鬼滅の刃

□今の俺はとにかくこの話を誰かとしたくてたまらない
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「最近どうしたのよ。炭治郎からずっと、なんだか変な音がしてる」
そう聞かれたのは、伊之助が任務に出て行ってしまった後。
伊之助が立てる賑やかな『音』が聞こえなくなって、それでようやく善逸の耳に俺の音が届いた。
そのことが無性に寂しくて切ない。

「…好きな人がいるんだ。でもその人にとって俺だけが『特別』なんじゃない。…それを思い知らされてしまった」
自嘲のように淡々と言葉が零れていく。

「…驚かないのか」
普段と何ら変わらない様子の善逸を見やり問いかける。

…俺に好きな相手がいると聞いたら、善逸はもっと顕著な反応を示してくれるだろうと、勝手にそう思い込んでいた。
そんな己の浅ましさに気付かされてしまう。

「驚かない、かなぁ。だって炭治郎の音、最初一緒に鼓屋敷で任務してたときより、もっとずっと柔らかい音になってるし。そっかぁとは思うけど、驚かないよ」
まろい頬。
まぁるい瞳。
何らの邪気も含んでいないそれが、俺の邪心を煽っていく。

「…俺が誰のことを好きなのか、気にはならないか?」
「今まで言わなかったってことは、そんなに吹聴したいわけでもないんでしょうが。炭治郎が好きになるような子なら、良い子に決まってる。炭治郎は良い奴だから、きっとすぐに相手だって炭治郎のことを好きになるよ。きっと似合いの夫婦になるぞ」
いひひと笑う顔からは、何らの動揺の匂いもしない。
ただただ清純で静謐な、甘い匂いだけが漂ってくる。

「結婚は難しいかもしれないな。…相手は男だから」
「あれ?そうなの?あんなに女の子から告白されてるのになぁ。まぁ、こればっかりはどうしようもないもんな」
あっけらかんとした口調で紡がれる言葉に、瞬間頭が白くなる。

「…相手が男だってことにも驚かないんだな」
「炭治郎のことを信じてるもの。炭治郎が思うように、したいようにしたら、それで良いんじゃないの。それで困ることがあれば助けるからさ。まぁ、俺に出来ることなんてたかがしれてるけどなぁ」
「…助けてくれるのか?善逸が、俺を?」
「まぁ、出来ることなんてほとんど無いだろうけどさ。出来ることがあるのなら、何だって言えよ」
ほわりと笑うその笑みに、封印していた心の重石が砕けていく。

「…なら、助けて欲しい。俺は善逸のことが好きだ。だから俺と恋仲になって欲しい」
「え」
「善逸なら音でわかるんだろう?俺が本気かどうか、聞いてみてくれ」
腕を広げる。
いつものように、ぽすんと胸の中へと飛び込んで来てほしい。

「…いや、そこまで近寄らなくても聞こえるけどさぁ。…たんじろ、頭大丈夫?何処かで打ったのか?…血鬼術の音はしねぇけど」
「…それは流石に、俺にも善逸にも失礼だろう」
むっとしながら言い返すと、善逸から困ったような匂いが揺蕩う。

「んー。だってさぁ。今までそんな素振りなかったじゃないの。恥を晒すなとかそういう事は言われて来たけどさぁ。好きとか言われたことないぜ?俺」
「…我慢していただけだ。善逸は女の子が好きだといつも言っていたから」
「そりゃ女の子は柔らかいし、良い匂いがするしなぁ」
「善逸だってすごく良い匂いがするぞ!」
「自分じゃ分からんよ。ていうか、お前さん以外には分からんわそれ」
呆れたように眉間に皺を寄せている。

「善逸からは、優しくて強くて、柔らかくて包み込まれたくなるような甘い匂いがするんだ。ずっと嗅いでいたくなる。そんな匂いなんだ」
「あー、確かに炭治郎、俺の匂いが好きってのは良く言ってたね」
「…俺が告白したら、驚いて叫んで、善逸の匂いがぎこちなくなるんじゃないかと心配していたんだ」
「そうなのか?今はどうよ?ぎこちなくなってんの?」
「いいや。今まで通りの善逸の匂いがしているぞ」
すんと鼻を蠢かすと、善逸が擽ったそうに身を捩る。

「俺は禰豆子ではないし、柔らかい体も持っていない。四角四面の長男で、融通だってきかない。…それでも善逸のことが好きだ。他の誰にも渡したくはないほどに好きだ」
「…そう…」
困惑したように、善逸がこてんと首をかしげていく。

「…俺はさぁ。捨て子で、忌み子で、誰からも必要とされない要らない子だったのよ。じいちゃんに拾われるまで、禄な暮らしはしてこなかったの。兄弟子からも嫌われていて、居場所なんて何処にも無かった。最終選別でようやく死ねると思ってたら、運良く生き残っちゃってさぁ。任務のたびに泣いてたの。次こそ死ぬぞって」
へにょんと力弱く微笑むその顔が、ひたと俺を見つめる。

