結界師二次創作「兄さんと僕。」
□膝の上の猫
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時刻はもう深夜になろうとしている。
今夜は新月のようだ。窓から見える庭は暗く、部屋から漏れる明かりのため、一層その暗さに深みを増している。
…今夜は久しぶりに、随分と酒を飲まされたと思う。
相変わらず新生裏会は竜姫さんが仕切っている。
その彼女の号令で、今夜は皆でぬらさんのところへ集合し。
新生裏会では何度目かになる、「懇親会」を開催したのだ。
結局は、竜姫さんがぬらさんと騒いで飲みたいだけなんだろうとは思うが、一郎兄さんがいたころの裏会と比べると…。
…随分、いい組織には…なってきているんじゃないかとも、素直に思う。
竜姫さんは、上座のほうでぬらさんと飲んでいる。
ぬらさんも結構強い。顔にも出さず、竜姫さんの注ぐ酒をかなりの数飲み干している。
そんなぬらさんの頭の上には。…兄さんの、あの猫耳頭巾が。
「可愛い!ぬらちゃん可愛いー!!とっても似合う!可愛い可愛い可愛いー!!」
…あの猫耳頭巾は、きっともう兄さんの手元には戻ってこないんだろうな。
まあ、兄さんは同じ頭巾を何枚か持っていたし、ぬらさんに一枚渡したところで、特に文句もないだろう。
…そういう人だ。自分の持ち物に、執着しない。
…問題なのは。
さっきから壁にもたれて、半分以上眠りに入っている状態の、兄さんその人。
…普段以上に、竜姫さんに飲まされていた。
「三人の中じゃ、あんたが一番年上なんだから。それくらい、かるーく飲み干しちゃいなさいよ」と。
…正守さんより、俺より。確かに兄さんのほうが年上ではあるんだけど。
子どものころからずっと当主跡取りとして、親戚との会合や一族の集まりや、いろいろな集まりで酒を飲まされていて、それなりに強くなってきた俺と違って…。
そういった席を苦手としていて避け続けてきた兄さんは、酒にはあまり強くない。
なのに。
―お前は未成年なんだから。あまり飲むな。
そういって、結局俺の分まで竜姫さんに飲まされてしまったのだ、この人は。
あちらのほうでは、とっくの昔につぶされた正守さんが倒れこんで寝ている。
正守さんはこのまま放っておいても大丈夫だろう。なんだかあの人丈夫そうだし。
…それより、こちらの。
「…兄さん。そろそろ部屋に戻ったら。送っていくよ…?」
家主のぬらさんは、来客それぞれに、一部屋ずつ客間を用意してくれている。
小さいけれど各部屋には風呂もついているし、着替えの着物も用意してくれているらしい。
本当に至れり尽くせりだ。
…でも、この状態の兄さんを一人にはしておけない、と思うのだ。
決して下心でないとは、断言できないけれど。
そっと肩をゆすって起こそうとする。
…すると。
…兄さんの、小さな頭が。くらり、とゆれて。
…すとん、と。…俺のほうに、倒れこんできた…。
思わず体を支え、…その頭を自分の膝に横たえる。
あたたかな、その体温が。
心地よい重みとともに、俺の膝を甘くくすぐる。
…飲まされた酒以上に、蠱惑的な、その甘さ。
…そ…っと…。
その小さな頭を撫でてみる。
そのさらさらした髪の毛を、ゆっくりと指ですくってみる。
その小さな指先に。…そっと触れてみる…。
ぞわり、とした快楽が体中に滾る。
肉欲とは別の、違う種類の、快楽が。
その眠るあどけない顔を。
その微かな寝息を。
あたたかなその体温を。
ずっと感じていたい。見つめていたい。ずっと。
「六郎、寝ちゃったのー?」
竜姫さんの声で意識が現実に戻される。
「…お休みなら、お部屋にご案内しましょう。ギン、六郎さんをお願い」
ぬらさんの声に、いや、と反射的に言葉が出る。
「…僕が、部屋に連れて行きますから。兄さんのことは、大丈夫ですよ。
きっとこのまま眠っちゃうと思うんで…明日の朝まで、部屋には近づかないで貰えたら。
…それより、正守さんが」
ああ、とぬらさんと竜姫さんが正守さんを見る。
その、間に。
…俺の膝の上で、眠っていたこの人を。
…ゆっくり抱きかかえて、俺が最初に通された部屋へと…運ぶ。
…自分が俺に。眠っている間に。お姫様抱っこで運ばれた、なんて知ったら。
きっと、とっても。…怒るんだろうな、この人は。…頬を上気させて。…首筋まで赤くして。
それはそれで、見ていて俺は楽しいけどね。
部屋に到着すると、既に部屋の中央には布団が延べられていた。
…本当にやばいな、これは。
苦笑しながら、そっと布団の上に。
…両手の中の愛しい人を…横たえる…。
先ほどまでと同じように、自分の膝の上に、この人の頭をのせてみる。
小さくて、可愛らしい、その姿。
すっかり眠ってしまっている、無防備な、その姿。
