鬼滅の刃

□外堀から埋めていく長男とわかっていない善逸
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■▽■△■▽■





「あっ、村田さーん!」
蝶屋敷の縁側。
寝惚けた目を擦りながら飛び出してくる善逸を、村田が見やる。

「起きたのか。遅くまで任務お疲れ。そこに団子があるぞ。ほらそれだよ。来る途中買ってきたんだ。たくさんあるからお前も食べろよ」
「団子?!やったぁ!俺、村田さん大好き!」
寝間着姿の善逸に満面の笑みで抱きつかれ、思わず村田の顔が引き攣れる。

ー…怖い。
ー…普段はにこやかな笑顔を絶やさないはずの竈門家長男の顔が無表情。
ー…完全に無。
ー…何それ一体どういう感情なのさ。いやわかってはいるんだけども。

「…我妻もさ、そういうの軽々しくやるの良くないよ。世の中には悪い人間だっているんだから」
「あー、じいちゃんにも良く言われた。俺、信じたい相手のことを信じちゃうのよね」
照れるように笑い、「俺もお茶を貰ってくるね!」と駆けていく。
…今日は目で追える速さだな。任務のときは動いたことさえ分からない速さだったけど。
そんなことを思いながら、その背中を目で追っていた。

ー…しまった…。

そちらを向いたとき、村田はすぐさま後悔をした。
炭治郎から、ぐつぐつと嫉妬の気配が濃厚に漂ってくる気配を察知したのだ。

「…いやいや?!俺は違うからね?!そういう意味で見てたわけじゃないからね!!」
言い訳のように叫ぶ。

「…わかってますよ…。村田さんは違うって。…でも善逸、今、…大好き、って言いましたね…」
「団子だよ団子のこと!団子団子団子ぉぉぉ!!」
じっとりとしている目線から逃れたくて必死に叫ぶ。

「我妻ぁぁ!ここにあるどら焼きもやるから、ちょっと早くこっちに戻ってこいよぉぉ!!」

村田の絶叫を聞きながら、3人娘達は「皆さんはいつも元気ですねぇ」とのんびり団子を頬張った。










■▽■△■▽■










「…うぅぅ…。今度こそ死ぬかと思ったぁぁぁ…」
ぐすぐすと泣きながら、善逸は蝶屋敷へと向かう。
彼にとっては今回も散々な任務だった。
散々ではなかった任務のことなど記憶にすらないのだけれども。

1人だけ軽傷だった、無傷だった、泣いてはいるが任務に支障は無いからなどと言って、善逸にだけ単独任務が次々入る。
どれだけ泣いても喚いても1人。
そのことにいつまで経っても慣れることがない。

ー…まぁ、チュン太郎はいるけれどもさ。でもさぁ、なんで俺だけこんなに単独任務が多いのよ。

ぶつぶつと涙目で独りごちる。

先刻終えた任務のことを思い出す。
鬼が出るという屋敷の中へ入っていくと、あちらこちらから鬼の音が聞こえてきた。
「やだもうなんなの!?」
泣きながら走って転んで頭をぶつけて、ずっとそのまま気を失っていた。

気が付いたら鬼の音はどこにもしなくて、当然ながら姿もなくて、どうやら気絶している間に、自分は全部の鬼を逃がしてしまったらしいと悟る。
チュン太郎はちゅんちゅんうるさくて、これは絶対俺のことを怒っているなと善逸はそう思った。
ぶつけた頭は痛いし、チュン太郎はうるさいし、任務はこなせてなかったわけだから絶対叱られるし、もう泣くしかないというわけで、ぐすぐすと泣きじゃくりながら蝶屋敷を目指していたのだ。
先にチュン太郎に行って貰い、こんな時間だけど帰還するとだけ伝えて貰う。
誰も起きていなかったら戻ってきてねとそう伝えているけど、本音では誰かに起きていて欲しい。
だって寂しい。誰かに会いたい。会って慰めて貰いたい。
それで泣きながらも、どうにかこうにか歩いてきたのだ。

それでも蝶屋敷が見えてきたらほっとして、なんとか涙を止め、泣き止んでから扉をくぐることが出来たのは上出来だったと自分で自分を鼓舞していた。


「…お帰りなさい、善逸さん」
アオイが出迎えてくれるが、その目は厳しい。
チュン太郎から何か聞いちゃってるんだろうか、と善逸の胸に不安がよぎる。
心臓がどきどきする鼓動の音を感じてしまう。

