鬼滅の刃

□ご褒美善逸
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そのことに感謝している。
だけど自分のこの恋心は、それとは別にどんどん膨らんでいる。
そのことを、善逸にはもっとしっかり分かって貰わなければならない。


「…仕方ねぇなぁ。わかったよ。何約束したかは確かに覚えてないけどさ。…覚えてない程度のささやかなものなんだろ?…この辺田舎だから近くに店もないけど、明日にでも町に寄ってみるよ。…禰豆子ちゃんにもお土産買ってくるからねぇぇ!何が良いかな?簪?櫛?それとも可愛い着物かなぁ!?」

うふふと笑っている顔を、腕を拘束している方とは逆の片手で握りこちらに向ける。
「ものじゃないぞ。だが約束を違えるつもりはないということで間違いないな?」
「あぁ良いぜ。お前は何が欲しいの?」
にこりと笑む。
言質は取った。


「もちろん、俺と善逸の結婚に決まっている」

「あぁ結婚ね…、…っておい何言ってやがるんだ!?そこは俺と禰豆子ちゃんとの結婚じゃないのかよ!?」
「勿論違う。俺と善逸の結婚で間違いないぞ。この戦いが終わったら、頑張っている長男にご褒美をくれると約束してくれただろう?…俺はちゃんと言ったはずだ。善逸を貰う、と」

「は!?え!?いやお前、頭大丈夫か?何かの血鬼術!?…蝶屋敷、戻るか!?」
途端に慌てたように、善逸の手のひらが拘束を抜け出し俺の額へと当てられる。

「ぜんいつ」
冷んやりとした声で呼ぶと、ひえっと短い叫びをあげる。

「優秀な耳に変わりがなくてなによりだ。俺は確かに約束をした。善逸が欲しい、と。善逸は了承してくれた。…思い出したか?」
「…あ、っと、…え?…あれ…?」
善逸の中で探られたらしい記憶が、何処かの引き出しからあの日の約束を取り出してきたらしい匂いを感じる。


「善逸を貰う。…その代わり、善逸には俺の全てを渡すと、そう」
腕を引き寄せ、膝の上へと座らせて、それから胸の中で抱きしめる。
その耳元で「なぁ?」と囁くと、勢いよくその顔が朱に染まった。

「ななな…、いやだって、あれは、…俺が逃げ出しそうになってるから、それで励ますために言ってくれただけの話なんじゃなかったの…?」
首筋まで朱に染めて、俺を煽るようなことを平気で言う。

「お、俺がさぁ、怯えてたの分かってたんだろ…?だから、それで、…あんなこと言って、励まして貰ったんだと、そう…」
語尾が弱まる。
俺の音がどんな音を奏でているのかは自分では分からない。
だが善逸には聞こえている。
それだけで充分だ。

俺の鼻にも善逸の匂いがしっかりと届いている。
戸惑い、驚き、困惑している匂い。
だがその匂いにはただひたすらに、喜びと羞恥が混じっている。
善逸にも聞こえるよう、すん、と鼻を鳴らす。

「生憎本気だ。俺はあの約束を胸にずっと頑張ってきた。…なのに、頑張って戦って痛みも我慢して、ようやくこれで善逸からご褒美が貰えるのかと思っていたら、当の善逸はいつの間にやら他の男と一緒に、すたこらさっさと消えていた。その時の俺の気持ちが分かるか」
「言い方ァァァ!!!伊之助相手に何言ってんの!?そもそも人も囲まれてて話も禄に出来なかったのはお前の方だろぉがぁぁぁ!?」

「あぁ、あのことは反省した。まさか善逸に逃げられてしまうとは思ってもなかった。…言質は取っているからな。先刻お前は、約束は果たすとそう言ってくれただろう。…俺と添い遂げてくれると。…頼む。俺にご褒美をくれないか」
火照っている頬に唇を這わせると、はわわわわ、という声が甘く耳をくすぐる。

「待って待って待って!?禰豆子ちゃんの前で何してくれちゃってるの!?」
「禰豆子なら知っているぞ。善逸と添い遂げることは話してある。…善逸と伊之助と一緒に、俺達の家に帰りたい。どうだろうか」
禰豆子はずっとにこやかにしている。
たまに羊羹を食み、茶を飲み、穏やかに座っている。


「な、ちょ、待ってくれよ!!合図合図合図ぅぅぅ!いきなり色んな話が渦巻いててもう俺のか弱い心臓が悲鳴をあげているよ!?お前俺を殺すつもりかよ!!!」
「合図?…こういうことか?」
賑やかな唇に、そっと己の唇を合わせる。

ぼんっと激しい匂いが巻き上がったかと思ったら、胸の中でそのまま善逸が硬直している。
これ幸いとばかりにその体を更にきつく抱き寄せ、啄むように、下唇を食むように、何度も口づけを繰り返す。