「でもさぁ。炭治郎と会って、炭治郎の音を聞いて、おにぎりも貰っちゃってさ。俺のそれまでの人生の中で、俺のことをカスみたいに扱わなかったのは、じいちゃんと炭治郎だけだったの。禰豆子ちゃんを人に戻すとか頑張ってる炭治郎見てたらさぁ。無意味に死ぬんじゃなくて、鬼を倒すため、禰豆子ちゃんを人に戻すため、そのためになら死ねる、だからそれまでは精一杯頑張ろうって思えるようになったんだよ。無駄に死ぬのが勿体なく感じるなんて、俺にとっては初めてのことでね」
ぽつりぽつりと騙られるその言葉の一つ一つが胸を穿つ。

「…善逸とはずっと昔に出会いたかった。そうすれば、そんな想いをさせることなんて無かったのに…」
悔恨の声が漏れる。
言ってもせんないことだとは分かっていても、子どもの頃の善逸が被った苦労のことを思うと忍びなかった。

「それは良いんだよ。過去の話だからさ。…今は、好きだって言われて本当に困惑してるの。匂いで分かるだろ?…炭治郎のために死ぬのなら良いやって思ってたのに、炭治郎がそんなこと言い出すから、なんだかそれさえも駄目になりそうじゃない」
「…俺のために死んで欲しくはないぞ。生きていて欲しい。俺は善逸の全てが欲しい。俺とずっと共に過ごし、生涯添い遂げて欲しいんだ」
善逸の瞳を見つめる。
善逸もまた、目を逸らさないで俺の瞳を見つめている。

そのまま、どれだけの刻限が過ぎただろうか。
とても長い間だったような気もするし、それほど長い間ではなかったような気もする。

ただひたすらに善逸の琥珀の瞳に吸い込まれていきそうな、溺れてしまいそうなふわふわとした感覚を味わっていた。

「うん。良いよ。炭治郎が欲しいのなら全部あげる」
「…そんな簡単に言うものじゃないぞ…!」
「俺は何も持ってないんだ。日輪刀も隊服も支給品だし、帰る家も家族もない。あげられるのはもう命くらいしかないと思ってたのに、死んだら駄目とか言うしさぁ。ならもう、渡せるものはこの身一つしかないじゃない」
「…そういう事を言われては、いくら長男でも我慢しないぞ」
「えっ、何の音だよ?!お前今俺のこと好きって言ったばかりだろ?!なんでそんな怖い音させてるのさぁ!」
怯えている善逸の琥珀をひたと見据える。

「…全部くれると、そう言っただろう…?」
「言ったよぉ!でもなんでそんなことで地響きみたいな音をさせなきゃいけないのさぁ!」
「ずっと我慢していたと言っただろう!なのに簡単にくれてやるなんて言われたら、俺だってもう我慢はしないぞ!」
「何の我慢よ!?好きだって言うのを我慢してたってだけの話じゃないの!?」
ぴゃあ、と怯えたように善逸が瞳に涙を滲ませる。

「なんなんだよぉ!なんでそんな般若みたいな顔になってるの!?」
ぴぃぴぃと小鳥のように喚きながら、善逸が俺に向かって指をさす。
その様子を見て、額に浮かんだ青筋がぴきりと音を立てたような気がした。

「…認識に相違があるようだな。俺はただ好きだと伝えたくて、ただ傍にいて欲しくて、それだけで言っている訳じゃないんだ」
「え」
「…俺は善逸に情欲を覚えている。睦み合いたいと願っているんだ。…そういう意味で、善逸の全てが欲しいと、そう言った」
ひたと見据えると、善逸の体がぴくんと跳ねて硬直した。

「…嘘でしょ。嘘過ぎない?!ねぇ分かってると思うけど、俺男だよ?!」
「勿論分かっているとも。風呂にも一緒に入ったしな」
「やだよぉ!何なんだよその音ぉ!!」
「全部くれるとそう言ったな。言質はとったぞ善逸」

「般若みたいな顔してこっちに来るなよぉぉ!!」
「大丈夫だ。今日は最後まではしない。俺は長男だからな。我慢出来るんだ」
「嫌ァ───ッ!!」
「俺が次男だったら我慢出来てはいなかった。…そのことを、しっかりと体で理解して貰うぞ。善逸」
にじり寄ると、善逸の顔が青ざめていく。

「…最初だからな。無理強いはしない。だからあまり俺を煽らないでくれ」
まろい頬を両の手のひらでくるみこむ。

はくはくと震えている唇に己の唇をそっと合わせる。
ふにゃりとした柔らかな感触に、背筋にびりりと衝動が走って行く。

その唇の形を確かめるように、舌をそっと這わせていく。
上唇を舐め、下唇を舐め、柔く唇で食みながらちゅくちゅくと音を鳴らす。

何かを言いたげにうっすらと開かれた歯列の隙間から舌を挿し込むと、善逸の頬を涙が伝った。
…それでも嫌がるような匂いはしない。

善逸の体を抱きしめる。
そのまま畳の上に押し倒し、甘い匂いをさせている体の上へとのしかかる。
ぬめる舌を吸い、絡ませ、甘い匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、その口内から2人分の唾液を吸い上げ飲み込んでいく。

