鬼滅の刃

□炭善一丁!
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あれあれ〜これはなんだろ虫刺されかなぁ〜??
ねぇねぇお兄さん、この痕はなぁにぃ〜???
教えて教えて〜!!
なんて台詞がまかり通るのは本物の小学1年生までだ。
体は子ども頭脳は大人の名探偵でもそんな台詞を吐いてはいけない。
だって本当に一目瞭然なのだから。


そんなことを考えていた時、ちりりんというベルの音と共に、人が入ってきた。
「あれ、正一君!」
善兄がにぱぁっと笑う。

「来てくれたんだぁ!いつもありがとね!正一君もお祭りに行くの!?」
今居るこの店の奥からは姿が見えていないはずなのに、善兄が店の方へひょこりと覗いて顔を出す。

「正一!こっちに来て!今の善兄、人前に出せない!」
俺の親友である正一を店の奥へと呼び込む。
俺の友達として家に連れてきただけのはずなのに、何故か善兄は親しげに名前を呼び、話し掛けに行く。
正一の方もそれに違和感を覚えることなく応じている。
というか、むしろ俺達より遠慮なく突っ込んでいる。

「善逸さん。なんでそんな格好を?恥ずかしくないですか?あなたの不用意な振る舞いで炭治郎さんが般若になるんですよ?あなたの記憶力は一体何のためにあるんですか?」
「ぐっは…グハァッ…!すごい切れ味の言葉が…!」
善兄が倒れ込むふりをする。

何故か善兄の竈門家貯金の使用先には、正一兄妹も含まれている。
俺と正一が一緒に居るときは、善兄は絶対俺と正一に差をつけない。
それでなのかどうなのか、正一もまるで昔からの知り合いであるかのように善兄に接しているし、あれだけ嫉妬深いはずの兄ちゃんですらそのことに対して何も言わない。

なんとなく俺が疎外感を感じる瞬間だ。
そうは言っても善兄が場を楽しくさせてくれるから、寂しい思いをすることはないんだけれども。


「後で一緒に回ろうって約束してたんだ。とりあえず、正一も饅頭食べるか?」
「ううん。今は良い。後で一緒に屋台に行こう」
「わかった」
「えっ。竹雄くんも正一君も何を食べるの?俺も一緒に回りたい!」
「善兄は、まず着替えてからだよ」
宥めるようにそう言えば、正一もまたこくりと深く頷いた。


「…折角買ったのに。皆で神輿担ぐの、楽しみにしてたんだぞ。お祭りなんて、俺初めてなんだからな!?」
「あれ。去年は炭治郎さんと一緒に行かなかったんですか?」
「去年も一昨年もその前も、炭治郎はずっとお店で忙しくしてたでしょうが。…俺1人で行っても詰まらないもの」
「そうだったね。…善兄が着替えてきたら、一緒に出ても良いよ」
「俺はお祭りの法被が着たかったの!」
「気持ちは分かるけどそれは駄目だよ。兄ちゃんが絶対に許さない」


そうして軽く言い合いになっていたその時、奥からふわりと良い匂いが漂ってきた。
「あ、焼けたみたい」
手を洗い消毒して焼き場へと向かう。
店の中にも徐々に人が増えてきている。

これから神輿を担いで練り歩き、日が暮れる頃にお宮入りする。
それから神社で巫女舞が奉納され、屋台が賑わいを見せていくのだ。
店の前では先刻よりずっと、花子と茂が持ち帰り用のミニパン詰め合わせを売っている。
その横で六太が、売れた分だけパンを補充している。
歩きながらでも食べられるように焼かれた種々様々な小ぶりのパンは、このお祭りの名物の1つにもなっている。

それでも通常のパンを欲しがる人達もいるし、定期契約してくれている喫茶店やカフェ用に焼くパンもある。
今日はお祭りだから、喫茶店もカフェも、通常の3倍予約が入っている。
店内のパンも、普段より3倍増しで回転している。
焼けた端から補充しても、すぐに売り切れるのだ。