「まっ、待って、待って待って待ってっ…!」
いやいやと頭を揺らしながら俺の顔を手のひらで押し返す。
ふわりと揺れる金の髪が、さらさらと俺の肌を撫でていく。

「ああ、いいぞ。…良かった。善逸からはまったく嫌がる匂いがしない。そういうところだぞ、善逸」
「ななな、何がさ!?」
「俺が長男だったから良かったようなものの。…そんな匂いをさせられては我慢が出来なくなってしまう、という意味だな」
「匂いなんか出してねぇぞ!?」
「出ているぞ。…とても優しい、甘い匂いだ」
思い切り胸いっぱいに匂いを吸い込む。
優しくて強くて、とても甘い…。
俺が一番大好きな匂いだ。


「…と…、とんでもねぇなお前…、相変わらず…」
恐らくは俺のために淹れていただろう茶を、目の前から取り上げごくごくと一息に飲み干している。
俺がこうして抱きしめているままだから、善逸は自分の茶を取りに行けない。
それでこうして俺の分の茶を飲んでいる、というだけのことなんだろうに、そのことが酷く嬉しかった。

「そもそも、いきなり俺達が家に押しかけたりしたら邪魔になるでしょうが」
「いいや、大丈夫だ。…お館さまも気を遣ってくれたらしくて、隠の人達がすでに手入れをしてくれているようなんだ。勿論善逸と伊之助の部屋もあるぞ」

…善逸の寝室は俺と一緒だが、という言葉は飲み込んでおく。
伝えるのはあちらに着いてからでも遅くはないだろう。

「お館さまが?」
「あぁ。この戦いが終わったら善逸と添い遂げることになっていると報告したら、子ども達が幸せになってくれるのなら手伝いをしたいと仰ってくださってな」
「おい待て。今何か不穏な言葉が聞こえたんだが、俺の聞き間違いだよな?」

「その連絡事項もあって、あの時色々な人達に囲まれてしまうことになってしまった。随分と傷んでいたから、躯体だけを残してほぼ建て直しに近いことになってしまったんだ。更に建て増しもしてくれて、鍛錬場まで用意していただいた。山の上で普通の人達は来ない場所だから、伊之助にも悪くはない環境だと思う」
「そうなのか?」

「あぁ。そのための細かい打ち合わせも相まって、隠の人達とも色々と話をしていたんだ」
「そういや、この屋敷も綺麗になってたっけ。…お館さまに言われたのよ。鬼のせいで親や家族を失った人達のために、屋敷を使わせて貰えないかって。ここは元々じいちゃんの屋敷だから広いしさぁ。もちろん了承したんだけど。…でも、そういう話があるんだったら、ここが無人になるって思ってらっしゃったのかもしれないなぁ…」

「善逸と約束をしたのだから、きっと待ってくれていると信じていた。…それが結果として俺の思い込みだったらしいんだが、そういうわけで放っておいたように思われてしまったのなら申し訳なかった。俺は約束をずっと覚えていたから、善逸もきっと同じだと思っていたんだ」
少しだけ恨みがましい泣き言が口からまろびでる。

だがどうやらその言葉は届いていないらしく、善逸はずっと遠い目をして考えこんでいる。

「…お館さまに言われた言葉があるんだ。『ここに籠もったままでいると、善逸にはよくない影響があると思うんだ』ってさぁ。…まぁ確かに、その通りなのかもしれないとは、俺もずっと思ってた…。ここには、想い出が多すぎるんだ…」
ちくりと小刻みに何度も何度も深く抉り刺すような痛みの匂いが薫ってくる。
その匂いが俺の胸にも響いている。

「…遅まきながら、俺もその話を聞いた。…知らないままで、申し訳ない…」
頭を下げると、善逸が驚いたように手を振る。
「いや、…あんまり、人にするような話でもなかったしさ…」
その哀しそうな匂いに、俺の胸まで切なくなってしまう。

「その辺りのことも、お館さまとは話し合い済みだ。…俺達が埋めてきた家族の墓も、きちんと整えてくれたらしくて。…その横に、善逸の育手の方と、伊之助のお母さんのお墓も、用意してくれているらしいんだ。伊之助のお母さんの墓は空になってしまうが…。お館さまが、善逸さえよければ育手の方の骨壺も納めてくださると仰っている。…どうだろうか」

「…じいちゃんの…」
善逸がぐらりと揺らぐ。

「…じいちゃんの骨…、取って置いてくださったんだ…」
琥珀の瞳から、透明な雫が滑り落ちていくさまをただ見守った。
抱きしめる腕に力を込める。
俺の音が一番落ち着くと言ってくれていた善逸の言葉を思い出す。

