結界師二次創作「兄さんと僕。その7」

□秘密事
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 「お。六郎来てたんだ?」

 勝手知ったる夜行の中、向こうから歩いてくる良守が人懐こい笑みで笑う。
 

 「もう用事はすんだ。今から帰るところだ」

 「んじゃ俺の部屋で茶でもしねぇ?ダックワーズっていう焼き菓子焼いてきた」

 「…そうだな…。寄らせて貰おうか」

 わずかに逡巡し頷く。

 「そーそー、鬼のいぬ間にのんびりしようぜ」

 大きな口を開けて笑う顔につられて口角をあげる。



 今日は裏会の会合日。

 幹部の正守。すでに幹部と同等以上の発言権をもつ七郎。

 …この二人が、一日姿を現さない日だ。



 茶をいれてくるという良守を置いて、先に主のいない部屋へと入る。

 相変わらず菓子作りの本が多い。

 修行のためだと家族に告げてここに入り浸っているはずなのに、それらしい書物が視界の中にない。

 元々良守は深く考えないまま直情的に力を奮う。
 

 逆にあまり考え込むと頭がこんがらがってうまく力が使えなくなるようだ。

 だから別にこれでいいんだろうとは思いながらも、せめて修行の本くらいは読んだらいいのにとも思う。

 ため息をつきながら部屋の隅に重ねられている座布団を引っ張り出す。

 卓の上に並んでいる本を片付け、本棚に並べていく。

 やれやれと思いながらも腰を下ろし、窓の外の景色をみやる。



 視界に映る寒々しい色合いの庭。

 そのはずなのに、夜行の子どもたちがはしゃいで駆け回っている声が聞こえてくると、それだけで暖かな景色のように見えてしまうから不思議だ。

 異能の持ち主たちが集まっているはずなのに、笑い声が響く家。

 なんとなく切なさを感じながらも、やはり何処かにほっこりとした暖かみを感じる。



 「お待たせっ」

 どんっと扉が開かれて、盆を下げた良守が飛び込んでくる。

 「お、片付けてくれたんだ。サンキュー」

 部屋の中を見渡しながら笑っている。

 「お前は物を広げすぎだろ。たまには修行用の本でも読め」

 「そういうのは兄貴に任せてる。俺は俺の夢に向かって修行してるんだよ」

 とんとんと卓の上に菓子がのせられた皿とカップが置かれる。

 「いいから食ってみろって。俺の修行の成果」



 自信ありげに笑う顔を見ながら菓子を取り上げ一口かじる。

 「…あぁ、柔らかい…」

 見た目から固い菓子かと思っていたが、口に入れると柔らかくほどけていくようだった。

 「悪くないな…」

 「お。六郎気に入った?いつでも作るから、食いたくなったらいつでも言えよ」

 にこにこと笑う良守と一緒に甘い菓子を食い香りの強い紅茶を飲む。

 「これは?随分香りがするんだな」

 「ローズヒップとハイビスカスの紅茶」

 「…へぇ…。色々あるんだな…」

 こくこくとカップを傾ける。



 「…あ。六郎、腕のところ紅くなってる」

 ふっと良守が指を指す。

 「腕?」

  袖を軽くめくる。

 「…あぁ…」

 ひじの下辺り。

 まじないの軌跡を縫うように、その隙間に濃い朱色が刻み込まれている。

 「七郎だろ?相変わらず、見えるか見えないかぎりぎりのところに痕を残すのうまいよなー」

 「痕はつけるなと何度言っても聞かねぇんだよ、あいつは」

 軽く舌を打つ。

 「七郎でも、六郎の言うこと聞かないときがあるんだなー」

 「大概聞かねえ。結局七郎は自分のしたいようにするからな」

 「いっつも六郎のこと見てるしな。愛されてるって感じか?」
 

 「鬱陶しい」

 「うわ、六郎手厳しい!」

 「何に警戒してるんだか意味もわからねぇ。兄さんが可愛いから心配だとか変な奴についていったりしないでくれとか、あいつは一体俺をいくつだと思っているんだ」

 「六郎が一番年上なのになー。やっぱり兄貴のことも、いまだに警戒してるんだ?」

 「あぁ。今日は正守が夜行にいないから警戒心もゆるんでるようだがな」

 「まあ、兄貴もなんだかんだと六郎の世話を焼いていたし仕方ないか。奥久尼に頭を下げたって聞いたときは俺もちょっと六郎に嫉妬した」

 「あの頃はまだお前ら付き合ってはなかったのか?」

 「んー、お互い両片想いって感じ。だから、俺の居場所が六郎に取られるんじゃないかって実は心配してた」

 「取らねぇよ。あんな図体のでかい坊主頭。お前がしっかり面倒みとけ」

 眉間にしわを寄せる。

 「いや、でも六郎も兄貴のこと好きって言われたらどうしようかってくらいには気にしてた」

 「嫌いじゃないがな。そういう色事めいたものは皆無だ」

 「だよな。全然そんな風じゃなかったし。でも兄貴が六郎の裸をのぞいたとかそんなの聞いたら気が気じゃなくてさ」

 「七郎は当分喚いていたからな。正守に助けられたときは肉塊みたいなもんだったから、血みどろのぐちゃぐちゃだ。裸も何もねぇよ」

 ほどよく冷めた紅茶を飲む。

 「七郎、いまだに兄貴のこと警戒してるしな。実は兄貴も七郎を警戒してる」

 「へぇ?お前手を出されでもしたか」

 「そんなことさらっと聞くなって。仮にも付き合ってるんだろ」

 「躰だけな」

 「ひでー」

 けらけらと良守が笑う。

 「ほら、嵐座木神社が襲撃されたときになんとなく仲良くなったじゃん」

 「あのときはお前のお陰で助かったからな。七郎の認識不足、下調べ不足、準備不足。だから自業自得だ」

 「兄貴には七郎酷い態度してたらしいんだよ。初対面のとき。なのに俺には優しいからとかなんとか」

 「初対面のときはあれだろ。…七郎の機嫌も最悪に悪かったときだ」

 上の兄たちを殺しに行ったとき。…それが七郎と正守の初対面。

 「…機嫌がいいはずもない。八つ当たりにはちょうど良かったんだろうな」

 「だろ?俺にだけ優しいって訳じゃないのにな」

 「あのときは俺のほうが酷い目にあわされてた。無理矢理連れ帰られて、ほとんど監禁状態で犯されてたんだからな」

 「その頃からなんだ?」

 「あぁ。躰の自由もきかない状態で昼夜を問わず犯され放題だ」

 「ひでぇな!」

 「まぁ、お陰で少しは気が紛れたがな。あれでもう俺には何も怖いもんはねぇって吹っ切れた」

 「…俺はあのあとだったな。烏森を封印して、正統だとかなんとかもう関係ねーってなったとき」

 「合意か?」

 「いいや。何もいう間もないくらい無理矢理に抱かれた」

 「だろうな。そもそも正守は段取りが悪い」

 「だよな。いきなり切れてて、引きずり倒されて激しいキスと愛撫のあと犯された」

 「…段取りも何もねぇな」

 「最中もずっとさ、お前は酷いねとか、お前は何もわかってないとか自分勝手なことばっか。…どっちがわかってないんだか」

 「正統は傲慢だからな。甘んじて受けておけ」

 涼しい顔で言い放つ。

 「六郎もひでぇ!」

 「正統じゃない奴の気持ちならわかるからな」

 「だからかな。いまだに兄貴、六郎には優しいよな」

 「俺も優しいだろ」

 「…夜行の子どもたちには、だろ」

 良守がじとっと俺をにらむ。





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