鬼滅の刃

□避けられ善逸と避けた長男
2ページ/6ページ



「我妻、こないだ言ってた店あるだろ。ちょうど近場の任務が回ってきたんだ。誰かと一緒に行くように言われてるんだが、お前、ちょっと一緒に行って案内してくれないか?」
そう声を掛けてきたのは、以前も何度か任務で一緒になっていた先輩隊士だった。

「…内緒だからな?誰にも言うなよ?」
彼はそう言って、幼馴染みの女性との交際を教えてくれたことがあった。

「だからさ、前にほら、お前が買ってたあの飾り…。あれと同じようなものが欲しいんだよ。彼女もああいうのが好きでさ」
任務前に立ち寄っていた街で見掛けた帯飾りを、禰豆子ちゃんへの土産にと買って帰ったことがあった。
藤の屋敷でたまたまそれを見掛けた先輩に購入先を聞かれ答えてはいたが、俺が任務先から任務先へと直行する道程で購入していたため、帰路では立ち寄らないような街だった。

「いいですよ」
笑みながら答える。
叶うことのない恋に身をやつしている分、成就する恋が多少は妬ましいが仕方がない。
こんなにも綺麗な恋の音を聞かせて貰えるのだから、そのくらいの手助けくらいはしてやらないと可哀想だ。

禰豆子ちゃんに買って帰った帯飾りは、その店で働いている職人の手作りだった。
色とりどりの絹糸を撚り合わせ組んだ独特の色合いの紐に、綺麗な硝子玉がいくつもぶら下げられていた。
硝子玉の中には別の硝子で作ったのであろう金魚が浮かんでいて、見た瞬間にとても可愛いと思ったのだ。
大きさの異なるそれらの硝子玉に浮かぶ色とりどりの金魚が綺麗に日の光を弾いているのを見て、禰豆子ちゃんに似合いそうだとそう思った。
実際その帯飾りを禰豆子ちゃんは気に入ってくれて、しばらくそれで遊んでくれた。
月の光の下でも綺麗に輝くその金魚たちを見て、禰豆子ちゃんが嬉しそうに微笑んでいた姿が記憶から浮かび上がる。

確かにあの飾りと同じようなものは、他のどの店でも見たことがなかった。
藤の屋敷で荷を整理していたときにまろびでたそれを、確かに彼は羨ましそうにずっと眺めていた。

「…悪いな。お前の良い人とお揃いになっちゃうけど。…まぁ元々俺はここより随分東に家があるし、彼女ともそこで暮らすことにしてるから、多分出会うこともないだろうと思う…。良いか?」
問いかけられて思わず笑う。

「大丈夫ですよ。まったく同じものでもないだろうし。むしろ偶然出会って同じような飾り持ってたら驚くでしょ」
ひひっと笑うと、先輩もまた密やかに笑う。

「偶然出会したら逆に面白いかもな。だって本当に綺麗だったからなぁ、あれは。…あぁ、礼はするからな。飯くらいは奢ってやるよ」
「やったぁ。俺、飯よりむしろ甘味が良いかも。そういやあの店、近くに餡蜜屋があったわ」
「わかったわかった、じゃあ甘味の方な。彼女は甘味も好きだけど、俺は飲む方が好きでさ。店に詳しくないから任せるよ」
くいっと杯を煽るような仕草をするからまた笑った。

気の良い人だ。
きっと彼女も良い人なんだろう。

そうして簡単な荷を持ってその先輩と任務へと赴こうとしていたとき、視界の端に炭治郎がちらりと映った。
意識を向けて聞いてみた音は、薄い紙で指先を切ってしまったときのような、ひりついた痛みを感じさせる音だった。







…あの音は一体何だったんだろう。
炭治郎は鼻は利くけど、俺ほどには聞こえない。
だから話の内容が聞かれていたと言うことはない。
さすがにその距離に炭治郎がいたら、俺の耳が先に気付く。

もしも話を聞かれていたのだとしても、炭治郎があんな音を立てるような話は全くしていない。
禰豆子ちゃんとお揃いのものを見知らぬ女性が持つことを嫌がるような奴でもない。

だから俺とはまったく関係ないことなんだろうとは思うけれども、それでもあの炭治郎らしからぬ音の旋律は、しばらく耳について離れることがなかった。









先輩隊士との任務を終え、約束通り店へと案内した。
彼は同じようでいて色合いや風合いの異なる飾りを真剣な瞳で選んでいた。
そしてようやく3つまでに絞り込み、そこからは店主に彼女の好みや持っている着物などを細かく伝え、一番ふさわしいと思われるものを買おうと検討していた。

待っている間、俺は可愛らしいうさぎの根付を見つけてしまった。
ちりめんで作られたそれは、とても愛くるしい表情をしていて、目が赤くて耳が長かった。
禰豆子ちゃんが好きな子守歌に出てきそうな躍動感を持ったそれを手に握り、気付けばそのまま買い求めてしまっていた。