だから、すべてのパンが売り切れた後がようやく俺達の休憩時間だ。
祭りに繰り出し、屋台を冷やかす。
だけど兄ちゃんだけは、後始末やら明日のための仕込みやらで毎年1人だけ居残ってくれていた。
まぁそうは言っても、ここ数年は善兄と一緒に店で過ごしていたらしいことは知っているんだけどさぁ。
だからこそ今年は、明日を店休日にして兄ちゃんと善兄を祭りに行かせてあげよう。
家族全員でそう思っていたのだ。
善兄のこの格好を目にするまでは。


焼き上がったパンを受け取る際、兄ちゃんにこっそりと「善兄の格好、ピンチ」とだけ耳打ちする。
まぁ善兄は耳が良いから、こそこそ話なんて出来た試しはないんだけれど。

それを聞いて真顔になった兄ちゃんが、帽子を置いて店の奥へと向かっていく。
兄ちゃんは鼻が良いから、善兄が今何処に居るのかを口にしなくても間違いなく善兄の居場所が分かる。

だから後はもう2人に任せよう。
俺は正一と祭りに行くのだから。




「善逸!?なんなんだ、その破廉恥な格好は!!」
パンを並べて店の奥へと戻れば、案の定そこには兄ちゃんの怒鳴り声が響いていた。
俺はもう口を出さない。
今並べたパンさえ売り切れれば、それで今日はもう店じまいだ。
今はレジで母さんと姉ちゃんが格闘している。
だから売り切れ次第片付けられるよう、祭りに行けるよう、今はただそのための準備を着々と進めていく。
隣では心得た感じの正一が、締めの計算を手伝ってくれている。


「破廉恥って何がさ!?皆でお揃いなんだわ!外見てみろよ!皆同じの着てるだろ!?誘われたの!」
「誘われたって誰にだ!?」
「鱗滝さんだよぉ!じいちゃんも兄貴も同じの着るの!皆で神輿担ぐんだわ!邪魔してるんじゃないよお前!」
「邪魔ではない!善逸の方こそその格好をあらためてくれ!!」
「着替えない!いつもの喫茶店とカフェにパンの出前に行ったら、俺は神輿を担ぎに行くんだよ!皆でわいわいお祭りするの、俺の夢だったんだからな!邪魔すんなよ!?」
「出前!?その格好で出前に行くつもりだったのか!?」
「なんなんだよその顔!!出前はいつも俺が行ってるだろうが!!俺だって竈門家の一員なんだからな!?」
「いいや駄目だ!そんな破廉恥な格好で人前に出るなんて絶対に駄目だ!」
「何処が破廉恥なのよ!?お前の問題だよ煩悩のさ!!」
「そんな格好で出歩いたりしたら善逸が食べられてしまうと行っているんだ!そんなあられもない格好を見せるのは俺の前だけにしてくれ!」
「俺はなぁ!ものすごくもてないんだぜ舐めるなよ!?」
「俺にも竈門家にももてもてだ!」
兄ちゃんがどやさ!と胸を叩いている。

いやぁ。
口には出さないけどさぁ。
善兄って、結構もててるんだよ。男にも女にも。
兄ちゃんが居るから、それで皆諦めているだけで。
善兄と兄ちゃんがつけているお揃いの指輪を見て、それで。
善兄は基本誰にでも優しい。
特に女性には優しいし、その癖暴漢だの痴漢だのには容赦ないし、なおかつ才能だってある。
こんな辺鄙な片田舎の商店街にまで、無償で楽曲提供してるくらいには。

あの曲、今ではネットでちょっとした人気の曲ですよ。
歌ってみたとかMADしてみたとかですら人気だもの。
反して弾いてみた、はあまり人気がない。
単純に難しすぎて、ネットに投稿している事で満足するようなレベルの人達では、善兄のあの超絶技巧を模倣できないからだ。


