鬼滅の刃

□子分共が面倒くさい
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「…お前の音は、『泣きたくなるほど優しい音』なんじゃなかったのかよ」
「わからない。…自分で自分の音を聞いたことはないから…」
「…何がどうなってやがる…」
伊之助が頭を抱える。

「…禰豆子は…、どうだったんだ…」
「あぁ、ねず公か。…あちらは問題なかった。最初は箱のままあいつに見せたんだが。…鬼の音だとはすぐに気付いた。だけど、『優しい音だ』って言ってたぜ」
「…そうか…」
「この子は鬼だけど、人を喰ったことはないはずだ、ってな。…音で分かる、優しい良い子だ、って、そう、な…」

「…なら…、俺だけか…」
項垂れる。
禰豆子にまで怯えて欲しかったわけじゃないが、それでもこうして自分だけが拒絶されてしまうというのは辛いものがある。

「…ねず公を見せたら、最初の時と同じように『可愛い可愛い』って顔を赤くしてたぜ。…そのままねず公と遊んでやがった」
「そう…、なのか…」

手のひらに爪を食い込ませる。
そうでもしないと、今すぐ善逸の元へと駆けだしてしまいそうだった。


「…お前の存在を忘れても、お前の音を聞けば問題ないと思ってたんだが…。こうなると厄介だな…。そもそも術を掛けた鬼がいないんじゃ、どうしようもねぇ」
はぁ、とため息をついている。

善逸がこういう状態になってしまって3日経つ。
善逸の治療に必要になるかもしれないという理由で、俺と伊之助は任務から外れ蝶屋敷に待機している。
俺に関する記憶さえ戻れば、という理由で。
…今の善逸が泣いて縋れる相手が、伊之助だけだという理由で。


最初の邂逅以来、俺は善逸の姿を見てすらいない。

…善逸の耳に俺の音が聞こえない範囲。
…俺の鼻が、善逸の匂いを嗅げない範囲。

今の善逸は、医療に特化した隠の人達と共に蝶屋敷の別宅で過ごしているらしかった。

「そういうわけで、お前はもうしばらくあいつには会えねぇ。俺は今日からあっちの別宅に移動する。いいな。…絶対に別宅の方には近寄るんじゃねぇぞ」
念を押されて、力なく頷くことしか出来ない。


「…だから今のうちに聞いておくぞ。…あいつと何があった。あいつがお前のことだけ忘れてあんなになるなんておかしいだろうが。…絶対に何かがある。そしてお前も、それを知っている。…そうだろう」
「あぁ…。やっぱり伊之助はすごいな…」
項垂れる。

思い当たることと言えば1つしか無かった。

「…あの任務に行く前…。善逸から、好きだと言われた…」
「へぇ。あの弱味噌の方からか」
「…それで…、応えられないと、そう言った。これからもずっと、友達でいて欲しいと、そう…」
「…あ…?…応えられない…?…もしかしてお前、あいつのこと、断ったのか」
「そりゃ…、そうだろう。…俺には応えられない…」
「なんでだ。…いらないのか?あいつのこと」
「いらないわけないだろう。…ただ、俺はずっと、友人として…」
「それでいいのか?…お前もあいつのこと、好きなんだろ?」
「そりゃ、友達として」
「トモダチ?…ならお前、あいつが他のやつとしてても良いのか?」
伊之助が目を丸くする。

「してって、…そんな…」
「そういうことだろ。…てっきりお前の方があいつのこと抱きてぇって思ってると思ってたんだがな…。違うのか?」
「抱っ…!?いや、俺はそんなこと思ったこともないぞ!!」
「ふーん。…お前がそう言うんならそうなんだろ。…じゃあお前、あいつが他の奴に抱かれてても文句はないんだな?」
「善逸は男だろう。…抱かれる側じゃなくて、女を抱く側だろう」
「男相手でも抱けるだろ。何で決めつけるんだ」
不思議そうな瞳が俺を見つめる。

「へぇ。…てっきりお前の方が執着してるんだと思ってたが。違うんだな?あいつが他の奴のものになっても、トモダチでさえいられれば問題ないんだな?」
伊之助が念を押す。
「そりゃ、善逸が決めた相手なら、もちろん…、…」
…もちろん、祝福するとも。
その言葉が何故か、口に出来ない。

「…お前がいらねぇってんのなら、俺が貰っても良いんだよな?」
「…は…?」
我ながら間抜けな声が出た。

「てっきりお前らは両想いなんだろうと思ってたんだが。違うんなら問題ねぇな」
「いや、問題はあるだろう!…男同士だぞ!?何を考えてるんだ!?」
「別に俺は子どもが欲しいとかはないしな。…あいつにもないだろ。…それ以外で何か問題あるのか?」

「…そんな…、簡単なことでは…」
「なんでだよ。隊内でも結構多いだろうが。あいつもあれこれ口説かれてたし、俺にもあれこれ言ってくる奴らがいるし、鬱陶しいんだよ。俺とあいつが恋仲になれば、そういう奴らももう近寄っては来ないだろ」
「…口説かれ…?」
「男からも女からも口説かれてたぞ、あいつ。全部断ってたけどな」
「…だって、…ずっと、…彼女が欲しいって…、そう…」
「言ってただけだろ。…お前のことが好きだったんなら、他は断るだろうが」

「…伊之助は…、善逸のことを、そういう意味で好きなのか…?」
「さぁな。でもあいつ、頑丈だしな。他の奴らに触られると寒気がするが、あいつなら問題ねぇ」
「…そんな理由で…、善逸を抱くとか…、それはおかしいだろう」
「おかしいかどうかはあいつが決めることだろう。嫌ならあいつもそう言う」
「だが、…それは…、駄目だ…」
「何でだ?」
「だ、っ…て…。男同士、だし…。それに善逸は…、俺のことを好きだと、そう…」

ふぅん、と伊之助が頷く。

「でも今は、あいつはお前に怯えているし、好きじゃあない」
がんっと頭を殴られたような衝撃が走る。

「少なくともあいつは俺のことを好きだし、俺もあいつのことは好きだ。…だから問題ねぇな?」
伊之助が立ち上がる。

「じゃあな。…あいつが落ち着くまでは、絶対にこっちに来るんじゃねぇぞ」



そこからずっと落ち着かない。
善逸は一体どうしてしまったのだろうか。
…伊之助は、本当に善逸とそういう意味で触れ合うのだろうか。
居たたまれない気持ちに折り合いが付かず、あちらこちらをうろついてしまう。

俺に関すること以外では、どうやら善逸は今までと何ら変わるところがなかったそうだ。
…しのぶさんから聞いた限りでは。
だから周囲も日常へと戻っていった。
相変わらず俺達3人には任務が入らないままであるけれど、それ以外は日常通りに過ごしているらしかった。

…会いたい。
…善逸に会いたい。

そればかりが募る。

…今まで俺がどれだけ善逸に甘えていたのか。
…向けられる好意の上に安穏と過ごしてきたのか。

それを散々に思い知った。
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