…馬鹿だなぁ。禰豆子ちゃんはずっと炭治郎と一緒にいるんだし、渡せる機会なんてないのに。
…いいか。伊之助にでも預ければ。
自嘲する笑みが浮かぶ。

視線の向こうで熱っぽく彼女の魅力を語り音を弾ませているあの人とは大違いだよなぁ。
さらさらと髪の毛を揺らしながら頭を横に振る。


先輩が目当ての物を買い、約束の餡蜜を奢って貰っていたときだった。
僅かな逡巡の後、おもむろに彼が口を開く。

「そういや我妻って、最近よく告白されてるんだろ?…いや、実は俺の同期がお前に告白して玉砕したらしくてさ」
「…あぁ…、え、と…」

どの人のことだろう。
なんとなく座りが悪い。

「いや、違う違う!責めてるんじゃなくて、その逆だよ。…玉砕した本人がさ、我妻に感謝してたっていう、そういう話。…同期って、男なんだけど。…必死の覚悟で告白してたのを知ってるんだよ。…気持ち悪いとか近寄るなとか、そんなこと言われるくらいはあいつも覚悟してて。…でもお前はさ、ものすごい真剣に断ってくれたんだろ。男相手でも女相手でも、同じくらい真剣に対峙してくれるって聞いたぜ。申し訳ないって言ってくれたって。…まぁそれで、そいつはますますお前のことを好きになったらしいんだけど、これからは秘めた恋にするからそれだけ許して欲しいって言っててな。…要は本当にそいつがお前に感謝してたってだけの話なんだ」
甘味が得意ではないと言っていた彼は、頼んだ茶をこくりと飲んでいた。

「…正直それまではさ、我妻って女に甘くて男に厳しいって考えてたの。だから、男に告白されたりしたら派手に嫌悪して振るんじゃないかって、そう、な。…ごめんな。勝手な思い込みだったな。…あんなに真摯に向き合われて、それで振られたんなら仕方ないよなって、そいつも言っててさ」
眉を下げて、申し訳なさそうに笑う。

「だから、これはその詫びと礼」
そう言って、先刻の店で買ったらしい根付を渡された。
そこには硝子で出来た赤い金魚と金色の金魚が、二匹並んで揺れている。

「赤い金魚も可愛いけどさ。こっちの金魚、色がちょっと我妻に似てるだろ?」
そう言って手渡された根付を見つめる。

その赤い金魚の色に目が吸い込まれていく。

これはまるで、炭治郎のあの瞳の色のようだ。
そこまで思って、ふっと視界がぼやけていく。



「我妻の良い人って、金魚が好きな子なんだろ?その子への土産にでもしてやってくれよ。…今回は本当にありがとな。俺が言う義理じゃないんだろうけど、我妻も良い人と幸せにな。…なんか、前に会ったときより疲れてるように見えるから」
「…疲れてる?俺が?」
意外な言葉に目を見開いてしまう。

「んー、それだけじゃないっていうか。…。正直、俺の同期のそいつにはありがたかったんだけどさ。…告白される度に、あんな真剣に向き合ってたらお前だってもたないだろ?…お前の同期って揃いも揃って派手揃いだから相当もててるのも知ってるけど、他の奴らは割とあっさり振ってるって話だぜ?嘴平とか栗花落とか、けんもほろろって話を聞くもの。ひたすら無言だとか、『うるせぇ』の一言で終わられた奴も知ってるけどさ、本当あっさりしてるらしいぞ?」
「…そういう話はしないからなぁ」
伊之助からも炭治郎からも、自分が告白されたときの話は聞いたことはない。
告白されている声や音を、俺が勝手に聞きとめてしまっているというだけの話だ。





「竈門もすごいもててるよな。あいつはもう断り文句も定番らしいけど」
「…定番?」
告白されているのは知っているけど、その返事を聞いたことはない。
聞くのが怖くて、走ってその場を逃げ去るのが常だったからだ。

「好きな相手がいるので応えられません!って大声で喚くらしいぜ」
「…へぇ…。好きな人…」
聞きたくなくて逃げまくっていた話を、いきなりこんなところで聞かされて思わず目眩がしそうになる。

「なんでもずっと片思いらしいけどな」
「まさか。炭治郎ならよりどりみどりでしょ」

それこそ男でも女でも。
炭治郎から想いを寄せられて拒めるなんて、そんな人がいるわけない。いるなんて信じられない。

「すごく優しくて強い人だって言ってるらしい。年上で、誰にでも優しくて、だから自分は相手にされていないんだとか、そういうこと言ってるんだってさ」
「…そうなんですか…」
どうしよう。
本当に聞きたくない。
匙ですくった餡蜜がぽとりと器に戻っていく。

「我妻は知ってるか?竈門の相手」
「…想像も付かないですね」

そこからは無理矢理残りの餡蜜を口に押し込めて茶で流した。


店を出て、このまま郷里に帰るという先輩を見送り、俺もとぼとぼと帰路につく。
正直今は蝶屋敷には帰りたくない。

また任務にならないだろうかと思っているのに、こういうときに限ってチュン太郎はちゅんとも鳴かない。
俺の頭の上で寛いでいるチュン太郎を乗せたまま、両足を右左右と交互に惰性で動かしていく。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