「夜遅くにごめんねぇ!単独任務だったし、近くに藤の屋敷もなくてさぁ。そんで頭!頭ぶつけちゃったの俺ぇ!」
「…頭…。あぁ、確かに怪我していますね。治療します。どうぞこちらへ」
特段怒っているような音はしないけれど、それでも困っていますという音をさせているのは分かる。
それが辛い。

アオイが手渡してくれた濡れた手ぬぐいで、汚れた顔と手を拭う。
頭のたんこぶに薬を塗って貰って、擦りむいた傷口に薬の塗られたガーゼを当てて消毒して貰う。
それでちょっとは痛みが引いた気がする。

すると、またアオイが新しい手拭いを水に浸し渡してくる。
「…とりあえず、これを目に当てていてください。…涙の痕が、赤くなっていますので」
「えっそう?ありがとうアオイちゃん」

べそべそと泣いていたことまでばれてしまって更に辛い。
でも冷たい手ぬぐいが気持ちよくて、目元に当てていると少しだけ気持ちが落ち着いていく。

「本当にありがとね、アオイちゃん。こんな時間なのに起こしちゃってごめんね」
「…いいえ…。元々起きていましたので。善逸さんこそ目の下の隈が酷いです。とりあえず寝ていてください。善逸さんが眠れるかどうかは別ですが…、どうぞ炭治郎さんのいるお部屋で休んでください」
「…うん…ありがと…。今日は炭治郎いるんだ…」

だからこれはきっと、任務で疲れた自分のために炭治郎を差し出して、その音で癒されておけという配慮なのだろう。
そう思って善逸はアオイに感謝する。

落ち着いて、それでようやく耳を澄ますと、部屋にいるはずの炭治郎の音がかなり険しい。
「えっ…。何この音…。…たんじろ…、何かあったの…?」
不安げに見上げてくる琥珀の瞳をちらりと見て、アオイが視線をずらす。

「えぇ…、ちょっと…。昼に、他の隊士に…、喧嘩を吹っかけられていまして。怪我はないのですが、ちょっと…」
「ええぇぇぇ!!!…はっ!もしかして禰豆子ちゃん絡みのことか!?何処の誰だよ!俺が殺してくるわ!!」
「物騒なことを言わないでください!…ただ、その隊士が…。炭治郎さんにとってとても大切な人のことを、…諦めてくれ、譲ってくれ、と…。かなり強く迫っていたようで」
「巫山戯んじゃないよぉぉぉ!!!禰豆子ちゃんは俺と結婚するんだ!!それを譲れだとか炭治郎が頷くわけがないでしょうがぁぁぁ!!!」
「…絶対に大事にする、心の底から愛しているのだと、そう強く言われてしまったようです…」
「もう許せない!絶対に許せない!粛正だよ即!粛正!!何処の誰だよそんなこと言ってくる馬鹿はぁぁ!!」
「…せんだっての任務で善逸さんと一緒だった人のようですよ。右手の甲に傷があって、黄色いお守り袋を持っている…」
「あいつかぁぁぁ!!!」
記憶の底から浮かび上がった男の顔を思い出す。






その男は、家族を全員殺されて鬼殺隊に入隊したのだとそう言っていた。
鬼に殺されそうになっている母に向かって手を伸ばし、その手の甲を裂かれた。
それでも掻くように差し出したその指の先に、母が持っていたお守り袋だけが残された。
自分が家族を思い出すためのよすがはもう、このお守り袋しかないのだと、大事そうに握っていた。



その彼が今、涙を堪え必死にお守り袋を探している。
善逸より1つ下の隊士。
階級は癸。
鬼は倒したとはいえ暗闇の中。
鬼の音が近づく前に、彼は大切なお守り袋を袂に入れ、いつでも刀を引き抜けるようにと警戒していた。
鬼が腕を振り上げたときに破れた袂からまろび出たらしいそれを、だから善逸も共に探し続けた。
たまたまその日は新月で、頼りない星明かりの下でひたすらに探し続けていたのだ。

「炭治郎がいれば匂いで探せるんだけど。…俺にはあんな取り柄がないからごめんねぇ…」
「いえ、俺の勝手な都合なので。…鬼も倒して貰って、俺、足手まといにしかなってないし…。どうぞ先に帰ってください、我妻さん…」
そう言って涙を浮かべながら探し続ける彼のことを、どうしても放ってはおけなかった。

「俺、耳だけは良いんだけどさぁ。これじゃ何の役にも立たないよね!ここにいたのが俺でごめんねごめんねぇ!」
喋っていないと落ち着かなくて、彼から聞こえる音があまりにも寂しそうで切なくて、それで色々と喋り続けた。