そうこうしながら、正一と2人で祭りに出ることだけを考えながら作業に没頭していたその時。

「ヒャッ!?」
艶のある声で、善兄が軽く叫んだ。
ついうっかりその方向を見てしまうと、兄ちゃんが善兄のお尻をさわさわと撫でているところだった。

「こんなところで一体何しちゃってくれてんのさぁぁぁ!!??」
「…やっぱり、今穿いているのは褌だな…?」
「そうだよ!折角の法被だから新しく買ったの!穿き慣れてるし引き締まるし!!だから触ってんじゃねぇよお前!!」
「…これはもう、誘われていると思ったら良いのか?」
「やめろーっ!!何でそんな目で俺を見てんだ!!」
「今焼き上がったパンで今日の分はもう仕舞いだ。…後はゆっくり過ごせる。部屋へ行こう、善逸」
「行くわきゃないでしょうが!!俺はこれからパンの出前に行って!神輿担いで!!お祭り行って!!思いっきり遊ぶって決めているんだからな!?」
「すまないがそれは諦めてくれ」
「いやだからそれが嫌なんだわそれが!!なんでわかんないのお前さ…!!」
「善逸が誘うような格好をしているからだろう」
「少しも誘ってないんだわ!皆と同じ格好なんだわ!!なんならじいちゃんだって兄貴だって今日は同じ法被に褌だからね!?」
「俺は善逸さえ傍にいてくれればそれで良いんだ」
「格好つけてもなんもねぇぞ!?」
「善逸」
「やめろぉぉ!!そんな目で俺を見るなあぁぁぁああ!!」


これはちょっと兄ちゃんが優勢なのかもしれない。
あと少しで片付けが終わる。
そうしたら六太や茂や花子を連れて祭りに行こう。
正一と2人の方が断然面白そうではあるけれど、普段頑張ってくれている兄ちゃんのためにも今日は俺が犠牲になろう。


「ア゛――――――――ッ」
善兄の高音がまろび出る。

兄ちゃんの手が、善兄の晒しの中と短パンの中へ入り込んでいる。ような気がする。
いや、見てないから分かりませんよ。
見てない見てない。
俺は何も見てないよ。

俺も正一も常連さんも、善兄の声が良く響くことには慣れているけど、今日は飛び込みのお客さんも多いからなぁ。
善兄の高音ボイスに、驚いてなければ良いけど。

「だめ!だめだめだめ!!今日は絶対に駄目!!」
「どうして」
「お祭り!行くの!…お前がそう言ったんだろうが…!祭りに行こう、花火も行こう、旅行にも行こう、って!!だから俺はずっとお祭り楽しみにしてたのに、なんでお前が邪魔しようとするのさ!!そもそも、パンの出前はいつも俺の仕事でしょうが!邪魔すんな!!!引っ込んでろ!!」
善兄の足が上がったと思ったら、兄ちゃんの頭上へと振り下ろされたあとだった。

そして蹲ったのは善兄の方。
…そうか。
兄ちゃんのあの石頭、善兄の踵落としよりも強いのか…。



「…わかった…!だったら、この衣装は脱がない。その代わりこの格好の上にもう1枚着る。それで良いんだろ!?お前の上着とズボン借りるぞ!…だけど俺がここまで譲歩してやったんだからな!!この格好で神輿担ぐの、本当に楽しみにしてたんだからな!!…だからお前、今日はずっと俺に触るの禁止だ!!絶対に触ってくるんじゃねぇぞ!?」
「善逸!!??」
「触るの禁止!明日の朝まで絶対に禁止!!良いな炭治郎!?上に羽織ったら俺はパンの出前行ってくるから、その後時間あるなら、炭治郎も一緒に神輿担ごうぜ」
にぱりと笑まれ、兄ちゃんが押し黙る。
流石善兄。
この兄ちゃんを黙らせることが出来るのは、善兄だけだ。

ようやく俺の分の片付けが終わり、正一を誘い祭りに出掛けようと腰を浮かす。
この分なら、六太と茂と花子は置いていっても大丈夫だろうか。
せっかくなら、俺だって正一と2人で回りたい。

そう思って表の家族に声を掛けようと思った瞬間。

「…俺から触るのは、…別に禁止じゃないけど…」
善兄の囁くような、羞じらうような、そんな声が聞こえてきた。



ばたんと帳簿を畳んだ正一と共に表へと向かう。
屋台が完売し、売り上げを計算している花子と茂に叫ぶ。
併せて、同じく完売している店内の姉ちゃん達にも叫んだ。
「明日明日!それは明日で良いから!皆!!!今すぐ全員で祭りへ行くぞ!!」

六太の手を引く正一と共に、俺達は速やかに竈門ベーカリーを後にした。


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