結界師二次創作「兄さんと僕。」
□兄さんと一緒。
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裏会に行くと、竜姫さんがいた。
とても機嫌がいいことはすぐに見てとれた。
兄さんと俺をみつけると駆け寄ってくる。
「ねえねえ、明日なんてどう!?ぬらちゃん、明日なら大丈夫なんですって!」
「ええと…何の都合でしょうか?」
…なんだか嫌な予感がする。
「何言ってるの!六郎が言い出したって聞いたわよ〜墨村君から!
皆でパフェって楽しそうじゃないの。ぬらちゃん引っ張り出すの、苦労したんだからぁ」
…ちらりと隣の兄さんを見る。
そういえば、あれから兄さんが正守さんにどんな返信をしたのかを確認していなかった。
「…俺は正守に誘われただけだ…。七郎も行きたいって言うから…」
「だ・か・ら!皆で行くの〜!ぬらちゃんてパフェ食べたことないんですってー!これって一大事じゃない!?」
「明日15時でいいわね?知り合いのお店で個室確保してもらったから、遅れないことー。
ここから皆で行きましょ。現地集合なんてことにしたら、ぬらちゃん来ないかもだしぃ」
…兄さんと二人でパフェの予定だったのに、とは言える雰囲気でもなく。
裏会の誰も、「ぬらちゃん」が絡んだ竜姫さんにはかなわない。
竜姫さん推薦の店は細い路地裏に面していて、いかにも訳ありの客がたむろしていそうな雰囲気を醸し出していた。
店頭のディスプレイを見ても、そこにパフェだのといったスイーツ類の存在は感じられない。
だが彼女がここまでセッティングしているのだから、きっとこの個室には、パフェが出てくるのだろう。
個室に通され、いかにもパソコンで即席に作成されたと思われるメニューが出てくる。
…隣の兄さんはと見ると、メニューはすでに「チョコバナナパフェ」と決めているからか、いっそあどけないともいえる表情で、きょろきょろ周囲を見渡している。
その姿は、足をばたつかせたりしていてもおかしくないくらい、本当にとても可愛らしい、と思う。
…今日は俺のそばから離れないでほしい。こんな裏会だのの集まりにだって、本当は参加してほしくない。
…兄さんはずっと、俺の傍にだけ、いればいいんだ…。
そんな思いにふけっていると、諸悪の根源が兄さんに話しかける。
「六郎君はどれにするか決めたのか?やっぱりフルーツ系統?今日は俺、シュークリームパフェかケーキプリンパフェ辺りが気になってるんだよね」
何でも言いなさいよ、なんならお代わりしなさいよー、と端の席から竜姫の声がする。
個室に入ってすぐ、竜姫さんはぬらさんの隣の席を確保している。
予想通りというか、竜姫さんの思惑通りというか、ぬらさんも明らかに戸惑っているのが見て取れる。
そんなぬらさんに、端から順番に竜姫さんが内容を紹介していく。
「だからー、この苺がね?あ、じゃなくてぇこっちの方!」
「そうだわ!全種類注文しちゃうから、ぬらちゃん現物見て決めたらいいわー。
なんなら美味しいとこだけ食べちゃったりしてぇ。大丈夫、残りはあいつらが食べてくれるから!
マスター!聞こえた?そういうことだからよろしくねん♪」
え、と小さい声を正守さんが出してはいたが、竜姫さんの一瞥で霧散する。
正直誰になんのパフェが割り当てられるかわからない状況になって、ざまあみろと思わないでもないが、兄さんには好みのパフェが当たると良いなとは思う。
…なんなら、俺のと半分ずつ、とか…。
…生クリームを頬張る兄さん。
…ソフトクリームを頬張る兄さん。
やばい、滾る…。
全種類、という無茶な注文にも、マスターは難なく応じてくれたようだ。
よっぽど竜姫さんの振る舞いに慣れているのだろう。
ほぼ同時に、色とりどりのパフェがこの個室へと運ばれてくる。
ぬらさんはどうやら、食べたいパフェは事前に決めることができたらしい。
マロンパフェを竜姫さんに確保され、どうやって食べたらいいのかを竜姫さんに教えてもらっている。
竜姫さんの前にあるのは、おそらく南国フルーツ盛り合わせパフェだろう。
自分のパフェから突き出しているフルーツを一つ抜き取り、ぬらさんの前に、はい、あーん☆と差し出している。
…え、俺もやりたい…。
チョコバナナパフェはどこだろう?
