働かなかったから…?それだけで?…善逸くんが倒した鬼は、少なくとも80人は殺していると聞いていましたが」
「そんなにですか…」

首をすくめる。
そんな馬鹿な話があるかと言われても仕方がない。

報酬目当てで鬼を切っている奴らが聞いたら、俺が粛正されてしまいそうな内容だ。

「…伊之助くんはわかりますね…?私のことも分かる…。アオイは?カナヲは?なほは?きよは?すみは?」
「え、何言ってるんですか。分かるに決まっているじゃないですか!」
聞かれている内容に驚く。

「…炭治郎くんは?」
「知りません」

「…禰豆子さんは?」
「…知らないです…」

居心地が悪い。
一体何の確認をされているのだろう。

「…とりあえず、陽の光をたくさん浴びてください。…縁側に面した部屋に布団を用意しましょう。寝ながらでも日に当たってください」
「縁側って…、いや、明るすぎでしょ…」
「今の善逸くんは、何らかの血鬼術が掛けられています。…ですがすでに鬼は倒した後。…ならば、陽の光を浴びる以外の対処法がありません。いいですね?しっかりと浴びてください」
「はぁ…」

首を傾げる。
血鬼術。
…そんなことをするような鬼じゃなかったと思うんだけど。
具体的に、今俺の体はどうにもなっていない。
夜通し任務に就いていて、歩いてここまで帰ってきた。
それで確かに多少疲れている。
…でもそれだけだ。
逆を言えば、何一つ実害がないと言っても良い。

たんじろう。
ねずこ。

しのぶさんに言われた名前には確かに聞き覚えがない。

…知らない人だよねぇ。
…しのぶさん…何か勘違いしてるんだ…。


そうは言ってもやはり柱には逆らえない。
おとなしく縁側の部屋に布団を敷き、その上にごろんと横になる。

色んな音が聞こえる。
人の話し声。
風が通り抜ける音。
洗濯物がひらめいている音。

…こんなところでは安眠は無理そうだ。
…まぁいい。元々こういう環境には慣れている。
…だって俺はずっとこうやって、1人で生きてきたんだから…。



体を沈ませる。
現実と夢の間の薄い膜の隙間に、体のみを滑り込ませる。
意識の方はずっと、現実側にいて夢の側へは滑り込めたためしがない。
…熟睡するって、どんな感覚なんだろうな…。

そんなことを考えながら体を休ませた。





■■■■■■■







「…俺と…、禰豆子のことだけ、忘れている…?」
「えぇ。そのようです。何らかの血鬼術なのは間違いないのですが。…鬼の方はすでに切られていて詳細が不明です。…善逸くんから聞いた話では、そうしたことをするような鬼には見えなかった、ということのようなのですが」
しのぶさんが困ったように話す。

「逆を言えば、善逸くんが2人のことを思い出せば、術は解かれたと思って良さそうです。善逸くんが思い出せるように、手助けをしてあげてください」
「わかりました。…思い出しますよね…?」
「えぇ。一番の友達なのでしょう?きっと思い出します」

「えぇ…、はい…」
どくんと胸が鳴る。


…俺、炭治郎のことが好きなんだ…。


あの言葉も、忘れてしまっているのだろうか。
善逸にとって俺は、果たして本当に友達だったのだろうか…。



「…炭治郎くん…?もし何か知っていることがあるのなら、話してくださいね?」
「…えぇ…。そうします…」
「善逸くんは縁側に面した部屋で寝ているはずです。昨夜は任務で寝ていないようですから…、しばらくしたら行ってあげてください」
「はい」


ずっと友達でいて欲しい。
自分の言葉に嘘はない。
大事な友達だ。
こんな血鬼術なんかで、失われて良い筈がない…。

ぎり、と奥歯を鳴らす。




様子を見るだけだからと縁側の部屋を覗き込むと、そこには乱れた布団が一組敷かれているだけだった。

くん、と匂いを嗅ぐ。

任務明けで、帰ってきたばかりで、一体何処に。
枕元に畳まれた隊服が置いてあるから、何処かへ行った訳ではないのだろう。

…いや。日輪刀がない。

寝たばかりで、日輪刀を持って、一体何処へ。

「…善逸!?善逸!何処だ!」




「…やだ…やだやだやだやだ…助けて伊之助ぇ…」
匂いを辿ると、善逸の声が聞こえてきた。

くん、と匂いを嗅ぐ。
優しくて強い善逸の匂い。
…そして涙の匂い。

どうやら伊之助の胸にしがみつき泣いているらしかった。

「…なんなんだお前…何が怖いってんだ…弱逸…」
呆れたような伊之助の声が響く。

「だって、ぐすっ…、近づいてくるよぉぉ…」
善逸の手が日輪刀を抱き込んでいる。
「だから何がだ。…鬼の気配はしねぇぞ」
「いや、人間、なんだけど…。何か知らんけどさ、怖いんだよぉぉ…」
おろろんおろろんと泣いているところへ行き会う。

「…どうしたんだ善逸、だい」

「ひぃぃぃぃぃっ…!」

大丈夫か、とは最後まで言うことは出来なかった。

伊之助の背中にしがみつきながら、真っ白な血の気の失せた顔で小さな悲鳴を上げている。

琥珀の瞳。
色を失い強張った顔。

…それら全てが、まごうことなく俺の方を向いている。

「ぜんい」

「やだやだやだ!助けて伊之助っ!!」

「だから何から守れって言ってるんだよお前」
伊之助が善逸の頭をはたく。

「…それっ!その、ひとっ…!」
震える指が、真っ直ぐに俺を指していた。
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