鬼滅の刃

□幸せになろう、善逸
2ページ/4ページ




「…善逸…、頼みがあるんだが良いだろうか…」
抱き合いながら囁けば、善逸がこくんと頷く。
頼みの内容を聞く前に頷くのは、善逸の心の中で俺が信頼されている証だろうか。
それがどうにも擽ったくて嬉しい。

「…俺の肌にも…、吸い痕をつけてくれないだろうか」
「ぇ…?」
「強く、吸って欲しい。…善逸に、痕を残して欲しいんだ…」
「…たんじろ…」
「吸ってくれ。…ここに、痕を刻んで欲しい…」
心臓の上を指さすと、善逸が顔を朱くしながらもこくりと喉を鳴らす。

「…この、辺り…?」
つんつんと指でなぞられ、それだけで悦楽に溺れてしまう。

「…ん…」
ちゅく、ちゅく、と何度も食まれ、啄まれ、つくんとした心地良い痛みを伴う熱が宛がわれていく。
「…ついた、かな…」
嬉しそうに笑まれ、再び陰茎に熱が集まっていく。

「…すまない。こちらを触って貰っても良いだろうか」
善逸の手を握りそこへ導けば、かぁっと肌を赤くしながらそれでも握り込み扱き始める。
「…そのまま、最後まで、頼めるだろうか…?」
んっと息をつきながら頼み込めば、善逸の瞳の琥珀が揺らぐ。

「…たんじろが、大丈夫なら…。もう1回…、抱いて…ほしい…」
ぎゅっと瞳を閉じて言われるものだから、微かに残っていた理性も残らず吹き飛んだ。
そのまま無言で善逸の体を引き倒し、貪るように唇を奪い、抜いたばかりの蕾へと再び屹立を深く深く挿し込んだ。




残滓のような理性が戻ってきたときには、善逸はすでに意識を手放してしまった後だった。
しどけなく眠る姿は清純なのに、白い肌に刻まれている吸い痕や噛み痕が淫らがましく更に俺の淫欲をかき立てる。

…駄目だ。いけない。これ以上は嫌われてしまう。

満ち足りた気怠さの残る体を起こし、濡らした手拭いで善逸の体を丁寧に拭う。
すぅすぅと穏やかな寝息を立てている唇へそっと接吻を落とし込み、その体に寝間着を着せかけていく。
金の髪に指を絡ませ、愛しい人の体を撫でる。



明日はこの蝶屋敷で、ささやかな宴が予定されている。
鬼の首魁を討ち取った。
傷ついていた隊士達もようやく皆回復した。
最後に回復したのがおそらく俺だろうと思う。
そして多くの人が亡くなった。
その死を悼み、生き残っている者達は生を喜び、あの戦いに区切りをつけるための宴。
…その席で、ついに善逸と結ばれたのだと公表してしまったら怒られてしまうだろうか。
…ずっと恋い焦がれていた想い人が、自分の腕の中に囲われてくれた。
その喜びを、打ち明けてしまいたい。
そんな幸せな未来を思い浮かべる。
長く暗かった絶望の日々に、ようやく終焉が訪れたのだ。

蒲団を延べ、その上に善逸の体を乗せる。
匂いを胸いっぱいに吸い込んでいく。
善逸の体から、俺の匂いが揺蕩っている。
それがどうにも擽ったくて嬉しくて、とにかく俺は幸せだった。
ふわりと香る甘い匂いを抱き込むようにして眠りについた。






■▽■△■▽■









「あれ、我妻。こんなところで何してるの。今頃皆で宴の最中なんじゃないのか?俺も今から行くところなんだけどさ」
「あぁ、村田さんこんにちは。もう皆揃ってましたよ」
そう笑顔で言われ、村田が訝しそうに首を傾げる。

「お前だって功労者だろ。…なんで宴に参加してないんだよ」
「や…、だって、知らない人がたくさん来るみたいだし」
「そうか。お前、人見知りなんだっけか。…でも、だからといってこんなところで何してるんだよ」
「あぁ。もう行こうと思って」
「行くって、何処に」
「何処にしようかなぁ」
「…おいおい。その程度の展望で出てきたのかよ。蝶屋敷だって、落ち着くまでは皆居て良いって言われてるんだろ?」
「俺、元々奉公してたんで。何処かには落ち着けるでしょ、多分」
「多分ってなぁ。…そんなんじゃ、他の奴らも相当引き留めたんじゃねぇの?」
「あぁ。昨夜、一足先に皆に挨拶したし、それは大丈夫かなぁ」
「竈門は?あいつもそれで良いって言ってたのかよ?」
「炭治郎?…うん。昨夜挨拶したよ。分不相応な餞別も貰っちゃったし。…なぁチュン太郎」
「…餞別?」
村田は再び首を傾げる。
村田の認識では、竈門と我妻の2人は恋仲の筈だ。
特に竈門の方が執着していて、手元から離すことなど考えたことも無いと言った風情だった。
実際、鬼が居なくなったら我妻を連れて家へと帰るのだと語っているのを聞いたこともある。
なのに、行く当てすらない我妻を、餞別だけ持たせて何処とも知れぬ場所へと手放してしまう?
何処かに何か齟齬があるような、そんな違和感を覚えた。