見渡して、俺は今日という日にどれだけ自分が期待していたかを思い知った。
…この店のチョコバナナパフェは失格だ。
せっかくのバナナを、全部スライスする意味ってなんなんだ…。
食べやすいからか。食べやすいからなのか。そこに浪漫はあるのか。
「ほら、これがチョコバナナパフェ。これだろ?六郎君が気にしてたやつ」
…またもや邪魔者が割り込んでくる。
周りが年齢不詳の人たちばかりだから、年が近い俺たちの方に話しかけやすいんだろうとは想像がつくけれど。
…その空気の読めなさって、ちょっとどうかと思うよ?
俺は自分用に3種のベリーパフェを確保する。この機会に、兄さんに色々なパフェの味を教えてあげたい。
スプーンの上に、苺とアイスとをすくいこむ。
「…ほら兄さん、ストロベリー。…一口食べてみて?」
下心満載のスプーンを差し出してみる。
さすがに、兄さん相手に「あーん☆」は無理だろう。
「…それはお前のだろう。お前が食え」
…はいはい、そう甘くはありませんよね。
自分のパフェをすくいながら、ちらちらと隣の兄さんを見る。
バナナがスライスなら、白く生クリームの載ったパフェを選んであげればよかった。
チョコクリームは、みていてあんまり楽しくない。
いや、隣で口をもぐもぐさせている兄さんを見るのはもちろん楽しいんだけど。
…今日は色々、誤算だったなあ、と回想する。
やっぱり今度、厨房に言ってバナナができるだけ現物に近いパフェを作らせよう。
クリームは白で。バニラのソフトクリームとあわせて。
「…でさ、良守もお菓子作りが得意なんだよね。なんなら今度家にも遊びに来たらいい。隣が雪村さんちなんだよね」
正守さんが色々話しているのを上の空で聞き流す。
表面だけは笑顔で繕って。
兄さんには嫌がられるけど、これはもう癖のようなものなので、なかなか改善はできない。
「…ごちそうさま。……」
隣の兄さんが小さい声を上げる。
「どうしたの兄さん。もしかしてもう食べられない?」
3分の2はなくなっているから、小食な兄さんにしては頑張って食べた方だろう。
部屋の隅の方では、同じようにギブ状態のぬらさんが、自分のパフェを竜姫さんに食べてもらっている。
…あーん、の逆バージョンで。
ぬらさんに「あーん」してもらってるのだから、竜姫さんはいくらでも残りのパフェを食べていくだろう。
とても幸せそうな顔で、差し出されるパフェを頬張っている。
「美味しい〜!ぬらちゃんに食べさせてもらうとより一層美味しいわ〜!!」
…羨ましい、と思う。
…兄さんにも、期待してみたらどうなるだろう?
今日じゃなくても、いつか本当に、あーん、としてくれる日がくるかもしれない。
最近どんどん欲深くなっている自分を自覚していく。
「ねえ兄さん。残りは食べてあげるから、あんな感じで食べさせて?」
軽く甘えてみる。
返事は一言、「お前馬鹿だろ」。
…まあ知ってたけどね。
はいはい、頑張って食べますよー、と拗ねてみる。
あまり相手にはされていないようだけど。
…次の瞬間、何かがほとばしりそうになった。
兄さんがそっと差し出してきたパフェは、兄さんが口に運んでいたスプーンがそのまま差し込まれている。
え、これってこのまま食べていいってことだよね?
兄さんが口に入れたり出したりしていた、この、兄さんと同じスプーンで、兄さんの食べかけのパフェを…!!
俺が食べていいってことだよねー!!??
なんだこれ。何かのご褒美?ご褒美なの??
…やばい滾る。
長年の鍛錬のたまもので、心の中のほとばしりは顔に出さないよう、心の中でごろんごろんと転がってみる。
兄さんの口がほうばったスプーン。
ごろんごろん。
兄さんの食べかけパフェ。
ごろんごろんごろん。
今ならきっと、学校の体育館の床でさえ、全面使ってごろんごろんできるだろう。
ごろんごろん。
ごろんごろんごろん。
…至福の時が過ぎていく。