綺麗な歯列をなぞり、小さな唇のその奥の狭い口内をねぶり尽くそうと試みる。
温かな人肌の体温が心地良く、甘い匂いに犯されながら舌を繋げた。
頬の内側の柔らかな部分を執拗に舐め、上顎をなぞる。
形の良い唇の中は、こんなにも気持ちが良いものだとこの時初めて知ることが出来た。
そのまま固く善逸の体を抱きしめたまま、唇を、歯列を、その舌を貪るように味わった。

唾液が喉に絡んだのか、善逸が軽く咽せていく。
それでようやく唇を引き剥がすと、善逸の濡れた唇から「ぁ…、…」という甘い吐息が漏れてきた。

「…そういうところだぞ善逸…!頼むからこれ以上俺を煽らないでくれ。酷いことをしてしまいそうで理性が保てなくなってしまう…!!」
背中を撫でながら懇願する。
ついでのように唇を食み、ちゅくっと唾液を舐め取った。


「…ぅ、ぁ、…っ…!」
はくはくと震えていながら、何も言葉を紡げないでいるその熟れた果実のような唇。
耳朶まで真っ赤に染まった白い肌。
大きく見開かれた瞳が俺の瞳を見つめている。

その全てが愛おしくて、思わず声を出して笑ってしまった。

「…笑い事じゃないだろうがぁぁ!!何してくれちゃってんの!?あげるって言ったらいきなりそれかよ!合図合図合図!!合図が必要だって何度も伝えただろうがぁぁぁ!!」
そう言いながらじたばたと動くものだから、金の髪がさらりと畳の上に舞ってしまう。
その髪の毛を撫でながら、もう一度「好きだ」と耳元で囁いた。

「…そう言う合図じゃねぇわ!!もっと俺に心の準備をさせろよ炭治郎!!!」
「今のは善逸が悪い。俺はずっと我慢をしていた!!なのにあんなことを言われては、いくら俺が長男でも耐えきれるものではない!」
「何処が耐えてたのさぁぁ!!」
「耐えていたからあれだけで済んだんだぞ!…これから先は、もっとすごいことをするからな。…頼むから受け入れてくれ。…俺から逃げないでくれ…」
「怖いこと言ってんじゃないよ…!!お前本当に俺のことが好きなのか!?」
「好きだ!大好きだ!愛しているぞ善逸!!」
押し倒したままの善逸の体をくるみこむように抱きしめる。

「好きだ。愛してる。俺と生涯添い遂げてくれ。…善逸の全てを俺に預けてくれ」
ぎゅっと腕を回したまま、瞳を見つめて囁いていく。
「…炭治郎から不穏な音がしてるんだけど…」
据わった瞳が俺を睨む。

「今更取り消しは駄目だぞ、善逸。約束は守ろうな。…ちなみに周りは皆俺の味方だぞ。俺が今までどれだけの我慢をしてきたか、知っているからな」
どやさ!と胸を反らせてそう言えば、善逸がますます瞳を据わらせていく。

「…なんの我慢よ。覚えもないわ」
「善逸には覚えがなくても俺にはあるんだ。…俺と添い遂げてくれるのなら、俺の音は全部、いつだって善逸のものだぞ」
そう言うと、ぴくりと善逸の体が揺れる。

「俺と睦み合えば、もっとたくさんの音が聞けると思うぞ。どれだけ善逸のことを愛しているか、善逸が受け入れてくれたら俺がどれだけ幸せになれるのか、善逸ならきっと聞くだけで分かると思う」
ぴくぴくっと反応する善逸を見て、よし後もう少しだ!頑張れ炭治郎!と自分を鼓舞する。

「…そして俺の伴侶になり俺と家族になれば、禰豆子は善逸にとっても妹になるな。善逸は俺と禰豆子と家族になる。生涯家族で過ごすことが出来るんだ」

「…炭治郎…。お前…」
震えるように体を戦慄かせて、善逸が俺の体に手を伸ばす。

「なるなる!俺、炭治郎の伴侶になるよぉぉ!!そうしたら炭治郎と禰豆子ちゃんが俺の家族になるの!?凄すぎない!?ねぇ夢かな!?それって夢かなぁ!!」
嬉しそうに俺の体を抱きしめてくる温かな体を頭から腰の辺りまで思う存分撫でさする。

「なるぞ!これで善逸は俺の伴侶だ!だからこれからは俺と生涯を共に過ごそうな!安心して身を任せてくれ!」
「炭治郎っ!!大好きだよぉぉ!」
ぎゅむっとしがみつかれてはもう、弾む心を抑えきれない。

そのままずっと善逸の体を抱きしめながら、再びその唇を貪り喰らった。
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