…きっと、この仕事用装束は。寝間着にするには不適切に違いない。明朝には、体がつらくなってしまう事だろう。
…自分でも、詭弁だとわかっているそんな理由を言い訳にして。
そっと、着物の上から…そろりと体を撫でて、手をかけて。
…ゆっくりと、…可愛い足を覆っている…足袋を…剥ぎ取る…。
同じように…その、着物も脱がそうとして、帯をほどいて…思わず自分に舌打ちをしたい気分になる。
…先に着物を脱がせて。足袋と下着姿にしたほうが。
…俺にとっては、この上もなく楽しい光景だったのに。
…着物は脱がせても、足袋は脱がすな…。
…ゲームで…萌え台詞として叫ばれていたのを…思い出す…。
もう一度履かせようか、とも思ったが、それより早く脱がせたい、という欲求のほうが強かった。
ゆっくりと…絡まっていただけの、帯を引き抜き…。
…その体を覆っていた、着物を剥ぎ取り…。
襦袢を、脱がせて…。
白く艶めかしい足が、姿を現して俺を惑わせる。
…それから…。
…上に着ている、肌襦袢の紐に。…そっと、手をかける…。
ほどけた肌襦袢の隙間から、ゆっくりと手を差し入れる…。
酒のせいだろう、ほんのり上気して、微かに汗ばんでいる、その肌を。
…ゆっくりと、手でなぞる…。撫でて…撫でて…撫でて…。
胸の突起を、そっと摘まんで…指の腹で、撫でまわす。
疎ましい肌襦袢も剥ぎ取り、本当に下着一枚になったこの人を、自分の眼差しででも愛撫する。
普段はもっと警戒心があって。何かから自分を守っていることに必死な感じがして。
だけど今は、とっても無防備で。
うっすらと三角の形にあいた口元から、誘うような寝息がこぼれている。
…さすがに、これ以上は。
…自分で自分が制御できなくなる、と思う。
そもそも、この状態だって、本当はよくない、のだろう。
…ああ、やっぱり俺も相当に酔ってるな。
そう考えてはいても、嬲る指先は止まらない。
…まじないのラインに沿って。指先を滑らせていく。
…そして、嬲る指先はそのままに。
ゆっくりと体を傾けて…。膝の上で眠るこの人の髪に。触れるようなキスをする。
髪に。額に。頬に。耳に。そして、瞼に。首筋に。
ちゅ、ちゅ…と…。次第に音を立てながら。
何度も何度も、キスを繰り返す。
ゆっくりと寝息を立てる唇に。自分のそれを…重ね合わせる。
それだけで、頭の芯がしびれて。脳内で生産されていく麻薬の存在だけしか、感じ取れなくなる。
「…ん…」
微かな声が、塞いでいる唇から洩れてきて…。
ぞくりと、全身が震えた。
唇を離し…代わりに、その唇に…ゆっくりと、自分の指を挿しいれてみる…。
そっと挿し込んだ人差し指は、抵抗もなく小さな唇に吸い込まれていく。
しっとりとした舌に触れ…小さな歯に、挟み込ませる。
…そのまま、ゆっくりと挿しいれ…ゆっくりと、引き抜く。
それを何度か繰り返し。
彼の唾液で濡れたその指を、俺自身の唇に持っていき…自分の舌で、味わう…。
その間も、体を撫ぜていく手はとまらない。
腰のあたりから、太腿にかけてを撫ぜたとき。
「…んんっ…」
彼が、身じろぐ。
…そうか。この辺りが。
再度、触れるだけの口づけを繰り返す。
この辺が限界だろう、自分的に。
冷水でも浴びて、ちょっと一回鎮めてこなければ。
…だけどその間。…さすがに、このままの下着姿では放っていけない。
持ってきていた荷物の中から、自分の羽織を取り出し、その甘い体にふわりとかけて、部屋についている風呂場へと向かう。
…結局、冷水だけでは鎮めることはできなかった。
自分の欲望を汗と一緒に排水溝へと流しこみ、着替え用に準備されていた着物へと袖を通す。
室内へ戻り、俺は苦笑する。
…本当に、この人は。
…酒のせいで、暑かったのだろう。
せっかくかけた俺の羽織を剥がし、その手の中で、抱き込むようにして…。
…俺の羽織を抱きしめながら、すやすやと、眠っている。
ああ、本当に俺は我慢強い。この状況で我慢する俺は偉い。
―このまま眠れば、風邪をひくかもしれない。
彼が剥ぎ取ってしまった俺の羽織を彼の両腕に通し、体に巻きつける。
手持ちの腰ひもで、軽く結ぶ。
…今夜は、このまま一つの布団で。
…一緒に眠ってもらおう。
…だけど、その前に。
…自分の我慢と忍耐へのご褒美として、そっと首筋の裏側に唇を寄せ、強めに吸ってみる。
…立派なキスマークが、彼の白い肌に浮かび上がる。
…このくらいは。…許されると思うんだよね。
愛しい人の体に腕を回し、足をからめながら、布団にもぐりこむ。
今夜はきっと眠れないに違いない。だけどそれでもいいだろう。
…明日の朝は、この体勢で。
この人に、「おはよう」と。
満面の笑みで。
挨拶をしてみよう。
その瞬間を想像しながら。
ゆっくりと、瞼を閉じ…。腕の中にいる人の感触を…全身で…味わう。