「炭治郎なら本当、すぐに探し出せるんだよ。あいつ、鼻が利いてさ。鬼を探すのにも役立ってんの。すごく良い奴でさぁ。あいつがここにいたら、きっとすぐに見つけ出してくれるのになぁ。きっと今頃蝶屋敷だよ。俺達家がないからさ。それで蝶屋敷を拠点にさせて貰ってるのよ」
手探りで落ち葉を掻き分け、木の枝や鋭い葉っぱの中を探し続けて、2人とも泥にまみれ擦り傷まみれになっていた。
それでも見つからない。
沈黙のまま探すのが心細くて、それで善逸はひたすら話を紡ぎ続けた。

「炭治郎はさぁ、本当に優しい奴なんだよ。妹がいてさ、すごく可愛くて優しくて、素敵な音がする女の子なんだ。炭治郎はずっと妹を守り抜いていて、頑張ってるんだよ」
だからとりとめもないことを沢山話した。

「炭治郎からは本当に綺麗な音がするんだよ。あんなに泣きたくなるほど優しい音を聞いたのは初めてでさ。あいつの音を聞いてるとよく眠れるの。俺」
ひひっと笑いながら、それでなんとか彼が落ち込まないよう気をつけた。

「でもさ、炭治郎も俺の匂いが好きなんだって。嗅いでると安心するからって良く嗅がれてるの。俺もあいつの音聞いてると安心できるからさ。任務がなくてぼーっとしてるときなんて、大体俺、炭治郎の膝に腰掛けて背後から抱えて貰ってうとうとしてるんだよね。音が聞こえて安心するし、あいつも俺の匂いで安心するみたいだしさぁ。だから俺の方が年上なんだけど、あいつに頼りっぱなしなわけ。…そういや君も、炭治郎と同い年なんだよね」
視線を低くして探していたからか、善逸の髪の毛が木の枯れ枝に絡んでしまう。
そのまま引き千切ろうとしていたら、彼が柔らかく善逸の手を握り込み、その手を止めた。

「駄目です。折角こんな綺麗な髪なのに」
「あぁこれ?昔雷に打たれてさぁ。それでこんな色に変わっちゃったの。おかしいでしょ」
「おかしくないです。…すごく、綺麗です。星の光の下でこんなに綺麗なら、月の光の下ではどんな風に煌めくのだろう、陽の光を浴びたらどんなに輝くのだろうって思っていました。…あぁ、これで解けましたよ。…善逸…、さん…」
「ありがと!もうじき夜も明けるし、探しやすくなるぞ。大事なものなんだから、絶対に見つけてやろうな!」
そう言って笑うと、彼もまた頬を染めて笑い返してくれた。

空が白んでくる頃、ようやく目指すものを見つけた。
「あったぁぁぁ!これじゃない!?ねぇこれなんじゃないの!?」
思っていたよりも高いところに引っ掛かっていたお守り袋。
得意の木登り能力を発揮して、善逸はいとも簡単にそれを手にした。

「大事なもの、見つかって良かったなぁ」
手渡すと、その手をぎゅっと握られた。

「すいません。俺の不注意のせいで、善逸さんまで泥だらけになっちゃって…」
「君だって泥だらけでしょ。下に藤の屋敷があるから、戻ったら風呂に入らせて貰おうな」
「はい…」

大事なものが見つかって、それでようやく堪えていた涙を流し続ける彼の背中を撫でながら藤の屋敷へと向かった。
屋敷の門をくぐり、交代で湯浴みをする。
そうしてお腹いっぱいになるまで朝ご飯を頂いて、それでようやく彼の顔にも笑顔が戻った。

「…やっぱり思っていた通りでした。陽の光の下で見る善逸さんの髪も瞳も、とても綺麗です」
そう言って褒めてきたりするものだから、善逸の頬は真っ赤に染まる。
「そんな褒めても何もねぇぞ!」
そう言いながら、朝ご飯の後に出された饅頭を美味しい美味しいと頬張りながら食べている彼を見て、自分の分を綺麗に半分こして渡してやった。
「沢山食べて大きくなれよ!…ってもう、俺より大きいくらいだけどなぁ!全集中の呼吸、しっかりやっておけよ。あれ、体力使うからさ。体を作っていく時期だし、だからこれも食べとけよ!」
笑顔で半分渡すと、彼の頬もまた真っ赤に染まった。
耳朶まで赤くしている彼を見て、善逸は残りの半分を満足しながら頬張った。
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