ぎゅっと胸の辺りに善逸の耳を押しつけるように抱きかかえ、そのまましばらくそうして抱きしめていた。
普段はあれだけ賑やかなのに、今はただ静かにずっと涙を零し続けている。

そのことが、切なくて切なくて仕方がなかった。



しばらくそうしていると、善逸がすん、と鼻を鳴らす。
袖で涙を拭い、再びことんと俺の胸に頭を預ける。
だからまた、そっとそのまま時を刻んだ。











「…一緒に帰って貰えないか。勿論伊之助には俺から話をする。…善逸は俺に、ご褒美をくれる約束だろう…?」
落ち着いたらしい様子を匂いで感じ、そう上目遣いで強請ると、善逸の顔が再び朱に染まる。

善逸が俺の顔に弱いことを知っていて利用している自覚はあるが、それにしても流され過ぎではないだろうか。
これからは俺がずっと傍で見ていなくてはいけない。
改めて決意を強くする。


「し…、仕方ねぇなぁぁぁ!!約束だもんな!!」
「あぁ。約束したからな。もちろん俺も約束通り、あますところなく俺の全てを善逸に渡すよ。…全て受け取ってくれ」

「…俺も?炭治郎を貰えるの…?」
きょとんと見開かれたまろい瞳が俺を見つめる。

「当たり前だろう?善逸だって頑張ったんだ。…ご褒美を互いに与えあう約束だったじゃないか」
「え、でもそれだとさぁ、炭治郎の方に不利って言うか、いや、約束なんかなくても俺は炭治郎のものだけど、炭治郎はさぁ、そんな俺なんかに縛られる必要はないって言うか」
慌てたように言いながらも、縋るように差し出された手の熱に俺の情欲がずくんと刺激されてしまう。

「そういうところだぞ、善逸!」
「え、え、何がさぁぁぁ!?」
「俺はお前が好きだ!お前も俺のことが好きだろう!だから対等な関係で結婚したい!!!異存はないだろうか!!」
「えっ、あっ、はいっ!?」


「…聞いたな、伊之助。証人になってくれ」

「…で?俺もそろそろそっちに行って良いのか?腹が減ってるんだが」

「いいい、伊之助ぇぇぇ!?いつから!?いつからいたのよぉぉぉ!!??」

「…お前らが勝手に俺の前で盛りだしたんだろうが。権八郎は入ってくるなって威圧してきやがるしよ。お前いい加減、興奮してるとき周りの音が聞こえなくなる癖は直した方が良いぞ。…まぁ話がまとまったんなら良かったぜ。お前は本当に面倒くせぇ」

はぁ、とため息をつきながら、手つかずのまま置かれていた善逸の分の羊羹を一口で放り込み同じく手つかずの茶を啜る。

「お前らが結婚するって話なら、前から聞いてたぜ。こいつが本気なら、紋逸は逃げられねぇだろうなとは思っていた」
「教えなさいよそういうことはさぁぁぁ!!??」
「知らないのはお前だけだろ。しのぶもアオイもカナヲも知ってたぜ」
むぐむぐと咀嚼している端正な横顔を見て、善逸が高音の悲鳴を迸らせる。

「お前が危なっかしいからだろ。足が速いから誰かの危機には他の誰より早く間に合うし、自分を犠牲にすることに躊躇がねぇ。自己評価が低いからいつでも簡単にどうにかなりそうだと言われてたの知らないだろうが。…まぁこいつが般若みたいな顔して他の奴らを蹴飛ばしてちぎって放り投げてお前の隣を死守していたからな。なら彼に任せましょう、きっと幸せにしてくれますね、ってしのぶが言ってたんだ。俺にも黙ってろって言ってきたからな。…しのぶは怒らせたら怖いだろ。だから黙ってた。お前にも何も聞かれなかったしな」

がさごそと戸棚を漁り、残りの羊羹も全て囓り尽くす。

「他の柱も知ってるぞ。あぁ、お前に音柱のおっさんから伝言がある。こいつに飽きたらすぐに自分の家に来いって言ってたぞ。嫁3人と同居できるって言えば揺らぐだろうってさ」
「伊之助!!それは言わなくて良いんだ!!!」
伊之助に向かって叫ぶ。

「俺と来れば禰豆子と同じ屋根の下だぞ!だから俺と来るんだ善逸!約束しただろう!」

「っ、えっ、ちょ、何がどうなってるのさぁぁぁ!?」

「言質は取ったからな!善逸!」

「…そ…そりゃ…、炭治郎が、本当に俺に全部くれるのなら…、俺は…炭治郎が…」

ぷしゅうっと赤くなった善逸が俺の胸の中で縮こまる。


「…だから!そういうところだぞ善逸!!!」
思い切り抱きしめて、腕の中に囲い込んだ。


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