「…我妻は、それで良いのか?」
「え?何が?行く宛てがないのは皆同じでしょ?鬼も居なくなったんだから、自分で自分の生活を支えなきゃ」
「…独りでか?」
「いやいや、独りじゃないんで!」
「…後から竈門も合流すんの?」
「え?なんで炭治郎が?チュン太郎ですよ。チュン太郎」
そう言って善逸は、頭に乗せた鎹雀を手のひらで撫でていく。
「…まさかお前がついてきてくれるなんてなぁ。俺、お前が何言ってるのか分かんないのに。今からでも炭治郎のとこ戻ってもいいんだぞ?」
「…独りじゃないって、雀の話…?」
益々違和感が膨らんでいく。
鬼殺隊で培った感覚が不穏の気配を感じ、村田は落ち着かない気持ちと格闘する。

「チュン太郎が一緒にいれば、俺もご飯とかちゃんと食べられそうだし、ありがたいけどなぁ」
「…ちょっと待て、我妻」
「じゃあね村田さん。色々ありがとう!」
手を振りにこやかに歩みを進める善逸を見て取り、村田は一気に蝶屋敷へと走り出す。

…きっと俺じゃ駄目だ。
…何を拗らせているのかは知らないが、竈門!あいつ何してるんだよ!竈門…!

鬼の首魁を倒した功労者の男に対し、村田は頭の中で思いつく限りの罵詈雑言を吐き散らしながらひたすらに走った。




蝶屋敷へと走り込むと、人波の向こう側でまさにその竈門炭治郎が、ひょこひょこと頭を振りながら何かを探している。
…何かってあれだよ!間違いなくあいつ…!
村田は大きく息を吸い込んで叫んだ。

「竈門!我妻なら来る途中見かけたぞ!チュン太郎と2人で暮らすって言って出て行った!町の方へ歩いて行ってたから、何か言いたいことがあるなら追いかけろ!まさか本当に、餞別だけ渡してさよならするつもりじゃないんだろう!?」
途端振り向いた男は、まさに般若の形相をしていた。
その顔を見ただけで、大体のことを察してしまえる己が憎い。
村田へ声を掛けることさえないまま駆け出していった竈門の後ろ姿を、村田はそっと見送った。



「…善逸が、出て行ったって?」
くつくつと笑いながら、宇髄が村田へと話しかける。
善逸ほどではないにせよ、村田も柱と話す事は苦手である。

「住んでた所に帰るんじゃないのか?」
そう答えた縞々羽織の男も柱だ。
なのでそっと後ろへ後ずさる。

「いや、桑島さんの屋敷はお館様に返却されているはずだ。そのことは善逸も知っている。家族を亡くした奴らの仮住まいとして使うって聞いているが」
宇髄がそう答えれば、周りにいた人達も首を傾げる。

「…善逸?炭治郎からの手紙に書いてあった名前か。…どうして炭治郎が探しているんだ」
「冨岡さん、分かっていないのなら口を閉じておいてくださいね。場が混乱してしまいますので」
村田にとって唯一会話が可能な水柱を見掛けるが、隣に立っている美女もまた柱であるため更に後ろへと下がる。

「また、奉公にでも出る気なのかね…」
宇髄が独りごちると、村田の背後でどさどさっと荷物を取り落とす音が響いた。

「…善逸さんが…?出て行ったって本当ですか…?」
蒼白な顔の美少女が村田を見つめている。
先日初めて出会ったこの少女は竈門の妹だ。
それを知っているため、村田は少女を物陰へと誘い込み先ほど交わした会話を残らず少女へと伝えた。
…流石に個人的な話すぎる。
…自分の口から柱へと伝えることは出来ないが、この少女はあの2人の家族なのだから。
そう考えたのだ。

「…何があってあんなに拗れてるんだ、我妻と竈門は…」
ため息をつくと、少女が頭を抱えていく。
「お兄ちゃんから、少しだけ聞いています。…告白して、受け入れて貰えて…。それで昨夜…って…」
「…あー…」
村田は頭を抱えた。
「それで出ていったのか。…あいつ、本当に何考えてるんだか」

…それでか。
…それで拗れたのか。
…知るかよ。
…痴情の縺れかよ。
…頼むからそんなことに俺を巻き込まないでくれ。
ため息をつく。

「…あとは、竈門次第だろ。俺達に出来ることは何一つない」
そう締めくくると、蒼白な顔の美少女も力強くこくりと頷いた。







■▽■△■▽■
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